126 魔王の人差し指(サタンフィンガー)
前回に引き続き、研究部屋の強化の続きだ。
壁の方は劣化黒曜石で物理的に強化したので、次は内部の魔力を外部に放出しないようにする、"魔力遮断結界"の魔方陣を描くとしよう。
研究中に魔法的な爆発が起こった際、この結界があれば被害を抑えるのに多少役立つ。
爆発なんてものは起こさないのが一番だけど、安全対策の一環として、やっておいて損はないだろう。
ただこの魔法陣は、普通に地面に図式を刻めば完成というわけではない。
図式を描く際、高度な魔法操作が必要で、それをするためには今の僕では無理だった。
ただし高度な魔法操作を行う方法はちゃんとある。
例えるなら、さっきミカちゃんがノミを使って石像を掘っていたのと同じだろう。
ドラゴニュートの力なら劣化黒曜石を手で壊すことができるけれど、削ることは手ではできない。
削るためには、道具のノミが必要だった。
なので"魔力遮断結界"を描くのに、必要な道具を揃えればいいわけだ。
僕は両手を目の前に持ってきて、人差し指を凝視する。
「レギュレギュ?」
人差し指を眺めたまま黙っている僕を見て、ミカちゃんが不審に思って声をかけてきた。
けれど、僕はそれに答えずに集中。
これから行うのは魔法。
いつもドラドに掛けている変身、それを身体の一部分にだけほどこす魔法だ。
「変身・魔王の人差し指」
僕の人差し指が人間の形から変化して、細長く伸びた硬質の黒い指へと変わる。
その指は明らかに人間の指とは異なり、細く長い。
まるで黒曜石のような黒い色をして、そこから放たれる威圧感はただ物でなかった。
……ふむっ、前世の僕の体の一部だけど、まさかここまで威圧感のあるものだったとは驚きだ。
変身は、自分の血に関係した者へ変身することができる魔法。
そして転生者である場合は、前世の姿などに変身することもできる。
今回僕はメタモルフォーゼを人差し指にだけかけて、前世の魔王だった時の指へと変えた。
――ダバダバダハ
僕がしばらく前世の自分の指を見ていたら、変な音がした。
何かと見たら、ミカちゃんが顔面蒼白になって、お漏らしをしていた。
おいおい、ミカちゃん。
外見はともかく、中身はいい歳したおっさんなんだから、お漏らしはやめてくれ。
「ヒィ、ウアァァァッ」
そしてユウは、なぜか地面に両手をついて、倒れ込んでいる。
なんだか顔から尋常でない量の汗が流れ出しているけど、どうかしたのか?
――ペタンッ
レオンはなぜか両手で頭を覆い、地面の上に倒れるようにして寝っ転がっている。
フレイアとリズは尻もちをついて、倒れている。
3人とも体が、小刻みに震えている。
特にリフレイアとリズは僕の方を見ているけれど、その目には怯えと恐怖しか浮かんでいなかった。
一体、どうしたんだ?
そして最後にドラドだけど、家にいる時はいつもメタモルフォーゼでドラゴニュート形態になっているのだけど、「バフンッ」と音を立てて、メタモルフォーゼが解けてしまった。
「おうっ!」
直後、辺りが煙に包まれると共に、ドラドが元の大きさに戻ってしまう。
身長1メートルちょっとの大きさから、その10倍近くの大きさへ戻ったせいで、ドラドが研究室の壁に挟まる。
同時に僕たち兄弟全員も、ドラドと壁に挟まれてしまった。
「おい、ドラド。いきなり元に戻るな!」
ドラドと壁のサンドイッチにされて、僕は怒る。
「ギ、ギャア、ギャオオンーー」
だけど僕の声が聞こえていないようで、ドラドは悲鳴に近い雄たけびを上げていた。
ドラドはこの場から逃げ出すように、ジタバタと身をよじり、研究部屋から無理やり体を引き抜いて、外へ出て行ってしまった。
「一体なんだ、ドラドの奴?というか、皆どうしてそんなに怯えてるんだ?」
ドラドにサンドイッチされて皆も大変だったはずなのに、そんなことなどお構いなしで、皆ガクガクと震えている。
「……」
僕は兄弟全員を見回す。
ミカちゃん、ユウ、フレイア、レオン、リズ。
そしてドラドは、部屋の外から顔だけ除きこんで、恐る恐る室内を見ている。
それから僕は、自分の魔王化させた人差し指を眺めた。
この人差し指だけど、明らかに違和感しかない。
前世の僕の体の一部のくせして、今世の僕でも理解できるほど、強烈な違和感がある。
ただ僕にとっては違和感で済んでいるけど、これは兄弟たちにとって……
もしかしてドラゴニュートでもビビるくらい、この手ってヤバいのかな?
そこまで考え至った僕は、魔王化させていた人差し指の魔法を解いて、元の指に戻した。
「ヒッ、ヒイッ、なんだよ、今の明らかにヤバいなんてレベルじゃなかったぞ。ヤバすぎて、小便ちびっちまったぞ……」
指を元に戻すと、それまで固まっていたミカちゃんが、涙声になりながら叫んできた。
「あー、やっぱりヤバかった?」
「ヤバいなんてものじゃない。心臓を握られたかのような怖さがあったぞ」
「まるで体が凍り付いたかのように、動けなくなった……」
ミカちゃんとユウが、いまだに怯えを含んだ声をしている。
「ううっ、レギュ兄さん。凄く怖かった」
レオンは半べそ。
「凄いドキドキしました。あれが恋……」
フレイアは額に冷汗を浮かべつつも、なぜか顔をほんのり赤く染めている。
何か壮大な勘違いをしていないか?
心臓がドキドキすれば恋というのは有り得る話だが、恐怖を感じている時にも起こることだぞ。
「レギュラス兄上は、やはりとてつもないお方です。気配だけで、身動きすらできなくなりました」
リズは怯えを含みつつも、僕に尊敬のまなざしを向けてくる。
こういうのを畏怖と呼ぶのだろうけれど、そんなに凄かったかな?
『もう、怖いのないよね。さっきの気配はないよね……』
部屋の外から覗き込んでいるドラドは、おっかなびっくりしていた。
「あー、皆。なんかゴメン。驚かせちっゃたみたいで」
「馬鹿野郎。驚かせたで済むか。俺、マジで死ぬかと思った!」
さすがに気まずさを感じで謝ったら、ミカちゃんに怒鳴られてしまった。
うーん、前世の僕はとてつもない気配を、常時纏っていたから仕方がないね。
前世ではアレが普通だったけど、まさかアレに僕の兄弟たちがここまで怖がるとは、予想していなかった。
「今後は魔王の人差し指は、皆がいない時に使うようにするよ」
今回は僕が大失敗をしでかしてしまった。
ここまで兄弟たちがビビるのは、ミカちゃんがこの世界の事をゲーム感覚でいたことが発覚して、僕が半殺しにした時以来かもしれない。
前世の僕の人差し指。
そこまでおっかない気配を放ってたか。
ゴブリンとか砂蜥蜴や土狼に攻撃されても、全く無傷で済むドラゴニュート兄弟たちなのに、魔王の指の気配だけでここまで怖がるとは思わなかった。
前世の僕って、どんだけ危険な存在だったんだ?
まあ魔王だから、当然滅茶苦茶ヤバイ存在だったのは間違いないけど。
ハッハッハ。




