150 不死王との戦い (ユウ視点)
「行くがよい、我が不死の軍勢よ。あのドラゴニュートどもを殺して、ワシの不死の軍勢の一員とするのじゃ」
――ギチ、ギチギチギチギチ
ドナンさんの命令で、僕たちを囲んでいたアントたちが一斉に動き始めた。
これだけだったら、物凄く深刻な光景に見える。
ただ、この時ミカちゃんが発したセリフは、
「やかましい、筋肉乳野郎!」
だった。
そう言いながら、迫ってきたアントの首を鈍器剣で綺麗に切断し、さらに蹴りをはなって、近くにいる別のアントに衝突させる。
「おらおら、この蟻んこどもがー!」
なんて叫びながら、ミカちゃんはさらにアントを一方機に蹂躙していった。
ゴブリン相手に戦っていた時と同じ。あるいはそれ以上の勢いで、アントを蹂躙していってる。
『ちいっ、調子に乗る出ないぞ脂肪乳野郎が。そいつらはいくら倒したところで、決して死ぬことがない軍勢。いかにお前が強かろうと、殺せぬ存在を殺すことはできぬと知るがいい!』
ドナンさんがそういうと、ミカちゃんが切り飛ばして地面に転がっていたアントが、ギチギチと声を出しながら、再び立ち上がる。
頭がなくなっていて動きが悪いものの、手足を動かして蠢きまわる。
その中の一体が、
――ガッ
と、ミカちゃんの足を掴んだけれど、
「このクソガー!」
ミカちゃんが掴まれたままの足を振り上げると、その勢いに耐え切れず、掴んでいたアントが洞窟の天井にまでふっ飛んで激突していた。
『グ、グヌヌッ。なんて怪力じゃ……』
不死の王を名乗っているけれど、そんなドナンさんでも、ミカちゃんの強さは異常に映るようだ。
でもさ、この2人って基本的に不死の軍勢がどうとかでなく、もっと別の限りなくどうでもよすぎる理由で、戦ってる気がするんだけど。
……これ以上、考えないほうがいいか。
でないと、あの二人のレベルに落ちてしまいそうだ。
それにミカちゃんとドナンさんの間だけでなく、僕たちも今は危機的な状況に立たされていた。
「氷の弾丸」
ミカちゃんだけでなく、アンデット化したアントは、僕たちに向かっても迫っている。
それをレオンが氷魔法を使って迎撃。
アントは蟻のモンスターということもあって、外皮が非常に硬い。
鋭く尖った氷の弾丸を撃ち込まれても、貫通するのは10発のうち2、3発程度。
しかも体に貫通しても、相手は既にアンデット化しているため、全て致命傷にならなかった。
「どうしよう。こいつら氷が貫通しても、全然怯まないよ」
普段暢気なレオンでも、さすがに敵にダメージがないと焦った声になる。
「炎で……」
「それは最後の手段にしておこう」
フレイアの炎だったらアンデットでもよく燃えそうだけど、ここは洞窟の中なのでダメだ。
そう言ってる間に、レオンの魔法を突破してきたアントを、僕が剣で斬り捨てる。……と言いたいけど、実際には力任せに振るって、体を無理やり真っ二つに引きちぎる。
剣を振るえば、アントの体を真っ二つに引きちぎることができるけれど、それでもアントは死ぬことがなく、体が切られてもなお動き回り続けた。
生きているゴブリンの様に、切られてお終いとはいかない。
ミカちゃんがアントに足を取られたように、僕の足もアントに掴まれてしまうけど、掴む力自体は大したことがない。
「切っても死なない敵が、こんなにやっかいだと思わなかった!」
僕は叫びながら足を振って、掴んいたアントを吹っ飛ばす。
それから斬り捨てて、地面で倒れたままのアントも、足でいくつか踏み潰した。
今までにゴブリンとかでスケルトンを作ってきたから分かる事だけと、アンデットは確かに不死で、攻撃を受けても痛がることがない。
それでも全身を燃やされたり、関節部分が損傷すると、動くことができなくなる。
地面に倒れているアントを力任せに踏み潰して、動くことが出ないよう肉片へ変えていった。
気持ちの悪い感触が靴を通して足に伝わるけれど、今はそのことをいちいち気にしていられない。
「汚い手で私に触れないでくださる?」
一方でフレイアは、近づいてきたアントを片手で持ち上げて、さらに接近してくるアントたちの方へ放り投げた。
――ゴウッ
と、風が唸り声をあげ、力任せに投げたアントが、接近してきていたアントに大激突。
それだけに留まらず、投げたアントがその近くや後方にいたアントをさらに巻き込み、計10体近くのアントが、洞窟の壁にまで吹き飛ばされていた。
「……フレイア、怖い」
「今のフレイアの乳の揺れは、素晴らしかった」
僕はフレイアを怒らせたくないなと、今の光景を見ていた思った。
だけどミカちゃんは、戦闘中によそ見して、フレイアの方を見ていた。
「どうだ筋肉乳親父!これが巨乳の真の力だー!あの揺れは、筋肉女の胸では再現できないだろう!」
『何を抜かすか!揺れる乳など邪道。やはり乳とは、自らの筋肉を動かすことで動くからこそ、至高なのじゃ!』
……僕、今すぐこの場から逃げたい。
戦闘をしながら命がけの状況のはずなのに、深刻さが全然ないんだけど。
「僕たち全然関係ないので、ミカちゃんとドナンさんだけで戦ったらどうですか?」
この状況の馬鹿馬鹿しさについていけなくなって、僕は思わずそう言った。
『いいや、お前たちはワシの不死の軍の一員にするのじゃ。あの脂肪乳にこだわる分からず屋に真の乳について教えてやる必要もあるが、お前たちは我が軍勢の強化の為に、生きて帰さんぞ!』
しかし、ドナンさんは本来の目的も忘れてなかった。
なんだか、色々と複雑な気分だ。
僕たちはドナンさんに騙されてここまで来てしまったわけだけど、なんというか、裏切られたとかって話より、もっと別のところで……。
『余裕ぶるのもいいが、ここに来るまでにお主たちが倒したと思っておるアントも、ワシの術によってアンデット化した存在。
さあ、我が僕たちよ、我が元へ集うがいい』
なんて言い合ってたら、僕たちがこれまでに通ってきた通路から、アントの軍勢が続々と現れた。
それは頭のなくなっているアントや、体に大きな穴が開いているアントなど。
今までに僕たちが通路で倒してきたアントの姿だった。
「ゲエッ、あいつらまだ生きてたのかよ……」
「正確には、もう死んでいるんですけどね」
「んな、細かいことはいいわ!」
ミカちゃんに怒られてしまった。
「仕方ない。このまま戦っていても切りがないから、俺は筋肉乳親父の本体をなんとかする。その間は、3人で何とかしてろ」
ミカちゃんは、4人で背中合わせになって戦っていた僕たちの元を離れて、1人アントの大群の中を、剣を振り回しながら突撃していく。
目指す先は幽霊のドナンさんがいる場所。
それを遮ろうと、アントたちが次々に立ち塞がるけれど、ミカちゃんはそれを意に介することなく、剣を振るって切り裂いていく。
ただし、ただ切っただけではアンデット化しているアントたちを無力化できない。
これまでの戦いでもミカちゃんは十二分に強かったけれど、この時ミカちゃんの剣はさらに速さを増して、目の前に立ち塞がるアントの体を、縦横に切り裂いていき、こま切れ肉へと変えていった。
まるでサイコロステーキみたいに、アントを四角い肉片の塊へ変えていく。
剣の速さがとてつもなく、僕の目でも追いきれない。
あとに残されるのは、アントの細切れになった肉片ばかり。
ただのこま切れ肉となってしまえば、もはやアンデットの肉体でも、身動きを取ることができなくなってしまう。
「ミカちゃんって、あそこまで非常識な強さだったんですか!」
今までに模擬戦闘でミカちゃんの強さを、身をもって味わってきた僕だけど、今のミカちゃんはその時よりさらに強い。
「フハハハ、筋肉乳親父、そこで待ってろ。今すぐ成仏させて、2度と蘇られないようにしてやるからな」
驚く僕の前で、ミカちゃんはアントを次々にこま切れ肉に変えていき、ドナンさんへの距離を詰めていく。
時には左右から、そして背後からアントが攻撃してくるけど、ミカちゃんはそっちを一瞥することなく、尻尾を乱暴に振るってアントの体を吹き飛ばす。
『グ、グヌヌッ。ドラゴニュートがまさかこれほどとは……』
非常識すぎるミカちゃんの強さに、ドナンさんは歯噛みしていた。
このままいけば、ドナンさんを倒せるのか?
そう思わせるだけの強さが、今のミカちゃんにはあった。
『じゃがしかし、ワシは霊体。お主がいかに強かろうと、所詮それは物理的な力。ワシを倒すことができると思うなよ!』
そんな僕たちの前で、幽霊であるドナンさんは不敵な表情をしていた。




