~兄弟喧嘩は犬も食わない ②~
2話目からは5000字ぐらいを目指して書いて上げていけたらと思います。
暖かい風が顔に吹き付ける。
どうやら眠っていたらしい。
朝か、と思ったら夕暮れだった。
夕暮れ真近の原っぱに寝転んでいるのに今気付いた。
原っぱから見える街並みはいつもの通りに思えたが、何故かその街並みには何も感情を抱けなかった。
そりゃそうだ、よく見れば知らない街並みだったからだ。
夢か。
自分の中では、もうあの夢はみないんじゃないかと思っていたが、どうやら夢の方はまだ俺に用があるらしい。
「う、うーん・・・・、あれ?ここ、どこ?」
聞き覚えのある声を聞いて驚いた。有希だ。そんな事あるわけない。でも有希だ。
「あれ?なんで・・・いるの?」
さもありなん。
もしここに鏡があったなら有希と僕は全く同じ顔をしていると分かったに違いない。
まぁその必要はないくらいにお互い同じ感情を抱いているって分かるわけだけども。
「有希か。どうやら思惑は成功したみたいだな」
軽口を叩いてみる。
どうせ事態が好転するわけでもなし。
夢なわけだし。
というか、夢ならいつも言わないようなもっとすごい事を言っちゃってもいいんじゃないでしょうか!
夢ならもっと積極的な自分になっちゃってもよかばってんじゃんじゃらじゃんじゃん・・・。
「さっきはありがとう。嬉しかった。先に寝ちゃってごめんね」
ゲームオーバー。
本日の営業は終了しました。
またの御来店を従業員一同心よりお待ちしております。
ここで蛍の光が流れます。
ってやめよう。
現実逃避はやめよう。
この有希は間違いない。
夢の中の俺が作りだした有希ではない。
現実の世界の有希だ。
でも一縷の望みはある。
俺が有希ならこう言うだろうと勝手に喋らせてるのかもしれない。
念じてみよう。
有希、回れ右!
「もしかして稜くんと愛ちゃんもどこかにいるのかな?」
有希は右側を見渡している。
くそう、微妙な判定だ。
右を見たと言えば見た。
でも回れ右はしていない。
どうなんだ!本物なのか、偽物なのか!
「昨日は怖くてずっと隠れてたんだけど、今日は大丈夫な気がする。やっぱり心強いね」
もうダメだ。
偽物と断定するには材料が少なすぎるし、逆に本物と思われるエピソードをどんどん放り込んできやがる。
ここはもう本物として扱った方が俺の精神衛生上良い。
残念だけど。
いや、何が残念なのか。
脳内補完は現実逃避先でお願いします。
「有希、選択肢は2つだ。高い建物を探して登るか、俺の力を信じて立ち向かうか。でも立ち向かう方はあまり自信が無い上に、相手を倒せるわけじゃない。高い建物を探して登ればとりあえず今日はしのげるとは思う。どうする?」
今は夕暮れだが、陽の光は見えない。
おそらく夜がもうそこまで迫って来ているのだろう。
となると時間に猶予はない。
事は一刻を争う。
何故有希に選択を任せたのかと言えば、自分に自信がなかった事と、有希が決めてくれたならそれをとりあえず全力でやれると思ったからだ。
「信じるよ」
満面の笑みで俺の手を取りそういう有希を見て、何故か心が震えた。
やばい。
泣きそうだ。
ダメだ。
まだ何も終わっちゃいない。
空いている手で頬を思いっきり叩く。
ほっぺが痛いが気合いは入った。
「よし、とりあえずあいつと愛ちゃんを探そう。俺もこの世界は探索した事が無いから探すと言っても何か手掛かりがあるわけじゃないんだけど」
急に有希が回れ右をしたのでめちゃくちゃ驚いた。
まさか今になってさっきの念が通じたのか?
でも有希の様子がおかしい。
正面に回り込んで様子を窺うと眼の焦点が合っていない。そしてぶつぶつと何か言っている。
咄嗟に有希の肩をつかみ揺さぶった。
何かやばい感じがしたからだ。
すると有希は急に指を差し「あっちに愛ちゃんがいる」と言い出した。
なんだそれ、何かの能力か?
「今愛ちゃんがこっちに走って来ている映像が見えたの。でも何かに追われているみたいにも見えた」
ここは夢の世界。
俺に芽生えた何かの力が同じように有希も芽生えたとでも言うのか。
他に頼るものがない俺としては飛びつく以外選択肢はなかった。
「稜はいないのか?」
稜がそこにいるなら頼りになる。
こんな常人なら予想しないような事を予想してみせたあいつなら。
「ううん、愛ちゃん一人。・・・だと思う」
そこまでいって急に有希がよろめくものだから、慌てて支えた。
「ごめん、思った以上に疲れるみたい、これ」
なるほどそうだろう。
それに遠くから見ていたぐらいで状況が好転するわけもない。
有希がもう大丈夫と体勢を整えたところでとりあえず愛ちゃんと合流しようと有希に持ちかけた。
「それで、どのくらいの距離かわからないのか?」
前にも言ったが、あれに恐怖を覚えるのは距離の問題がある。
こちらが近付き過ぎて、愛ちゃんを救えないとなると合流する意味がない。
せっかく有希が能力を駆使してこの状況ができたんだ。
可能な限り優位に立ちたい。
「そんなに遠くじゃないと思うんだけど、わからない」
能力が発現したばかりの有希にそこまで求めるのは酷か。まあ方角が分かってるってだけでも、このどこかも分からない街を当てもなく彷徨うよりかは全然いい。
よし、と言いながら今度は顔を両手で叩く。
更に気合いを入れる為だ。
そしてその手を有希に差し出した。
一瞬、その手を見つめて動かなくなる有希。
う、少しやり過ぎたかな。
でも次の瞬間には柔らかくて暖かい掌が俺の掌を包んだ。
夢の世界だからかな、自分でも驚くほど素直になれるし、有希とも自然に話せる。
「なんか、嬉しい。こういうの、もうないのかなって思ってたから」
非常事態だというのに嬉しいとは不謹慎なやつめ。でも俺も嬉しい。
「は、離すんじゃねぇぞ」
有希の方は振り返らずに、出来るだけぶっきらぼうに言った。
有希と同じ事を思っていた自分がなんとなく恥ずかしかったから。
そして歩くよりは速いペースで有希が示した方へと進む。
愛ちゃんと合流しても、その愛ちゃんを追っているものと対峙してどうにかできるかなんてわからなかったが、今は何でもできそうな気もしていた。
あいつらと別れた後、僕は愛ちゃんと共に、市立図書館へと来ていた。
あれの話を聞いて話の整理はしたつもりだが、いかんせん情報が少なすぎる。
このまま夜を迎えるのは危険だ。
もう少し情報が欲しい。
それは愛ちゃんも同じようだったが、先に訪れた病院では門前払いを食らってしまった。
まぁどこぞの高校生が急に来て、ほいほいと入れるようなセキュリティーだと問題なわけだけだが。
そして今に至るわけだけど、目立った情報もなく時間ばかりが過ぎていた。
閉館時間までは後30分。
真剣に最近の新聞に目を通している愛ちゃんには悪いけど、何か新しい情報が見つかりそうな気配はなかった。
今こうしてやっている事にどれほどの意味があるのか。
あー、ダメだ、そんな事を考えたらやる気がなくなる。
そもそも今日の夜、またあの夢を見るなんて誰にも分からないわけだし。
そんな答えの出ない事をぐだぐだ考えていたから、愛ちゃんがこっちをずっと見ていた事に気づいていなかった。
結構見つめられていた気がしたけど、愛ちゃんはその事は全く意に介さずに僕が気づいた後もこちらを見つめてくる。
これはあれだな、謝る方がいいな。
ごめんの「ご」まで出かかったところで愛ちゃんの手に止められた。
「ねぇ、稜くんてさ、有希の事好きなんでしょ?」
ガタッと椅子が音を立てる。
閉館時間前で人が多いわけではないが、周りの人が一斉にこちらを向く。
やばい、これは恥ずかしい。
わざとらしく咳払いを放つと、ざわついた周囲が少し静かになったような気もしたが、それは気のせいだろう。
というかこんなリアクションを取ったら「はい、そうです。好きです」っていってるようなもんじゃないか。
愛ちゃんの目は値踏みするように少し細くなったかと思えば、にやついているようにも見える。
「ふーん、そうなんだ。稜くんモテるのに残念だね」
ちょっとまて、今聞き捨てならない事が二つもあったぞ。くそう、聞きたいけど聞けない。
自分から話し出すと愛ちゃんに全て持って行かれるような気がしたから、ここはあえて目の前の事に集中した。
そう、新聞から今起こっている事件の手がかりになるようなものを探すのだ。
それをしに来たんだろう。
それなのになんだ今の状況は。
僕の反応が気に入らなかったのか、あれだけ熱心に新聞を見ていた愛ちゃんが今は携帯をいじっている。
いやまぁ分からなくもないけど。
「お、さすがにおがっち、反応が早いなー」
ん?おがっち?誰だ、おがっちって。・・・・・・。はっ!
「ちょ!小笠原さんに何したの!?」
おがっちってどう考えても新聞部の小笠原さんでしょ!?あの校内1の情報網を持つと言われている小笠原さんにもしかしてさっきの情報をリークしたのか!?
ちょっと待てちょっと待て、違う、違うぞ。
ここは訂正しないと明日学校に行けなくなる。
そうじゃないんだ。
いや本当はそうだけど、そうじゃないんだ。
「ふふん、察しのいい稜くんならもう分かってるんでしょ?」
まさか愛ちゃんがこの状況でここまで仕掛けてくるなんで思いもよらなかった。
そんな予想だにしない角度からのパンチを避けられる奴なんているはずがない。
そして見事にクリーンヒットしたわけだ。
ここは少し癪に障るけどあれのやり方でやってみようか。切り抜けられるかは分からないけど、嘘をつくよりはいい。
「・・・・・それで?何が聞きたいのさ?」
白旗を上げた僕に気分を良くしたのか、先程までの微妙な表情から一転してにこやかな笑顔になった愛ちゃんは足を組みかえながら僕に言った。
「だからさっきも言ったよね?有希の事、だよ」
「・・・・・・、もちろん好きだ」
あれから5年。
思うだけ無駄な僕の思いだったが、そんな事はどうでも良かった。
人にどう言われてもいい。
どう思われてもいい。
好きなものは好きなんだ。
ただ、僕が好きな人はそれ以上に好きな人が側にいたと言うだけ。
ただ、それだけ。
そんな自分を悲観するつもりはないし、これ以上関係が進展してほしいとも思っていない。
今は微妙な関係のあの二人が将来的にくっつこうが気にしない。
気に、しない。
「でも、そういうのじゃない。僕のはそういうのじゃないんだ」
ちゃんと答えたはずなのに、目の前の愛ちゃんは先程までのにこやかな笑顔が消え、険しい表情になった。
「稜くん、かっこ悪いよ」
愛ちゃんの言葉が鋭く胸に刺さる。
と同時になんでこいつにそんな事を言われないといけないんだという感情も沸き起こる。
お前に僕に何が分かると言うんだ。
僕の感情の機微に気付いたのか、愛ちゃんは机の上を片付け始めた。
時計を見ると閉館時間まで5分もない。
僕も慌ててそれに倣う。
「稜くんは先帰っていいよ。後は私がやっておくから」
「いや、でも家まで送るよ」
「いいっていってるの。でも、そうだなぁ。もしこの事件が落ち着いたら行きたいところがあるんだ。一緒に行ってくれる?」
急にそんな事を言うので驚いた。
でも特に問題はないのであまり深く考えずに「いいよ」とだけ答えた。
この時の自分の不用意な一言を僕はこれから一生後悔する事になるわけだけど、愛ちゃんが上手かったと言うしかない。
ただ、今までの僕を否定してくれたのは愛ちゃんで、これからの僕に期待してくれたのは愛ちゃんだ。
救われない僕を救ってくれたわけだから、感謝するべきなんだろうけど、この時の僕は全くそんな風には思えなかった。