表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極上ヤンデレ紳士とツンデレお嬢様。  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

9



 気が付けば、朝だった。

 窓から射し込む朝陽を浴び、自分の肌から香るラベンダーを嗅いで、呆然としてしまう。

 昨夜の記憶が途中からない。全然思い出せない。

 起き上がって、一人ベッドの上にいる自分を見下ろす。昨夜と同じ純白のベビードール姿。身体に重みはなく、むしろとても軽く感じた。セヴァリーノのマッサージの効果の表れだろう。

 問題は、そのマッサージがどこまで行われたかだ。最後の記憶は、性感帯の耳に囁き声を受けてしまって声を漏らした気がする。頭を抱えてしまう。

 性的にも魅力的だと思った彼に、意識が朦朧として妙なことを口走っていないだろうか。あのあと、私はマッサージをされながら喘いだりしていないだろうか。

 全然思い出せなくって、不安だ。お酒を飲みすぎたわけでもないのに、何故記憶がないんだ。喘がずに寝落ちたってこと? そうであってほしい。

 確かめるために、ストレッチをして着替えた。黒のシャツと白のフレアロングスカートを履く。細いベルトをつけてから、赤い髪をブラシでとかす。すると、セヴァリーノから部屋を訪ねてきた。


「おはようございます、グラナドートお嬢様」


 いつものように、優美な微笑。


「お身体は大丈夫ですか?」

「……」

「お嬢様?」


 警戒してセヴァリーノをじっと見上げる。それはどっちの意味だ。いや、きっと違う。本当にマッサージ以上のことなんてしていない。……そのはず。


「……私、途中から覚えていないのですが……」


 恐る恐る、記憶のないあとのことを問う。


「ああ、それならグラナドートお嬢様はすぐに眠ってしまいました。相当疲れていたのでしょう。どうですか? 今のご気分は」


 穏やかに微笑みながら、私の朝食を用意してくれる。温かいレモネードを渡してくれるから、両手で受け止めた。

 毎朝、白湯を飲んでいると答えたら、色々アレンジをして出してくれる。朝食も林檎一つでいいと言ったのに、ヨーグルトや果物の盛り合わせを用意してくれた。


「おかげさまで、いいです」


 寝落ちたと聞き、少し安心してレモネードを飲む。これを渡される時は、いつも飲みやすい温かさ。

 ほっと息を吐いたら、セヴァリーノがおもむろに顔を近付けてきた。私が顔を上げる前に、ふっと耳に息が吹きかけられる。


「耳に囁いた途端、気持ちよさそうに声を零すお嬢様は、とても妖艶で素敵でしたよ」


 なめらかに浸透する声に、フリーズ。髪の上から耳を撫でられても、動けなかった。


「耳が一番気持ち良いのですね。覚えておきます。気に入ったのならば、毎晩マッサージをいたしますよ」


 誘惑するような甘い甘い囁き。


「今日もお美しいです、グラナドートお嬢様。十時に街に出掛けましょう」


 離れてからニコッと笑って見せて、セヴァリーノは一度私の部屋をあとにする。

 私は少しの間、立ち尽くして、そのあと顔を覆って悶えた。


 十時になってから、ハロルドの部屋に向かう。すでにセヴァリーノが出掛ける許可を得ていたけれど、いってくることを伝えに行った。


「ランチはピッツァを食べるといい。出来立ては格別だ」


 前々から勧めてくれていたピザ屋に行くよう言われる。配達してもらうほど。私も出来立てを食べてみたいと思っていた。


「この街を知って、好きになってほしい。素晴らしい街だと自負している」


 ハロルドが育って、そして守っている街。

 こくり、と私は頷く。ベッドの上のハロルドとハグをしてから、セヴァリーノと一緒に徒歩で出掛けた。

 燦々とした陽射しで、セヴァリーノのキラキラ輝くブロンドは、白いリボンで束ねて肩に垂らしている。蜂蜜のように艶やか。今日もスーツ姿。

 そんなセヴァリーノを見上げながら、街を案内してもらった。とても自然に、手を繋がれている。

 ピエノデソーレ。陽当たりのいい場所という由来の街だけあって、ポカポカしている。褐色系の建物が並び、道も同系色の煉瓦の道でイタリアの田舎といった風の面と、お洒落な高い建物が並ぶイタリアの都会といった風の面、二つの面のある街だった。お洒落でいて、のどかだ。

 のどかなのは、当然。トラテレーノファミリーが目を光られて、治安を維持している。どこを見たって不穏な気配なんてない安全な街。この一週間、ハロルドに自慢された通り。

 オーガニックコスメのあるお店に連れていかれたので、買ってもらうことにした。髪だけではなくハンドクリームやリップになるヘアワックス。欲しいと思っていた。


「いい香りですね。つい、抱き締めて嗅いでしまいたくなります」


 試しに私の髪につけたセヴァリーノが、後ろから耳に囁くものだから、押し退ける。

 セヴァリーノと二人きりだから、まるで恋人同士のデートみたい。別に、街を案内してもらっているだけで、デートではない。断じて、デートではない。

 私をからかって小さく笑っているセヴァリーノを横目で見ながら、オズの言っていた言葉を思い出す。私が来てから、セヴァリーノは浮き足立っているのだという。

 初めからこんな感じだから、通常のセヴァリーノとどう違うのかは私にはわからない。楽しそうな様子になっている原因は私なのだろうか。

 私には向けられているのは、敬愛か。

 それともーー。


「グラナドートお嬢様?」


 セヴァリーノが視線に気付いたから、さっと顔を背ける。

 ファンデーションが肌に合わなかったので、ここのものを試してみよう。吟味していたら、横からローションが差し出された。


「こちらのラベンダーの香りはどうですか? マッサージの際にも最適だそうです。どうですか? 毎晩のマッサージに」

「いらないです!」

「そうですか」


 また誘惑するように囁いてきたから、離れて断る。

 にこ、と返事をしたセヴァリーノだったけれど、その商品を元の場所に戻さなかった。また私が却下したのに、買う気だ。

 確かにかなりいい香りで気に入ったけれども。なんで本心を見抜くんだ、この人。

 オーガニックのお店の他にも、手を引かれて入っていった。アンティークな家具や雑貨が置かれたお店では、白い髭を蓄えた店長とセヴァリーノは話していたけれど、内容はわからない。私がボスの娘だと話していたわけではないだろう。

 あとに聞いてみれば、セヴァリーノは店の売り上げや体調を訊ねただけらしい。他にも、店員やすれ違う人と挨拶をしては、軽く話していた。

 街の住人に信頼されているマフィアなのだ。犯罪者と激しい戦いをした武勇伝はあるけれど、住人に害を与えていない。街を犯罪一色に染め上げるようなマフィアだったら、断固拒否して逃亡していたところだ。

 ピエノデソーレの街を中心に平穏を守るファミリー。

 この街が証拠なのだと見せつけるような案内に思えた。


「お腹が空いたでしょう? さぁ、ピッツァを食べましょう」


 あっと言う間に、十二時。

 ハロルドも贔屓にしているピザ専門の店に向かった。テラス席に座って、私と歳が近そうな美人な店員さんにセヴァリーノが注文してくれる。

 その店員さんが、フレンドリーに私に話しかけてきた。けれども、全然聞き取れないしわからない。セヴァリーノが代わりにイタリア語は話せないと言ってくれた。


「日本語、少しわかる。どう?」


 ちょっと強張ったような口調で、その店員さんは日本語で話かかてきた。ペラペラのセヴァリーノ達と比べたら可哀想だけれど、上手な方だ。笑顔だけで上手だと伝えた。

 その店員さんが店の中に戻ると、セヴァリーノは言う。


「友だちになれると思います。彼女はいい娘ですよ」


 この街で友だちを作れとのこと。


「それって、友だちを作って外出してもいいということですか?」

「昨夜の件もありますから、一人で出歩く許可はできません。声をかけてください。暫くはお嬢様だけに時間を使えますので、一緒に出掛けます」


 黙って抜け出して殺人鬼に拉致されたことで、外出時にはセヴァリーノ必須が決定事項になってしまった。

 そういえば、あの殺人鬼は警察に引き渡したのだろうか。殺してはいないと思うけれど、被害者の親族も待っているだろうから、警察に引き渡さなくては。しかし、始末しましたとあっさりした答えを返ってくるのが怖くて止めておく。


「お嬢様の飛び蹴りは本当に華麗でしたね。デビーは痣ができたとか。殺人鬼も返り討ちにしましたね。お嬢様がよろしければ、もっと自衛が出来るように学びませんか?」


 格闘術を教えてくれるということか。マフィアのボスになる教育の一環としてだろう。

 運ばれてきたオレンジジュースを飲んで、のどかな街を横目で見つめる。


「……銃とか、もですか?」

「グラナドートお嬢様が望むのならば」


 やっぱり教育の一環か。本物の銃の扱いを教えてもらうなんて、本格的に私はマフィアのボスの座に歩んでしまうではないか。


「そうですね。護身用に持たせてくれるというのならば、教えてもらいたいです」


 その一歩を進んでしまう。


「安全に扱えることが出来たなら、ご用意いたします」


 セヴァリーノは、穏やかに返した。銃を持たせるなんて、私に撃たれても知らないから。

 ピッツァが運ばれる。頼んだのはマルゲリータ。オリーブがかけられたとろりとしたチーズとともに生地にかじりつく。本場のマルガリータ。美味しくって「んー」と顔を綻ばせてしまう。

 そんな私を、またセヴァリーノはカシャリと写真を撮った。だから脛を蹴り上げる。


「お父様に送るのですよ。一緒に出歩けない分、可愛らしいお嬢様を見せてあげたいでしょう?」


 そうやってまた病人を盾にするものだから、じとりと見た。


「じゃあセヴァリーノさんの携帯電話の中に私の写真は残っていないのですね」

「そんなまさか。グラナドートお嬢様の写真を削除するなんて、侮辱も等しい行為は私にはとてもできません」

「じゃあ私が消します」

「私にとって必要不可欠なものですので、このまま保存する許可をください」


 携帯電話を奪って消そうと思ったのに、セヴァリーノは避けてしまう。蹴ろうとしたら、今度は避けられてしまった。セヴァリーノは楽しげに笑っているものだから、腹立たしい。

 もう諦めて、をもう一切れ、味わう。

 ピッツァを全種類堪能したいほど美味しいけれども、体型維持のため、一品で我慢しておく。それから、デザートにガトーショコラを突くように食べた。


「セヴァリーノさん」

「セヴァリーノ、でいいですよ」


 呼んだら、訂正される。声に出すと、ついついさん付けにしてしまう。


「八月が誕生日ですか? ペリドットは八月の誕生日石ですよね」


 私はセヴァリーノがつけている指輪について質問してみた。右手にはペリドットの石が嵌められたゴールドのリングが三つ。左手には赤い石の嵌められたゴールドリングが一つ。色と艶からしてルビーではなそう。


「左手の指輪は……ガーネットですか? 一月生まれ?」


 身を乗り出して確認してみれば、セヴァリーノはいわくありげに笑みを深めて私を見ていた。なんですか。


「グラナドートお嬢様は、目敏く観察力もあって素晴らしいですね」


 そんな褒め言葉はいらない。


「初めてグラナドートお嬢様に会った日……夢を見たのです」


 指輪の意味を答える気はないのかと、むくれつつも聞く。初めて会ったとは、幼児の私を抱えた日のことか。


「右手にはペリドット、左手にはガーネットの指輪を嵌める夢を。この数だけ」


 指輪と関連があった。


「お嬢様と初めて会った日に見た夢ですから、毎朝つける度に思い出せますし、意識が向く度にもお嬢様のことを浮かべられるので、つけるようにしたのです。縁起が良さそうですしね」


 そういう意味でつけている。つまりは誕生日は一月でも八月でもないのか。


「グラナドートお嬢様は、ご自分の名前の由来をご存知ですか?」

「グラナドートですか? はい。宝石のような魅力を持つようにと、お父様がつけたと聞きました。確かイタリア語のガーネットとペリドットを合わせて……」


 唐突に話題が変わったと思ったけれど、繋がっていた。

 私の名前はガーネットとペリドットを合わせてつけられたもの。セヴァリーノの指輪も、ガーネットとペリドット。

 コーヒーを飲む姿も優雅なセヴァリーノは、微笑んだ。


「グラナドートお嬢様にもう一度会うことはないと思っていたのですが……運命とは不思議なものですね」


 また一口コーヒーを飲むセヴァリーノを、私はぽかんと見る。それはそれは不思議な夢だこと。私も飲みやすい温度に下がったコーヒーを飲み込んだ。


「……」


 セヴァリーノの手元をひたすら見つめて、私は訊ねたくなった。


「いつからその指輪を嵌めているのですか?」

「初めて自分で稼いだお金で買ったので、随分前になりますね。十八年ほど前でしょうか。それから何度か買い換えています」


 私が呆気にとられているけれど、セヴァリーノは質問が楽しいみたいにニコニコしながら次を待っている。

 黙っていれば、首を傾げてセヴァリーノの髪がさらりと揺れた。そんなセヴァリーノを、私は見つめた。

 それほど前から、私を連想させる指輪を身につけていた。会うこともないと思っていたからこそ、思い浮かべることのできるものを身につけていた。

 もしかして、この人は初めて会った日から私に恋をしてしまった?

 なんてとても信じられない疑問が浮かんだ。

 そんなバカな。私は幼児だった。幼児に恋してしまう少年なんているわけがない。二十年も前から恋焦がれていたなんて、おとぎ話のようにクラッとくる話が実在していても、私がその相手になるはずない。

 けれども、セヴァリーノに女っ気がないという話を思い出してしまい、それが拍車をかけてしまう。

 例えば、昔から一途にたった一人を想っていたから、今まで独り身でいたのかもしれない。他の女性にも目もくれずに仕事に励んでいたけれど、その想い人が現れて喜びが隠しきれていないのかもしれない。


「グラナドートお嬢様」


 セヴァリーノが私の右手をとった。そっと手の甲にチュッと口付けをした。


「Ti Amo,」


 愛している、と告げる。私の考えていたことを見抜いて、肯定するように、私をまっすぐに見つめた。

 ますます、セヴァリーノを受け止める自信がなくなってしまう。狂気的とすら思う一途な愛が、この私には無理そうだ。

 怖気づいていると見抜いているくせに、セヴァリーノは微笑むだけで、手を離そうとしなかった。

 ああ、もういいわ。

 ハロルドのように、ファミリーを街を愛して守り抜くような人間になる決意が出来るまで、私を口説けばいい。

 拒めないほど深く、口説き落としてしまって。



誕生日の記念に、書き上げてみました!

この物語は、三年も前から書いていたもので、去年書き直して今日漸く完成いたしました!

自己満足ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


口説き落とされるまで、時間の問題。

セヴァリーノに口説き落とされて、グラナドートは立派なボスになると思われます。

深すぎる愛。セヴァリーノは全力を尽くして逃がさないでしょう。


時には、口説き落とされて決めてほしいです。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


20160804

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ