12 炎のブレスと水のブレス その2
「ミカちゃん、天使、マジ可愛い、エンゼル、超素晴らしい、讃えよー」
今日も今日とて、長女の次郎改めミカちゃんの洗脳教育が行われている。
「タタエヨー」
「エンジェルー」
「マジマジー」
前世の記憶持ちの僕と次男の優一は問題ないけど、人生経験ゼロで先入観も何もない他の兄弟たちが、ミカちゃんの教育にやられてしまわないか心配だ。
あと、ユウは地面に文字を書いて、
「あ、い、う、え、お」
と言いながら、他の兄弟たち日本語の教育をしてる。
前世は17歳の高校生って話だったけど、なんだか教育者っぽいことしてないか?
この子は本当に17歳だったのか?
大人すぎだろ。
まあ、教育者って言っても、今は保父さんみたいなものかな?
そんな幼児向けの教育と、洗脳教育が行われつつ、僕たちの日々の生活は続いている。
勉強をしたり、ドラゴンマザーの持ってくる謎肉を食べたり、暇な時間をじゃれ合って遊んだりしてる。
そしてものすごく当たり前のことだけど、生活しているだけで喉も乾いてしまう。
そんなときは、決まって青い髪の三男坊が役立った。
「テイッ」
ミカちゃんが三男坊の頭をバチンと叩く。
かなりいい音がしてるけど、ドラゴニュートは人間より頑丈なので痛くはない様だ。
で、頭を叩かれた三男坊は、口から綺麗な真水をゲロゲロと吐き出し始める。
うん、「ゲロゲロ」って吐き出すんだ。
塩辛くも、唾液臭くもなくて、飲んでみると物凄く美味しい水なんだけど、吐き出し方はゲロゲロ。
酔った親父が、胃の中の物を吐き出してるようにしか見えないんだよね……。
とはいえ、ドラゴンマザーが持ってくる唾液まみれの肉を食べながら育っている僕たちなので、この程度の事は今更だ。
この水を飲んで、僕たちは喉の渇きを癒すことができた。
で、水属性の三男坊が水のブレスというか、ゲロゲロの真水を吐き出すのを見ていて、ミカちゃんも対抗意識を燃やし始める。
「フー、ガー」
口を大きく開けて叫び始める。
本人はいたって真面目で、口からブレスを吐き出そうとしているのだろう。
もっとも本人の口からは、雄たけびというかうめき声というか、潰れたカエルみたいな声以外何も出てこないけど。
そして、こんなことをしていると、他の兄弟たちもそれを真似し始めてしまった。
――ドバドバドバ
三男は大口を開けて、そこから大量の真水を流し始める。
ブレスと言っても、今のところは勢いが全くなくて、口からただダバダバと水が漏れ出しているだけ。
まるで水道管が壊れてしまい、そこから止まることのない大量の水があふれ出ているように見える。
そして、あまりに水を出しまくると、木造の巣が水浸しになるのでほどほどにしてほしい。
その横では、赤い髪の火属性の次女も大口を開ける。
以前ファイヤーブレスでミカちゃんを驚かせた次女。今回も口から炎が飛び出す。
下に向かってダバダバと水を出し続ける三男坊と違って、こっちは炎が水平方向に向かって綺麗に飛ぶ。
その光景は、火を吹く大道芸にそっくりだ。
「おおーっ」
「わあー」
そのせいもあって、僕とユウの2人は、観客になった気分で、それを見てしまう。
完全に見世物だね。
「あ、そうだ。ちょっと口を窄めてみるといいかも」
で、少し気づいたことがあるので、僕は炎を吐き出している次女の口を少し窄めさせる。
もっとも僕は日本語で話してるつもりでも、「あー、しょーしょー。クークーダーダー」なんて感じの発音で、相変わらず赤ちゃん言葉なんだけどさ。
なので、次女の口を無理やり手で小さくさせた。
力づくで口を窄めさせられた次女が抵抗したけど、それが何か?
常に人のご飯を狙って襲い掛かってくるミカちゃんを僕は軽くあしらえるので、次女のささやかな抵抗など力づくで全部無視した。
で、次女の口を窄めさせた結果……
――ゴオォォォォー
それまでの大道芸人の火吹きパフォーマンス染みた炎が変化した。火の大きさは小さくなってしまったものの、炎が赤い色から真っ青な青へ変化し、ガスバーナーみたいに口から高熱の火が出るようになった。
――ゴオォォォォー
音まで段違いだ。
そのことに気づくと、次女はキャッキャと笑いだす。
「うんうん、思った通りだね」
僕も満足だ。
ただし次女よ。
お前はなぜ、火を噴きながら木材でできている巣の壁へ近づいていく。
――ゴオォォォォー
そしてあろうことにも、次女が木の壁に向かってガスバーナー化した炎を吹き付けた。
「ああ、馬鹿妹!」
「ダアアアーッ」
僕とユウの2人は叫ぶ。
高温のバーナーに熱されて、木材に火が付いたんだよ!
『うおおおっ、火事だ、火事だ!』
それと、ミカ!
お前は僕たちの住んでいる家(巣)が燃え出したのに、なんで走りながら喜ぶ!
火事と喧嘩は江戸の華なんて言葉があるけど、お前は江戸っ子か何かか!?
「キャッキャッキッッ」
そして木材に引火した炎を見て、次女はさらに喜ぶ。あろうことに、この子は燃えている炎に手を突っ込んで、さらに嬉しそうにしている。
炎の属性竜の性質を持っているせいか、次女は炎の中に手を突っ込んでも、全く熱くないようだ。
人間だったら、今頃大火傷して大変だぞ。
「あー、そうなのかー。へー、炎の属性竜はさすがだなー」
『現実逃避してる場合じゃないでしょう!』
僕が呆けてたら、ユウが叫びながら炎に手を突っ込んで遊んでいる次女の元へ走って行った。
ちなみに、ユウは赤ちゃん言葉で叫んでいたけど、言いたい言葉の意味は理解できたね。
で、後ろから羽交い絞めにして、ユウは次女を燃えている現場から遠ざける。
しかし、それを見ていた他の兄弟たちが、なぜか面白がって燃えている炎の方へ、一斉に向かっていった。
兄弟たちは、「キャッキャ、ワッワッ」と喜びながら、炎の中に飛び込む。
だけど、次女の時と同じように、兄弟たちが炎に飛び込んでも、全然熱くないようだ。
さすがドラゴニュート兄弟だ。
炎に飛び込んでも無傷とか、防御力が半端ないな。
「うおおおっー、ふおおおーっ」
あとミカ。お前は転生者なのに、なぜ自宅が炎上している中へ飛び込んでいって、雄たけびを上げて喜べる?
こいつは本当に訳が分からん。
いずれにしても、このまま放置していては、我が家が丸焦げになって大参事だ。
この状況を無視できない僕は、炎の中で遊んでいる三男坊の元へ向かう。
そしてその頭をペシリと叩いた。
――ダバババババババッ
三男坊の口から、壊れた水道管みたく、大量の水がこぼれ出す。
ほどなくして、三男の吐き出す水によって、燃え上がっていた炎は消し止められた。
三男は便利な奴だ。
ただ、頭を叩くたびに水を出す癖がつかないといいけど。




