148 洞窟の最奥にて (ユウ視点)
ゴブリン洞窟に隠された通路。
そこに蔓延っていた多量のアントを突破した僕たちは、洞窟最奥にある巨大な空間へ辿り着いた。
そこには、巨大な体を持つ1体の蟻がいた。
他のアントたちとは違い、腹部だけが異常に巨大化した姿をしている。
その腹部はウネウネと動き回っていて、見るだけで生理的な嫌悪感をもたらす。
地球の知識を当てはめるなら、これがアントたち頂点に君臨している、女王王蟻だろう。
でも、
「む、胸が、胸がなきゃ、意味がねえんだよー!」
ミカちゃんが魂の叫びを上げながら飛びかかり、剣の一閃でアントに止めを刺していた。
剣によって頭が地面に転がり落ちるけど、例によって頭をなくしても、胴体が蠢き続ける。
「レオン、凍らせてしまいなさい」
「水の呪縛……からの冷凍!」
フレイアに命令されたレオンが、クイーンアントの全体を水で包み込み、そこにフリーズを掛けることで、アントを氷漬けにした。
アントと戦った時と同じく、戦闘とも呼べない、一方的な害虫駆除だ。
「クイーンなのに、なぜ胸がないー!」
それでも普通ならここで、戦闘に勝った歓声を上げるのだろうけど、ミカちゃんは絶望の絶叫を上げていた。
あ、やっぱり訂正。
変態の絶叫を上げていた。
「ミカちゃん仮にですが、クイーンアントに胸があったら、どうするつもりだったんですか?」
「さわ……い、いや、俺は健全な男の子だぞ。いくら何でも、巨大乳をしていたとしても、蟻の胸を揉むわけがないだろう……クッ」
今、触るって言いかけたよね。
それに顔を俯けて、物凄く悔しそうにしている。
……これ以上考えるのはやめよう。
ミカちゃんに、まともな理性を求めちゃダメだ。
『う、うむっ。お前さん方、ここまで一方的にアントを屠り、さらにクイーンアントをここまで簡単に倒すとは、とことんただ者ではないのう。さすがはドラゴニュートというところか。やはりドラゴンの血を引く生き物は、ただならぬ強さを持つのう』
ミカちゃんの変態ぶりはともかく、ドナンさんが僕たちの戦いを見届けて、驚きながらも感心している。
「本当に、凄い兄弟たちです」
僕もドナンさんの調子に合わせる。
ここに来るまでに僕はPTの後方警戒をして、2、30体のアントを倒している。
だけど氷魔法を使っていたレオンは、少なくとも100体以上倒していた。
ミカちゃんにおいては、500以上だろうか?
前方からくるアントをただひたすらに切り続けていたので、数えるのも馬鹿馬鹿しい数を、一方的に切り捨てていた。
人間だったら荒武戦い続ければ確実に途中で息切れしたはずだ。けれどドラゴニュートは、持久力の面でも人間離れしていた。
なおフレイアは、今回炎魔法なしなので活躍は地味だった。けれど、拳がアントの体を平然と貫いていた。
今までフレイアは魔法特化だと思っていたけど、実は肉弾戦でもとてつもない破壊力があることが分かった。
あの威力を見ていると、兄さんの拳を連想してしまうのは、僕だけじゃないはずだ。
しかしこのまま育っていくと、将来兄さんみたいになりそうで怖い。
フレイアの暴力支配とか、絶対にやめて欲しいな……。
ところで洞窟内にいたアントの数は、今までにゴブリン洞窟で戦ってきたゴブリンとは、比べ物にならないほど多かった。
クイーンのいる部屋に辿り着くまでにそのほとんどを僕たちが倒したけれど、最奥の部屋の中には、まだ孵化していない卵がたくさん転がっていた。
「焼いても……」
「レオン。氷漬けにして、卵が孵らないようにしておいてくれ」
「はーい」
フレイアは相変わらずだ。でも炎はとにかく禁止なので、レオンに頼んでおくことにした。
レオンの氷魔法で、瞬く間に卵が氷漬けにされる。けれど、先ほどクイーンアントを倒したときにも氷魔法を使ったので、洞窟内の気温がかなり下がっていた。
気が付けば、僕たちが口から吐き出す息まで白くなっていた。
「寒いのは嫌いですわ」
この環境にフレイアはご機嫌斜め。
暗くジメジメした洞窟が嫌いで、しかも魔法禁止とあって、かなりフラストレーションを貯め込んでいるようだ。
これ以上不機嫌になると、魔法を使いだしかねないので、早く目的を達成するとしよう。
「ドナンさんの遺体ですが、一体どこにあるんですか?」
クイーンの部屋には、卵以外にも、ゴロゴロと骨が転がっていた。
明らかに、アントの食事の跡だ。
前世の頃の僕だったら思わず卒倒しそうな光景だけど、これまでのドラゴニュートの野性生活で、たくさんのモンスターに止めを刺したり、スケルトンの大軍を兄さんと作ってきた。
そのせいかこの場に転がっている骨の数は、少ない方だと思ってしまった。
……って、こんなことを普通に考えるのって、人間としてかなりヤバいよね。
もしかして、僕ってもうモンスター側の思考になってない!?
僕は今自分が考えてしまったことに、自分で自分に引いてしまう。
まだ人間でいたい、モンスターの思考方式になんかなりたくない。
「筋肉を崇める邪教徒を、永遠の眠りにつかせてやるぞ」
そんなことを思っている間に、ミカちゃんが地面に転がっている骨を見分し始めていた。
ミカちゃんも僕と同じで、すっかりこんな光景に慣れてしまってる。
僕もミカちゃんも、もう日本人には戻れそうになさそうだ。
ハ、ハハッ……。
「ん、なんだこれ?」
そんなことを考えている間に、ミカちゃんが洞窟の奥で首を傾げていた。
クイーンアントがいた洞窟の最奥。
そこには黒く禍々しい雰囲気の椅子があった。
まるで玉座を連想させるような、ゴテゴテとした飾りのある椅子だ。
そして椅子には、1体の骸骨が鎮座していた。
――クッ、クハハッ。
その骸骨が、カタカタと動き出し、笑い始めた。




