135 フロートリアカーレース
「うおおおっ、競争じゃー!」
浮遊荷車の取っ手をもって、尻尾を超フリフリしながら全力疾走をしているミカちゃん。
その後には、ミカちゃんの弟子であるリズとユウが引っ張るフロートリアカーが続いていた。
「ミカちゃん、走る速度では負けません」
先頭を行くミカちゃんに対して、リズもは尻尾をピンとたてて全力疾走。
「待ってくださいよ、ミカちゃん」
一方最後尾を行くユウは、子供の様に走っていく2人の後を、遅れない速度でついていく。
相変わらず、ユウの保護者ぶりは大したものだ。
生後1年ちょいのリズはともかく、中身がおっさんでも精神年齢が子供のミカちゃんの相手を、ちゃんとしてくれている。
「ミカちゃん頑張ってくださいなー」
「フオオオーーーッ」
なおミカちゃんが引っ張っているリアカーにはフレイアが乗っていて、応援されたミカちゃんは鼻息を滅茶苦茶荒くして興奮していた。
まるでスペインの闘牛の前で、赤い布をヒラヒラさせているような興奮レベルだ。そのまま飛び跳ねて、どこかへ飛んで行ってしまうのではないかという勢い。
実際ミカちゃんの背中についている羽は、ただの飾りではなく本当に飛べる羽なので、そのままどこかに飛んで行かれても困るけど。
「ムムムッ、さすがはミカちゃん。強敵です」
フレイアへの欲心でパワーアップしたミカちゃんの後を追うリズは、悔しそうにしている。
リズの引っ張るリアカーが、ミカちゃんに対して明らかに遅れ始める。
「ユウ兄さん、ファイトー。もっと早く走らないとおいてかれちゃうよー」
そして最後尾を行くユウのリアカーの荷台に乗っているレオンが、ユウを応援していた。
「じゃあ、もう少し頑張ろうかな」
レオンに応援されて、もう少し早く走り出すユウ。
3人の中では一番最後尾にいるけど、実は体力を温存していて、まだまだ早く走れるようだ。
とはいえ、ミカちゃんのリアカーを追い抜くことはしないだろう。
追い抜いてしまったら、ミカちゃんが後でなんだかんだとごねて煩くするだろうから。
ところで3台のリアカーが競争をしているけど、その傍ではドラゴン形態のドラドも、ドシンドンシと地響きを立てながら全力疾走している。
『いいなー、ドラドもリアカーを引っ張りたい』
と、リアカーを引っ張っている3人を羨ましそうに見ていた。
ドラゴン体型のドラドだと、リアカーの取っ手を握れないので、リアカーをもって走れない。
僕たちは今回狩りの旅に出ているので、危険のある旅の間は、ドラドはドラゴニュート形態禁止のせいで、リアカーを引けずにいた。
「よしよし、今回の旅が終わって家に帰ったら、好きなだけひかせてやるからな」
『……はーい』
残念そうにしているドラドに僕は言う。
ドラドは素直に返事をしているけれど、それでもこらえきれない残念さが声に滲んでいた。
とまあ、こんな感じで旅の1日目は、フロートリアカーレース状態になってしまった。
なお、今は自宅から西側の平原に向かって進んでいる。
家の周囲の荒野地帯を超えると、草がポツポツと生えたステップ気候地帯に入る。
この辺りになると土狼や砂蜥蜴が出没する領域になるけど、今回は僕たちが勢いよく走っていたせいか、土狼は出てこなかった。
そして途中、砂蜥蜴が砂の中に隠れていたけど、リアカーを引けずにフラストレーションを溜めていたドラドの体当たりで、ノックアウトされていた。
やはり子供とはいえドラドは、外見がドラゴンだ。
たかが蜥蜴ごときでは、ドラゴンの体当たりをまともに受け止めることができず、あっさり吹飛ばされていた。
地球で言うと、トラックが人間に衝突するような感じだね。
ドラド相手に、砂蜥蜴には最初から勝ち目なんてなかった。
「はーい、皆競争はここまで。砂蜥蜴を仕留めたから、これをリアカーに乗せるよ」
ここで倒した砂蜥蜴を食べるのもいいけど、せっかくリアカーもあるので、今回はリアカーに乗せて運んでいく事にした。
道中で仕留めた獲物はリアカーに乗せて、夜にまとめて食べればいいだろう
なお自宅周辺と違って、この辺りまで来ればモンスターが出没する領域だ。
さすがに無警戒で全力疾走していると危ないので、フロートリアカーレースはここで終了。
「クハハ、やはり俺のスピードをもってすれば断トツでトップだよな」
レース終了と共に、最前列を走っていたミカちゃんがドヤ顔になる。
「ムウッ、悔しいです」
「カカカ、まだまだ弟子に負けはせぬぞ。フェッフェッフェッフェッ」
リズ相手に自慢しまくって、ものすごく大人げないミカちゃん。
中身がおっさんでも、精神年齢は相変わらず見た目通りの幼児だ。ただし笑い方は気持ち悪い。
「ミカちゃんに勝つには、もっと頑張らないとね」
悔しそうにしているリズに、ユウは優しげにそう言った。
「ムキー。ビリのくせして、ユウのその余裕ぶった態度が気に入らん。天誅ー!」
「ヒギャー」
ミカちゃんの逆鱗に触れて、ユウが頭を齧られてしまった。
とはいえアンパンで顔ができたどこかの世界のヒーローと違って、ユウはドラゴニュート。ミカちゃんの歯に噛みつかれとところで、ノーダメージだ。
それでも痛いことに、変わりはないだろうけど。
なお、レースが終わった後でミカちゃんはぽつりとつぶやく。
「しかし異世界召喚物の定番と言えば、馬車にサスペンションを施して、揺れを抑えるのが定番なのに、このリアカーは実にけしからん!」
異世界物の小説と、現実を混同してないか?
僕は少しだけ目を細めて、ミカちゃんの方を見る。
「違う、違うぞ、レギュレギュ。俺は小説なんかと混同していない。ただ俺は、このリアカーに対して物凄い不満がある!」
「……とりあえず、聞こうか?」
小説どうこうは置いておいて、一体何が不満なんだろうね。
「いいか、このリアカーは空中に浮いている。そのせいでどれだけ揺らしても、積み荷が全く揺れない」
「荷崩れしないからいい事でしょう?」
「シャラープ。揺れないんだよ。どれだけリアカーを派手に動かしても、荷台に乗ってるフレイアの乳が振動で揺れないんだよ!」
「……」
「ヒゲブシィッー」
このおっさんとまともに話をした僕が愚かだった。
空想と現実の混同でなく、ただのエロおっさんだったことを失念していた僕が愚かだった。
「やめてー、頭が潰れるー」
「まだしゃべれるってことは、余裕があるみたいだね」
「ヒゲーッ」
とりあえず肉体言語でミカちゃんを調教しておいた。
もちろんミカちゃんなので、この効果は数日も持たないだろうけど。




