襲撃 その2
その影は歩いたり走って移動していると言うよりは、数秒ごとに瞬間的に三十メートルごとくらいに移動していた。
「俺と同じ瞬間移動の能力か?」
神様は返事をしない。どうやら戦いには本当に一切干渉してくれないようだ。
しかしまっすぐこちらへ向かってくるわけでは無く、別のどこかを目指して移動しているようだ。
「・・・相手の能力がわからない事には仕掛けようがないな・・・。」
「そんな事いってまだびびってるの?」
減らず口だけは叩いてくれるようだ。嬉しくて涙が出てくる。
そのまま様子を伺っていると、影はしばらくある地点で止まっていたが、今度はこちらへ向かってきた。
影は等間隔でこちらへ近づいてきており、後二回飛んだら俺のところへ来るというところで俺はたまらず目を開けた。
「やあ。」
影の主はもう俺の目の前にいた。
そいつは俺よりもずっと若く、恐らく中学生くらいだろうと思われる少年だった。
「お、お前が能力者なのか?」
「え、なにその質問。あー!お兄さんもしかして初めてなんだ。」
「お前は初めてじゃないのか?」
「そりゃね。初めての人間がこんなに堂々と颯爽と、今から殺しあうって相手の前に現れたりしないよ。」
確かにこいつはこの世界線に来るなり、俺のほうにまっすぐ向かってきていた。よほど手馴れていると考えていい。
「お前は今まで何人殺してきたんだ。」
「んー。もう覚えてないや。能力をもらってからは、ほぼずっと休みなしで殺し続けてるからね。とは言ってもあっちの世界線では俺は寝ているわけだから、休みなしってのは微妙だけど。」
「えらく働き者なんだな。そんなにしてまで勝ち残りたいのには何か事情があるのか?自分の世界線を書き換えたいとか。それか自分の世界線を愛しているから失いたくないとか。」
「ん?ないよ。そんなの。単純に楽しいからやってるだけ。こんなのゲームじゃ味わえないしね。色んな能力を持った人とバトって殺してって完全に漫画だよね。こんなに最高に楽しいことを俺に与えてくれた神様にはマジで感謝だよ。」
イカれた殺人狂かよ。
「それだけ戦ってきて、未だに生き残ってるって事はさぞ強い能力を持っているんだろうな。」
とにかく相手の能力を明らかにしようと俺は無駄に話を続ける。
「うん。俺、時間止められるんだ。」
「なっ・・・。」
「驚いた?すごいでしょ。」
能力にもだが、俺はあっさり能力を明かしたこいつに驚いた。
「でも止められるのは十秒だけ、更に連続して時間を止めることはできないんだ。大体五秒くらいの間隔かな~。」
「おいおい。俺の能力もわからないうちにそんなにぺらぺら自分の能力を明かしていいのか?」
「いいよ。これくらいのハンデがなきゃつまらないし。俺も一方的な虐殺が好きなわけじゃない。やっぱり張り合いがないとつまらないからね。」
「なめやがって。」
「そりゃなめもするさ。お兄さんもうずっと俺の射程圏内にいるのに、ずっと突っ立ってるんだもん。俺は今の会話の間、いつでもお兄さんを殺すことができたんだよ。」
「くっ。」
確かにこいつの言うとおりだ。だが、ここで瞬間移動を見せてもいいものなのか。瞬間移動を使えば、時間を止められようが、ふいをついて背後から攻撃して、すぐに瞬間移動で離脱すれば終わりだ。ただしそれができるのは相手が俺の能力を知らない一度だけ。
「ほらほら~。逃げるか能力使うかして応戦しないと~。俺が十秒で殺せる範囲は大体六十メートルくらいだから。参考にして逃げてね。」
こいつが俺をなめてくれているおかげで俺はなんとか助かっている。だからこそ絶対に一度で決めなくてはならない。こいつは何メートルまで俺を泳がせてくれるのだろうか。少し話しただけでもこいつは殺人狂のサド野郎だってわかる。だからきっと、俺がぎりぎり逃げ切れそうな範囲の少し手前くらいで時間を止めるだろう。
とにかく相手を即死させられるだけの武器がいる。どうして持ち歩いていなかったのだろうか。結局俺は神様の言うとおり、まだ人を殺すって現実に向き合えていなかったんだ。漠然となんとかなるだろうとか考えて、現実から逃げていた。
「お前、どの相手にもそんな風にやってきたのか?」
「うん。そうだね~。でもお兄さんは本当に異能バトル童貞って感じだから普段よりもっとなめてかかってるよ。」
「こんな年下にそこまでなめられちゃ世話ねえな。」
俺はなんとかしゃべって時間を稼ぎながら、凶器になりそうなものを考えながら距離を取る。
「しょうがないよね。結局こうなっちゃ、力が全てだもん。どれだけ勉強しようが、どれだけ地位を積もうが、どれだけ権力があろうが、それらを全て無にしてしまうような力が現れてしまったら、そんなものたちにはもう何の価値もないんだよね。要するに、少なくとも俺の世界と、そしてお兄さんのいるこの世界では、俺は一番強い力を持ってしまっているわけだから。年齢も立場も関係ないんだよね。全ては俺の意のままになるしかない。もはやなめるとかなめないの話のレベルじゃないよね。」
相当自分の力に酔っているのか、こっちの意図を超えてかなり話込んでくれた。
「そうかそうか。そうだよな。お前のおかげで俺も結構温まってきたよ。そこまで言われたら俺も黙ってやられるわけにはいかねえ。」
そう言って俺は路上に止められていた車に触れた。あいつの虚をうまくついて、これごとあいつの頭上に瞬間移動すれば、時間を止められる前にあいつの身体を再起不能にできるはずだ。
「おっ!なになに?とうとうやる気になったの?お兄さんの能力早く見せてよ。やっぱり相手の全力をつぶしてこそ、こういうのはやりがいがあるよね。」
こいつが俺をなめてくれて助かった。
「そうか。じゃあ見せてやるよ。俺の能力は自分と触れたものを透明にするのうり・・・ょ・・・え?」
俺は自分が透明になる能力だと嘘をついて消えて、あいつの頭上に瞬間移動するつもりだった。恐らくあいつは俺たちが透明になったと一瞬思ってくれるだろうし、その一瞬で車はあいつの頭上に落ちたはずだった。
もう俺はあいつの頭上に車を落としている光景を見ているつもりだった。
だが実際に最初に俺の目に飛び込んできた光景は俺を見下ろすあいつの顔で、二番目に飛び込んできたのは激痛と俺の腹に刺さっているナイフだった。