138 実はバジリスクだった
今回の狩りの旅は、まず自宅から西側の平原に出て、その後時計回りに弧を描くように移動して、北側の平原地帯に向かう予定でいる。
西側の平原では主に砂蜥蜴と土狼が生息していて、ゴブリンは少ない。
一方北の方へ進んでいくと、ポツポツと小高い丘が見え始める。
丘の全てではないが、その中のいくつかには洞窟があって、そこをゴブリンたちが根拠地にして生活している。
北側の平原では砂蜥蜴や土狼に代わって、ゴブリンの生息数が一気に増えていった。
ところで北の草原に辿り着くまでに、はぐれゴブリンを何体と遭遇した。
ギャーギャー言いながら投石をしてくるゴブリンども。
だけど、今回は食べるのでなく、
「こいつらを繁殖させられないかな。家畜みたいに」
という、考えがあったので生きたまま捕獲した。
「ゴブリンの家畜化ですか?」
僕の考えに、ユウが若干顔を引き攣らせつつ尋ねてくる。
「僕たちって食べる量がものすごく多いでしょう。今は自宅にいればマザーが獲物を運んできてくれるし、この辺りにいるモンスターの数が多いから問題ない。
けれど僕たちって、将来的に狩り尽くしそう勢いで食べまくってるからね。
牛や豚みたいに、ゴブリンを飼育して増やせればいいと思うんだ」
「確かに、一度狩りに出るごとに、百単位でモンスターを狩ってますよね」
このままいけば、この周囲にいるゴブリンや砂蜥蜴、土蜘蛛は遠からず絶滅してしまうだろう。
僕たちドラゴニュート兄弟はこの辺ではモンスターの頂点に立てる強さがあるだろうけど、だからと言って弱肉強食の理論だけでは生きていけない。
いかに僕たちが強くても、獲物になるモンスターを狩り尽くしてしまえば、食べ物がなくなって飢え死にするしかなくなる。
地球で言えば肉食動物が草食動物を狩り尽くしてしまうと、結局食べるものがなくなった肉食動物も飢え死にして滅びるしかなくなってしまう。
世の中で真に強いのは、弱肉強食ではなく、食物連鎖なわけだ。
もっともこの辺りのモンスターを狩り尽くす前に、別の場所に引っ越ししてしまうという手もあるけれど、今は自宅周辺だけが生活圏なので、それ前提で物事を考えていこう。
「ギャーギャー」
「ガーガー」
ところで、捕獲したのはいいけれど、生きたままのゴブリンどもは煩い。
「革紐があるから、それで口を縛っておいて」
「了解しました」
僕の指示に、リズが率先してゴブリンの口を革紐で縛ってくれた。
ゴブリンどもは暴れて抵抗するけど、そんなものはドラゴニュートの前では無駄な抵抗だ。身体能力の差が圧倒的なので、リズは暴れるゴンプリンをあっさり取り押さえて、皮紐でゴブリンの口を塞いでいった。
あと無駄な抵抗をされないように、手を後ろにして縛っておく。
なお捕獲したゴブリンの周囲には、僕たち兄弟だけでなく、スケルトン軍団もいる。
足の速い土狼のスケルトンに、体の大きな砂蜥蜴のスケルトン。
ゴブリンが逃げ出そうとても、逃亡を阻止する戦力が十分以上に足りていた。
そして僕たちはこのゴブリンたちを連れながら、前回の旅で手に入れた第2拠点の、ゴブリン洞窟に向けて進んでいくのだった。
だけど、その途中、
「フガガガッ」
地面に隠れていた砂蜥蜴に気付かなくて、捕獲したゴブリンの1体が、噛みつかれてしまった。
砂蜥蜴は常に地面に隠れていて、獲物が近くに来るのを待つ習性をしている。
僕たちの目だと、隠れている場所を事前に見つけることが大体できるけど、今回は不幸にも見落としていた。
「フンッ!」
もっともゴブリンに噛みついた砂蜥蜴は、リズのハルバートの突きで頭を貫かれて即死だ。
「まったく、こんなところに隠れていたなんて、油断も隙もあったものじゃないね」
ゴブリンが1体やられてしまったけど、被害はそれだけで大したことはなかった。
今まで散々モンスターを食いまくってきた僕たちにとって、たった1体のゴブリンが噛みつかれた程度、被害にもならない。
ただ、
『あれっ。このゴブリン、噛まれたところがおかしいよ?』
「兄さん、これってマズくないですか」
最初にドラドが気付き、次にユウが噛まれた個所を見て、表情を曇らせる。
「どうしたんだい?」
僕も噛みつかれたゴブリンを見てみれば、なんと砂蜥蜴に噛まれた傷口の周辺が、石のように固くなっていた。
しかもその範囲が、時間と共に広がっていく。
それからほどなくして、ゴブリンの体の半分が石化したところで、石化の進行は止まった。
けれど体の半分が石になってしまったゴブリンは、その状態で息絶えて死んでしまった。
「今まで砂蜥蜴って呼んでたけど、こいつら実は"バジリスク"だったみたいだね」
生きたモンスターを噛みつくことで石化させる。これは立派なバジリスクの特徴だ。
「兄さん、そんなにノホホンと言わないでくださいよ。こいつらに噛みつかれると石化されるとか……今まで散々狩ってきたけれど、実はすごく危険なモンスターだったじゃないですか!」
「そうだそうだ!レギュレギュ、お前どうしてそんなに暢気なんだよ!」
ユウは顔面が青くなっていて、ミカちゃんの方は怒っている。
なおレオンとリズは、好奇心から石化したゴブリンの半身を、手でコツコツと叩いていた。
「……どうせなら宝石になればいいのに」
『そうだね』
フレイアとドラドは、物凄く的外れな感想を口にしていた。
さて、転生組であるミカちゃんとユウの2人だけ、随分と取り乱しているようだけど、2人とも肝っ玉が小さいね。
「多分僕たちは大丈夫だよ。初めて狩りに出た時に散々バジリスクを食ったけど、誰も石にらななかったじゃない。
それにこれを見て」
僕はリズが倒したバジリスクの口から歯をもぎ取って、それを自分の肌に当てる。
「ちょっ、兄さん危ないですよ!」
2人は慌てていたけれど、僕の肌はドラゴニュートの肌だ。
肌色の肌の表面に緑色の鱗が現れて、それがバジリスクの鋭い牙を弾いていた。
「バジリスクに噛まれても、僕たちの鱗を突き破ることはできないから、牙から石化の毒を受けることはないだろう」
実演してみせた僕を、ミカちゃんとユウは、よくそんなことできるなって目で見ている。
「でも、バジリスクについては少し研究した方がよさそうだから、この死体はリアカーに乗せて、第2拠点まで運んで行こうか」
一応石化の毒を持っている相手だ。
ミカちゃんとユウは心配しているようだし、もう少し詳しく調べてみることにしよう。
「でも、調べるって言っても、どうやって調べるんだ?」
「それなら大丈夫。一応僕って生物の解剖と研究もそれなりにしてるから、簡単な調査ならできるよ」
「ファッ、なんでそんなことができるんだよ!」
解剖研究できる僕に、ミカちゃんが驚いてる。
でもさ、
「だって僕はシリウス師匠の弟子だよ。あの人、生物実験もしてたから、僕もいろいろと覚えちゃったんだよね」
そう、全てはあのシリウス師匠のおかげで覚えてしまった。
あの人、人工生物を作り出せば、それの解剖とか鼻歌歌いながらしてたからね。
僕はそれに付き合わされて、いろいろと覚えてしまった。




