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シューティングスター   作者: 天野 山葵
1/3

~兄弟喧嘩は犬も食わない ①~

 それはやけにリアルな夢だった。

 

暗い路地を走っているのが分かった。

 

しかも汗まみれで、何か怖いものから逃げていた。

 

そして、ここのところ同じ夢を何度も見ていた。いつも先を走る少女は忠告する。



「だから言ったんだ。夜、外に出てはいけないとね」


 

そう言われるのにも、もう慣れていた。

 

だが、恐怖は慣れるものではない。

 

路地から倉庫のような建物に入り、階段と梯子を使ってその建物の屋根へ上る。

 

地上を見ると、赤い目をした何かがこちらへ視線を向けていた。

 

高い所へ上り、自分の身の安全が確保されると、何故か心が安らいだ。

 だが、少女は気を抜くなと忠告する。



「ここは彼らの世界。夜が明けるまで何が起こるか分からない」

 


突然、地震のような揺れが起きた。屋根に立っていられなくなり、尻もちをつく。

 

すると下にいた赤い目をした何か達が集まり、一つの大きな赤い目になった。

 

あまりの恐怖に動けなくなる。そんな中少女はいつの間にか手にしていた刀のようなものを構えて、こちらを振り替える事無く何か言う。ただそれは僕には聞こえなかった。



 


夢の話はオチがなくてつまらない、というのは誰が言ったのだろう?

 

自分の話を熱心に聞いているようで、聞き流しているようにも見える。

 

ただ、つまらない話を聞いているようにしてくれているだけでも感謝するべきなのだろう。



「どう思う?」


 

前を歩いていた幼馴染に聞いてはいけない質問をした。



「どうって?」

「いや、だから今話した夢の話」


 

どうって?と彼女が濁したにも関わらず、答えを催促した。聞き流しているように見える事に腹を立てていたわけじゃない。決してそうじゃない。



「そういえば夢占いっていうのがあるよね。悲しい夢を見ると、現実では良い事が起こるとか」


 

的を得ているようで得ていない。要するにうまい。何も言えなくなる。



「じゃあ俺がみた夢はどっちだと思う?」



そう尋ねると少し立ち止まって首を傾げる。



「分かんないけど、いいんじゃないかな」


 

何がいいのか。悪い夢だから良いのか。どうでもいいのか。まぁどうでもいいか。



「そんなことより早く行かないと遅れるよ」


 

遠くでチャイムの音がする。自然と小走りになる。答えはどうでもいいけど、ちゃんと聞いて欲しい。つまらない話ではあるのだけれど。




「なぁ、怖いものってある?」

 


一日が終わり、いつもの帰り道で、いつもの友人に唐突に尋ねた。夢の話じゃないならいいだろう。



「急にどうした?」

 


急にも何も、こっちからすれば急じゃない。今日一日、それこそ授業中だって考えていた事だ。あいつに聞いてもはぐらかされたから、こいつなら何か答えをくれると思って。

 

あの夢を見るといつも恐怖心が生まれる。だからその予防として、怖いものについての知識を深めておこうというわけだ。うん、我ながらいい考えだ。



「いや、いいから。怖いものを教えてくれ」

 


無理やりにでも聞く。少し強引な方がいい時もある。いい時というのは今だ。



「何がいいのか分からないけど・・・。まぁ虫とかは苦手かな」

「恐怖を覚えるレベル?」

「恐怖って・・・。でもまぁそのレベルじゃないかもな」

「ほらみろ」

 


強引に話を振ったわりに扱いが悪い。でもそれを気にしている暇はない。時間がないのだ。



「ほらみろってなんだよ。普通に生活しててそんな恐怖って感じないだろ」

「俺はある」

「ちょっとまて、夢の中で、とかいう気じゃないだろうな」

 


さすがだ。先回りしやがった。でもそんなの関係ない。



「そうだ」

「前から思ってた事だけど、考え過ぎじゃないか?今日もその同じ夢を見ると限らないわけだし」

 


正論かもしれない。でも今の俺にはそれを簡単に肯定する気にはなれなかった。



「いいや、見るんだよ。だったらどうしてくれるんだ?」

 


支離滅裂ここに極まれり。もう自分でもどうして欲しいのかよくわからないのだ。



「どうしてくれるんだって、そんなもん、どうしようもないだろ」

 


至極当然の答え。結局怖いものが何か聞けないまま、その日は家に帰った。



 


目を開けるとそこは見慣れない場所だった。

高い壁に両側を囲まれていた。


不意に背後から何とも言えない恐怖に襲われる。これだ、この恐怖だ。振りかえると眼だけが異様に赤い人がいた。


いや、それは正確ではない。それが人なのかもわからない。

ただ今感じている恐怖だけが、それの本当を教えていた。


「逃げなくては」と体全身が訴えていたが、足が少しも動かなかった。

これが「足がすくむ」というやつだろうか。


一歩ずつだが着実に距離をつめてくる。もうダメだ、と目を瞑った瞬間、誰かに手を引かれた。おそるおそる目を開けてみると、あの少女だった。



「懲りないね、君も」

 


少女に手を引かれると、何故か恐怖が和らいだ。


あれだけ言う事を聞かなかった足も今は地面を蹴っている。それがどうやって蹴っているのかはよくわからなかったけれども。



「忠告したはずだよ、夜の事は以前にも話した事があるだろう。この夜は彼ら、『赤目の闇人』の世界だと。彼らの一員になりたいという事なら、止めたりしないけど」

 


慌てて首を振った。さもあらんという風で少女はうなずく。

しかしすぐに首を傾げて「嫌がる必要もない気がするけどね。おそらく恐怖は消えるんだろうから」と少し微笑みながら言う。


正解だった。そしてそれは僕がずっと考えない様にしていた事でもあった。逆に常に考えてしまう事でもあるわけだが。



「とりあえずそこの角を曲がろう。それで少しは時間を稼げる」



 一直線の道なのに、急に角が現れた。


そんなはずはない。


少女は普通に曲がる。曲がり角なのだから、曲がれるのは普通だが。


曲がり角で普通に曲がり、その壁に身を寄せる。


後ろからずっと追ってきていた赤目達はこちらを振り返ることなく一直線に抜けて行った。


赤目達が過ぎると共に心が安らいでいく。要は距離の問題らしい。


あの距離を詰められた時の感じといえば、二度と経験したくない、一度も経験した事のないものだった。


少女は赤目達が通り過ぎて行った方の様子を少し伺いながら思案気な顔をしている。これからどうしたものかと考えているのだろう。



「さて、これからどうしたものかな。穴までは結構距離もあるし」



 穴という言葉は今日初めて聞いたが、何故か理解していた。安息の場。安息の響き。早く穴に戻りたい。



「屋根に上るのは効果的だけど、見つかるとやっかいだし。君を連れていくのは危険でもある。でも地面にいるよりはいくらかマシなんだよね。どうしようか?」



 どうやら僕に選択権があるらしい。


少し上を見上げてみた。


遥か彼方に赤い空が見える。


地面にいるのは嫌だ。穴に入りたい。


いや、卑猥な意味はない。


そう言っている時点で少し卑猥なのは覚悟しているが、矛盾はしていない。



「屋根だよね。まぁそうするしかないか」



 少女は僕の反応を見てやれやれという態度をとった。


それは僕に対してなのか、これからの道のりに対してなのか。


深く考えるな。辛くなるといけない。



「とりあえず飛ぼう、上まで」



 少女が言うので頷いた。


少し膝を曲げて飛んだ。


急に遥か彼方にあった赤い空が広がったりはしなかった。


何故なら50センチくらい飛んでまた地面についたからだ。


当然の結果だ。


あんなに高いところまで飛べやしないのは今気付いた。


少女は何してるの?という顔でこちらを見つめてくる。


いや、わかるけども。痛いくらい。



「まさか飛べないとかいうんじゃないよね?」


 飛べるわけないじゃないか!


もう一人の僕が言う。

でも後の99人は飛べると言っている。


少女の目と言葉に傷つけられながら、僕はもう一度膝を曲げた。


しかしその動作による溜められたパワーは放たれることなく地面に流れるだけだった。


何故なら少女の顔が急に険しくなったからだ。



「やつらが戻ってきてる」



 姿を確認したわけではないが、感じで分かる。


距離がまた近付いてきているのだ。


あの感覚を思い出す。

あの足が動かなくなった感覚だ。


急に全身の力が抜けたような重さに襲われる。何とかしなければ。


でもどうやって?



「早く上がらないと二人ともおしまいだ。ほら」



 差しのべられた手を見た。


その手を取れば話は簡単になるのだろう。


そしてその先も既に検討がついている。


手を取る。

少女に連れられて自分も飛べる。

屋根を走る。

でかいのに遭う。

少女がどこからか手にした刀を振るう。


そして、また同じ日が始まる。


・・・・・、それでいいのか?一向に手を取ろうとしない僕を見て少女は訝しげな顔をする。


そりゃそうだろう。


簡単な答えがそこにあるのに解答しないやつがいるのだから。



「そっか。そういう事か。繰り返しは嫌だ、と君は言うんだね」



 そう言って納得した少女は、差し出して開かれた手のひらをきゅっと握りしめた。


終わった。

そう思った。

でもそれと共になぜか始まったとも思った。


赤目たちが曲がり角までやってきた。


僕たちを見つけたやつらはおそらく嬉しそうな顔をして、さっきまでとはうって変わってゆっくりと距離を縮めてくる。


そしてある程度の距離にまで近付いて、一気にこちらになだれ込んできた。


視界が赤に埋め尽くされる。

ついにこの恐怖から解放される時が来た。


その瞬間心と体が軽くなった。


全ての事がゆっくりと流れた。


その中で自分だけが違和感を感じていた。


なぜ一思いにやらないのか。

しかし少し考えてこうも思った。


人間死ぬ前には今までの出来事が一瞬にして思い出されるという。


その一瞬は数秒であり数分であり数時間であり数日であり数週間であり数か月であり数年だ。


その奇妙な時間の中、これから死ぬんだと思えば今の現象も何故か納得出来た。


自分はいい。

だが自分を今まで助けてくれた少女はどうなるんだろうと最後に思った。


隣を見た。

少女は笑顔だった。

それは全てを諦めたようで、そうではなかった。


これから死にゆくものの目ではなかった。


どこか懐かしさを感じた。

どこだったろう。


そんな事を考えている内にゆっくりだった時間が急に早く流れ始めた。


驚いて体勢を崩す。


見れば赤目達は自分の遥か後方で僕たちに構う事無く駆け抜けていっていた。

僕らが狙いじゃなかったのか?



「おかえり」



 少女が妙な事を言う。

意味が分からない。


いや、おかえりという言葉の意味は分かっている。


ただこの状況でそれを使う意味が分からないという意味だ。


だが妙に納得している自分もいる。



「ただいま」



 状況反射的にそう言う。


すがすがしい気分だった。


ずっと見続けていた悪夢が結末を迎えたような、そんな気分だった。

これで安心して眠れる。


そう思うと体がずんっと重くなりまた朝を迎えた。




「今日は聞かないの?」



 鼻歌交じりで歩く僕を見て、すごく気持ち悪い物を見る様な目でこちらを見ながら、おそるおそるといった感じで幼馴染が声を掛けてきた。


声を掛けるタイミングはいくらでもあったろう。

家から学校までの間ずっと鼻歌交じりで歩いていたのだから。


だがこの学校につくというタイミングまで声をかけてこなかったのは、

おそらく久しぶりに気分良く鼻歌交じりで歩く僕を見て、そっとしておいてやろうという感情が働いたのと同時に、

今聞かないと二度と聞けないかもしれないという危惧があったのだと思う。


僕は全然気にしないのに。

こんなに気分がいいのはいつ振りだろう。

いや、生まれて初めてかもしれない。


今日は何が起きても許せてしまう。

生まれたんだ、今日僕は。



「何の話?」



 知ってる。分かってる。


でも聞いた。

少し意地悪だろうか。


まぁいい。


ずっと出なかった答えが出たんだから。


悩みは人に話した時点で半分は解消されている。


誰が言ってたんだっけ?

きっと夢の話と同じ人だろう。


僕に「何の話?」と問い返されて、急にむっとした彼女は「もういい」と言って歩くスピードを速めた。


僕が悪いのだろう。

でもいいのだ。




 一日の授業が終わり帰ろうと支度をしていると、教室の外から僕を呼ぶ声がした。


いつもの友人はいつもなら声を掛けずに待っているのに呼ぶという事は何かあるんだろう。


特に急ぐでもなく支度を終え教室を出ると急に肩を叩かれた。


少し痛い。

でも今日はいい。



「お前、今までさんざん訳のわからない話をしといてそれはないんじゃないか?」



 何の話かと尋ねると次はもっと強い力で叩かれそうだったので、しゅんとしてみた。


反発するより吸収する方が効果は高い。


それに僕だって少しは悪かったと思っている。

言われた通りだし。


しゅんとした僕を見て、攻勢が弱まるのを期待したが、どうやら根は深いようだ。



「そんな顔してもダメだからな。あいつも外で待たせてる。一緒に来てもらうぞ」



 ホントにこいつのこの性格なんとかならないのかと思う。


おせっかいにもほどがある。


大体、僕らは付き合ってるわけじゃない。

たまたま家が隣同士で、歳もたまたま同じだったというだけだ。


他のやつらがどう思おうが僕の知った事じゃない。

こんなに気にするんなら付き合えばいいのに。


・・・・・・いや、それはこの問題を解決するわけじゃないから置いておくとして。


とにかく俺とあいつの関係を他のやつらに何か言われる筋合いはないのだ。


あれは兄弟みたいなもんだ。

だからいいんだ、多少理不尽でも。


兄弟とはそういうものだろう。


と、頭の中で考えていると、駅前のファーストフード店に連れてこられた。

中にはあれとあれの友達がいるらしい。


何と言ったっけ、そうそう、愛ちゃんだ。

上の名前はなんだったかな。



「あ、きたきた。ほらいつまでそんな顔してんの。せっかく連れて来てくれたんだからさ」



 愛ちゃんが話している。

もちろん僕にじゃない。

あれにだ。


ところでついさっきまで人生最良の日だと思っていたが、それは撤回しようと思う。


何だかつまらない事でその人生最良の日が人生最悪の日になりそうだからだ。


まぁあの夢の事を思えば、夢の恐怖を思えば今の事態なんて大したことない。

こら、肩を叩くな。



「さて、みんな揃ったところで話してもらおうか。ここ最近お前がぎゃーぎゃー騒いでた事の真相と、今日やけに機嫌が良かった事の理由を」



 こう切り出した時点でおそらくだが、こいつは既に事の真相を知っているのではないかと思ってしまう。

知っているなら話したくない。


まぁ話したところで信じてもらえるとも思っていない。

要はあれだ、自己満足だ。

でもそれでいいんだ。



「話す事なんて何もないんだけれど」



 とりあえずしゅんとしたスタイルを貫いてみる。

まずは様子伺いと言ったところだ。


僕だってこのまま切り抜けられるなんて思っちゃいない。

ただ、話すと現実になってしまいそうだから、話したくないだけだ。


どう思うか知らないが、言霊というのはあるものだ。



「いや、俺らには聞く権利がある。何故なら、昨日俺も有希も愛ちゃんも見たからだ」



 見た?見たって何を?

もしかして僕が見ていた夢を見たとでもいうのか?


大体きちんと聞いてくれてなかったくせに見たというのはあまりにも理不尽じゃないか。


あれとこいつはともかくとして、なんで愛ちゃんまで見るんだ?

愛ちゃんはあれの友達だから、多少話をする事はあっても、あれとこいつみたいに適当に扱ったりしない。


僕はその他大勢にはちゃんと振る舞うのだ。



「これを見て」



 愛ちゃんがばさっと机の上に新聞紙を広げた。

地方の出来事、と小さく見出しの書かれたところに、舞沢市、つまり僕らの住んでいる街の話が載っていた。



「ん・・・、一週間ほど前から寝たきりで意識が戻らないという症状を訴える人が併せて数十名出ていると舞沢市民病院からの報告でわかった・・・?」



 何の話だろう。


さっきまで僕が見ていた夢の話をしていたはずだ。


いきなりこんなオカルト染みた記事を見せられて、僕の夢と何の関係性があるのというのだろうか。


いや、待てよ。

あるからこいつもあれもこんなに真剣になっているのか。



「わかったか?」



 しかしこいつは僕が一体どんな優秀な人物だと思ってるんだろう。


いきなり記事を見せられてわかったか?

じゃねぇよ。わかるわけねぇよ。



「何が?」



 努めて冷静に返す。

大体こいつやあれの話は聞く必要はないのだ。


愛ちゃんがいるから控えめにしているが、別に愛ちゃんに気を使う必要も全くない。



「お前の夢の話、俺らも冗談半分で聞いていたが、お前にしては妙に執着して聞いてくるから気にはなっていたんだ。


そこで愛ちゃんから妙な噂を聞いてさ。

愛ちゃんは新聞部の小笠原さんと仲良くて、その噂を聞いたらしいんだけど、

その小笠原さんによれば、意識が戻らない人達の中には、そうなる直前に皆同じように見ていた悪夢というのがあるらしい」



 いや、小笠原さんて誰だよとツッコむのはやめておこう。どうやらシリアスな話らしい。



「お前もここ最近悪夢を見て悩んでいたんだろ?それが急に今日になって生き生きとしだした。

つまりお前は自分で問題を解決したって事じゃないのか?

それが解決出来なければ、他の大勢の人と同じように意識が戻らない状態になっていたんじゃないのか?」



 前半は正解だが、後半はよく分からない。


確かにあれだけの恐怖を感じる事はなかなかないだろう。


あれに取り込まれるとどうなるのか。

考えたくないが考えた。


そう、あの子も言っていた。「恐怖は消える」と。

つまり、それは。



「ちょっと待ってよ。いきなり過ぎてわけがわからないよ。確かに僕は悪夢を見ていた。

そしてそれが昨日はいい方向で落ち着いたってだけで。

今日また見るかもしれないし、解決したかなんてわかるわけないよ」



 ありのまま素直なところを述べてみた。


嘘はついていない。


どうせついたとしても見抜かれるか自滅するだけだ。


素直に話す方が意外に切り抜けられる。



「いや、そうだろう」



 いや、そうだろうってどっちだよ。


肯定なのか否定なのか。



「とりあえず何が言いたいのかって言えば、何故かはわからないけど、

俺たちも、いやもしくはこの街に住む多くの人が、お前も見たその悪夢を見ていて、

俺は俺たちより先に悪夢に取りつかれた人たちを何とか助けたいと思っているんだ」



 ・・・・・・、こいつ何者なの?

なんでこんな発言できるの?

神様なの?


という素朴な疑問は置いておくとして、

こいつを含めた3人はどうなったって知った事じゃないが、その他大勢の人の命に関わると言われれば、協力しないわけにはいかないな。


うん、決してこいつらの為なんかじゃないんだ。



「・・・・・・・・・・それで?何をしたらいい?」



 渋々(ここが重要)、という態度を前面に押し出す。

だって自分の悪夢がそんな風に周りと繋がっているってどうして考えられる?


どれが夢でどれが現実か分からなくなりそうだ。



「だから初めから言ってるじゃないか。お前がここ最近見ていた夢を話を詳しく教えてくれ。

いつから見始めた?どんな内容だった?」




 夢の話はオチがなくてつまらない、とは誰が言ったんだろう。

でもその方がいいって事が今の僕にはよく理解できた。


夢の話で自分自身がまず上手く理解出来ていないのに、上手く話せるわけがないからだ。


それでもこいつは時に相槌を打ち、時に質問を入れながら基本的には僕の話を聞いている。

本気で何とかするつもりなのだ。



「なるほど。じゃあ今の話をまとめると、夢の中で起きて、赤い目をしたやつらに追いかけられて、最後は女の子に助けてもらって目が覚めるって事なのか」


 僕は頷く。

だってそうなのだから仕方ない。


でも女の子のくだりになると少しあれがむすっとしたのは気のせいだ。

気のせいに決まってる。


あぁ、こんなことなら男の子にしておけばよかった。

どうせ夢の話なのだから。



「うーん・・・・、有希と愛ちゃんがみた夢に女の子は出てきた?」


「私が見た夢には出てこなかった。黒い影のようなものが後からついてきてる感覚だけ残ってて後は曖昧なんだよね」



 愛ちゃんが髪をかき上げながら言う。有希はふるふると首を振った。出てこなかったという意思表示だろう。



「そうか。

俺にも出てきていない。

だけど愛ちゃんみたいに黒い影というか何か潜在的な恐怖を感じるものに襲われるような不安というか、そんな感じは夢の中でずっとしていたんだ」



 こいつの話を聞いていて思い出した事があったのでぼそっと呟いた。



「・・・・・蜂」



 座っていた椅子が大きく音を立てた。

こいつが取り乱すのも珍しい。

僕ノートに書き留めておいて正解だった。



「ゴホン、失礼」



 ばつが悪そうな顔で座り直すやつ。


ふふん、いい気味だ。

そんな目で睨むなよ、照れるじゃないか。


まぁ人間誰でも苦手なものはあるさ。

恥じる事じゃない。



「とにかく、お前の言う赤目の住人ってやつの追跡を回避できたって事がどうやらポイントになりそうだ。

これは仮説だけど、そいつに取り込まれたらおそらくお前も目覚める事はなかっただろうな」



 こいつの話はむかつくが本当だ。


いや、本当かどうかは分からない。


だけど、あの世界ではそれが正解だと思った。

思わざるをえなかった。



「私たちが夢の中で感じたあの感じも、その赤目の住人が近付いてきているからって事になるのかな?」



 愛ちゃんが納得したように話す。

ちょっと待て、赤目の住人って何?

って発想にはならないのかよ。

あぁそうですか、おかしいのはこっちですか。


「いや、それは分からない。

赤目の住人という表現はこれの表現であって、何か潜在的に恐怖を覚えるものが後ろから追ってきていると思わされているのかもしれない」


「・・・・・って事は、誰かがそうさせてるってこと?」


「結論でいえばそうなんだろう。

こんな事、誰かの意思なしで偶然起こるとは思えない。

何者かが僕らの夢を乗っ取って、何か良からぬ事をするつもりなんだろう。

逆に言えば夢がその犯人に繋がっているとも言える」



 しかしこいつらは何でこうも真剣なんだ?


夢の中の話をここまで真剣に話せるなんてちょっとどうかしているとしか思えない。

頭のネジが数本いっちゃってるんじゃなかろうか。

どこかその辺に落ちてないか?



「とりあえず、今日のところはこんなもんかな。

皆悪いけど、明日も集まって状況を報告し合おう。

これの話によると、段々と赤目の住人が近付いてくるらしいから、昨日よりも今日の夜の方がもっと危険な状態になるはずだ。

くれぐれも注意して」



 注意ってどう注意するんだよ。

夢の中の話ですよ?

すると鞄を持って立ちあがった愛ちゃんは奴に向かって


「稜くん、悪いけどこの後付き合ってくれない?」

とか言っている。


待て待て、そんな事をするとあれと二人きりになってしまうじゃないか。



「良いけど、どこに?」

「病院と図書館。

出来るだけの情報を持ってから夜を待ちたいの」



 何だかこの二人が急に変態に思えてきた。


重度の中二病なんじゃないだろうか。

いや、違うか。

中二病はもっとこう、なんていうか違うか。



「オーケー。行こう。おい、有希の事、ちゃんと送っていけよ」



 うっ、稜のやつ俺の行動は全てお見通しってわけか。


ちっ、しょうがねぇ。

「帰るぞ」と短く有希に告げ、僕らは駅前を後にした。




 その後は特に何もない普通の一日だった。


有希と共に普通に家に帰り、家の前で別れ、家に入ってから着替えて少し部屋でごろごろし、飯を食ってテレビを見て歯磨きをして家のインターホンが鳴り風呂に入って今に至る。


そう、ベッドだ。

この一連の何もない普通の一日の中に一つだけ異形が混ざり込んでいることは言うまでもないだろう。


何故か俺は今自分の部屋の中のベッドの横に引かれた布団の上に転がっている。


何故か。


普通の人は部屋にベッドがあるならきちんとベッドに転がるであろう。


もちろん俺もご多分にもれずその内の一人だ。


だが何故かベッドの横に引かれた布団の上に転がっているのである。


説明はしたくない。

そもそも親の、いや両方の親の考え方がおかしい。


普通高校生にもなって男女が同じ部屋で二人きりで寝るとか許すか?

許されるわけがないだろう。

いや、そうじゃない、あれは兄弟だ。

しかし兄弟だとは言っても考え方がおかしいと言わざるを得ない。


うちは男兄弟なので、うちの親はあれをすごく可愛がる。


「有希ちゃんがいるから手間が省けたよー」


ってそんな事子供の前で言うことじゃないだろ!

と、少し話が脱線しかかっているうちにどこからか視線を感じた。

おかしいな、どこからだろう。



「ねぇ、起きてる?」



 なんなんだ、この定番の問いかけは。

あぁ起きてるよ、寝れるわけねぇよ。



「もう寝た」



 日本語の使い方を間違っている気がするが気にしない。

この場合アピールする事が大事なのだ。



「・・・・・・」



 ちくしょう、なんだその間は。殺るならもう一思いに殺ってくれ。



「・・・・・・、そっちいってもいい?」

「はっ、ばっ、な、何言ってるんだよ!いいわけないだろ!」



 さすがの俺様も今のは予想出来なかった。この俺様を取り乱させるとは。

いつの間にか腕を上げたらしいな。



「・・・・・・」



 沈黙は金。


誰が言ったのか知らないが、有効なのはよく分かる。


沈黙されるとこちらが向こうの数倍は思考しなければならないからだ。


次の一手をどう打つつもりだ?

さながら王将戦のような装いを呈してきたところで今度は異音が響き出した。


耳をそばだててよく聞いてみると、どうやらすんすん言っているらしい。


すんすん。


寝たのか?

いやそれはすやすやか。

気にはなるがここは我慢だ。

ここを回避すれば幸せな睡眠を取ることが出来る。


我慢、我慢だ。

俺の一番の得意分野じゃないか。

問いかけてはならない、絶対にだ。



「・・・・・おい、どうした」



 負けた。


この時点で俺は完全に負けた。


逆に有希はノーヒットノーランを達成したわけだ。

有希め、いつからそんな沢村賞を取るようなピッチャーになったんだ。



「そっちいってもいい?」



 10対0でこちらが負けているのにまだやるつもりらしい。

コールドゲームというルールはないんでしょうか。



 

自分の部屋にベッドがあるのにそこに寝ない人間がいるとすれば、それはおかしな行動だと言っていいはずだ。


特に俺の部屋のようにベッドがその部屋のほとんどを占め、部屋にいる間はベッドの上でほぼいなくてはならないような設計であったとすればなおさらだ。


なのに俺はなぜかベッドの横に引かれた布団の上に幼馴染と二人でくっついて寝転んでいる。


言いたいことは色々ある。


でも色々考え過ぎて疲れた。


沈黙は金。



「怖いんだ、今日の話。寝たらもう起きれないんじゃないかって。私はあの二人みたいにはなれないよ」



 あのな、言っておくが、

くっついて寝てると言っても背中合わせだからな。


そこの所重要だから間違えない様に。



「だから、来ちゃった。ごめんね」



 そう言えば急に家に有希が来るなんていつ以来だろう。


あれは小学校のときか?

それ以来になるのか。


昔は俺の兄貴と、有希のねーちゃんと、俺と有希でよく遊んで、みんなで同じ部屋で寝たりしたもんだ。


けど何故か分からないけどお互いそういうのはしなくなったな。


もちろん俺が恥ずかしかった部分もあった。


学校じゃ常に夫婦って呼ばれてたし。

嫌じゃないんだけど決めつけられるのは嫌で、それで。



「謝るなよ。別にいいよ」



 有希がごめんねと謝った事で、俺の胸の中のどこからか分からないけど、何とも言えない感情が駆け巡った。


何が兄弟だ、それがおざなりにしていい理由にはならないじゃないか。



「うん・・・・」



 有希はもしかしたら何も変わっていなかったのかもしれない。


そして俺も何も変わってなどいなかった。

ただひたすらに変わりたくてもがいていただけだ。


そして結果何も変わらず、そこにいる有希が、何も変わろうとしない有希にいらだっていただけだった。

有希はそれで良かったのかな。

俺とそんな風に扱われて嫌じゃなかったのかな。


不安だったのは俺。

弱かったのも俺。

悪いのも俺。

全て俺だ。



「心配するな。もし何かあっても大丈夫。お前だけは必ず守るよ。今までごめん、ありがとうな」



 有希が背中越しにびくっと震えたのが分かった。

気持ち悪かったかな。


ま、まぁ考えてみると少し気持ち悪いけど。


えずくことはないだろう。

少しして、またすんすん聞こえてきたので、さすがにそれはやりすぎだろうと思って様子を窺うと、有希はこっちを見て微笑みながら泣いていた。

ボロボロと大粒の涙を零しながら。



「そ、そんなに泣く事じゃないだろ」


「だって、・・・・・嬉しかったんだもん」



 こっち見ないで、と有希が言うから、俺は有希に背を向けたが、有希がおでこを俺の背中につけたのは分かった。


やばい、どきどきする。

だがしばらくしてすんすんがすやすやに変わった。

おいちょっと待て。

もしかしてこのまま俺を放置するつもりか!?拷問だ、こんなの寝れるわけがねぇ。


はっ!もしかして仕返しか!?積年の恨みを今ここで晴らそうってのか!?なるほど、つくづく今日は有希にしてやられる日らしい。


このまま寝れない夜になるであろうと思うと憂鬱な気持ちになったが、なぜか胸の中だけは妙にすっきりとしていた。



 


 

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