131 ヒッキーデネブとなめし皮の不足
前回デネブの研究で、グラビ鉱石が師匠作の人工鉱石であることが発覚した。
「フフフ、グラビ鉱石の正体が分かったので、これを使えば超便利な道具を色々作ることができますよ。
私、グラビ鉱石の加工方法なら、スピカ様からたくさん教えてもらいましたから」
エッヘンと胸を逸らすデネブ。
ただし胸は全くない。女性人格ではあるが、動かしている体が僕の体なので当然だ。
なおここで出てきたスピカという人物だけど、僕が不老不死の薬を飲んだ結果、薬の副作用でデネブというサブ人格が生まれたように、シリウス師匠も不老不死の薬を飲んだことで生まれたサブ人格の名前だ。
ぶっちゃけあの人、シリウス師匠と同レベルか、それ以上にヤヴァイ。
僕もデネブも全く頭の上がらない人だ。
(デネブ、グラビ鉱石の加工はいいけど、加工より先に作ってほしい物があるんだけど)
「えっ、加工すれば超便利なのに……」
僕からの注文に、デネブが少し口を尖らせる。
(いいかい、僕らは未だに原始時代だか石器時代程度の環境にいるんだよ。それも文明から完全に隔離された野生の中で生きてるんだ。だから、作るものは便利な物より、まずは必要な物の方が優先だ)
「うー、分かりましたー。でも私は外には出られないから、私が欲しいものは全部レギュラス様が持ってきてくださいよー」
口尖らせたまま、しぶしぶ納得するデネブ。
なお彼女の場合外に出られないというより、対人恐怖症がひどすぎるので、他人がいる場所に出ていけないだけだったりする。
マザーの声を聴いただけでビビるくらいだから、他の兄弟がいる前では、絶対に僕の体の操作権を奪って、勝手に動きだしたりしない。
モンスター相手でも、このスタンスは変わらない。
あとヴァンパイアじゃないけど、太陽の光に当たると萎れてしまうらしい。……まあヴァンパイアというより、暗い部屋に引き籠るのはナメクジっぽいか?
「ジトー」
僕の考えが筒抜けなので、デネブにジト目をされてしまった。
まあ、どうせデネブにジト目されても問題など全くない。
(それじゃあデネブ、早速だけど作ってほしい物は……)
そこで僕は、デネブに作ってもらいたい物を告げる。
「ふむふむ、分かりました。確かにそれがあると、狩りに行った際にたくさんの物を運べるようになりますね。だったら次回の狩りからは、グラビ鉱石をもっと大量に運んできてくださいよー」
(はいはい、分かったよ)
デネブと僕の間で話し合いが成立した。
「フンフンフンー」
あとはデネブが尻尾をフリフリ、鼻歌を歌いながらグラビ鉱石を使って、製作作業に入ってくれた。
こんな間抜けでも、魔導工学や道具の作成には優れた能力を持っている。
後のことはデネブに任せておけば大丈夫だろう。
「頭の中で、私の同一存在が私の事を貶している……」
なんかデネブが呟いたが、僕は知らんぞ。
それから数日間、僕というかデネブは研究部屋に籠って、僕の注文品を熱心に作って行ってくれた。
「フフフ、どうせ作るんだったら、グラビ鉱石の性能をもっと引き出すのがいいですよね」
変身で魔王の人差し指化した指を使って、グラビ鉱石を器用に加工していくデネブ。
僕が注文した物を、ただそのまま作るだけでは芸がないと、何やら工夫を凝らしていってる。
ここでチャチャを入れてやる気をそぐのもあれなので、僕は黙っておくことにした。
ただここで、
「兄さーん。ちょっと相談があるんですけど」
「ひゃいわな、ファーリーキー」
扉が固く閉じられている研究部屋の人から、ユウの声が聞こえた。
その途端他人がダメなデネブが、訳の分からない雄たけびを上げる。
その場からガバリと飛び上がって、ジャンプ。直後飛び上がりすぎて天井に頭をぶつけ、劣化黒曜石製の天井に罅が入った。
そして落下をすれば、綺麗に着地できずに地面に激突。
「フゲブッ」
とても情けない声を出しす有様。
それに留まらず、
「はいいっ、ひいいいぃぃぃっ」
他人の声が聞こえただけなのに、勝手にパニックになって挙動不審に左右をキョロキョロ眺める。
「兄さん?」
――ドンッ、ダンッ、ガタガタガタン
再びユウの声が聞こえたので、慌てて部屋の奥の方へ体ごと飛び、そこにあった道具一式に足を取られて盛大にズッコケ、辺り一面にあった道具やグラビ鉱石などが飛び散る。
「ああ、このクソ人格が!」
気が付いたらデネブは体の操作権を僕に明け渡して、その存在を僕でも感じ取れないレベルで、体の奥深くに隠してしまった。
体の操作権を返してくれるのはいいが、あの悲鳴はやめろよ!
ユウに聞かれてたら、僕の兄としての沽券に関わる。
それにパニックになって部屋はグチャグチャにするし、おまけに天井にぶつけた頭が少し痛い。
クソが、この痛みはお前のせいなのに、なんで僕が感じないといけないんだよ!
僕は心の中で悪態をついたけど、既に気配を完全に隠してしまったデネブは、僕の悪態に頭の中ですら反論してこない。
本当に、こいつはポンコツだ。
「兄さん?」
なんて思ってたら、研究部屋の扉を開けて、ユウが中に入ってきていた。
「やあ、ユウ」
「……あの、物凄く部屋の中が散らかってますけど、大丈夫ですか?」
「気になるかもしれないけど、気にしなくていいから」
「?」
僕とデネブのやり取りなど知らないだろうユウは、不思議そうな顔をしている。
「それよりユウ、何の用があって来たんだい?」
頭の上に乗っかってたグラビ鉱石の欠片を払い落としつつ、僕は尋ねる。
冷静に、クールに。
間違っても対人恐怖症でぱにくりまくる、どこかの誰かさんみたいな態度はとらない。
「実は相談があるんですけれど……っていうか、さっき女のようなすごい悲鳴が……ムグッ」
「忘れろ!いいな、忘れろ!」
デネブの醜態が、外にまで聞こえていた!
僕はユウの口を手でガシリと掴んで、真顔でユウに迫った。
僕のただならぬ気配に完全に気圧されてか、ユウは顔を真っ青にしながら、コクコクと頷く。
「よろしい。それで、用件は何だったかな?」
口封じは完了だ。
僕がデネブみたいなダメ人間と勘違いされたら、大変だからね。
「ええっと、相談なんですけど、実は最近なめした皮の在庫が少なくなってきて困ってるんです」
「なるほど」
まだ戸惑いが残っているユウだけど、問題は鞣した皮の在庫だという。
そういえばここ最近僕は研究部屋に籠っていたので、通常の生産活動に参加していなかった。
「僕もだけど、ユウも最近はミカちゃんの訓練を受けてるから、皮をなめす作業にとれる時間が減ってるか」
問題は僕とユウが、通常の生産活動以外にもいろいろと行動をし始めたことで、皮をなめす時間がなくなったのが原因。
あと僕がいないと、劣化黒曜石製の道具の多くが作れないのも問題だろうか。
今ではリズも劣化黒曜石を作ることができるようになったけど、そこから道具に加工するための成形作業までは、リズ1人だとできない。
「うーん、つまるところ問題は人手不足という事か。とりあえず今はなめした皮の在庫だけだから、今から2人で皮をなめしていけばいいか」
「はい、兄さんも手伝ってくくれると助かります」
「分かったよ」
グラビ鉱石を使って作りたい物もあるけれど、そっちは後回しでいい。
それよりなめし皮が不足すると、よく破れる服の補修とかができなくなるので、そっちの方が問題だ。
生産活動に参加しないくせして、ミカちゃんはしょっちゅう服を破くし、フレイアだってたまにファイア・ブレスを服に引火させている。
予備のなめし皮がなくなると、またしても全裸生活に戻ってしまうので、それを防ぐためにも急いでなめし作業をしなければ。
……ああ、どこかに労働力が転がってないかなー。
スケルトンどもを自宅でも使えればいいんだけど、マザーに見つかると問答無用で粉砕されてしまうからな……。




