149 不死の王……ただし変態 (ユウ視点)
――クッ、クハハッ。
玉座に君臨するガイコツが、不気味な笑い声をあげ始めた。
――クハ、クハハ、クハハハハハッ
骸骨の口はガタガタと揺れ動き、そしてそれに合わせるかのように、周囲の地面がボコボコと音を立てて盛り上がる。
そして地面の下からアントが現れた。
その数は少なく見積もっても100を超えているけど、一体これはどういうことだ?
「ミカちゃん?」
「何かおかしい。円陣を組んで警戒するぞ」
ただならぬ事態に、僕たちは死角がないよう4人で背中合わせになって、周囲を警戒する。
地面から湧き上がってきたアントたちは、僕たちに向かっていきなり襲ってくることはなかった。
ただ、
――ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ
口から耳障りな音を上げ続ける。
それは玉座で笑い続ける骸骨に合わせるようで、ひどく不気味だ。
「ドナンさん、どういうことか分かりますか?」
おそらくこの洞窟に関して、僕たち以上に詳しいだろう幽霊のドナンさんに、僕は声をかけた。
『……』
「ドナンさん?」
だけどドナンさんは、沈黙して何も答えない。
「おい、おっさん。どこへ行く?」
それどころか半透明の体を動かして、玉座で笑う骸骨の横にまで移動した。
『フハハハ、ドラゴニュートの諸君。よくぞ我が玉座の間まで着てくれた』
ドナンさんは両手を広げ、それまでの雰囲気が一変した。
そこまで強烈な存在感もなければ、取り立てて悪い人という感じでもなかった。
思考方式がミカちゃん寄りな所はあったけれど、取り立てて特徴がない。
その雰囲気が今、明らかに変わった。
『我が名はドワーフのドナン。そしてドワーフでありながら、不死の秘儀を紐解き、永遠の命を手に入れた"不死の王"である』
大口上、ドナンさんは告げた。
「……ハアッ?」
何か凄い宣言をしていたようだけど、その言葉に真っ先にミカちゃんが首を傾げる。
「あのおっさん、もしかして中二病の幽霊だったのか?」
「ミカちゃん、これってどう見ても中二病どうこうの展開に見えないんですけど」
「ていうか、ユウ。お前もこの状況で普通に筋肉おっさんの翻訳してるから、随分余裕があるだろう」
「そ、そうですか?」
玉座には笑い続けるガイコツとドナンさん。
周囲にアントがずらりと並んでいて、ただならぬ雰囲気だ。だけど、それにお構いなしで、僕とミカちゃんは話し合っていた。
「とりあえず面倒な状況のようなので、燃やしても……」
「フレイア、炎をここで使ったら皆窒息しちゃうよー」
一方のフレイアとレオンも、そんな会話をしている。
酸欠問題を口にしてフレイアを止める辺り、レオンもフレイアの炎が怖い様だ。
『き、貴様ら、この状況でペチャクチャとおしゃべりしおってからに。このワシの怖さが伝わっておらぬのか!』
「あ、ごめんなさい。ドナンさん」
「ユウ、ちゃんと通訳しないと、あのおっさんが何言ってるのか分からん」
怒るドナンさんに反射的に謝る僕。だけど、その言葉の通訳を抜かしたせいで、ミカちゃんに小突かれてしまった。
なのでミカちゃんにも、急いで通訳する。
「怖さって、何がだ?」
『な、何がって……お前たちは今、不死の軍勢によって包囲されておるのだぞ』
首を傾げるミカちゃんに、ドナンさんは周囲に並ぶアントを指し示しながら言った。
「不死?これがか?」
――ビュン、ドカッ
試しにミカちゃんが地面に落ちていた石を蹴飛ばし、近くにいたアントの顔面にぶつける。
たててはいけない音がして、石がアントの顔面に深々とめり込んだ。
だけどその状態で、アントは直立不動の姿勢で立ったままでいる。
「おかしいな?普通あそこまで石がめり込んだら、倒れてもいいはずだが?」
『クハハハ、脂肪乳好きのアホウよ。この洞窟にいるアントどもが、生きていると勘違いしておるようだから言っておこう。
この洞窟にいるアントどもは既に皆全て死んでおる。今動いているのは、不死の王であるワシの力によって、黄泉より蘇った死者の軍勢であるからぞ』
――ギチ、ギチギチギチギチ
ドナンさんの声に合わせるように、アントたちが一斉に気味の悪い声を上げた。
「御大層だけど、要はアンデットというわけか?」
『左様。クハハ、ワシは不死の存在となった後、この地で手駒となるアンデットのアントどもを手に入れた。
いずれは地上に進出して、不死の王国を築こうと思っておったが、そこにお前さん方が暢気に足を踏みいれてきおった。
ドラゴニュートは地上でも非常に強力な種族。ワシの力を持って、お前たちドラゴニュートを支配下に置き、我が不死の軍勢に加えてくれよう。そうしてワシは、ワシは……』
そこから天井を見上げて、悦に入ったように笑うドナンさんと、玉座の骸骨。
「……どうしよう。あのおっさん筋肉乳が好きなだけあって、そうとう頭がいかれてるぞ」
「ミカちゃん、お願いですからこの緊迫した場面で、乳のことは忘れてください」
「忘れん。奴は筋肉乳好きを公言する邪教徒だぞ!」
……ミカちゃん。どうしてそこまで馬鹿なんですか?
僕は心の中で、マジでそう思った。
ドナンさんの話からして、どうやら僕たちは騙されて、ここまで誘導されてしまったようだ。
だけどミカちゃんとタイマン張って、乳の話題で対立していただけあって、ドナンさんも考えていることがズレていた。
『ええい、この脂肪乳マニアめ!
もう御託は沢山じゃ。ワシの不死の軍勢に加えてやるから、大人しく死んで、ワシの手足となるがいい。
貴様が死んだ後で、女性の筋肉乳がどれだけ素晴らしいか、アンデットになった貴様の体に、骨の髄にまで教え込んでやるぞ!』
「嫌じゃー!」
もう、僕帰りたい。
フレイアとレオンを連れて、今すぐ帰っていいですか?
ミカちゃんとドナンさんを放置して、叫びたくなったけど、今のやり取りが最後通牒だったようだ。
「行くがよい、我が不死の軍勢よ。あのドラゴニュートどもを殺して、ワシの不死の軍勢の一員とするのじゃ」
――ギチ、ギチギチギチギチ
ドナンさんの命令で、僕たちを囲んでいたアントたちが一斉に動き始めた。




