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サツ


 外に出た俺達が見た者は、肉と血で彩られた赤い景色であった。


 「余の、余の軍勢が~~」


 メリクルはおいおいと泣き崩れ、その場にへたり込む。

 

 「だから退けって言ったじゃん。お前結構馬鹿なんだな……」



 美しい国グリーンロウ。

 木々は森の匂いを発し、太陽の光降り注ぎ草花を優しく包む。


 普段はエルフ達が私語も無くキビキビと働き、

 規律によって整備された道路は何時も美しい。


 村の中央広場では俺の巨大金像が太陽の光を反射し、キラキラと光っている。

 太陽の光を反射しすぎて干し草小屋が一回燃えた以外に大きなトラブルは無い。


 グリーンロウでは密告を推奨している。

 女達が外で下らないおしゃべりを口やかましくする事も無い。

 子が親を、親が子を密告する、国民が全員能力を発揮出来る環境だ。


 外では親衛隊ひみつけいさつが反乱気質者と和やかに談笑し、鉄拳ことばが飛び交う。

 子供達は家に閉じこもり、元気よくのびのびと室内遊びをしている。


 反乱者がたまに吊るされる以外、この国の佇まいは清潔そのものと言ってよかった。




 

 まるで天国である。

 天国であったのだ。


 その天国だった国が、今は死臭漂う地獄と化していた。


 


 「くっせー! 怪物の血塗れで国中がグシャグシャっす。

 今は空気が暖かいし、早く掃除しないと腐るっすよ!」


 キャットは鼻を摘みながら怪物の死体を蹴っ飛ばした。

 何だか分からない肉塊がそこら中にあり、一歩歩くごとに何かを踏んづける。


 




 メリクルが自分の軍団? に出した撤退の連絡は手遅れだった。

 怪物の集団は森を越え、この国に侵入した。


 そして、発動したのだ。

 俺達が設置した自動砲台、敵を無差別に殲滅する悪魔の兵器が。


 感情の無い自動砲台はこの国の侵入者に容赦なく砲火を浴びせた。

 その結果、国中が肉塊塗れになったのだ。



 俺はメリクルを憐れんだ。

 どこか間抜けな大魔王は本当に間抜けな大魔王だった。


 多くの軍勢を引き連れ、このエルフの国を包囲していたのだ。


 だが、相手が悪かった。

 大魔王の軍勢の殆どは自動砲台の餌食となり、消滅した。

 恐らく数千、万単位の怪物が肉塊と化した。


 「ひっく、ひっく、エーン」


 泣きべそかいて座り込むメリクルはとても大魔王には見えなかった。

 


 「これでは余の計画が、計画が……ひぃぃぃぃん」


 「あー。少しは俺に責任があるかもしれないな、少しは。よかったら話してみろ?」


 俺は多少は責任を感じていた。

 勝手に押しかけてきて勝手に自爆した間抜けな女の子に対する慈悲のような同情で。


 「うぅ……」


 メリクルは泣きべそをかきながら口を開いた。

 その話は俺の気を大いに引く物であった。








--- 一週間後 地球








 俺とキャットは地球の喫茶店に居た。



 「……」


 「……」


 「あのー」


 「なんだ? 話なら終わったはずだぞ」


 向かいのキャットのコーヒーに手は付いていない。




 「いや、それはいいんすけど。遅いっすねえ。

 先輩の言う"二人組"ってまだですか?」

 

 「あいつらは時間にルーズだからな」


 俺がそういうと、再び沈黙が訪れる。

 俺達は人を待っていた。

 約束の時間を20分過ぎているが、まだ待ち人は現れない。

 "あいつら"……相変わらず時間にいい加減な奴等だ。



 


 「あのー。メリクルの話っすけど」


 「また蒸し返す気かお前は」


 「いやだって、やっぱ変ですよ」


 「何が?」


 「あの世界を支配すれば何でも願いを叶えてやる……って」


 「サブロウが生き返るな?」



 劣勢の大魔王軍に手を貸し、魔界の統一に成功すれば何でも願いを叶えてやる。

 誰かを生き返す事も可能。


 それがメリクルの出した話だった。

 俺は飛びついた。

 サブロウを、俺の部下を生き返す事が出来るからだ。



 何に対して劣勢なのか、

 エルフに殺されて今は異世界の土になっているサブロウがどう生き返すのか、

 色々と疑問はあるが俺はあえて聞かなかった。

 

 メリクルからどういう答えが返ってこようと、俺がこれからやる事にそれほど変化が出るとは思えなかったから。



 「あのねえ。そんな話あるわけないでしょ?

 大魔王が世界征服する手伝いをすれば望みが敵うって。

 そりゃゲームじゃないっすか、アニメじゃないっすか。

 真面目に聞くだけ馬鹿ですよ馬鹿」


 「魔法がある世界だ、分からんぞ。

 地球でも完全に死んだ人間を生き返らせる事は不可能だ。

 だがあの世界ならそれが出来ても不思議じゃない。

 アルムとか言う奴を覚えているか?

 あいつは一度殺したはずなんだ、でも生き返っていた」


 「先輩、あんたが街角で変な女に引っかかって壺やら絵やら買わされそうになってるおっさんにしか見えないっす」





 

 「そりゃねえだろキャットちゃんよぉ。この俺に向かってさぁ」


 俺はキャットの隣に座り直し、ずいずいと寄せていく。


 「あっ近いっす……」


 「昨日はもっとお近づきになったじゃねえか」


 「はぅ、あれは気の迷いっていうか……」


 「んんー?」

 

 俺はキャットの胸を鷲掴みにして揉み始める。


 「あ、人に見られるっすよ。止めておいた方が良いっす」


 「こんなガラガラのサテンで見てるやつなんかいねえよ」


 他人に見られるから止めろ、とキャットは言う。

 俺におっぱい触られるのが嫌だから止めろ、では無い。

 

 俺は"キャットの胸を揉んでも不自然では無い間柄"になっていた。



 「その髪飾り、良いな」

 

 俺は唐突にキャットの装飾を褒めた。

 

 「え、本当っすか!? えへへ」


 キャットは嬉しそうに自分の頭を弄る。

 チョロイ! こいつチョロイ!




 「……あのあの。せんぱあぃ♪」


 キャットが甘ったるい声を出してしなだれかかってきた。


 「自分、先輩の彼女って事でいいんすよね?」


 「うん、まぁ」


 「じゃあじゃあ」


 「うん」


 「あいつらとは何も無いって事でいいんですよね♪」


 「あいつらって、メリクルとニーナか?」


 「そうっす」


 「うん、まぁ……そうね」


 「その歯切れの悪さはなんすか?」


 「いや、まあ。現地妻的なポジションというか……」


 「はぁ? あんた何言ってるんすか? 浮気っすよそれ」


 「いや……だって協力者とは仲良くした方が良いし……」






 「おい」


 さっきの甘ったるい声が嘘のように、今度はドスの利いた声になる。

 目つきがやばい。完全に目が座っている。



 

 「その話はまた今度にしようや。今は仕事中だろ? ほら、誰か来たし!」



 チリンチリーン。


 喫茶店の入り口が鳴り、誰かが入ってくる。

 二人組の男だ。


 げっ、あいつは……嫌な状況から逃げ出せたと思えば、今度は嫌な奴が来た。

 畜生、よりにもよってあいつにうなんて。


 「あ、二人組。あの人達を待ってたんすね?」

 「いや、違うんだ……あいつらは違う……」


 俺はこそこそと隠れようとした。

 だが無駄だった、見つかってしまった。








 「よぅ、鈴木」


 嫌な声。


 「どうも……西山にしやまさん」


 二人組の男は俺達の席前まで来ると、ニヤニヤしながら俺を見下ろした。


 「外を歩いてたらお前が喫茶店の中に居るのが見えたからよ、あいさつしようと思ってな」


 「そうですか……」


 うぜぇ。

 話しかけんな。

 

 「おいっ」


 西山は手を出すと、俺に要求した。


 「すいません。自分はもうカタギなんでそういうのは無しで」


 毎度毎度、賄賂を要求するのだ。

 この西山という腐れ警察は。


 

 そして西山は一瞬で沸騰した。


 「このドサンピンがぁぁ! 警察様に逆らってタダで済むと思ってんのか!? このカスがっ!!」


 西山は俺の髪の毛を掴むと、俺の額をテーブルに叩きつけた。

 頭いてぇ。


 西山の相方はニヤニヤと見ているだけで止めはしない。



 「ちょっと! あんたらダレっすか!? 警察呼びますよ」



 「警察だぁ!? 俺らが警察じゃいっ!」

 「嬢ちゃん、あっち行ってた方が良いよ。

 俺達、この悪党を尋問するから」


 西山が怒鳴り、相方が優しく接する。

 警察の何時ものパターンである。



 「警察っていうかヤクザにしか見えないっすんけど」


 「おい鈴木、てめぇの女だろ。どっか行かせろ」


 「あんたらがどっか行けばいい。

 俺に関わらないでくれ」


 「ところでニシさん、こいつ誰っすか。

 ニシさんが絡むって事はスジモンなんでしょうけど」


 「破門になったアホだよ」


 「なんだ、落ちこぼれのカスか」


 要するに、こいつらは丸暴なのだ。

 それも、職権を傘に来てたかりまでやる悪質なタイプの。

 





 「今は真面目に働いてるカタギですよ。

 異世界調査会社でね」


 「ああ!? てめーは破門になった半端もんだよ。何がカタギだこの屑がっ!」


 「俺はもう組とは関係ないんですよ、

 って事は一般人なんですよ。

 あんたら警察にガチャガチャいじられる筋合いないんですけどねえ!」


 その一言が西山をさらに怒らせた。



 「て、め、え、が、理屈こねるかぁ!!!!

 この屑野郎がっ!」


 西山は窓際の花瓶を持ってくると、振り上げた。

 そこで流石に相方が「ニシさん、不味いっすよ!」と止める。


 「"半端もん"そこまで相手にするなんてニシさんらしくないですよ」


 西山も流石にやり過ぎたと思ったのか、手を緩める。




 



 「仲悪いのは分かったっす。でもさっさとどっか行って欲しいっす」


 西山はキャットをジロリと見ると、


 「鈴木、お前のスケ良いおっぱいしてんなあ。へへへ」


 西山は事もあろうか俺の女の胸に手を伸ばした。





 「おいっ!」流石に俺も切れた。


 その時である。


 「ギャァァァァァァァァ!」西山が叫ぶ。


 



 「「アニキに何してんだおめえ」」


 何時の間にか後ろから近付いてきた少女が西山の脇腹にフォークを突き刺していた。





 「おお"お前達"、よく来た。良いタイミングだぞ」


 「「キシシ! 兄貴に褒められちゃった」」


 少女達、二人は声をハモらせた。

 少女達は一目で双子と分かるぐらい瓜二つだった。


 ヒラヒラの黒いゴシックドレスを着ている小柄な少女達。

 一見、中学生ぐらいに見える。

 

 だが、その正体は一般人が知ったら反吐が出るほどの外道である。

 

 



 

 



 「先輩、待ち人ってこの子達っすか」

 「そうだ」


 「「久々に兄貴に呼ばれたんですっとんできましたよ」」


 「場所が悪い、ちょっと変えようか」


 奥の方で喫茶店の店員がどこかに電話している、恐らく警察だろう。

 早いところずらからないとマジで警察にお世話になってしまう。




 「代金、ここに置いときますんでー!」


 テーブルに万札を置いて出ようとする。



 「おい、お前等警察に手を上げてタダで済むと思ってんじゃねえだろうな!」


 西山の相方が立ちふさがる。

 西山はまだフォークが脇腹に刺さったまま呻いていたが、こちらを向いて

 「おうよ、お前等一生豚箱に入れてやる」と脂汗を流しながら言い放つ。


 一般人のキャットに見られているのだ。

 こいつらも本気で言っているわけでは無い。

 だが、引っ込みがつかないのだ。


 元極道にちょっかいをかけて小遣いをせびろうとしたら反撃食らって悶絶。

 そんな現実が受け入れられない、そんなところだろう。


 

 「「アニキ、何なんすかこのブタ」」


 「丸暴だよ」



 「おめぇら許さねえぞ、子供だと思って……うっ!」

 「お、お前等。西山さんに何を――」


 全員、その場で凍り付いた。

 少女たちはナイフを取り出し、それぞれの警察の首に当てていた。

 

 自分で呼んでおいてなんだが、

 こいつら双子は相変わらずぶっ飛んでる。

 警官殺しは重罪だぞ。




 「「アニキ、こいつらバラします?」」


 「俺は関係ない、お前等が勝手にやった事だ」


 「うひょー冷てぇ!」

 「流石アニキですっ!」



 

 「お、おい鈴木、ガキ使って下らない駆け引きしてんじゃないぜ。

 今ならじょ、冗談で許してやる」


 「ニ、西山さん……こいつらきっとコケシっすよ」


 西山の相棒はどうやら双子の少女の正体に思い当たったようだ。


 子消こけし。

 親に捨てられた子供。


 戸消こけし。

 戸籍の無い人間。



 "コケシ"は二重の意味を持つ単語である。

 そしてこの業界では、捨てる物がなく、殺人、強盗、放火、鉄砲玉。

 ありとあらゆる悪行を平然とこなせる者の事を言う。



 戦災孤児2世3世に多いのが特徴だ。

 親が居ない、職が無い、人生で蓄積して来たものが無い。

 普通の人間は、人生を重ねるにあたって蓄積していく。

 能力、人間関係、職能、財産。

 持つという事は持ち物に縛られる、という事でもある。


 職業を得た者は軽々に犯罪を犯さない。

 財産を得た者はその財産を守るためにさらに常識を身に着ける。

 人間関係を得た者は交際を切られないようコミュニケーション能力を磨く。


 総じて、得た人間はそれを維持するために人生を投資する。



 だが、コケシはそのほとんどを持たずに大人になる。

 人生を投資する対象を持たない。

 だから、人生を容易に捨てる。

 

 目先の利益のために、致命的な行動を簡単に取る。



 お先真っ暗。

 長生き出来ない人格。


 それが、アンダーグラウンドで生きている者にとっては垂涎の能力なのである。


 若い"コケシ"はヤクザにとって重要な財産だ。

 使い捨ての、ではあるが。

 帰り道を考えなくて良い暴力。

 コケシに狙われたら最後である。

 その威力は計り知れない。


 そして、双子は赤ん坊のころから組に育てられた生粋のコケシであった。



 少女達は楽し気にさえずる。

 まるでこれからピクニックに行くように。


 「ねぇ殺っちゃう?」

 「やっちゃおうか」

 「うんやっちゃおうよ」

 「殺るか」

 「腹を裂こう」

 「首を縦に割こう」

 「裂いた首から舌を取り出して胸に飾り付けようよ」

 「コロンビア・ネクタイ!」

 「うん!」




 「ひっ!」


 ニシが軽く悲鳴を上げる。

 首筋に刃が軽く当たり、血が一筋流れていた。

 



 以前、警察庁長官が送迎の車内で爆死した事件は記憶に新しい。

 少年のコケシがボール遊びを装って長官に近づいたのだ。

 長官が親切心からボールを拾い、少年に手渡そうとしたところ、少年は"起爆"し長官諸共吹っ飛んだ。


 腹に爆弾を巻いていたのだ。


 この事件は警察に非常に強くコケシの存在を印象付けた。

 日本のアンダーグラウンドが南米マフィアよろしく凶悪な存在となっていた事を国内外に知らしめたのだ。

 


 「おいスズキィ! 早くこいつら止めねえか!」

 「こいつらと俺は関係ないんで」


 「てめえええ、警官殺しは罪がおもてぇえぞ! カタギになったからって元スジモンのレッテルが消えたわけじゃねえ、検察はてめえを徹底的に追い詰めるぞ」


 「ふーん」


 「フーンって……」


 「で、俺がムショにぶち込まれる時、あんたは何処に居るんだ」


 「うっ……」


 「あの世から俺が死刑になる様子をニコニコしながら眺めてるのかい? クククッ」


 「うぅぅ、悪かった。勘弁してくれ、ちょっとからかおうとしただけなんだ。本気でお前を何とかしようなんて思ってねえよ。た、頼むからこいつらを抑えてくれぇ」




 「おい。インヤン


 「「へいっ、兄貴」」


 俺が名を呼んで命じると、二人はあっさりと手を引いた。



 「サツだからって調子のってんじゃねーぞビチグソ共が」

 「アニキに手ぇ出したらアタシ等が相手だ、ボケッ。

 肛門にナイフぶち込まれたくなかったら失せな」


 陰と陽は可愛らしい外見からは想像できない程下品な言葉を吐いてナイフをしまった。




  

---





 「さっきはマジでやばかったっすね」


 喫茶店を出た俺達は4人で道を歩く。


 「お前等は相変わらず無茶苦茶しやがるな」


 「「アニキが仕込んだんじゃないですか」」


 二人の少女は俺にまとわりつきながら歩く。

 キャットが文句を言いたそうだったが、さっきの二人の異常性を見ているためか、距離を取っている。

 

 「俺は警官に喧嘩売るような真似はしねー」


 

 「先輩、あの。この子らに用事があるって言ってましたけどそれって……」


 「ああ、こいつらを今度の仕事に噛ませる。冴木もまだ退院出来ないし、人手が要るんでな」


 「「よろしくねぇ」」


 「ええー!」


 キャットは素っ頓狂な声を上げた。

 




 

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