101 ミカちゃんがまともだと……
「お前らは1日に20キロ走って、それから腕立て伏せに、腹筋、背筋を1万回ずつこなすんじゃー」
「「ええええーーー!!!」」
さて今世では金髪幼女天使を自称するけど、前世ではモテなかったおっさんのミカちゃん。
彼女は現在、ユウとレオン、そしてリズの前で、偉そうに訓練メニューを口にしていた。
何の訓練かと言えば、僕が以前ミカちゃんに頼んだ、ユウとレオンの2人を強くするための訓練だ。
初めて狩りに出た時に分かったことだけど、この弟2人は戦い方がなってなくて弱かった。
僕たちはドラゴニュートなので、生半可な相手の攻撃ではダメージを受けることがない上に、ただの力任せで相手を圧倒できる。
とはいえ、それでも戦いの技術がないのはよろしくない。
初狩では問題なかったけれど、もっと強いモンスターがいた場合のことも考えておくべきだ。
とはいえ、いきなりのハードな訓練に、2人の弟が絶叫を上げている。
「分かりました」
そんな弟2人と違って、リズは1人頷いてから走り始めた。
別にリズは参加しなくてもいいのだけど、強くなりたいと、ミカちゃんの訓練に自主的に加わっていた。
「……兄さん」
「レギュ兄さん」
一方弟2人は、ミカちゃんでなく僕の方を見てくる。
「君たち弱すぎるから、ミカちゃんに鍛えてもらおうね」
「ヒエエエー!」
微笑を浮かべながら2人に言ったら、なぜか絶叫で返された。
「やかましかー。俺に逆らったら、お前らを昼飯にして食ってやる。ガルルルー!」
「ヒギャー!」
そして野生児ミカちゃんは、叫んでばかりのユウに、早速噛みついていた。
「チクショウ、このモテ顔野郎が。前世でモテなかった俺の恨みを思い知れー!」
噛みつく理由の大半は、ただの私怨と言うか、個人的な鬱憤を晴らしたいだけのようだ。
「走れ走れ、死ぬまで走って、死んでしまえー」
その後ミカちゃんはブルーメタルタートルソードをぶんぶん振り回し始め、弟2人を追いかけながら無理やり走らせて行った。
「助けて、兄さんー」
「ミカちゃん、痛いー」
情けない声を出す弟たち。
レオンの方は、背中を剣で小突かれている。
ミカちゃんは弟たちを鍛えているというより、やっぱり昔の鬱憤を晴らしてるだけにしか見えない。
まあ、ソードと言っても刃のないただの鈍器なので、小突かれても切れないけどね。
兎にも角にも、この2人には多少は戦えるだけの強さを持ってもらわなければ。
「がんばって強くなるんだぞ」
僕は叫ぶ2人にそれだけ言っておく。
訓練の事はミカちゃんに全て任せているので、僕は不干渉で行くつもりだ。
それにしても先に走り出したリズは、文句ひとつ言わず黙々と走っているのに、弟どもの方は随分情けないものだ。
悲鳴ばかり上げていて、リズに置いていかれてる。
その後自宅の周辺を20キロ走らされ、さらに自宅の屋上(自宅のある崖の上)で、腕立て伏せに、腹筋、背筋を1万回ずつこなした3人。
「ワハハハハ、死ね、死ね、死んでしまえー」
訓練の間中、ミカちゃんは弟2人にそんな馬頭を浴びせ続けていた。
なおリズに対しては、文句もなく黙々とこなしているので、罵声はなしだ。
軍隊の教官は、訓練兵に対して罵声を浴びせるそうだけど、ミカちゃんのは罵声でなくただの嫉妬の声に聞こえる。
前世でプレーしていたゲームの中では、嫉妬神様に使える信徒だから仕方ないか。
てかミカちゃんはただの信徒でなく、信徒を操る教祖様だったか。
そんなハチャメチャクな訓練が終わった後、さすがにユウ、レオン、リズの3人はへとへとに……
「レオン、水を出してくれ」
「はーい」
――ゴクゴク
「体を動かした後の水は美味しいですね」
「俺も叫び続けてたから、喉が渇いたや」
……汗はかいているけど、かなり元気そうにしている。
忘れてはならないけど、僕らはドラゴンと人間のハーフであるドラゴニュートだ。
人間ならば限界がきそうな訓練をこなしても、それほど疲弊していなかった。
相変わらず、ドラゴニュートの身体能力は驚くほど高い。
水を飲んで一息ついた後、ミカちゃんはブルーメタルタートルソードを構えた。
「いいか、お前らは剣の扱い方に関してはド素人だから、まずは基本の素振りを繰り返すことだ。俺がやって見せるから、その通りに動かしてみろ」
「「「「……」」」」
僕、ユウ、レオン、リズは沈黙した。
ミカちゃんが、まともすぎることを言っている。
まともすぎる!
――あの、ミカちゃんが!
驚く僕たちの前で、ミカちゃん剣を振って基本的な素振りを実演してみせる。
僕の本職の剣士ではないけれど、一応剣も扱える。
僕の目から見てミカちゃんの素振りは、至極全うすぎるほどにまともな素振りだった。
なぜ、ここまでくどくいうかだけど、あのミカちゃんだよ!
「よし、お前らもやってみろ」
「あ、えっ、はい」
「う、うん」
剣を教える師範になったミカちゃん。
対するユウとレオンは、ミカちゃんがいつもと違ってまともだったため、かなり驚いていた。
そのせいで、返事がどこか上の空だ。
そんな有様だったから、2人がミカちゃんを真似て始めた素振りは、ミカちゃんの実演したものからかけ離れたものになっていた。
「この顔だけのアホどもがー、お前ら何をしていたー!」
「ヒギャー!」
怒ったミカちゃんが、剣で2人の頭を殴りつける。
悪いのはユウとレオンの方なんだけど、ミカちゃんがまともすぎる。あのミカちゃんが、まともなんだよ……。
「ミカちゃん、私はどうすればいいでしょう?」
一方リズが扱うのは剣ではなく槍だった。
「……残念だが、俺は槍の使い方は分からん。だから、独学で何とかすることだな。ただし、練習で戦う相手にはなってやれるぞ」
「分かりました」
……どうしよう、ミカちゃんがまともだ。
いつもやることなすことおかしな行動しかしないので、何か悪い物でも食べて、普通だったら頭がおかしくなるところが更におかしくなって、結果まともになってしまったのではないかと、心配になってきてしまう。
普通、頭のおかしな行動をしている人がいたら心配になるはずなのに、ミカちゃんの場合は、まともな行動をしている時の方が心配になってしまう。
「ユウ、腰が入ってないぞー!レオン、足を動かせ、棒立ちになるなー!」
僕が心配する前で、ミカちゃんが滅茶苦茶まともに指導していた。
「……明日は雪か雹が降らなきゃいいけど」
自分で頼んでおいてなんだけど、僕としてはそんな感想を抱いてしまった。




