113 雲海
僕個人としては、洞窟探検なんて何が楽しいのかと思ってしまう。
モンスターもいる世界で光の差さない洞窟の中に入るのって、危険すぎない?
自殺行為じゃない?
「ガー」
なんて思いつつ、丘の中ほどにある洞窟の入口へやってくれば、そこには例の如くゴブリンの一隊がいた。
「あれ、風が強い?」
「ユウ、それはただの風じゃなくて、ウインド・カッターだから」
「えっ!?」
ゴブリンたちの中には魔法を使えるゴブリンもいるみたいだ。
名前はゴブリンメイジ。
先ほどから風魔法のウインド・カッターを放っているけれど、なんというかショボイ。
人間相手なら多少はダメージが入るだろうけど、ドラゴニュート相手ではちょっと強い風が吹いたでお終いだ。
ユウはこれが攻撃魔法とすら気づいてなかったから、もはや語るべき言葉もないだろう。
「……これ、攻撃魔法だったんですか?」
「少なくともあのゴブリンメイジは、攻撃のつもりだろうね」
ものすごく微妙すぎる。
「とりあえずメシだー、ヒャッハー」
なんて話している間に、ミカちゃんがブルーメタルタートルソード片手にゴブリンたちに襲い掛かる。
それにしても、世紀末に生きてる兵士みたいな叫び声だ。
「参ります」
その後に槍を武器にするリズが続き、瞬く間にゴブリンとゴブリンメイジは駆逐された。
相変わらずゴブリンが弱すぎる。それとも僕たちが強すぎるというべきだろうか。
「モガモガモガ」
ゴブリンを倒した後、早速その死体に齧り付いているのはミカちゃん。ついさっき食べたばかりなのに、食い意地が張ってるのは相変わらずだ。
「洞窟探検をするの?それともここでご飯?」
「飯を食べるのが先だ!」
てなわけで、洞窟探検を後回しにして、倒したゴブリンたちを僕たちはモグモグと食べることにした。
いくら食べてもお腹が膨らまないのが僕たちだけど、体には栄養として蓄えられているので問題ない。
そして食べ終わった後にゴブリンの骨でスケルトン軍団を増強すると、合計で80体に膨れ上がった。
今回もスルトン軍団の数だけは増えていく。
で、話を戻して洞窟探検だけど、
「僕としては視界の悪い場所に行くのは反対かな。洞窟の中に危険なモンスターがいると危ないし。
どうしても探検したいなら、まずはスケルトンどもに調査させて、問題がなかったら入ってみるのはどうかな?」
「なにその超安全策。レギュレギュ、せっかく見つけた洞窟だぞ。俺たちが一番乗りで、直接洞窟を探検したい」
僕とミカちゃんの間で意見が早速分かれる。
なんなんだろうね、洞窟の探検は男の子の夢とでも言いたいのだろうか?
ミカちゃんが、目をキラキラと輝かせている。
見た目は幼女でも、中身はおっさんだからね。
とはいえ、やはり危険はなるべく回避すべきだろう。
「そうだね……危険な生き物がいたら危ないから、先に洞窟の中にいる生き物を全滅させてから、探索をしようか」
「ふぁっ!?先に全滅させるとか、そんなことできるのか?」
「簡単だよ」
ミカちゃんが不思議そうな顔をしているけど、洞窟の中にモンスターがいても、事前に全滅させる方法なんていくらでもある。
僕レオンを手招きして呼んで、
「この洞窟が水没するまで水を入れてくれないか?」
「はーい、分かったよレギュ兄さん。でも、どれくらい時間が掛かるか分からないよ?」
「時間なら気にしなくてもいいから、早速頼む」
というわけで、レオンが口を開けてダバダハとウォーター・ブレスを洞窟の入口へと吐き出していく。
「……なにこれ」
「水攻め。洞窟の中を全部水没させれば、呼吸ができなくなって中にいるモンスターが全滅するでしょう」
「Noー、こんなの冒険じゃねえ。俺が思っているダンジョン探索とは違う!」
「やかましいわ、このゲームっ子。ここは現実なんだから、命を懸けた冒険なんてしないで、安全策を取るのが一番だろう!」
ミカちゃんがまたしてもゲーム感覚でいたので、久々にミカちゃんに関節技を加えることにした。
「ハゲー、ホゲー、フギュラリラー」
関節技を決めまくった結果、ミカちゃんが海老反りをして、おかしな悲鳴を上げまくった。
でも、割といつもの光景なので、他の兄弟はそんな僕たちの間に、割って入ることもなかった。
皆、「またやってるよ」、「ミカちゃんってば相変わらずだよね」という、生暖かい目をしている。
「ミカちゃんのゲーム脳もだけど、兄さんも兄さんで暴力主義なのが怖い……」
あとユウが何か言ってるけど、そんなの知らん!
「ウヒー、もうダメー」
それから2、3時間ほどレオンがウォーター・ブレスを吐き出し続けた結果、洞窟の中は水で水没しきった。
水の属性竜の性質を持つレオンだが、さすがに水を出し続けてダウンしてしまった。
僕の知識では、属性竜の喉には魔力袋と呼ばれる器官があって、ここで空気中や体内ののマナを変換して、それぞれの属性竜が得意とするブレスの原料を作り出すことができる。
水の属性竜の場合は、魔力がある限り、基本的に無尽蔵に水を出し続けることが可能だけれど、さすがに長時間水を吐き続けていたら、魔力が足りなくなってしまうようだ。
「よく頑張ったなレオン」
「ううっ、なんだか体が物凄くだるい」
洞窟の中は水で覆いつくされ、この中で生き残っている生き物はまずいないだろう。
「でもさ、水で埋めつくしたのはいいけど、俺たちもこのままじゃ入れないぞ」
「大丈夫、水球を作れば問題ないから」
「はい?」
アクア・ボールは、その文字の通り、水の塊を作り出す魔法。
その言葉が飛び出したことにミカちゃんが首を傾げる。
だけど口で説明するより、実際に見せるた方が早い。
僕は指先を上に向けて、そこにアクア・ボールを作っていく。
アクア・ボールは空気中や近くにある水を集めて水の球を作り出す魔法で、今僕たちの近くには、洞窟を埋め尽くした大量の水がある。
普段作る小さな水球でなく、魔力をガンガン注いで巨大な水球を作っていけば、まるで海の水が引いていくかのように、洞窟の中の水が減っていく。
代わりに、巨大な水球へ水がどんどん吸収されていき、巨大化していく。
ただ、その大きさは水球と呼ぶには似つかわしくないデカさへ変わっていき、天を覆いつくさんばかりの巨大な水の塊になる。
水の塊の直径は100メートルや200メートルでは効かなくなる。
こうなるとさすがに水球とは呼べないので、僕は魔法の規模を水球よりもっと上位に位置する、"雲海"へ切り替えた。
曇の海。
それは広範囲の空に、雲の代わりに青い水の海が浮かぶ魔法だ。
水の浮かぶ範囲は注ぐ魔力の量で決まるけど、洞窟の内の水が多かったので、その範囲は1キロに及を超える広さになった。
「空が青いのはどうして?」
と尋ねられたら、
「それは空の上に海があるからさ」
と、答えられるくらい、空の海が広がっている。
「さすがはレギュラスお兄様ですわ。このような魔法まで使えるとは尊敬します」
とは、フレイア。
空の海には風が吹くたびに波ができ、そこを通過する光が、波に合わせて地上に線を描く。
青い海を通過する光によって、地上はまるで海の底にいるかのように青い光に満たされ、なんとも神秘的な光景になる。
そして地上から太陽を見上げれば、海の水によって太陽が黄色でなく青く光って見えた。
「……すごいです」
「ギャオッ」
リズとドラドは驚きから尻尾を振ることも忘れて、地面にたらりと垂らしたまま、この光景を眺めている。
「……」
レオンは疲れているので反応がやや薄いけれど、それでも目を大きくして、空に浮かぶ海の姿を黙って見ていた。
「……この水って、落ちてきませんよね」
現実的な心配するのはユウ。
「大丈夫だよ、いきなり落としたりはしないから」
「落とすって……」
「この魔法って規模が大きいことを除けば、単に水を空に浮かばせるだけの魔法だから、魔力を切ったら、その瞬間全部地上に落ちるんだ」
「ええっ!」
「もちろんそんな事はしないから安心していいよ」
今空に浮かんでいる水は、全て僕の魔力だけで支えている。
魔法の力でどれだけ出鱈目なことができるかを、まざまざと示す光景だけれども……
「アカン、こんなの非常識すぎる。俺の中の現実を返してくれー」
なんかミカちゃんが、変な声を出して叫び出した。
非常識の塊であるミカちゃんが、非常識と叫び出すなんて、ありえない!
ところで、洞窟内の水は全て雲海の魔法で空へ浮かばせて回収したけれど、水攻めにしたのが悪かったらしい。
――ドシャッ、グシャーン
洞窟内の構造が脆かったようで、洞窟のあった丘ごと崩壊してしまった。
大量の水が浸入したことで、もともと脆かった洞窟が崩落してしまい、それが連鎖的に丘全体にまで広がってしまったようだ。
僕たちも洞窟の入り口にいたので、崩壊する丘に巻き込まれかけたけど、僕が重力浮遊の魔法で兄弟たち全員を空中に浮かばせることで、崩壊に巻き込まれずに済んだ。
「……こんなんチートや、チートすぎる。ていうか、こんなの個人でやってるレギュレギュって一体何者!?」
「何者もなにも、前世が魔王だったから、これぐらい普通にできるって」
空中に浮かぶことで兄弟全員を助けたけれど、ミカちゃんがなぜか取り乱してる。
「こんなことを普通にできる兄さんが怖すぎる。魔王って、本当に危ない存在なんだ」
僕がいまだに雲海を使いつつ、重力浮遊も併用して使っているせいか、ユウの表情も青くなっていた。
僕、怖い人じゃないよ。




