愛ですよ、愛
「おはよう!ミクロ!」
リヨンが溢れんばかりの笑顔を私に見せて両手を広げてきてくれます。
その屈託のない表情を見ると、あまりにも可愛くて私も手を広げて待ち構えてしまいます。
そしてリヨンにギューッと抱きしめられまました。
正直、ジパングにはこういう習慣がないし、私も慣れていないので両手を広げて待っていたものの抱きしめられるとドギマギして何もできません。
「昨日は大変だったわね」
「うん、まあ…」
リヨンはあの後何事もなく眠りについたんでしょうか。
私はローゼの事とか、リヨンの事とか、リモコンの事を考えると中々寝付けなかったけれど…。
「女王様」
ランド大臣です。
「そろそろ大工どもが来ます。指図などは私が行いますので、どうか王宮の方へお戻りください」
ここは例の雷で壊れた建物の前。
メイド長がランド大臣に色々と言い含めたのでしょう。
「第三者が周りに居るのであれば、お互い話しても良い」
と、少々渋い表情で朝に了解を得たばかりです。
そして今、メイドづてにリヨンにこの建物の前に来るようにいわれ、その途中でランドと一緒になった次第です。
リヨンは、ランドに言われた言葉に嫌そうな表情をしました。
「嫌よ。私が直接指揮をするわ」
「指揮と申されましても、変な事をしないか見張るだけでございます。女王自らがやることでもございません」
「あら、一応この建物だって私の所有物よ。所有物が変に扱われないか見張るのはそんなにいけないことかしら」
ランドは長い長い溜息をつきました。
「今回来るのは国の御用達の大工ではありません、平民が使う大工です、いうなれば身分が違います。その者どもに女王自らのお顔を見せるなど…」
「私だって元々そういう身分の者でしょ」
「女王!」
ランドが私を見て、慌てたように大声を出しました。
「大丈夫、ミクロには話してるもの」
ランドはその言葉を聞いて、憤りを感じているような顔つきになりました。
「そのことは口外なさらないようにと言っているはずです!出会って数日の者に話すなど…」
ランドがくどくどとリヨンに説教をしているけど、リヨンはどこ吹く風。
何も知らない。とでも言いたげな顔で明後日の方向を見ています。
すると、どやどやと野太い声が森の小道を模した向こうの遠くから聞こえてきました。
「…大工さん、来たんじゃないの?」
私が一言いうと、ランドが説教をやめ、渋い表情をしながらリヨンを見ました。
リヨンはニヤッと笑います。
「あの道を通らないと、王宮には戻れないわね」
ランドは困ったような顔をして、また深く溜息をつきました。
ここにくるにはこの道一本しかないのです。
「女王、あなたの血筋は確かにこの王家のもの。長らく別の身分だったとはいえ昔の立場と今は違うということを自覚してもらわなければ」
リヨンはうるさそうに顔をしかめました。
「あーあ、本当にいつの間にそんなカチカチの臣下面になったのかしら。昔はあんなに父親として偉そうにしていたくせに」
「元々あなたは女王で、私は臣下という立場でした。臣下として先代陛下に恥じぬよう育てさせていただいたのでございます」
その一言に、リヨンの表情が険しくなった。
「ともかく、せめて扇で顔をお隠しください」
リヨンは不機嫌そうな顔でランドを睨んでいましたが、扇を取り出し、顔の前で広げました。
そうしているうちにも賑やかな話声はどんどんと近づいてきて、数十人ものがっしりとした体つきの男の人たちがやってきました。
そして私たちの姿を発見すると、こちらの方へ近寄ってきます。
「よう!あんたらかい、俺らの組に王宮の修理なんて頼んできた数寄者は!」
白髪交じりで無精ひげを生やした男の人がズンズン近寄ってきて、ランドの手をガッシリと握るとブンブンと振り回しました。
細くて小柄なランド大臣はそれに振り回されるように体が動きます。
続いてその男の人はリヨンに手を差し出しますが、ランドがそれを押しとどめました。
「この方はこの国の女王である。触れるのは止していただこう」
それを聞いて、男の人たちがざわっとざわめきました。
やはり、普通はこういうところに女王はいないものなのでしょうか。
「こ、こりゃ失礼」
男の人は少し緊張した表情になり、その場に膝をつきました。
それに従って、後ろの人たちもばらばらと膝をつきます。
「女王自らのお出迎え、ありがたき幸せ!このハーランド王国一の大工である俺らシュンブ組に全て任せていだだきやしょう!」
リヨンは扇で顔を隠しながら集団を眺め、口を開きました。
「あなたたち、王宮での仕事は初めて?」
男の人はさらに緊張した顔つきになり、膝をついたまま答えます。
「へ、へえ。王宮にゃ専属の大工が居るようでありましたし…。けッ、あの野郎ども、王宮しかやったことねぇ癖に大きい面しやがって、今回俺らがやるって知ったらどんな面しやがるか…」
「お頭!」
後ろからたしなめるような囁き声が聞こえ、男の人…お頭は慌てて口を閉じてうつむきました。
「3日後にこのお城でパーティーが開かれるのは知っているかしら」
リヨンは全く気にせずに話を続ける。
「へえ、知ってます」
「それまでにはできるのかしら」
「そりゃあ…」
お頭がチラッと被害にあった建物を見て難しい表情をしました。
「無理ってもんでさぁ。穴ふさぐだけでも時間もかかるし、黒焦げになったところも取り換えんだろ…でしょう。それならもっとかかりますね」
お頭は無理に丁寧な言葉遣いを使っているのがよく分かります。
「そう。まあ、無理に3日後までに終わらせろと言っているんじゃないのよ。気になっただけ」
「何じゃあ、驚いた」
お頭が力が抜けたように一言いうと、後ろの男の人たちから笑いを押し殺したような声が響きます。
「これが私の初めて女王として意見を通して実行する事なの」
リヨンの声に男の人たちは慌てて笑いを止めてリヨンを見る。
「だからよろしくお願いするわね」
すると大工の男の人たちは一瞬戸惑った後、一斉に「お任せください!」「女王のためなら!」「全力でやるぜ!」と歓声が上がりました。
おお、リヨン…すごい。女王っぽいよ。
私は全く関係のない立場ですが、なんだか誇らしくてニマニマと笑ってしまいます。
リヨンの横顔をそっと盗み見ますが、なぜかリヨンは不満気な表情。
その不満気な視線の先に私も視線を移すと、大工たちの一番後ろ…そこにはうつむき加減に横を見ている人がいました。
「そこのあなた」
リヨンが扇を少しずらし、指さします。
その指さした方向を皆が振り向きます。
「あなた、最初からずっとそっちの方向を見ているけど、私の話を聞いていたの?」
「聞いていました」
静かな、陰のある声でその男の人は小さく答えました。
「あなたは人が話している時に別の方向を見るの?」
「………」
リヨンのいう事は最もですが、男の人は何も答えず、そして変わらずそっぽむいたままです。
「い、いや、女王様よ、ちょっと待ってください」
お頭が慌てたように割り込みました。
「そいつは俺の倅なんだ、実は生まれたころからこいつの顔にゃでかい痣があってな、その…」
お頭はちら、とその倅の方に目を向け、少し声が小さくなりました。
「俺たちは気にしないんだが、ガキの頃から周りの奴らに悪魔に魅入られた悪魔の印だとか、悪魔の子だ何だと言われてたりしてて…いや、別にそんなことない、俺のかかあから生まれた正真正銘俺の子で、週に一度ミサにも出席してる!職人としての腕も悪くないしそれに…」
お頭は必死に言葉を続けます。
「もういいわ」
そう言ってリヨンは話を続けるお頭を手で軽く制しました。
「つまり、その顔を私にみせないために横を向いているという事ね。けど別に私だってそんなの構わないわ。正面をみてごらんなさい」
「いや、けど…」
親方がちょっと慌ててとりなそうとすると、リヨンは続けます。
「私があなたたちを雇ったのよ。それなのに、雇い主に顔も見せられないなんて道理あるかしら」
そう言われると、お頭も何も言えなくなって黙り込みました。
リヨンはスタスタと歩いてそのそっぽ向いているお頭の倅の所へと歩いていきます。
倅は横から顔を地面にむけ、完全にうつむいてしまいました。
「私は気にしないと言っているでしょう」
リヨンは何を気にすることがあるの?と言いたげな声で倅を扇越しに見ています。
「…あなただって、顔を隠しているじゃないか」
小さく、しかし通る声で倅が批判的な言葉を吐きました。
「女王なんだ、俺らに顔見せるか馬鹿!」
お頭が一番前から怒鳴りつけ、倅の隣の男の人も、肘で咎めるように倅を小突きました。
その倅は周りの大工と同じように体つきはガッシリしていて大柄のように見えます。
倅は頭にパンダナのように汚れた布を巻いて、そこから濃い茶色の髪の毛がのぞいています。
「女王…!」
ランドはリヨンの傍へと近寄って立ち去るように促しました。
私も一人だけ前に残されても困ります。なのでランドの後に続きました。
すると、リヨンはランドの手を払いのけ、扇を顔の前から外し、手のひらに当てて扇を閉じました。
あらわになったリヨンの顔を見て、おおお、とその場から感嘆の声が漏れ広がります。
「失礼、あなたの言う通り私も顔を隠したままだったわ」
リヨンは上から見下ろす形でその倅に声をかけました。その表情はムッとしているような不機嫌な表情です。
「それで?あなたは見せないつもり?」
リヨンは倅のあごを扇でしゃくりあげました。
突然の行動に驚いた表情で、倅が下からリヨンを見上げました。
そのおでこから耳の下までの顔半分には、殴られたかのような青あざが広がっています。
それ以外は…お頭と似ている顔立ちです。
まあ、親子なんだから当たり前ですが。
そしてリヨンは倅を見下ろし、倅はリヨンを見上げます。
二人はしばらく黙っていましたが、倅の方が次第に目がせわしなく動き始め、ついに目をそらしました。
リヨンはふっと我に返ったようで、再び顔を扇で隠しました。
「そこまで悪い顔じゃなくてよ」
そういうと、私の手を引き歩き出します。
「ランド。私、他の政務を思い出したわ。少し任せるわよ」
ランドは一瞬驚いたような表情をしましたが、それでもどこかホッとした表情で私たちを見送りました。
ランドの好ましくない私と第三者のいない女王との二人きりの状況になってしまいますが、ランド的には平民の男たちの傍に女王を置くより、私と居させる方がまだマシなんでしょう。
リヨンは私の手を引いてどんどん歩いていきます。
私も手を引かれるままについていきますが、急にピタリとリヨンが足を止めました。
何かあるのかと周りを見渡しますが、普通に小道です。
私からしてみれば色んなものに使えそうな草花がたくさん生えていますけど…。
それでもリヨンは立ち止まったまま動こうとしません。
「…リヨン?」
もしかして、あのごつい男の人たちを一斉に見たせいで気分が悪くなったのでしょうか。いや、まさかそこまで男嫌いなわけ…。
「ミクロ」
「ん?」
「ミクロ」
「うん?」
「どうしようミクロ」
リヨンが振り返り際に私にしがみついてきました。
前述の通り、私はこういう行為に慣れていないので、挙動不審な指の動き以外体が動きません。
「初めてよ」
「何が?」
「あんなに…私の目だけを真っすぐに見る男の人…」
「うん…?」
私は曖昧にうなずき聞き返しました。
「いつも真っすぐに目見て来ないの?」
「大体の男は、目を見た後に絶対胸を見てどこか浮かれた表情で目をみるわ」
「それは…嫌でしょうね」
私にはそれほどの胸がないので経験ありませんけど。
「だから…あんなに真っすぐに目を見てくる人…」
リヨンがそう言い淀みながら私からそっと離れました。
いつも白い肌が赤く染まっています。
あれ、もしかしてリヨン…。
「あの倅のこと、好きになった?」
「えっ」
みるみるうちにリヨンの顔から首筋、耳から胸元まで真っ赤に染まります。
「違う!珍しいって思ったの!」
リヨンがキィ!と言いながら肩を怒らせました。
「けど、顔赤いよ?」
「赤くないんだから、馬鹿!」
そう言ってリヨンは扇で顔を隠しますが、扇で隠しきれないほど体が赤くなっています。
なんですか、この可愛い女王様。
思わずキュンとしてしまいます。
リヨンは扇で顔を扇ぎながら私の顔を見ました。そして、ムッとした表情になります。
「…何その顔!もう知らない!」
そういうと、リヨンは王宮の方へ駆け出して行ってしまいました。
私がどんな表情していたのか分かりません。けど…。
「可愛い…」
照れるリヨンが愛おしすぎて困ります。これが母性愛というものでしょうか。
(そんなにリヨンと歳は離れてないと思いますがね)
そうやってリヨンの愛らしさに身もだえしてからリヨンの後を追いかけましたが、リヨンはどうやら本当に別の仕事へとりかかったらしく、私は元の場所へと戻ることにしました。
大工のシュンブ組の名前の由来…これを書いてる時、冬から春になりかけた時だったので早春賦から。
そして「そうしゅんぶ」だと思ったら読みが「そうしゅんふ」だったという罠。けど直さない。




