115 洞窟の正体
周囲の水が引いたので、再び狩りの旅に戻った僕たち。
丘が崩落したり、大洪水になったり――"なった"より、"やった"が正しいか――したせいで、スケルトンゴブリンが10体にまで減ってしまったけど、あの後水に流されても無事だったスケルトンたちが、水底を歩いて僕の所まで戻ってきた。
なので、スケルトン軍団の数は20体にまで回復した。
残りのスケルトンたちは、崩壊した土砂の下敷きと化して、お陀仏になったのだろう。まあ、既にお陀仏してるけど。
「こいつらもう死んでるのに、俺たちの所に帰ってくるなんてすごい奴らだな」
「便利な人形だよね」
「兄さんのスケルトンに対する扱いがひどすぎる」
ミカちゃんが感心しているけれど、僕の感想にユウとミカちゃんはなぜか顔を引き攣らせていた。
「レギュレギュってさ、血も涙もないってよく言われない?」
「今世ではまだないけど、昔はよく言われたね」
「あ、はい、やっぱりそうですか……」
なぜかミカちゃんが、ドン引きしていた。
たかがスケルトンの扱い程度で、何をそこまで引くことがあるんだろう。
ところで狩りの旅を再開すると、溺死したゴブリンや蛇なんかの死体が、そこら中に転がっていた。
もう少し自宅寄りの場所なら、砂蜥蜴や土狼もいたんだろうけど、残念ながらこの辺までくると、生息域を出てしまってるようだ。
「うわー、お腹がたっぷんたっぶんだ」
「腹の中から水が出てきますね」
レオンが溺死したゴブンリのお腹を手で押した感触を口にし、リズの方は腹を裂いて出てきた大量の水を確認している。
「ひどい、ここまでくるとただの大量虐殺だ……」
ユウはそんなことを言ってる。
例の人工水害が原因で、溺死したゴブリンの数は100や200どころではない。
その全てが腹を水でパンパンに膨らませていて、顔には苦悶の表情を浮かべていた。
「獲物が大量に死んでるから、今日はこれを集めるだけで、狩りをしなくてよさそうだね」
『ご飯集めるー』
「手間が省けて楽ですね」
ドラドとリズが元気よく返事。
「ううっ、これだけのことをやってるのに、どうして兄さんも他の兄弟たちも皆気にしないんだよ……」
ただ1人、ユウだけがこの殺戮に堪えていた。
いや、そうは言われてもね。今僕たちの周りには大量の御飯が、動くことなく転がりまくってるんだよ。
狩りをしなくても食べられるのって、凄く楽でいいでしょう。
日本で言うところの、「働かなくても食える」だよ。さすがにこの後に、"身分"って単語をつけることはできないけどさ。
とはいえ、あんな水害を度々起こしたりはしないけどね。
そんな感じで、この日は溺死したゴブリンや蛇を集めて、のんびり食事をすることができた。
なお死体運びでは、スケルトンゴブリンも大活躍したことをここに明記しておこう。
奴らは元になった生前のゴブリンの頭が悪いせいで、知能は大したことがないが、ゴブリンの死体運びをさせるだけならば、単純労働力としてとても有益だった。
そして翌日、僕たちはこの辺りにありふれている丘の一つに、またしても洞窟の入り口を見つけた。
「ウオオオーッ、ダンジョ……洞窟だー」
興奮してたミカちゃんだけど、ちょっと僕が視線を向けたら声を小さくした。
「この辺りは洞窟というか、穴が多いのかしら?」
「案外、地面の下に空間が広がっていたりして」
フレイアとユウは、そんなことを言っている。
「うーん。この洞窟の正体だけど、なんとなく想像できるんだけど」
「やっぱりダンジョン……」
「それはないから」
ミカちゃんの意見を、僕はバッサリと切り捨てた。
僕たちはこの辺りを数日に渡って移動しているわけで、その間に何度もゴブリンに遭遇した。
けれど、ゴブリンが住んでいる集落、もしくは巣を、いまだに見かけていない。
10体や20体どころか、100を超えるゴブリンたちがいるのだから、それだけの数のゴブリンが、どこかでまとまって暮らしている場所があっていいはずだ。
「これってどう見ても、ゴブリンの住処だよね」
僕は断定した。
「えっ、何それ。正体が先に分かったら、全然面白くないじゃん」
僕が洞窟の正体をバラしたら、途端にミカちゃんがブーブーと文句を言いだした。
「なら、ダンジョンだって言って欲しかったの?」
「うん」
ミカちゃんが、物凄くいい笑顔を浮かべながら頷いた。
でもね、
「ミカちゃん、ゲームと現実の区別はちゃんとつけようか」
「ヒギャー」
とりあえず、頭をガッと握りしめてあげた。
「うわー、ミカちゃんの顔が真っ赤になってる」
「あのミカちゃんを、こんなに簡単に抑え込めるなんて、さすがはレギュラスお兄様」
ミカちゃんが思い切り悲鳴を上げているけど、なぜかレオンはその様子を尻尾をフリフリ、暢気に眺めている。
フレイアの方は目をキラキラ輝かせているけれど、この子は一体何が嬉しいんだ?
なんて僕たちがギャーギャー、ワイワイ騒いでいたら、洞窟の中からゴブリンが10体ほど出てきた。
「邪魔だ。今はミカちゃんにお仕置き中なんだよ!」
相手をするのが面倒なので、出てきたゴブリンは僕のウインドカッター一発で、全て惨殺死体に変えておいた。
腹を真横に切断され、体が上下に分かれた死体が、ゴロゴロと地面に転がる。
「ヒギャー、俺へのお仕置きついでで、ゴブリンを始末するなー!」
ミカちゃんが何か言ってるけど、そんなの僕は知らないよ。
ところで洞窟がゴブンリの住処なら、わざわざ僕たちが中に入る必要もないと思うんだ。
昨日一昨日とたくさんゴブリンを食べたので、さすがに今日もゴブリンを食べまくらなくていいと思うのだけど。
「なあなあ、洞窟の中を探検しようぜ。ダンジョンじゃなくても、ゴブリンの住処なら、ゴブリン飯が食い放題だぜ」
「食い放題!」
僕とは違い、ミカちゃんは今日もゴブリンを食いまくりたい様子。
それにつられて、リズが口の端から涎を垂らしていた。
外見がリザードマンのリズが涎を垂らすと、飢えたモンスターって感じの雰囲気がしてくる。
まあ、モンスターも何も、僕の妹だけどさ。
「今日もゴブリンを食べる気なんですか?」
「食いたい!」
ユウもゴブリンにはちょっと飽きが来ていたようだけど、ミカちゃんが物凄く元気に返事した。
「僕も食べたいなー」
「行きましょう、ぜひ食い放題を」
レオンは暢気に、そして今回はリズがやけに強く迫ってきた。
てなわけで、兄弟たちはかなり乗り気なようで、
「仕方ない。洞窟の中に入ってみようか」
「うおっしゃー」
「フフフ、待っていなさい食い放題」
僕が一同の意見をまとめた結果、ミカちゃんとリズが物凄く嬉しそうにしていた。
ミカちゃんはともかく、リズも食い意地張ってるなー。




