襲撃 その3
「お兄さん本当に馬鹿だよね。俺の言う事真に受けちゃったの?それとも疑いながらもまだいけるって推し量ってたのかな?俺だってそこまで調子に乗ってないよ。お兄さんの能力もわからないままに、まんまと能力使わせるわけないじゃん。」
「くそっ。」
もう能力を出し渋っている場合じゃなかった。俺はすぐに少し離れた大学病院まで瞬間移動した。もしもの時のためにこの場所を記憶しておいてよかった。
残された少年はすぐに目を閉じて影を探した。
「ふーんなるほどね。結構遠いな・・・。これは瞬間移動ってやつかな。」
「まあどっちにしても時間の問題なんだけど。」
そう言って少年はゆっくりと歩き出した。
「きゃあああああ。」
当たり前だが、病院の中は一時騒然となった。いきなり刺された男が現れたら当然だろう。
「なんでも・・・誰でもいいから、誰か手当てしてくれ・・・頼む・・・。」
腹に刺されたナイフは、偶然か少年があえてそうしたのか、おそらく内臓には当たっておらず、致命傷は避けられていた。これなら血さえ止めればなんとかなる。俺の能力は瞬間移動だから、激しい動きをする必要もない。まだ戦える。
それにしても甘く見ていた。命を賭けて戦っているということもそうだし、あの少年のことも甘く見ていた。本気で殺しに来ているのに、まさか本当に殺さないだろうと言ったような常識にまだ囚われていた。本当はすぐに能力を使って逃げるべきだったんだ。あいつの言うとおり、本来なら本当にいつでも死んでいた。俺は本当に馬鹿だ。刺されて死にかけるまで、自分は死なないなんて幻想を抱いていた。くそ。
「あなた・・・大丈夫?自分で乗れる?」
通りがかった看護師が近くの車椅子を持ってきてくれた。足の不自由な人とかのためにあらかじめ院内にいくつか置いてあるみたいだ。
「は、はい。」
俺はよろめきながらなんとか車椅子に乗ろうとする。
「はぁ・・・はぁ・・・くっ・・・いてぇ・・・。」
「大丈夫・・・じゃないわよね。すぐに先生のところに連れて行ってあげるからがんばって乗って。」
後ろから看護師の人が支えてくれて、なんとか俺は車椅子に乗る。
看護師が俺の車椅子を押してくれている間に、俺は目をつぶって影の位置を確認する。
「間に合うか・・・。」
影はゆっくりとこっちに向かってきていた。だが、今回は能力を使わずにゆっくり来ているようだ。まだまだここまでの距離はある。歩いてきてくれるなら十分なんとかなるだろう。
「大丈夫!大丈夫だから安心して!」
俺の言葉を勘違いして看護師が励ましてくれる。偶然にもいい看護師に見つけてもらってよかった。
「ついたわ。」
ついたのは皮膚科だった。皮膚科で大丈夫なのかと少し不安になったが、恐らく一番近くてなんとかなりそうなところはここくらいだったのだろう。正直俺も刺された時にどの科に行くのが正解なのかわからなくて、なんとなくここに飛んできてしまった。
「なんだなんだ。なんでこんなところに刺された患者を連れてきてるんだ。」
「ひっひぃいい。」
医者に診察してもらっていた患者があわてて逃げ出す。
「緊急なんです。止血と消毒だけでも。」
「いや、ここで傷も塞いでくれないか?もう他に行ってる時間がないんだ。」
「時間がないってどういうこと?」
「ごめんなさい。今説明する時間もないんです。とにかく、止血と消毒と傷を塞ぐだけやってくれませんか。本当に応急処置だけでいいんです。」
「よ、よくわからんが、とりあえず応急処置だけしてみよう。ナイフが内臓に届いていたら俺には何もできんぞ。」
「十分です。なんでもいいのですぐにお願いします。急にお願いして、更に急かしてすみません。」
「とにかくこのナイフを抜くぞ。抜いてる段階で出血がひどくなったらすぐにやめて胃腸外科あたりに連れて行くからな。」
「結構です。お願いします。」
医者はゆっくりとナイフを抜いた。
「いってえ・・・。」
激痛が走る。血は少し出たが大した量ではなかった。奇跡的にもやはりナイフは内臓には全く触れていなかったみたいだ。
それからは俺を連れてきた看護師と一緒に、その医者は応急処置をしてくれた。
「結構出血してたから、貧血にならないように点滴だけでもうっておきなさい。」
そう言って看護師は点滴の準備をした。
目を閉じると、影はさっきよりも近づいていた。おそらく病院まで後一キロもないだろう。あいつの言っていたことが本当かはわからないが、止められる時間が十秒だとすれば、病院に入ってからでも間に合うはずだ。だが嘘かもしれない。この判断の甘えによって、今度こそ俺は死ぬかもしれないが、この状態のままではすぐに貧血で倒れるだろう。
そう考えているうちに、点滴の準備が終わり、看護師は手際よく俺の腕に点滴の針を刺した。
「ありがとうございます。」
いつぶりだろうか、他人に本心から礼を言うのは。
「私は自分のすべきことをしただけよ。」
「責任取るのは俺なんだぞ・・・。こんな無茶苦茶・・・勘弁してくれよ・・・。」
「小さいことうだうだ言わないの。もうやっちゃったんだからしょうがないでしょ。」
どうやらこの看護師と医者は仲がいいらしい。だからここに連れて来たのかな。
そんなことを考えている間に強烈に眠くなる。
やべぇ・・・。寝たらさすがにまずい・・・。
そう思いながらも目を閉じてしまうと、影が近づいてきているのだけがぼんやりと見えた。
まだ遠いなと少し安心したせいか、俺は少し眠ってしまった。
「うわあああああああああああ。」
「いやあああああああああああ。」
いくつもの悲鳴と銃声で目が覚めた。
マジで寝てたのか、俺・・・。どんだけ間抜けなんだよマジで。
「何事?」
俺の横にいた看護師が立ち上がる。
目を閉じると、もうあいつはすぐそこまで来ていた。聞こえてきた音だけでも最悪の事態が起きていることがよくわかる。何でこんなことを想定できなかったんだろう。本当につくづく間抜けだ。恐らくあいつはこの病院にいる人間を手当たり次第殺しまくってる。
よく考えればすぐにわかることだった。あいつはどう考えても一般人も平気で殺しまくるタイプの人間だ。更にはあいつからすればもう消える世界線の人間。殺そうが殺すまいが、俺を殺した時点でいなくなる人たちに何かの情をかけるわけもない。俺がここに長居すれば巻き込んでしまうことくらいはすぐにわかるはずだったんだ。
だが嘆いてる時間も、もうない。とにかくここから離れなくては。
「やっほー。お久しぶり。」
次の瞬間、奴は俺の額に拳銃を押し付けていた。俺を手当てしてくれた医者と看護師は既に殺されていた。
「じゃあね。」
それを確認したと同時に、奴はすでに引き金を引いていた。
カチャ。
想像していたよりも軽い音が鳴る。
「うっそーん。ここで弾切れ?マジで?お兄さん運良すぎでしょ。いやー無駄に殺しすぎたか。まあ楽しかったからいいけど。」
「ってああ。また逃げちゃった。」
ぎりぎり間に合った。いや間に合ってないか。引き金を引いた瞬間にすぐに瞬間移動したつもりだったが、はっきり引き金を引いたときの音が聞こえていた。
「ひゅぅ・・・ひゅう・・・ひゅう・・・。」
絶対に死んだと思えるような緊張にいたせいで、うまく呼吸ができない。
更に脳裏に焼きついている、俺を手当てしてくれた医者と看護師の死体が更に俺の胸を締め付ける。彼らは俺のせいで死んだ。俺が巻き込んだせいで・・・。何人死んだんだろう・・・。全部俺のせいだ・・・。何で俺だけ・・・。
もはや自分が生き残ったことまで後悔する。
目を閉じると影はまた少しずつ近づいてきていた。
もういいや。もう無理だ。諦めよう。俺みたいな普通の男に、こんなの最初から無理だったんだ。
そんなことを考えながら諦めて天井を見る。あわてて飛んできたのはどこかのデパートの立体駐車場だった。とっさに遠いところを考えて飛んできたが、ここじゃまた死人がいっぱい出てしまう・・・。
「早く人が少ないところに飛ばないと。」
いや、でもどうせ俺が死んだらここにいる人たちもみんな死ぬんだ。そんなこと今更もう考えてもしょうがないんじゃないか。
俺が死んで、俺のこの世界線が消えて・・・。あいつが勝ち残って・・・あいつの世界線では俺は元気にやっていけるのかな。
でもあいつが支配する世界線とかろくなもんじゃねえな・・・。人をおもちゃとしか考えてない。そんな感じだし・・・。
影はまだ遠い。
そういえばあいつ、時間を止められるって言っても、毎回俺を追っかけてる時は歩き続けてるよな。これあいつが近づくたびに遠くに飛び続けてたら、持久戦でいずれあいつの体力がなくなるんじゃないか?
そもそもこの戦いって、決着つかずにずっと戦い続けてたらどうなるんだ?どっちかが死ぬまで一生続くのか?
「おっと。その説明をし忘れてたね。」
急に神様が現れた。
「急に静かになったと思ったら消えて、出てきたと思ったらいきなりなんだよ。」
「なんだよって君の疑問に答えに来たんじゃないか。まあこれは説明し忘れていた僕が悪いんだけど。」
「で、どうなるんだよ。」
「相変わらず君は切り替えだけは早いね。」
「だけはってなんだよ。」
「まあまあ時間ないみたいだしさくっと行こう。時間期限は能力者がパラレルワールドに侵入してきてからきっちり三十時間だ。これ以上経過するとどちらも負けになって、どちらの世界線も消滅する。結構な短期決戦だね。でもだらだら長引いても面白くないし、人間が寝ずに戦える限界ってのを考えたらこんなもんかなって。」
「なるほど。ありがとう。もう引っ込んでいいぞ。」
「なんだよ君は。つれないなぁ~。まあがんばって。次に君に会えるのを楽しみにしているよ。」
「はいはい。」
心にも思ってねえくせに。
つかどんだけ重要なこと説明し忘れてるんだよ・・・。
だがこのルールなら勝算がある。あいつは絶対引き分けになるのを受け入れないし、意地でも俺を殺しに追い続けるだろう。だが俺も負傷しているし、いつ動けなくなるかもわからない。待ち続けるのはこちらにもリスクがある。
高いところからひたすら目につく遠い場所に飛び続けたら、あいつからは間違いなく逃げられる。最悪共倒れもありか。あいつが勝ち残らないならそれでもいい気がする。
「あれ、ミノル君?何してるのこんなところで。」
突然聞き覚えのある声が聞こえる。
「あやか・・・か。お前こそ何してるんだ。」
あやかは俺のバイト先で働いている女子大生だ。なぜか俺とは仲良くしてくれている。
「あたしは普通に家族でここのデパートに買い物に来ただけだよ。家族は先降りて、あたしが車止めてたんだ。」
「免許持ってるんだ。」
「うん先月取ったんだ。」
「あやかって人生楽しい?」
「え、なにそれ。そりゃ今は一番楽しいよ。大学も楽しいし、車に乗れるようになって行ける所増えたし。」
「そうか。ちょっと今俺急いでるから。またな。」
今は呑気に話をしている場合じゃなかった。下手したらあやかが殺される。急いでここから離れなくては。
「え?なによ自分から聞いといて感じ悪いわね。」
「ごめん。今度話すから。」
あやかは不機嫌そうな顔をして走る俺を見ていた。
そうだ。両親は死んじゃってるけど、この世界にはまだまだ俺の大切な人達の人生がたくさんあるんだ。簡単に俺が諦めて終わらせていいはずがない。あやかのおかげで当たり前のことを思い出した。
あいつを倒すしかない。
俺は病院を挟んで反対側にある自宅に飛んだ。
影はもうデパートの近くまで来ていた。