プロローグ
「おはよう。」
「おお。珍しく早く起きたな。」
目覚めて家のリビングに行くと、父と母が声をかけてきた。随分と懐かしい感覚だ。
「おはよう。」
俺は昔のように返事をする。
これは夢だろう。俺の両親は俺が高校生の時に事故で死んだ。
「朝ごはん食べる?」
「うん。食べるよ。」
そう俺が返事すると、母は微笑みながら俺の朝食を用意し始める。
自分の椅子に座ると父親が話し始める。
「今日から二日間、家を頼むぞ。」
「ん?どっか行くんだっけ?」
「まだ寝ぼけているのか?今日から母さんと二人で旅行に行くって言っていただろう。」
ああ、そうか。今日はあの日なのか。
「ああそっか。ごめん忘れてた。」
「お前も来ればよかったのに。」
俺も行って、一緒に死ねていたとしたら、まだよかったのだろうか。
「いや、いいよ。結婚記念日だし、二人で満喫してきなよ。」
俺は精一杯笑顔を作りながら答える。
「ふふ。ミノルもそんな風に気を使えるようになったのね。」
母も笑う。
両親は旅行に行く際のバス事故に巻き込まれて死ぬ。つまりこの後そのバスに乗りさえしなければ助かるのかもしれない。
「なあ、父さん。」
「ん?なんだ?」
「今日はバスじゃなくて電車で行ってくれないか?」
「なんだ。突然。もうバスを予約しちゃったからバスで行くぞ。」
「わかってる。だけどそこをなんとか頼むよ。俺の小遣いしばらくなくてもいいから。」
「変な奴だな。なんでそこまで電車に拘るんだ。」
夢でこんなことをしても何の意味もない。そうわかっているが、俺はこのまま両親が死ぬとわかっていて、何もせずにはいられなかった。
「ミノルがそんなこと言うなんて珍しいわね。」
母も首をかしげる。
「いや、ごめん。上手くいえないんだけど、なんか嫌な予感がするんだ。どうしてもそのバスで行くのをやめて欲しい。そのためなら俺、なんでもするから。」
「おいおい。冗談で言ってるわけじゃなさそうだな。」
「うん。今はそれしか言えないんだけど、今日は電車で行ってくれない?」
我ながら下手糞な説得だ。だが、そのバスに乗ると父さん達は死ぬんだ。なんてこと言っても信じてもらえないだろう。
「うーん。そうは言っても予約しちゃってるからもったいないからなぁ・・・。」
当然だが父は渋る。こうなったらバス会社に電話して運転手に気をつけるよう引き継いでもらうしかないか・・・。実際本当に引き継いでもらえるのか・・・。
そうこう考えている間に母が言う。
「いいじゃない。ミノルがここまで言うなら。キャンセル代はもったいないけど、電車で行きましょ。私は電車のほうが好きだし、ちょうどいいわ。」
「まあ母さんがそう言うなら・・・。」
父も渋々電車で行くことを承諾した。
「ありがとう。母さん。父さん。」
夢での出来事なのに、俺は本気でうれしくなっていた。
「ほら、できたわよ。」
そう言って母は俺の朝食を食卓に運ぶ。
「ありがとう。」
そう言って俺は朝食を食べる。
三人で食卓を囲める幸せをかみ締めながら、俺は朝食を食べる。
「どうしたの?ミノル。泣いてるの?」
「え?」
知らないうちに俺は泣いていたらしい。
「いや、なんでもない。なんか幸せだなって思って。」
「はは、どうした。変だぞ。今日のお前。」
父が笑いながらからかう。
「いや、ごめん。朝食美味しいよ。ありがとう。」
「ふふ。いつも作ってるのと変わらないわよ。」
そう言って母は笑い、つられて俺と父も笑う。
こんな日々を、またずっと送れるのならどれだけ幸せだろうか。
そう本気で思う。