139 迷惑な近隣住民には……
前回リズが倒した砂蜥蜴は、ハルバートが頭を貫いてしまったので、解剖するサンプルとしてはやや心もとない。
ただ別の場所で地面に隠れているバジリスクを見つけたので、それをレオンの水の呪縛で絡めとって、窒息させて仕留めた。
溺死した死体なので外傷はなし。
内部にも傷がないので、解剖するには文句なしの逸品だ。
「うんうん、これは実に理想的なサンプルだ」
僕は思わず尻尾をフリフリして喜ぶ。
「……俺、レギュレギュの事を勘違いしてた。奴はマッドサイエンティストだ」
「やっぱり元とはいえ、魔王ってそういう研究に手を染めたがるんですかね?」
僕から離れた場所では、ミカちゃんとユウがそんなことをヒソヒソと話し合っていた。
「失敬な、僕はマッドでも解剖好きでもないよ」
ちょっと心外だったので、ヒソヒソ話している2人に釘を刺しておいた。
まあこんなことがありつつ、僕たちは溺死させたバジリスクも浮遊馬車の荷台に乗せて、北にある元ゴブリン洞窟――今では僕たちの第2拠点にした洞窟――へとたどり着いた。
たどり着いたんだけど、
「……」
「まあっ、骨が散らかってますわね」
洞窟の入り口の周囲には、骨が散らばっていた。
「これってどう見てもスケルトンの骨ですよ」
「そうだね。……この様子からすると、洞窟を襲ってきたモンスターと戦ったのかな?あいつらに拠点を守る様に命令しておいたから」
相談しつつ、洞窟の中へ入る。
――ギシシッ
洞窟の中に入ると、そこには生き残り(すでに死んでるけど)のスケルトンたちがいて、僕たちの姿を見つけると、骨を鳴らしつつ敬礼してきた。
「おっ、全滅はしてないようだな」
「200体以上いたから、さすがにあの数を全滅させられるモンスターはこの辺にいないでしょう」
入り口では何体文化の骨が散らばっていたものの、洞窟の中を進んでいくと、スケルトンたちもかなりの数が生き残っていた。
とりあえず何があったのだろうと、僕はスケルトンの1体を呼び出して、その頭の中を覗き込む。
精神系の魔法に"念話"と呼ばれるものがあり、これを使うと大まかなイメージを相互間で伝え合うことができる。
『労働は幸福です。労働こそが死の苦しみすら忘れさせてくれる、素晴らしきもの。常に働き続けること、それこそが幸せ』
スケルトンの頭の中は、とても幸せそうだった。
うんうん、僕の教育が非常に行き届いているね。
そのまま骨が擦り切れて動くことができなくなるまで、君は労働に従事してくれたまえ。
まあ、いまだに出している命令が自宅警備と石拾い(グラビ鉱石)しかないのが、労働を与えている僕としては心苦しい。
本当なら、もっと馬車馬のように働かせたいのに。
と、それは本題じゃないな。
スケルトンの頭の中を読んでいくと、どうやらこの辺りに根城を持っている別のゴブリン集団と戦闘になって、それで一部のスケルトンが戦闘不能になってしまったとのことだ。
「ふむっ、ゴブリン同士での戦闘があるのか」
今はスケルトンの数が多いから問題ないけど、縄張り争いで向こうから襲ってこられると困るな。
というわけで、僕はそんな事情があることを兄弟たちに説明したうえで提案する。
「面倒だから、襲ってきたゴブンリの拠点を潰しちゃおう」
「レギュレギュ、そんなあっさり言うなよ」
僕の言葉が軽く聞こえたのか、まさかのミカちゃんからの突込みだ。
「別にいいじゃん。ここは僕たちの第2拠点として使っていくつもりだから、外敵は駆逐してしまうに限る。ついでに相手がゴブリンだから、御飯の足しにできるし」
面倒な外敵を駆除して、ついでにお腹も膨れる。
まさに一石二鳥じゃないか。
「すでにゴブリンの住処を一つ潰しておいてなんですが、兄さん本気ですか?」
「本気だよ。というか僕たちだったら、簡単にできることだし」
ゴブリン相手に慈悲などいらない。奴らは所詮頭の悪い害獣。
悪い獣は駆逐して食べてしまうのが一番だ。
というわけで、第2拠点の近所にいるゴブリンの住処を潰すことにした。
近所付き合いは、最初が肝心だからね。
迷惑な近隣住民には、集団ごとこの世からご退去していただくことにしよう。
ただ、
「僕はこれからバジリクスを解剖するつもりだから、ゴブリンの方はミカちゃんとユウに頼めるかな?」
「へっ、兄さんはいかないんですか?」
「どうせゴブリンたちが相手だからね」
僕はミカちゃんとユウの戦闘能力を信頼している。
2人だったら、ゴブリンの100や200や300程度なら倒せるだろう。何しろ僕たちはゴブリンより強大なドラゴニュートなのだから。
「レギュラスお兄様、でしたら私もミカちゃんたちと一緒に行っていいでしょうか?」
「うん、いいよ」
フレイアが名乗り出てきたので、すぐに承諾。
洞窟内では酸素を消費するフレイアの炎魔法は危険だけれど、外にいるゴブリンをまとめて焼き払ってくれる戦力になるだろう。
場所は選ぶけど、範囲殲滅という点では、フレイアの炎魔法が兄弟の中で一番強い。
「よかった。私このジメジメした洞窟にいたくなかったんです」
なお、フレイアは単に洞窟の中が嫌いなだけのようだった。
この第2拠点だけど、僕たちの家と違って、水滴がポツポツ落ちてくるからね。
と、そこで気づいた。
「ここを拠点にするなら住みやすくしたいから、ドラドとリズの2人で地面を平らにしたり、水が流れ込まないように土魔法で壁や天井を補強してくれるかな」
「了解しました、レギュラス兄上」
『はーい、ドラド頑張るね』
僕の指示を了承するリズとドラド。
なお、洞窟内ではドラドは体の大きさから、現在はドラゴニュート形態になっている。
最近のドラドは、変身を維持しつつ土魔法も使えるようになってきたから、室内で魔法を使った作業をさせても問題ないだろう。
「ねえレギュ兄さん、僕は?」
そして最後に残ったのはレオン。
「そうだな……レオンはもう少し戦闘経験も積んだ方がいいから、ミカちゃんたちの方へ行くといいな」
「はーい、分かった」
我が兄弟随一の暢気者レオンは、相変わらず暢気な返事をするのだった。
なお、近所のゴブリンの住処への襲撃だけど、相手の住処はこの洞窟にいるスケルトンゴブリンが知っていた。
生前に近隣のゴブリン同士で縄張り争いをして、戦いを繰り返す間柄だったようだ。
そんなスケルトンたちを50体ほどミカちゃんたちに同行させて、近所のゴブリン洞窟殲滅作戦を任せることにした。
「うおっしゃー、ゴブリン洞窟の探検じゃー。今度こそ宝箱をゲッチューじゃー」
近隣のゴブリンの殲滅を任せたけど、見送りに出たとき、ミカちゃんがそんなことを言っていた。
「危険な生き物はいないと思うけど、ゲームじゃないんだから、危ない時はちゃんと逃げるんだよ」
戦闘能力はともかく、ゲーム脳持ちのミカちゃんは頼りにならないと判断して、僕はユウとフレイア、レオンにしっかりと言い聞かせておいた。
「分かってます、兄さん」
一同を代表して、保護者のユウが頷いてくれた。




