9 便利な日曜大工魔法
僕が日本人だった頃。
建物の軒下に燕が巣を作って、そこにいる雛鳥たちがいつもピーチクバーチク鳴きながら、親鳥が餌を運んでくるのを待っている光景を見たことがある。
絵面的には、今の僕たちもそれと大して変わらないだろう。
「ギャーギャー」
「ワーワー」
「グワワー」
人の姿をしているドラゴニュート兄弟たちはまだいいとして、ドラゴンの姿により近い三女の鳴き声なんてかなり迫力がある。
何しろ、「グワワー」だ。
さらに見た目が完全にドラゴンの四女に至っては、完全にドラゴンの鳴き声だった。
「GYOO」
大きさは比べ物にならないとはいえ、ドラゴンマザーを彷彿とさせるね。
でも、それらを圧倒して、飯をせがむ長女の奴が一番迫力ある。
「メシーメシー!」
転生者だけど、こいつが現在の環境に一番適応していると思う。
例えるなら、日本の現代文明の中で生活していたけれど、ある日旅行で乗っていた旅客機が運悪くアマゾンの奥地に墜落。
何とか生き残ったんだけど、その後アマゾンに適応して、文明人であることを投げ捨てて、野生のターザンになってしまった。
……なんてぐらい、今の環境に適応している。
そしてドラゴンマザーが毎度の如く、正体不明の謎肉を持ってきて、それをズタボロに噛みくだいて僕たちにくれる。
「メシー、メシー、ウマー!」
原形も何も気にすることなく、相変わらず長女は食欲一直線だ。
なお生まれて10日もした頃には、この長女が日本語を一番まともに話せていた。
転生を何度も経験してる僕より、環境に適応するのが早すぎるって!
そして一番最初に自分の分を食べ終えた長女は、決まって他人の取り分にまで手を伸ばす。
今回は黒髪の次男へ突撃。
「ヒグッ、ヒグッ」
よく言えば心優しい。悪く言えばひ弱な次男は、抵抗もできずに長女に肉をひったくられ、そのまま泣きべそをかきだした。
うーん、こいつも転生者のはずだけど、メンタル弱すぎない?
それと当然ながら、長女は過去に僕からも食べ物を奪い取ろうとしたことがある。
だけど僕は突進してくる長女を、尻尾を使って転ばせる。その後は地面に転がった長女を椅子代わりにしてその上に座り、のんびりとご飯を食べさせてもらった。
ジタバタと椅子にしている長女が暴れるけど、ドラゴニュートの体は見た目よりも重量があるので、上に乗っかっている僕を振り落とせない。
長女は兄弟たちの中で、一番がめつくて、精神的にタフで、横暴で、おまけに力もあるけど、僕にかかればその程度の扱いだった。
――幼女を椅子代わりにするなんて、なんてひどい奴だ!
なんて言われそうだけど、別にいいんじゃないの?
この長女、この程度の事でへこたれる玉じゃないから。
まあ、前世は確実におっさんだっただろう長女だけど、今世では一応女の子だから、玉はないけどね。
なお、尻尾を使った連続攻撃で長女をあしらっている僕だけど、一応風のブレスを吐くことができる。
突進してきた長女に向かって、ウインド・ブレスを吐いたら、そのまま吹き飛ばされて巣の向こうにある壁まで飛んで行ったことがあった。
「グガー」
もちろん長女の奴はそれぐらいでへこたれず、再度僕に向かって突進してきたから、その時も尻尾を使って足払いして地面に転がし、背中を踏みつけて動けないようにしておいた。
あと、僕の吐くブレスを少し鋭くして吐くと、風の刃で木造の巣の壁が、ズバンっと音を立てて斬れた。
それはもう斬れた断面が、惚れ惚れするくらい綺麗に断ち切れていた。
その光景に、長女を含めた兄弟たちが目を丸くしてたけど、僕としては失敗した気分だ。
だって、自分たちの住んでいる巣の一部を壊しちゃったんだよ。
つまり、自宅の壁を壊してしまったわけ。
だから、直しておかないといけないよね。
というわけで、僕は見た目がドラゴンそのままの四女をチョイチョイと手招きした。
それから地面にある岩を指さす。
「アーアー、ワーワー」
「GULULU」
僕は赤ちゃん言葉、四女の方もドラゴン言語。
互いに全く意思疎通が成立しないけれど、それでも何とか会話が成立した。
僕は風の属性竜としての性質を持っているけど、僕の見立てでは四女は土の属性竜の性質を持っている。
僕の赤ちゃん言葉を理解してくれた四女は、周囲に漂っている魔力に働きかけて、近くの岩の一部を魔法の力で掘り出してくれた。
そして岩の塊を、切り裂いてしまった巣の切れ目に突っ込んでおく。
あとは塞いだ木材と岩のつなぎ目になる部分を、魔法を用いて接合しておいた。
原子融合という名の魔法で、全く異なる物質同士でも接合できる魔法だ。日曜大工をするときに、とても重宝する。
これで、はめ込んだ岩がポロリと取れてしまうことはない。
伊達に前世で魔王はしてないよ。
生まれたばかりとはいえ、簡単な魔法なら使えるから。
なお、僕が魔法を使っても、兄弟の多くは「ワーワー、ギャーギャー」と言っていて、餌の事ばかり気にしている様子だった。
相変わらず腹ペコ兄弟だね。
ただ、転生者と思われる次男はポカンとした顔で驚いていた。
そして長女の奴も、「お前、今何やったんだ?」って顔をしていたけど、直後ドラゴンマザーが巨大な肉塊を持って帰ってきたので、すぐに「メシー、ウオオオーッ」と雄たけびを上げ、食べることに完全に注意が逸れていた。
あの長女、全然ブレないね。




