108 レオンの魔法訓練、氷の刃(アイス・カッター)
ユウには剣技の素質があるようで、ミカちゃんの教育によって成長している。
リズの方は槍を使って戦うのを好んでいるけど、技術よりパワーに重点を置いた戦い方をしている。
というかパワーに頼るなら、槍より斧やハルバートを持たせた方がいいかもしれない。
今度、そっち方面の武器を作ってみるとしよう。
忘れないように、脳内メモに書き込まなければ。
しかし、
「レオンって、もしかして近接戦をさせたらダメなタイプなのか?」
「基本的にどんくさいからな、あいつは」
僕とミカちゃんが話し合う先で、我が家で最弱候補の筆頭に立ってしまったレオンは、尻尾をパタパタと動かしながら、暢気に歩いている。
ヒラヒラと蝶が舞っていたので、
「待てー」
と言って追いかけ始めるが、はぐれないように、その尻尾をすぐにフレイアが掴んでいた。
見た目は中高生でも、中身は1歳児だ。
外見的にはダメだけど、精神年齢的には間違ってない行動だと思う。
どこぞのアニメの『見た目は子供、頭脳は大人』の反対のパターンだね。
「ガー」
そしてそんな僕たちの前に、またしてもゴブリンどもが姿を現した。
数は6体と、今までに遭遇した中では一番数が少ない。
僕たちの身体能力ならば、RPGをある程度進めた主人公PTが、再序盤に登場する敵を一方的に蹂躙するように、簡単に始末することができる。
ドラゴニュートとゴブリンの間には、それだけの能力差があるわけだ。
ゴブリンたちは相も変わらず「ガーガー」言いながら、威嚇して石を投げてくる。
しかしその石も明後日の方向に飛んでいくばかり。攻撃どころか、牽制にすらなっていない。
このゴブリンどもは、ゴブリンの中でも特に頭の悪い分類のようだ。
それはともかくとして、このゴブリンたちには練習台になってもらおう。
「レオン、今回は魔法であのゴブリンども倒そうか」
「分かったー」
返事を元気よくして、口からウォーター・ブレスを吐き出すレオン。
それから吐き出した水を魔法で操作して、水球を作り出す。
大きさは直径10メートルほど。
「えいっ」
それを掛け声と共にゴブリンどもへ投擲。
巨大な水球が生まれたことで、それまでの威嚇をやめて、大慌てで逃げ出そうとするゴブリンたち。
しかし水球はそのままゴブリンたちに命中。
そこではじけてしまうのでなく、水球はゴブリンたちをまとめて包み込んで、空中へ浮かび上がった。
水球の中では、ゴブリンたちが慌てふためいて、水球の中から逃げ出そうと暴れ回っている。
だけど水球の中ではゴブリンどもは思うように動くことができず、逃げ出すことができない。
さながら、水でできた檻と言ったところか。なお、この檻の中には水だけで、酸素はこれっぽっちも含まれていない。
そうしているうちに、ゴブリンどもが喉に手を当てて苦しみ始めた。
「……え、えぐい。フレイアの炎で焼かれるのとは、違った残酷さがある」
ユウが顔を青くしているけど、いまさら何を言ってるんだか。
ユウだって、ゴブリンやマザーが運んできた瀕死の魔物に、過去何十匹と止めを刺しているのに。
やがてゴブリンどもが口からゴボゴボと大量の空気を吐き出した後、その動きがぴたりと止まった。
「倒したよ」
ゴブリンたちは全員溺死。
レオンが水球を解除すると、大量の水が空中から落下すると共に、ゴブリンの溺死体も地面へ落下した。
「やっぱりレオンは前衛で戦うより、魔法主体で戦った方がよさそうだな」
「だなー。しかし地味だけど、かなりエグイ戦い方だよな。相手を窒息するまで水に溺れさせるとか、怖いわー」
若干引いてるようだけど、この結果に、僕とミカちゃんの見解は一致した。
――レオンに近接戦をさせてはいけない。彼は魔法使いだ。
「でもレギュラス兄さん、僕も兄さんが使う魔法みたいに、敵をズバッて倒せる魔法が使いたいよ。水魔法だとズバッてモンスターを倒せなくて、凄く時間が掛かるよ」
「ズバッ?もっと早く倒せるようにしたいってことか?」
「うん。溺れさせるのって、結構時間がかかるでしょう」
水に溺れさせて溺死させる方法は確実に敵の命を奪えるけれど、確かにレオンが言うように時間がかかる。
「ふむ、そうだな。じゃあレオンに、新しい魔法を見せてみるか」
「ワーイ、どんな魔法?」
レオンが目を輝かせて期待するので、僕は指先に魔法で水を浮かべ、それを鋭い刃の形へ変える。
それから氷魔法を使って氷らせた。
「氷の刃」
それから氷を投擲。
地面にドッという重たい音を立てて、アイス・カッターが突き刺さった。
「レオンは氷魔法も使えるから、ゴブリンを相手にするなら、これくらいの魔法でも十分効果があるだろう」
「氷魔法……頑張ってやってみるね」
レオンは水属性の竜なので、水魔法に関しては常日頃から簡単に扱えてる。
その上氷魔法に対しての適性もかなり高いので、僕が今実演したアイス・カッターくらいなら、すぐに習得できるだろう。
人間の魔法使いでも、習得するのにそれほど高度な技術が必要になるわけじゃないし。
「氷の刃!」
というわけで、早速レオンは魔法の練習。
水を出すことも、それを刃の形に変えてしまうのも、レオンにとっては朝飯前でできてしまう。
あとは空中に浮かばせた水を指で触れて、少し意識を集中すれば、氷の刃が出来上がった。
「……あれっ、氷が指に引っ付いちゃった」
「レオン、やっぱりお前ってどんくさいな」
「?」
この弟は氷魔法の適性も高いのだけど、水に手を付けた状態でないと、氷を作ることができないようだ。
そのせいで、作った氷に指が引っ付いていた。
「まずは触ってなくても、氷を作れる練習からしていこうか。そうしないとミカちゃんのライト・ブレスみたいに、お笑い芸になるからな」
「はーい」
僕の言うことに元気に頷くレオン。
「お、俺だって好きでお笑い芸をしてるわけじゃないぞ!」
そんな僕の言葉に反応したミカちゃん。
レオンは接近戦は落第でも、魔法に関してはミカちゃんよりも遥かにレベルが高い。
というか、
「ミカちゃんって、ブレスもだけど、魔法の才能がとことんないよね」
いまだにミカちゃんができる魔法と言えば、100ワットの蛍光灯の明るさをした、光球を使えるぐらい。
暗い場所では便利だけど、懐中電灯魔法と言いたくなるような代物しか使えない。
「お、俺には、俺にはきっと、秘められた力があるんだ。ウガー」
ちょっとからかったら、ミカちゃんが唸り声を上げながら、ライトの魔法を使い始めた。
ただ陽の光が降り注ぐ日中だから、ライトの魔法を使っても周囲が明るくなるわけでもない。
この魔法、暗い場所では便利でも、明るい場所ではとことん意味がない。
せいぜい相手の目の前で使って、一時的な目くらましに使えるくらいだろうか?
「ウムムム、ムガー」
「よーし、僕もミカちゃんに負けずに頑張る」
成果はともかく、ミカちゃんの努力する姿を見て、レオンもアイス・カッターの練習に励むのだった。
なお、この後ゴブリンの一隊がまた出てきたけれど、その時には、
「アイス・カッター」
レオンの魔法によって、ゴブリンの1体が頭を貫かれて即死。
「……ラ、ライト!」
ミカちゃんの光魔法によって、特に何も起きなかった。
ライトは攻撃魔法じゃないから仕方ないね。
「氷の弾丸」
そして僕は氷魔法を唱えて、氷の弾丸を20発ほど発射。
発射した氷の弾丸がゴブリンの体を次々に貫通したけれど、どうも威力調整が甘かったようだ。
弾丸が貫通したゴブリンの体が、氷でカチコチに固まってしまった。
「よしよし、レオンも魔法がうまくなってるな」
「わーい。でも、レギュラス兄さんはもっと凄いよね」
健気な弟に褒められると、嬉しいものだね。
「レギュレギュ、氷漬けにするのはいいけれど、レンジみたいにチンって解凍する魔法ないか?あれはさすがに食えんぞ」
ゴブリンを氷漬けにしてしまったから、ミカちゃんに苦情を言われてしまった。
レンジみたいにチンするということは、つまりマイクロ波を発生させればいいというわけだ。
僕はミカちゃんの要望に応えて、指先を凍らせたゴブリンに向けた。
「……」
「おーい、レギュレギュ。指さして何してるんだ?」
「マイクロ波を撃ってるところ」
「ハッ?」
「ミカちゃんがレンジって言ったから、実演してるんだよ」
「……何も見えねえ」
そりゃそうだ。
マイクロ波は光と同じ電磁波の一種だけれど、光と違って不可視の波長に属している為、人間の目で捉えることはできない。
「メシー」
なんてしている間に痺れを切らしたミカちゃんが、凍ったゴブリンに食らいつこうと走り出す。
「ん、なんか熱いぞ?」
「だから言ったでしょう、マイクロ波を出してるって。てかさ、これってドラゴニュートだから熱いで済んでるけど、人間だったら体中の血液が沸騰してもおかしくないよ」
「No、肉体言語Noー」
「今回は肉体言語じゃないんだけど」
そんなやり取りはあったものの、ほどなくして冷凍ゴブリンは無事に解凍されて、ホカホカに温まった肉になった。
「メシー」
「ご飯ー」
熱々のゴブリンに齧り付くミカちゃん。尻尾をフリフリ暢気に食べ始めるレオン。
他の兄弟たちも、ホカホカゴブリン肉を食べ始めた。
「蒸したお肉ですね。とてもおいしいですわ」
と、フレイア。
「この暖かい血って、おいしいかも」
ヴァンパイア属性があるせいか、ユウはホカホカにしたゴブリンの血が気に入ったようだ。




