14 ダーク・ブレス(?)の練習
木材でできている僕たちの自宅(巣)だけど、この前赤髪の次女のファイヤー・ブレスが原因で一部が燃えてしまい、結果巣の一部が炭と煤になってしまった。
ところで炭は黒い染料にもなるので、それに気づいた弟と妹たちが、炭を片手に、木材にミミズがのたうち回っている文字や絵を描き始めるようになった。
あと、ドラゴンマザーが毎回持ってきてくれる謎肉――野生動物かモンスターの肉なのかは不明なので謎肉と呼ぶけど――は、血が滴っている。
赤黒い色をした染料にもなるわけで、弟と妹たちはこれも使って、巣の中にミミズ文字と絵を描くようになった。
結果、原始人の残した壁画みたいなものが、巣のあちこちに出来上がっていく。
今まで何度も異世界転生したことのある僕だけど、ここまで文明から隔絶された原始時代な環境は初めてだよ。
そして次男は平仮名と片仮名を書いてみせ、他の兄弟たちに日本語教育を相変わらず施していた。
この子は、子供に対する面倒見がいいね。
前世で成人できていたら、保父さんが似合っていたかもしれない。
血で描かれた壁画はさておくとして、青や黄色とか、他にもいろんな染料が手に入れば、情操教育にいいかもしれない。
花なんか手に入れば、いろんな色を使えるようになるだろう。
と言っても、僕たちの住んでいる巣は、切り立った岩壁の中ほどにある。
ほぼ90度の岩壁の中に巣が作られている。
下までの高さは100メートルあるだろう。そして上までの高さにも50メートルは超えている。
なので、僕らは今のところ巣以外の場所に行くことができなかった。
背中に翼がはえてるので、いずれ飛べるようになるだろうけど、今のところ僕たちの翼は飾り状態で、自力で空を飛ぶことができない。
僕の場合は、前世で魔王をしていたので、既に簡単な魔法をいくつか使えるけど、今の段階では飛行系の魔法を使うには不安が大きすぎた。
何しろ、生まれてからまだ1か月も経ってないから、高度な魔法を使おうとしても、確実に失敗するのが目に見える。
魔法を使って飛んでる途中に、いきなり落下死なんてしたくない。
とりあえず、今は成長を待つのがいいだろう。
そして成長と言えば、前回ミカちゃんが額からライト・ブレス(笑)を出せるようになった。
本人は甚だ不本意な結果だろうけど、間違いなくブレス(笑)を出せるようになった。
そのせいか、ミカちゃんがいまだにブレスを使えない、次男のユウに突っかかるようになっていた。
『おいおいユウさんよ。お前さんはどんなブレスが撃てるんだろうな。クックックッ』
相変わらずの筆談。
物凄く悪ぶった文章と顔をして、ユウに尋ねるミカちゃん。
『僕、ブレスとか使えなくてもいいんだけど』
『はあっ、何言ってるんだ。せっかくファンタジー世界にいるんだぞ。この世界でエンジョイするためにもブレスを吐きやがれ!』
『いや、言ってる意味が分からな……』
「ヒギャー」
ユウはブレスに興味がないようだけど、ミカちゃんがユウの体に抱きついた。
幼女とショタボーイ兄弟の微笑ましい光景……と言いたいけど、抱きついたミカちゃんは、ギシギシと音が出るほどの怪力を込めて、ユウに抱きついていた。
「ヲラヲラ!やれ、やれー!」
まだ長文を満足に話せないので、単語だけで命令するミカちゃん。
「ギブー、ギブー!」
ユウの方は涙目になってるね。
――弱肉強食。
転生者のくせして、ミカちゃんは相変わらず腕力に頼った野生児だから仕方ない。
勝てないようなら、逆らってはダメというわけだね。
そんなわけで、ユウもブレスを吐くための練習を強制的に始めることになった。
『ユウは闇属性のドラゴンの要素を持ってるから、そういうブレスを出せそうだね』
と、僕は筆談でアドバイスしておく。
『おお、スゲー。でもよ、なんでレギュレギュ(僕の名前がレギュラスなので、僕の事)は見ただけで俺たちの属性が分かるんだ?やっぱり色か、俺たちの見た目の色で分かるのか!?』
『それもあるけど、前世は魔王をしてたから』
僕が元日本人であることは既にミカちゃんとユウには伝えているけど、前世が魔王であることはまだ伝えてなかった。
そしてこの時、ミカちゃんが物凄く胡散臭い表情で僕を見てきた。
(あ、こいつ重度の二病患者か)
なんて心の中で思ってるのが、声に出さなくても読めたね。
失礼な奴だな。誰が二病だよ!
僕は尻尾を使ってミカちゃんの顔面に超高速ビンタ100連発をお見舞いしてやった。
「フベベベベベベベベッ」
ミカちゃんが悲鳴を上げまくった後、プシューと両頬から煙を出してぶっ倒れる。
気絶はしてはいないけど、物凄いダメージだったようで、地面に突っ伏したままピクピクと痙攣し始める。
「死んでない、安心!」
ユウがそんな光景を見て、思い切りドン引きするけど、僕は舌っ足らずな日本語でそう伝えておく。
僕たちドラゴニュートの頑丈さは既に分かっている。
岩にめり込むほどの攻撃をしても、傷一つできないほど頑丈だ。
まして天然野生児であるミカちゃんが、この程度のダメージで死ぬことなどあり得ない。
なお、痙攣するミカちゃんを、青い髪の三男坊と赤い髪の次女が、面白そうに指で突く。
そこにドラゴンの姿の四女も加わって、鋭い爪のある前足でミカちゃんを突いていった。
好奇心が旺盛な子たちだ。
この輪に加わっていなかったリザードマン外見の三女も最後には加わって、ミカちゃんを指で突きだした。
「ウガー!」
そして兄弟たちから突かれていたミカちゃんが、雄たけびを上げて復活。
「お前ら、全員喰ったろかー!」
なんかナマハゲみたいな雄たけびを上げてるよ。
兄弟たちは蜘蛛の子を散らすように大急ぎで逃げ始め、その後をミカちゃんが追いかけていく。
うんうん。
頭のいい弟と妹たちは、既にミカちゃんが僕たち兄弟の中で、一番危ない奴だと理解してるね
何しろあの子、飢えてる時は見境なく他の兄弟に噛みつくしね。
そしてこんなことがある間も、ユウはブレスを出せないかと色々頑張っていた。
けれど、ミカちゃん以上に苦戦していて、ユウはブレスを出すことができなかった。
そうしているうちに、ドラゴンマザーがいつものように口に謎肉を咥えて帰ってきた。
訂正しよう。
謎肉じゃない!
僕らよりやや背丈の高い、滅茶苦茶人間そっくりの死体を大量に口の中に突っ込んでいた。
それを、まとめて巣の中へ放り出してきた。
大量の人間っぽい死体。
ただしその顔は人間にしては酷く醜悪で、醜い顔つきをしている。
そんな顔をした死体が、ゴロゴロと巣の中に転がり落ちた。
「ゴブリン」
その姿を見て、僕はすぐに死体の正体が分かった。
前世は魔王してたから、これぐらいの識別はすぐにできる。
とはいえ、形が人間に似ているせいで、ユウの顔面が真っ青になる。
いままで正体不明の謎肉を食べ続けてきたけど、こんなにはっきりした人型の肉は始めてだもんね。
ミカちゃんにしても、「ゴブリン、ゴブリン」と何度もつぶやいて、興味深そうにゴブリンの顔の一つを片手で持ち上げていた。
僕は例外としても、ミカちゃんって前世が日本人なのに、なんで人間に似ている死体に対して、そんなに無頓着でいられるんだ?
普通はもっと怖がったり、嫌悪感を持つものだと思うけど。
この子、前世の仕事が警備員と言いながら、実は暗殺者でもしてて、死体に慣れてるってことないよね?
そんなことを僕は考えていたけど、その間にドラゴンマザーは巣の中に吐き出した大量のゴブリンの死体を再度口の中に含み、いつものようにモゴモゴと噛み砕いていく。
巨大なマザーにかかれば、ゴブリンの体を骨ごと噛み砕いくなんて朝飯前。ほどなくして、血塗れ骨まみれ、ついでに唾液まみれのミンチ肉が、口の中から吐き出された。
「メシー」
そしてゴブリンのミンチ肉に対しても、いつものように腹ペコミカちゃんは抵抗なく食らいついていく。
――ガリガリ、ゴリゴリ
とはいえ、ゴブリンの肉はやたらに骨が多い。
体がやせ細ってて肉が少ないから、その分骨が混じってしまうのだろう。
「うんまーっ」
そしてそんな肉を食べても、ミカちゃんは相変わらずだった。
うわー、この子マジで前世日本人か?
本当は石器時代とか原始時代の人間じゃないの?
そう思わずにいられない。
なお、この後僕もゴブリンのミンチ肉を食べたけど、骨がかなり混じっていた。
マザーによってかみ砕かれたとはいっても、本当に骨ばかりで、ガリガリゴリゴリと、骨をかみ砕かないといけない。
でも、ドラゴニュートな僕は、音を立てながらも骨を難なくかみ砕くことができた。
しかし、味が今ひとつだねー。
そして他の兄弟たちも、同じようにミンチ肉を食べていく。
転生組の僕たちと違って、先入観のないまっさらな子供たちなので、ゴブリンのミンチ肉に、嫌悪感とかないようだ。
……好き嫌いがないから、いい事と考えるべきかな?
ただ、そんな僕たちと違って、ユウだけがこの時の食事に躊躇していた。
『食べないのか?腹ペコだろ?』
とは、ミカちゃんの筆談。
『む、無理。モンスターって言っても、さすがに人間に似たのを食べるなんて無理』
ユウの顔面は真っ青だった。
転生してから今までに、いろんな謎肉を食べてきたけど、ここにきてユウが初めて好き嫌いをした。
いやまあ、前世が日本人の転生者だと、抵抗があるのが普通だよね。
さすがに牛や豚と違って、ゴブリンは人の姿に近い。近すぎる。
地球で言えば、人間が近似種であるサルやゴリラを食べるみたいな感じかな?
中国人ならなんでも食べるって話なので、サルやゴリラでも食べそうだけど、さすがに元日本人のユウに、これは無理なようだった。
ところでこの食事の最中、ドラゴンマザーがまだ口に含んでミンチにしていなかったゴブリンの死体数体が、突然動き始めた。
カタカタカタと頭を動かし始める。
頭から大量に出血しているばかりか、肉が抉られ頭蓋骨まで露出してしまっているゴブリンの死体。
そんなのが5体ほど、立ち上がったのだ。
既に死んでいるのは確実なので、
「ゾンビ!」
と、ミカちゃんが口にする。
その通り。
あれは間違いなくゾンビ化したゴブリンだった。
動き出した死体に、転生者組でない兄弟たちは首を傾げる。
いつもドラゴンマザーが運んでくる謎肉は動くことがないのに、それが動き始めたことに、頭の中でハテナマークを浮かべている。
ただ、そんな僕たち兄弟の前で、マザーがちょいと前足を動かして、ゾンビゴブリンをまとめて踏み潰した。
忘れてはいけないけど、金色の鱗を持つドラゴンマザーは、超巨大だ。ゴブリンの2、30匹なら、前足を一歩踏み下ろすだけで、ぺちゃんこに潰せてしまう。
人間が蟻の隊列を踏み潰しても、それを戦闘とは呼ばない。
それと同じで、マザーにとっては、ゴブリンもゾンビ化したゴブリンをまとめて潰すのも、戦闘ですらなかった。
潰されてしまったゾンビは、骨も肉も完全にプレスされてしまい、もはやアンデットとして身動きを取ることすらできなくなっている。
なんともドラゴンマザーは巨大で、タフで、強力だ。
死なないアンデット相手に、僕らが戦うなんて展開にはならなかった。
こんな波乱の食事があった後、再びドラゴンマザーは新たな獲物を求めて飛び立っていった。
で、ゾンビ化したゴブリンたちを見て、僕は気づいた。
『ユウ、君はブレスを吐けないタイプのドラゴニュートだね』
『そうなんですか?』
『代わりに、死霊術を使えるタイプ』
筆談で、僕はユウの能力を断言した。




