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極上ヤンデレ紳士とツンデレお嬢様。  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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12/12

ー3 セヴァリーノ


 一週間後の間、グラナドートお嬢様はあまり体調が優れない様子だった。時差のせいか、新しい環境に慣れないせいか。それでもボスと過ごして、優しい笑顔を見せていた。

 ボスと過ごしている時に、あらゆる報告をしていれば、なにか言いたげな様子だった。それはグラナドートお嬢様にも現状を把握してもらうため。まだ口にはしていないが、後継者として少しづつ学んでもらう。

 ボスの方でもマフィアに関して話をしていると、グラナドートお嬢様は愛想良く聞いてくれているという。

 殺人鬼の追跡の件も詳細を話していれば、どこか真剣に聞いてくれているとわかった。興味があるようだ。遺体発見現場と最後の目撃場所などの手掛かりを元に、ある程度絞り込み近いうちに捕まえる。そのあとはお嬢様に私の全ての時間を与えられるので、その際にまた詳細を話そう。

 今夜捕まえれば明日にはグラナドートお嬢様と過ごせると胸を高鳴らせながら、朝の庭を歩いた。グラナドートお嬢様が来てから、お嬢様の部屋から見える庭に異変がないかと確認する習慣がついた。彼女が安全であるか、毎朝確認せずにはいられなかった。

 グラナドートお嬢様の方は、毎朝窓を自分で開ける習慣がある。そして少しの間、庭を眺めるのだ。そんなグラナドートお嬢様の視界に少しでも入っていられたら、幸せな朝。いっそのこと挨拶をしようと思った。

 見上げれば、ぼんやりと見つめているグラナドートお嬢様。ロミオとジュリエットの有名なワンシーンを思い出してしまい、笑ってしまいそうになる。

 声をかけようとすれば、お嬢様は驚いた表情をして私の視界からいなくなってしまった。もしかしたら、私と話すために今から下りようとしてくれているのかもしれない。一刻も早くお嬢様に会いたいと気持ちに急かされて、思いつきで木に登った。

 ちょうど窓と同じくらいの高さの木の枝に乗れた。グラナドートお嬢様はまだそこにいたことに喜びを感じる。そのまま窓に飛び込もうとしたが、グラナドートお嬢様にぶつかってしまう。


「少し退いてください、ぶつかってしまいます」


 にこり、笑いかけるも、グラナドートお嬢様は唖然としたまま立ち尽くしている。

 このままグラナドートお嬢様に飛び込んでもかまわないのだろうか。なんて首を傾げた。あまり長い間木の上にいられないため、すぐに足から窓に飛び込んだ。予想通り、お嬢様とぶつかって倒れたが、抱き留めて怪我を防いだ。


「おはようございます、グラナドートお嬢様」


 お嬢様を下にしたまま、朝の挨拶をする。右肩から束ねたブロンドの髪が、グラナドートお嬢様の顔の横に垂れた。

 ガーネットの美しい長い髪に包まれたグラナドートお嬢様は、驚いた顔をしている。大きく開かれたブラウンの瞳の下に、うっすらとクマが浮かんでいた。眠れていない証だろう。


「……な、なに、しているのですか」

「私に用があるのかと思いまして、急いできました。違いましたか?」

「……違います」

「そうでしたか」


 勘違いだったが、こうして朝から話すことが出来てよかったと思う。お嬢様を抱えて立ち上がり、椅子へと下ろした。


「……目に隈が浮かんでいますが、眠れていないのですか?」


 片膝をついてグラナドートお嬢様の目の下を親指で撫でる。


「まだ時差で身体が不調ですか? 無理をなさらず休んでください」

「大丈夫です。大体慣れてきましたから」


 私の手を退かして、淡々と答えた。

 だいぶ慣れたと言え、まだ気を張っているのだろう。私がうっかり口を滑らせたせいだ。


「……」

「……なんですか?」


 じっと見つめれていれば、お嬢様は居心地が悪そうに顔を歪めた。


「……グラナドートお嬢様」


 私よりもグラナドートお嬢様の小さな掌を、両手で包んだ。


「ここではあなたに安心を与えたいのです。私はあなたの味方ですから、助けてと言ってください。どんな些細なことでも、私が助けます」


 真っ直ぐに見つめてきて、優しく諭すように言う。

 誰にも助けを乞わなかったグラナドートお嬢様が、私に助けを求めてくれるように伝える。私の名を呼んでほしい。


「ここはお嬢様の家です。だから甘えてください。素直に思ったことを言ってください。私が全て受け止めます」


 ここはグラナドートお嬢様が安心できる場所。この家が、このファミリーが、グラナドートお嬢様の家。彼女の全てを受け止められる場所なのだ。

 グラナドートお嬢様は受け入れないと言いたげに顔をしかめた。

 そんなお嬢様の手の甲に、見つめながら唇を押し付ける。


「無理をなさらないでください……」


 愛しているのだと、伝えたかった。心から愛しているから信じて欲しいと伝えたかった。しかし、今はまだグラナドートお嬢様は受け止める準備が出来ていない。ただ今は気遣う。


「……じゃあ、半年後、日本に帰りたいと言ったら?」


 グラナドートお嬢様は、鋭く問う。どうせ口先だけだろう。そう言いたげな声。ボスになれと説得するために、心を開かせるために、嘘を言っていると思っているのだろう。見極めようと目を細めて、私を探った。


「半年後に、また言ってください」


 私は微笑みを深めた。

 ブラウンの瞳が私の目を交互に覗き込んだ。心の奥底を覗き込まれるような眼差しが、心地いい。いつまでも見つめ返してしまう。

 半年後にグラナドートお嬢様が日本に帰りたいと望むのなら、それに応えるつもりだ。半年後にそう望んだのなら。

 半年後までに、この家を、このファミリーを、この場所を、愛してもらえるように最善を尽くすまでだ。ここに居たいと望んでもらえるようにする。私の全てを捧げてでも。

 グラナドートお嬢様は困惑した表情で身を引く。そんなグラナドートお嬢様の手の甲に口付けをもう一つする。


「……体調がいいのなら、外へ出掛けましょう。この街をご案内いたします」


 ずっとこの豪邸にこもっていたグラナドートお嬢様を、外へと誘う。美しい街を案内したい。


「今日も父といますので」

「そうですか。また誘いますね」


 ボスを口実にお嬢様は断ったため、私は引き下がった。


「……殺人鬼を追う仕事があるのでは?」

「それなら、もう捕まえる直前です。捕まえたら、ミラノで安心して遊べますから、またミラノでショッピングをしましょうか」


 立ち上がって私はさらりと答える。


「……殺人鬼に興味があるのですか?」

「……いえ、別に」


 否定したお嬢様の顔が、少し引きつった。やはり興味があるようだ。


「もう出ていってもらっていいですか?」

「はい。犯人を捕まえたら、ボスに報告するので、その時に一緒に聞いてくださいね」


 私は殺人鬼の件を話すと約束する。

 グラナドートお嬢様の部屋をあとにして、自室に戻って着替えをした。これからもう少し調べたあと、デビーとオズに手伝ってもらい確保する予定だ。最後の目撃現場はミラノのとあるクラブ。そこが殺人鬼の狩場だ。若者であるデビーとオズなら溶け込み、次の被害者が出ないように見張れるだろう。

 シャツを取ろうとした時に、ノック音が聞こえてきた。デビー達だと思って、シャツを着ずに扉を開く。そこにいたのは、グラナドートお嬢様だった。ハイウエストスカートのデザインのワンピース、キャメル色のレースアップブーティ。赤い髪はストレートに下ろして、隈を隠して化粧もしていた。


「おや。こんな格好で申し訳ありません。グラナドートお嬢様」


 微笑んで彼女を見下ろす。グラナドートお嬢様は、私の上半身に注目した。鍛えていた身体を気に入ってくれたようで、隅々まで見てくれる。気に入ってくれたのなら嬉しい。

 扉に寄り掛かって見ていたが、グラナドートお嬢様は我に返る。


「どうぞ、入ってください」


 手を掴み、部屋の中へと入れた。とはいえ、部屋にはお嬢様をもてなすものはない。


「どうぞ、ソファーに座ってください。今着替えますので」

「……あの、それ……撃たれた傷ですか?」


 促すも私の右胸の丸い傷を指差す。他にも傷がある。


「ああ……そうです。二年前に、お父様の長男を庇った傷です。もう少し上だったら、死んでいました」

「……二年前、ですか」

「激しい銃撃戦で……結局、彼はその最中に亡くなりました」


 アーガートの話を面と向かって話せないまま答える。とクローゼットから、黒いYシャツを取り出して袖に腕を通すと、そこでノック音がした。今度こそ、デビー達だ。


「私、部屋に戻ります」

「出掛ける気になったから、着替えて訪ねてくれたのではないのですか?」

「気が変わったので、また今度お願いします」

「……はい」


 デビー達には待ってもらってお嬢様と出掛けようと思ったのに、気が変わってしまった。残念だ。アーガートの話でなにを思ったのだろうか。探る前にお嬢様は私の部屋を出て行ってしまった。

 黒髪の左側に青と赤いメッシュが入っていて、父親似の長身。茶目っ気のある笑みを向ける彼は、デレクさんの息子。デビー・エルカーン。

 一方は丸目で幼さが残る顔立ち、プラチナブロンドとグリーンの瞳の持ち主。幹部の息子、オズ・ジュベッセ。


「Buon giorno」


 興味津々な眼差しを向けるデビーに、お嬢様はいかにもあなたには興味がないという態度を示す。目を合わせないままイタリア語で素っ気なく挨拶をして、部屋から出てしまう。

 美しいお嬢様のそのつれない態度が余計惹きつけられてしまうと気がついていないようだ。

 

「セヴァリーノ。あの女の子、一体誰なんですか?」

「セヴァリーノの恋人じゃないんですか?」

「まだ秘密ですよ」


 二人にはまだグラナドートお嬢様のことは伏せている。名前すらも教えていない。私は階段を駆け上がるお嬢様を見送った。

 また気を変えるかもしれないと、私は出掛けることをやめる。そもそも殺人鬼が動くのも夜。夜を待って動いた殺人鬼を捕まえる手筈にした。

 しかし、一つ気になることがある。デビーはグラナドートお嬢様に気付いていないという態度をとっているが、アーガートがグラナドートお嬢様の写真を手に入れたであろう時期、一緒に行動していた疑いがあった。私がそばにいなかった時はデビーがアーガートに付き添っていたからだ。彼らも親友と呼び合う親しい間柄だった。アーガートがデビーに話していたと十分にあり得るのに、デビーはとぼけていた。気掛かりではあったが問い詰めることはしなかった。のちに、それを後悔することになる。

 先に例のクラブにデビー達を先に行かせて、お嬢様の気が変わるのを待っていたが結局来なかった。出掛ける挨拶をしようと部屋を訪ねようとした時、その電話は来た。

 グラナドートお嬢様が殺人鬼に連れ去られたという連絡。

 ノックもせずに扉を開けば、そこにお嬢様はいなかった。窓は開いたまま。そこから抜け出したことは一目瞭然だった。恐らく私が登ったようにあの木の枝に飛び移って降りたのだろう。正面玄関から出れば誰かしら見付かる。柵を越えたということだろう。


「デビー。彼女に傷一つでもついていたら貴様の命はない」


 ボスの部屋に向かいながら、気付けばそうデビーに言い放っていた。デビーの意図にようやく理解したのだ。デビーはグラナドートお嬢様が何者かを知っていてわざと殺人鬼の餌にした。償うという名目で彼女の懐に滑り込むつもりなのだ。拐われたのは誤算だったのか、電話の向こうでデビーは息を飲んだ音が聞こえた。

 ボスにデビーの思惑だけは伏せて、事情を話してすぐに私はお嬢様を迎えに行く。クラブにいなくなったバーテンダーがいた。そのバーテンダーの身元を調べさせれば、親が働いていた病院が今は廃墟になっているとわかった。そこが拷問と殺害場所だ。グラナドートお嬢様が拷問されると思うと居ても立っても居られない。車を飛ばしてデビー達と合流した。

 病院はそれほど大きくはない。デビー達には外で誰も出て来れないように見張らせ、私一人が乗り込んだ。足取りは気付かれないように静かに、しかし素早く進む。いつでもお嬢様をお守りできるように銃を握り締めた。

 もしも、アーガートのように守れなかったら……ーー。

 過ぎるだけで恐怖を感じた。彼女だけはなにがあっても守る。

 不意にバン、と叩きつけるような音と声が聞こえて、そちらの方へと足を進めた。近付くと、声はグラナドートお嬢様のものだとわかった。


「だいたい、二十年も連絡しなかった実の親に強制的に日本からイタリアに呼び出されたかと思えば、病気で余命僅か? マフィアのボスの後継者は私だけ? ふざけんなってーの! 病人相手に罵倒もできやしない! 一切連絡をしてこなかったくせに、いきなりそばにいてくれなんて身勝手にほどもある! 血を分けてやったんだから当然ってことっ? ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!!」


 ガンガンガンッと叩きつける音はグラナドートお嬢様が出しているようだ。

 吐き出しているのだとわかった。溜め込んでいたものを全て、吐き出しているのだ。


「思春期の子どもみたいな態度なんて、できるわけない! こんな風にぶつかったことなんてない! どうして私は嫌われているのかって、捨てられちゃうのかって、訊くことが怖すぎて言ったことなんてない! こんな臆病な私のどこが魅力的なのよ!! 自分を好きになることがどんなに難しいか、あなたにわかる⁉︎ 片親がいなくて我慢ばかりで堪えてばかりで生きるのが辛くって、そんな自分を好きになろうって努力してきた! マフィアのボスになる自分なんか好きになれるわけないでしょ!!」


 それはまるで悲鳴にも聞こえた。泣いている悲鳴。

 もしかしたら、泣いてしまっているのかもしれないと歩みを早めた。


「なのに、父親は酷いほど優しい! マフィアのボスのくせに穏やかな声で、自分のことを語って、楽しそうに微笑んでくる! 何度も手を握って、私のことも訊ねてっ……なんなのよ!」


 悲痛の声に、胸が痛んだ。


「どうせ亡くした息子達の代わりのくせにっ! 離れていても想っていたのならっ……そう示してくれていたらいいじゃない! 誕生日に花を一輪くらい……メッセージカードくらい贈ってきてくれればよかったのに! 捨てられて父親に愛されないって思い続けることもなかったのに! 生まれてくるんじゃなかったって! 誕生日が来る度に、父親はきっと私が生まれた日を知りもしないだなんて思うこともなかったのに! 離れていても想ってるって! 私が生まれた日だけでも教えてほしかった!!!」


 一刻も早く彼女の元に行こうと駆け足になる。

 本当は愛しているのだ。ともに過ごす時間を今まで得られなくとも、ボスは心からあなたを愛しています。誕生日だって、欠かさず祝っています。あなたを大切に思っているのです。


「セヴァリーノだって!」


 私の名前が出て、思わず足を止めてしまった。


「本当に私を助けたいなら、今すぐに現れなさいよ! もっと疑えないくらいにっ! 証明してよ! わからせてよ! 私が受け入れられるまで、尽くしてよ!!」


 はい、お嬢様。疑えないくらいに証明いたします。わかっていただけるまで、受け入れてもらえるまで、尽くしてみせます。

 強く決心を固めて、ドンッと扉が蹴り開けた。殺人鬼を撃ち殺すつもりで銃を構えたのだが、予想を遥かに裏切る光景が目に飛び込んだ。

 てっきりお嬢様は拘束されて今にも拷問をされそうになっていると想像していた。しかし、部屋の中央にある手術台に縛り付けられているのは、例のバーテンダーらしき男。そしてメスを振り上げているお嬢様がそばにいた。呆気に取られたが、流石はグラナドートお嬢様だ。


「グラナドートお嬢様! ご無事ですか⁉︎」


 殺人鬼が動けないことを一瞥して確認し、それから銃を下ろしてグラナドートお嬢様に駆け寄る。革の手袋のまま頭を両手で包んで、怪我がないかと探りながらグラナドートお嬢様の目を覗き込む。幸い怪我はないみたいだが、ブラウンの瞳は涙で濡れていた。


「怪我はありませんからっ」

「グラナドートお嬢様っ!」


 私を抱き締めた。途端に広がる安堵。私まで泣いてしまいそうになった。


「あなたに……もしものことが、と想像するだけで、戦慄が走りました。申し訳ありません、こんな目に遭わせてしまい申し訳ありません。グラナドートお嬢様」

「デビー達が勝手に私を囮に利用したってことですか?」

「はい……あのクラブでもう被害が出ないように見張っているようにと指示をしたのです。デビーとオズなら、クラブに長居をして女性に話しかけても不自然とは思われませんから。私が頼みました。それなのに、あなたを連れていったら消えてしまったと……連絡がきて慌てました。同じく消えたバーテンダーの身元と今まで得た手掛かりから、この廃墟に辿り着けました」


 どうやらお嬢様は私の指示だと思い込んだらしく、それは冷静に否定した。答えながら、お嬢様をひょいっと抱え上げる。銃を持った右手で、メスを取り上げる。その手で急所を外して殺人鬼に突き刺しておく。お嬢様を怖がらせた罰だ。

 罰と言えば、デビー達だ。


「デビーはあなたが連れ去られる前に犯人を捕まえる気でいたようですが……しかるべき罰を与えますね」

「あーそれは私に任せてくれませんか?」

「グラナドートお嬢様がそう望むのならば」


 本当にご無事で良かった。心からそう思う。

 こうして抱えると、昔を思い出す。昔と変わらないと思ってしまう。

 命を捧げるべき相手。偉大な人。私が心から愛する人。

 失わずにすんだ安堵が、再び込み上がる。


「……セヴァリーノさん。ありがとうございます、助けに来てくれて……」


 すると、ちらちらと私と目を合わせながら、ボソリと小さくお礼を伝えてくれた。堪らなくなって、片腕でグラナドートお嬢様を引き寄せて抱き締める。


「もったいないお言葉をありがとうございます。これからも、私はあなたを助けに駆けつけます」


 そっと囁いてお礼を伝えた。

 グラナドートお嬢様の顔が赤くなった。そんな姿が愛らしくて堪らなかった。お嬢様はそわそわしながらもデビー達が自分の素性を知ったかどうかを問う。教える暇はなかったが、家に戻れば知ることになる。

 廃墟から出てすぐにお嬢様を下ろして、電話をかけた。ボスにお嬢様は無傷だと伝える。また失くしてしまうとボスも駆け付けただろう。もう心配はない。

 ついでに病院の裏口を見張ってもらっていたフィデリコに連絡をして、車を持って来させようとしていたら。


「すみません、ロートさん。危ない目に遭う前に解決するつもりでしたが……本当に、本当に勝手に巻き込んでしまい、すみません。お怪我は? 怖かったでしょう。本当にどう償えば……」


 心から反省し必死に謝罪をするオズに反して。


「無事でよかった! 一時はどうなるかと……ロートが消えちゃうから、焦っちまったぜ!」


 反省の色を見せないデビーが笑い退けていれば、お嬢様は彼に笑顔で近付いた。キョトンとしたそのデビーの腹に飛び込むように、見事な蹴りを決めた。デビーは派手に倒れる。


「ゲホゲホっ! いってぇ……なにすんだっ?」

「なにすんだじゃないわよ。人を勝手に殺人鬼の餌にして、客人だっていうのにこの扱い! 女一人もまともに守れないわけ? だっさい男」


 見下して吐き捨てるお嬢様は勇ましかった。


「悪かったよ! オレだってちゃんと連れ去られる前に助けようとしたけれど!」

「ちゃんと謝罪なさい!」

「はぁ⁉︎ なんでそこまで言われなきゃいけないんだ!」


 ムキになるデビーの顔面を踏み潰そうと足を上げたが、電話をすませた私は止める。いくら強烈な蹴りを出せるといっても、反動で怪我をしてしまいかねない。


「お嬢様、怪我をしてしまいますよ。私が代わりにしますので、どうぞ命じてください」

「なに怖いこと言ってんのセヴァリーノさん⁉︎」


 デビーは流石に私の蹴りを受けたくないようで。ギョッとした。何故かお嬢様までもが、私も同じく反応をする。


「セヴァリーノさんが命令を聞くほどの大事な客人って……一体何者なんだよ」


 ここまできても、デビーはとぼけた。その演技力の高さは評価しよう。だが、お嬢様には容易く近付かさせない。

目的のために危険な目に遭わせたデビーには。


「お嬢様、連絡は済みました。フィデリコが迎えにきます」


 デビーの答えることなく、私はお嬢様に告げる。

 そこで車が到着する。運転席から出てきたのは、眼鏡をかけた長身、髪はアッシュ色。マリオによく似たフィデリコ。


「……客人のロート様はご無事だったのですね」


 地面に座り込んでいるデビーを蔑んだ眼差しを向けるのは、この騒ぎを起こした本人だからだ。フィデリコはお嬢様に気付かずに言ったが、目を合わせてようやく。


「……グラナドート……お嬢様?」


 こうして、ロートと名乗ったグラナドートお嬢様が、唯一の後継者であるボスの愛娘だと明かされた。


 デルギア邸宅に戻れば、ボス達が出迎える。

 グラナドートお嬢様は深く反省を見せて謝り、デビーとオズには罰を与えたのだと庇った。その姿は勇ましく、そして優しかった。

 お嬢様が部屋に戻ったあと、デビー達はお叱りを受ける。私は自室に戻って、箱を取り出した。アーガートが残したお嬢様への誕生日カードの入った箱。それをグラナドートお嬢様に届けた。

 ボスは離れていても想っていたのだと、愛しているのだと、教える。想っていた証がこの箱にあると渡した。


「ここには愛があります。どうか、愛されているご自分を好きになってください。時間がかかってもいいのです。少しずつ、受け止めればいいのです。今まで負ってしまった傷も、ここで癒してください」


 グラナドートお嬢様は涙を落とす。泣き止むまで、そばにいた。

 今まで得られなかった愛がここにある。ここに居てもいいのだと理解してほしい。急がなくてもいい。ただここに居てほしい。きっと愛せる。ここにある全てを、そして自分自身を。


「私も受け入れてもらえるまで、尽くします」


 私の決心を告げると、お嬢様は惚けた顔になった。言葉を理解して、グラナドートお嬢様はその顔を真っ赤にした。

 私が尽くしたいのだと本心を伝える。


「私はグラナドートお嬢様の全てを受け止める覚悟はあります。だから、些細なことでもいいのです。なんでも、私に伝えてください。証明します」


 そのために、街の案内をするためにもう一度誘った。

 それからマッサージをすると申し出る。グラナドートお嬢様は今まで外出しなかった。それなのに二階から飛び降りたり、柵を越えたり、華麗な飛び蹴りを決めた。身体に負担がかかっているはず。怪我をしていないかの再確認のためにも、マッサージをさせてもらうことにした。

 グラナドートお嬢様は、短いベビードール姿だった。着ている姿を見てみたいと望んだ、黒い薔薇の刺繍が施された純白のワンピース。


 グラナドートお嬢様の肌は、なめらかで柔らかい。ラベンダーが香るローションを塗り広げながら、その柔らかさを堪能する。

 健康や美容に気を使っているお嬢様の足は、とても美しい。口付けをしたくなるほど、誘惑的。

 誘惑的といえば、お嬢様のお姿。恥ずかしそうに純白のベビードールの裾を抑えている姿が、煽っているとわかっていないようだ。

 下着が見えそうなそこに向かうように、太ももを揉みほぐしていく。グラナドートお嬢様は、必死に声を抑えていた。真っ赤なお顔を俯かせて、可愛らしい。

 グラナドートお嬢様のなにもかもが、私を誘惑すると自覚をしていない。


「身を任せてください。マッサージ以上のことなんて、しません。……お嬢様が望まない限り」


 グラナドートお嬢様が望まない限り、それ以上のことなどしない。

 うつ伏せになったお嬢様のベビードールの上から、腰から背中までほぐしていく。抑える声が少し苦しげだ。うつ伏せになっているせいだろうか。


「声を我慢しなくていいのですよ、グラナドートお嬢様」


 先程よりも、力が抜けている。


「気持ちが良いのならば、どうぞ声を聞かせてください」


 声をかけるが、お嬢様は目を閉じたまま、また声を我慢する。眠ってしまいそうなほど、気持ちが良いのだろうか。


「気持ち良いですか? お嬢様」


 眠ってしまうその前に、身を寄せて囁く。同時にベビードールの下に手を滑らせて直接触れた。


「あんっ……」


 ビクンと震えてシーツを握り締めたお嬢様は、濡れた声を零す。

 ぞくっと興奮を覚えた。なんて、甘美な声。

 力が抜けてしまっているお嬢様は、睡魔に抵抗することをやめて眠ってしまったようだ。規則正しい息が聞こえる。

 そんなお嬢様の健やかな寝顔を見つめながら、眠りを邪魔をしないようにマッサージを続けた。時折、声が零れる。官能的な濡れた声。背中を撫でれば、零れる吐息。それすらも私を煽る。

 抱いてしまいたい。溶けてしまいそうなほど、胸が焦がれて仕方ない。この熱さが伝わるほど激しく抱きたい。想像をするだけでも、息が荒くなってしまう。

 お嬢様さえ望んでくれさえすれば……。

 熱情を堪えて、そっとグラナドートお嬢様の髪に口付けをする。それだけでは物足りず、耳にも口付けをした。


「あっ」


 また零れ落ちるグラナドートお嬢様の濡れた声。まだ私を煽る。堪えきれず、お嬢様の耳に舌を這わせた。お嬢様は震えて、私の手を握り締める。耳が本当に弱いようだ。目覚めそうで目覚めない。

 ああ、どうしてこんなにも私の胸を焦がすことが上手いのだろう。

 目を開いて、私を望んでほしい。求めてほしい。胸を焦がすほど強く、熱く求めてほしい。

 人差し指でお嬢様の頬を押し上げて、唇に触れようと顔を近付ける。しかし寸前で止めて、艶かしい彼女を見つめた。どれほどの時間が経ってしまっても、見つめていた。

 口付けをするのなら、グラナドートお嬢様にも覚えていてほしい。

 額を重ねて、息を深く吐いた。息を吸い込めば、ラベンダーの香りが程よい眠気を誘う。お嬢様の横で寝てしまいたかったが、これ以上は理性を保てないと額に口付けをしてベッドから下りた。

 髪を撫でて一房とって、もう一度口付けをして、部屋をあとにした。



 翌日、お嬢様は私を警戒していたが、一緒にトラデレーノファミリーのシマであるピエノデソーレの街を歩いてくれた。私に手を引かれながら、お嬢様は散策を楽しんでくれた。オーガニックコスメの店に行ったり、ピッツァをともに食べた。

 グラナドートお嬢様と会話を楽しんでいれば、私の指輪の話に触れる。これをグラナドートお嬢様に話せる時が来るなんて、と喜びを感じた。


「グラナドートお嬢様にもう一度会うことはないと思っていたのですが……運命とは不思議なものですね」


 十八年も前からグラナドートお嬢様を連想させる指輪を身につけていたと話す。

 ずっと私も想っていたことが伝わるだろう。

 私もグラナドートお嬢様を愛しているのだと、伝わるだろう。

 グラナドートお嬢様だけを愛していると、伝わるだろう。

 それでも私は足りないと思えて、グラナドートお嬢様の右手の甲に口付けをした。


「Ti Amo.」


 愛していると告げる。真っ直ぐに見つめて、手を握り締めた。

 グラナドートお嬢様と初めて会った時から想っていた知れば、また受け止められないと思ってしまうだろう。しかし、もう逃さない。絶対にこの手を離したりしない。

 どうか、グラナドートお嬢様。

 私のそばにいてください。心から愛しております。

 あなたが拒めないほど、愛しましょう。



20170106

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