襲撃 その6
「あれでもダメか。」
生きているミノルを見てアキラは呟く。
「瞬間移動っていってもあれを回避するってことは、それなりに警戒していないと無理だろうな。つまりあいつは最初から吉田を怪しんでいて、かつ爆発の瞬間に吉田を見ていたってことかな。」
「まあつまり吉田が予想以上にポンコツだったってことか。本当に盗聴器つけてればよかったんだけどな、用意しとくんだった。」
アキラはデパートの近くにある公園のベンチに座って考えていた。幸いここにいる人はまだ俺の事を知らないらしく、特に騒ぎにもならない。
「アキラ!?」
不意に、恐らく別の意味で一番出会いたくなかった、よく知っている声の人物から声をかけられる。
「母さん・・・。」
「ちょっと、どういうことなの?テレビ見てたらアキラが犯人だって報道されてて、でももうすごい人数の人が死んでるんでしょ?アキラにそんなことできるわけないし、きっと何かに巻き込まれただけで、アキラは偶然カメラに映っちゃっただけだと思って、とにかく心配で探してたのよ。」
テレビはさすがに俺が実際に殺人をしているシーンまで映さなかったらしい。
「母さん・・・。テレビに俺の名前もうでてたんでしょ?さすがにマスコミも確固たる証拠でもなければ、未成年の名前出すなんて真似しないよ。」
「そんな・・・。じゃあアキラが本当に・・・。」
「そうだよ。全部俺がやったんだ。ごめんね。」
「なんで?どうしてよ。あんたは昔から優しくて、私達の言う事もちゃんと聞いて、ここまで私達に何の迷惑もかけない、本当にいい子だったのに・・・。今朝も元気にいつも通り登校してたじゃない。」
「違うんだよ。全部。俺は母さんと父さんのことは大好きだよ。ちゃんと二人は二人なりに俺のことを愛して大事にしてくれたって思う。だから俺は家族は大事に思ってるよ。今でも。」
「じゃあなんで・・・。」
「母さん、俺がずっと学校でいじめられてたの気づいてた?小学校の時からずっと。」
「え、そうなの?何で今更・・・。どうしてもっと早く相談してくれなかったのよ。」
「いい子でありたかったからだよ。俺は母さん達が大好きだったから。この家庭を壊したくなかった。だからいつまでも平穏な家族であるために、俺は黙って我慢する事にしてたんだ。そのためなら俺はずっと我慢できるって思ってたんだ。」
どうせ消える世界線の母親だ。そう思ってアキラは思っていることを全て話そうとした。
「でも安易に解決出来る方法を与えられたら、我慢できなかったんだ俺は。だからこうなった。初めて殺したのは俺をいじめていた吉田って奴だった。それからだ。人を殺すのが楽しくてしょうがないんだ。今まで俺をいじめてた奴も、それを見て笑っていた奴も、知っていて助けてくれなかった奴も、それだけじゃない。もう誰でもいいんだ。誰を殺しても痛みとか悲しみとかは一切感じないんだ。ずっと我慢してた気持ちから開放されて、ただただ人を殺すって事が楽しくてしょうがなくなっちゃったんだ。」
「そんな・・・それじゃ結局アキラががんばって我慢していた事が全部無駄になるだけじゃない。何のためにいい子でいたのよ。なんでそれで家族が無茶苦茶になってしまうってわからないの。アキラはそれくらいはわかる賢い子だったでしょ。」
「いい子とか賢い子とか、それってなんなんだろう。家族にとっていい子って何?賢い子って何?俺は母さん達が大好きだったから母さん達にとっていい子であろうとしたけど、でもそのいい子って何になるんだろう。家族の平穏のためにいい子でいて、その子には何か意味があるのかな。子供にとって、両親に迷惑をかけないいい子って何か意味あることなのかな?」
「両親も子供も関係ないでしょう?私達もアキラも平穏に暮らせればどちらも幸せだったじゃない。いじめられてたのならそれも一緒に解決して、そしてまた平穏な毎日を暮らそうとするのが家族でしょう?少しくらい迷惑かけてもいいのよ。どうしてそんなになる前に相談してくれなかったのよ。」
「そうだね。そうだったのかもしれない。でも結局、俺は学校でもうまくやってるいい子ってのを母さん達に見せたかったんだよ。母さん達がそういう俺を望んでるって思ってたけど、母さん達にそういう風に見られるのを俺が望んでいたんだ。」
「ごめんなさいね。私達が期待をかけすぎたのね。いい子じゃなくてもいいのよ。悪い子でも。今からでもまだやり直せるのかはわからないけど、一緒に警察に行きましょう。私もちゃんと向き合うから。ね。」
「ありがとう。母さん。ちゃんと自分の世界では上手くやるから。大丈夫。」
アキラは自分の世界線ではまだ一人も殺していなかった。
「自分の世界って、どういうこと?って、え?」
突然アキラの母親はアキラの頭上を見上げて目を大きく広げて驚いた。
頭上を見ると、もうすぐそこにトラックらしき物が落下してきていた。慌ててアキラは時間を止めて、母親を抱き寄せ、座っていたベンチから離れた。
「くそ。つかっちまった。やべえ。くそ。物も瞬間移動させれるのかよあいつ!」
時間が動き出すと、ベンチの上にトラックが落下し、ベンチはぺしゃんこにつぶれ、トラックの落下の衝撃ですさまじい音が鳴り響いていた。
「いてっ。」
ビルの屋上に戻ってきた瞬間、さっきくじいた足が痛んだ。
あいつ、一緒に女がいたぞ。誰だあれは。あの人は下敷きになっただろうかだとしたら俺が殺したことに・・・。
「もう考えている余裕は無い。」
足を痛めたことと、女のことを考えたことで二秒ほど時間をロスしたミノルは、考えるのをやめ、すぐに次のトラックを飛ばした。
「落下までに一秒かかるとしても、五秒までには十分時間がある。これで終わりだ。」
アキラの頭上に瞬間移動すると、そこにはトラックから逃げたアキラと、それに抱きかかえられている先ほどの女がいた。
なんで抱きかかえているんだ?助けた?なんで?大切な人?でももう。しょうがない。勝つしかない。勝てれば必ず助けるから。ごめんなさい。
トラックが落ちるまでの一瞬の間、ミノルは心の中で何度もその女に謝った。
このまま一緒にトラックと落ちると自分も危ないと気づいたミノルは、あわててビルの屋上に戻った。
瞬間移動の間際、ミノルの目の前には信じられない光景が見えていた。アキラはさっきまでいた場所から少し移動しており、アキラに抱き寄せられていた女はアキラに突き飛ばされたかのようにアキラの前に倒れていた。
目を閉じると、アキラの影は地面に這い蹲るように倒れていて、下半身だけがつぶれて平らになっていた。
「どういうことだ?明らかにあいつは能力を使っていた。どう考えても五秒以内だったのに。何が起きたんだ。」
俺は疑問に思い、リスクを感じながらもアキラがいた場所の近くに飛ぶ。
するとそこには下半身だけがトラックの下敷きになったアキラと、アキラの目の前で泣き叫ぶさっきの女がいた。
「なんで?何よこれ。なんでこんなことに。アキラ・・・。なんで・・・なんなのよこれ・・・。」
無理もない。女は状況が飲み込めず、パニックになっていた。
「母さん・・・ごめん。」
「!?」
俺は驚いてアキラの近くに行った。もうこの状態からなら何もできないだろう。
「お前最後の瞬間、能力使ったのか?俺の計算だと確実に五秒以内にしとめられたはずなんだが。」
「ばっか・・・弱点をそのまま教えるわけないだろ。実際は三秒だよ・・・。だけど連続で使用すると止められる時間はかなり短くなる・・・。さすがに間に合わなかったか・・・。」
三秒・・・。俺は二回目の落下の時、完全にアキラをしとめたと確信していたため、少し飛ぶのが遅かった。俺はアキラとアキラの・・・母親が移動したのを瞬間移動の直前に見ていたから、アキラは俺がアキラの頭上にいる間に二回目の能力を使っていたことになる。
つまり俺はその時確実に殺されていたのだ。アキラが母親をかばって突き飛ばしているのに時間を使ったから助かっただけで、アキラが一人だったのなら、俺は確実に死んでいた。アキラの能力の間隔が実際は三秒だなんて少しも考えていなかったし、疑ってすらいなかった。よく考えれば本当に間抜けな話だ。相手が自分の能力を明かしてきて、それを真に受けるなんて。
「なんで、なんで母親を助けたんだ?どうせこっちの世界線は消すつもりだったんだろ?ここで母親を助けてもお前にとっては意味ないじゃないか。」
「わ、わかんねえよそんなの・・・。俺も頭ではわかってたけど・・・気づいたらこうなってた。」
アキラは苦しそうにしゃべる。
「な、なんなのよあんたは!早く、早く救急車を!」
アキラの母親は動転しながら携帯電話を出す。
「は・・・はは。無理だよ母さん。さすがにこれはもう助からない。」
「ごめん・・・母さん。この世界で母さんはつらい思いをして生きていくんだろうな。俺のせいで・・・。ごめん・・・。」
「いいのよ。なんで・・・こんなこと・・・。私はただアキラが元気にしていればそれだけでよかったのに・・・。」
「はぁ・・・はぁ・・・母さん、母さんが気に病むことじゃない。全部俺が悪かったんだ。本当はこんな失敗もなかった。すぐに終わらせられたのに油断して・・・。俺が人殺しを楽しむようなクズになっちゃったから・・・。」
そう言うとアキラはこちらを見た。
「あんた、名前はなんだっけ。」
「ミノル。山本ミノルだ。」
「そうか。ま、まあお互いこの能力じゃ自己紹介もできねえから・・・。最期に名前知れてよかった。」
「俺は田中アキラだ。」
「知ってるよ。」
「はは。そっけねえな。」
「母さん・・・ごめんなさい・・・。」
そう言い残してアキラは静かになった。恐らく絶命したのだろう。
アキラの前で泣き叫ぶアキラの母親と、トラックの下敷きになっているアキラを見て、殺さなくてはならないし、殺してやりたい相手を殺したのにも関わらず、全く勝利の余韻にも達成感も感じることができない俺は、ただその場に立ち竦んでいた。