表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

そんな依頼されても

少し気まずい雰囲気が流れてきたころ、バタバタと複数の足音が聞こえて、どんどんと近づいてきています。


「女王!リヨン女王!」

「女王、大丈夫ですか!?」


扉を大きく開けて入って来たのはメイドさんたち。

遅れて、歳を召したメイドさんが大きく肩で息をしながらたどり着きました。


「二人が、リヨン女王の…、大声が聞こえ、るとかで…戻って…ヴェホッヴェホッ」


よほど慌てて戻って来たんでしょう。脇腹を抑え、咳き込んでしまっています。


そして、その部屋の惨状を見て、三人とも微妙な顔つきになりました。

おそらく、リヨン女王の寝室に私とローゼがいることが好ましくないんでしょう。


私がこの現状を伝えようとメイドさんたちに向き直ると、

「ミクロは私が呼んだの」


後ろから聞こえたリヨンの声に私は振り向きました。


「そうしたら、ローゼまで便乗してやってきてしまったの。はしたなく騒いで悪かったわ」

その言葉に、三人とも顔をしかめて倒れているローゼを見ました。


「で、その女は酔っぱらって寝ているのですか?」


まだ息は荒いけど、歳を召したメイド…多分、この人がメイド長でしょう。メイド長が冷たく言い放ちました。


「そうね。酔っぱらってるんじゃないかしら」

リヨンも冷たく言い放ちます。


メイド長が、後ろのメイドさんに、

「あっちで見張っている兵を呼んできて、こいつを外に放り出しておくように言ってきなさい」

と言い、一人が会釈してその場を離れて行きました。


そしてもう一人に、

「あなたはあっちを警備している兵士が真面目に仕事しているか見てきてちょうだい。そのあとは部屋にもどって報告を」

と言い、そのメイドさんも会釈をして離れて行きます。


「女王様、お怪我は」

「大丈夫」


「お部屋は汚されていませんか」

「ええ」


そうしているうちに、兵士が鎧の音を響かせて走ってくる音が聞こえます。


そして以前私がやられたように倒れているローゼを軽々と抱え上げ、胸の前に手を添え会釈してから去っていきました。

兵士になるには、軽々と人を抱え上げるのが必須条件なのでしょうか。


そして兵士より少し遅れてやってきたメイドに、メイド長が、

「兵士に見張りをもっと厳重にさせるよう言ってきなさい」

とまた送り出しました。


「女王、後は大丈夫でございますか?」

リヨンは頷きました。それを見たメイド長は、私に向き直ります。


「あなたは私が部屋に連れて行きましょう」

メイド長が冷ややかにそういうと、リヨンの部屋から出ていきます。


私はリヨンを見て、小声で、

「ありがとう、ごめんね」

と言いました。


私がリモコンを返してほしいばっかりに、リヨンに嫌な思いをさせてしまったこと。

そしてそれがかなり大事になってしまったこと。

そしてそんな自分が悪いのにリヨンに嘘をつかせてしまった事。


何もかもが申し訳ない気持ちになって私に返ってきます。


「早くこちらへ!」

「は、はい!」


ピシャリとメイド長の言葉が響き渡って、私はリヨンの返事も聞かないままメイド長の後に続きました。


黙々とメイド長は歩き続け、私も無言でその後ろをついていきます。

なんとなく怒っているような雰囲気をメイド長から感じるのは気のせいではないでしょう。


ここでは女王であるリヨンが一番偉い。


それなのに、本当にどこの誰か分からない、女王の気まぐれで置いてもらっている客が、好ましくない人を引き連れて女王の部屋へ侵入したとなれば、それは大事にもなります。


「…あなたは」


メイド長が話しかけてきて、私はビクッと体を震わせました。

そして怒りの言葉が飛んでくると体を強ばらせました。


「昼間にたくさん採取していたあの草の効果をご存知だったのですか?」


「あ、ミント…の事ですか?」

「あれをいただいた方々は、どことなく顔つきが変わったように見えたので」


予想外の話を切り出されて、戸惑ってしまいます。


「あれは、気分をリラックスさせて、落ち着かせる効果があります。鼻に抜けるような独特の匂いは頭をスッキリさせるし…」

「なるほど…」


いきなりなんだろう。

怒られるかと思いきや、ミントの話…?


「あのようなものは外から商人経由で仕入れるしかないものと思っていました」

「ミントは…生命力が強くて、所によっては雑草扱いされるほどだから、探せばいっぱいありますよ」


「ああいう薬草などには詳しいのですか?」

「ええ、まあ、一通りは…」


それが私の唯一の自慢できるものでもありますし。


「なら」

メイド長が振り向いて立ち止まりました。

「あの女を追いやる物も作れますわね」


あの女とはローゼの事だろうか?

「追いやる…って、どこへ?」


「地獄へ」


冷たい声が響く。

そして、言われたことを私は頭の中で何度も整理しました。


いやまさか、と考えますか、このメイド長が言いたいことはこれしかないのではないのでしょうか?


「…それって毒薬を作れってことですか?」


いやまさかね、と私は軽く笑いながらメイド長を見返しました。


ろうそくの小さい明かりに照らされるメイド長は眉一つ動かさず私の目を真っすぐに見てきます。

何も言いませんが、イエスの意味だと分かります。


その目で見られ、軽口を叩いて薄ら笑った私の顔は次第に真顔になります。


「…作れません」

私は後ずさりしながら震える声で言いました。


今の状況、本当に作ったらこの人は使うでしょう。そしてローゼは私の作った毒薬で死に至るでしょう。


「今しがた、あなたは一通り分かるとおっしゃいましたね。それは嘘だとでも?」

「嘘ではありません。しかし私は毒の作り方なんて知りません、勉強していないので」


嘘です。


ただ口にくわえるだけで死に至る草も知っています。草の一片をスープに混ぜ、それを一口飲むだけで死に至る草も知っています。


薬と毒は紙一重ですから、毒を知ることこそ重要な知識です。

ですから、毒草の知識は一通り以上頭に叩きこんでいます。でないと非常に危険であるからです。


メイド長は真顔のまま、私を無言で見てきます。

私の言っていることを信じていないような顔つきで、しかし自身の心は読ませない顔つきで。


「…では、こうしましょう」

メイド長が少し優しい口調になりました。


「リヨン女王は、不思議とあなたを気に入っています。あなたもリヨン女王と親しくして悪い気分ではなさそうです。もし、あなたが私の望むものを作ってくれたのならば、ランド大臣に私が取り計らって女王の話相手としてリヨン女王のお付きの者にしてもよろしいですよ」


「断ります!」


私は即座に言いました。


メイド長はさらに顔を引き締め、私を見据えました。

「あの女は」

少し間を置いてメイド長が苦々しい口調で口を開きます。


「この王宮の恥です。あの女が来てから半年、メイドだけで6人クビになり王宮を去りました。あの女の食い扶持やドレス、金貨を用意するのに私の仲間が6人も路頭に放りだされました」


メイド長が一歩前に踏み出してきました。


「メイドだけではありません。様々な仕事のできる者がこの王宮からクビを言い渡され路頭に放り出されました。それなのにあの女はなんですか、仕事といえば文句をいうことと、王宮内で安い金で男に春を売っていることです。王宮はそのような所ではないというのに!」


メイド長は言葉も荒くまた一歩踏み出してきます。私は思わず一歩下がりました。


「しかしあの女は女王の秘密を知っているようで、外に放り出されたら何を言いふらすか分かったものではありません。そして女王はあの女に何かで助けてもらった恩人という事で牢屋に入れることもできない。

あの女の存在は女王並びに大臣たちが頭を悩ませる諸悪の根源です、そしてこれから先もあの女のせいでこの王宮を放り出される者が出てくるでしょう。それでもあなたは何もしないと言いますか?」


メイド長の目がろうそくの光を反射し、燃えているように見えます。


メイド長の言いたいことはわかります。でも、私は…。


私はメイド長の目を真っすぐに見て言いました。


「私の知識は、人を助けたいがために得た知識です。人を殺めるために使う知識は持っていません」


メイド長はしわを眉間に寄せ、口をへの字にして私の顔を見ました。

私も負けないよう、メイド長の目を睨みつけるように見ます。


どれくらいの時間がたったことでしょう。

メイド長の顔からふ、と力が抜けました。


「あなたの返答は非常に残念でしたが…、即座にお受けする安易な性格ではないようで安心もしました」


そういうと、メイド長は何事もなかったかのように歩き出しました。


あっさりとした引き際に正直拍子抜けしました。

そして遠ざかっていくろうそくで我に返って、メイド長の後ろに続きます。


「ランド大臣は、あなたの存在にも頭を悩ませていました。あのローゼと似た者が一人増えたと思ったようです」


そう言われるとあまり良い気分ではない。


「しかし、あなたはローゼと違って分別というものがつく人のように思えます」


そう言われると少し嬉しい。


「ランド大臣はあなたとリヨン女王が話すのを嫌っていますが、その考えを捨てるように取り計らってさしあげましょう」


「…そうしても、私は何も作らないから」

警戒して、私は言いました。


「あなたのためにではなく、リヨン女王のためです。可哀想に、女王としてふるまうと心から話せる相手が居ないのです」


曲がり角を曲がって、見覚えのある部屋の前についた。私の寝泊まりする客室です。

メイド長は、扉を開けて中に入り、手早く燃え尽きたろうそくのカスを取り払って新しいろうそくを台に刺し、火をつけました。


「両親を早くに亡くされた女王は、ランド大臣に育てられました」

そこはリヨンからも聞きました。


メイド長はローゼの乱したベッドのしわをスッスーと伸ばしていきます。

その手さばきはやはり長年やってきた職人技に近いものです。


「しかし、城に戻ってからランド大臣は自分の立場をリヨン女王の父から臣下へと変えました。それまで父であったのに急に臣下へとなったランド大臣に、女王もどう接すればいいのかと困惑して、信用はしていながらもどこかぎこちない」


上にかける布団も大きい枕に合わせて真っすぐに直しています。


「ですから、あんなに笑うリヨン女王を見るのは初めてです。今はまだ女王として始まったばかりですが、これから先あの方に必要なのは心から話し合える人、自分を女王としてではなく、一人の人間として扱う人。そうでないと、女王は次第に孤独に悩まされる事でしょう」


全てメイキングし終わったメイド長は、指を揃えてベッドをどうぞ、とばかりに差す。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど…けど私はそのうち…あっ」


そのうち帰る、そう言おうとして私は思い出しました。

タイムマシンを出現させるリモコンがまだローゼの元にあるのを!


あの時、色々と人が来て、その騒ぎでローゼからリモコンを奪うのを忘れていました!

「どうかしましたか」

メイド長が私の叫びに動じずに聞いてきます。


「あの、ローゼが手のひらサイズの黒くて長方形で、中心に赤いボタンのある物を持っているんです。それは私の大事なもので、ローゼがリヨンの所に連れて行ったら返してあげるって言ってて…まだ返してもらってないんです」


メイド長が、軽くため息をつきました。

「あの女がそんな口約束を守ると思っているのですか」

「けど、あれが無いと私…」


「よろしい、今ならまだ寝ているはずです。それに該当するものがあったのなら私が持ってきてさしあげましょう」


「えっ、いいんですか?」

私は思わずメイド長を見ました。


「それでまたあなたに揺さぶりをかけてリヨン女王へ橋渡しされても困りますから」


…ですよね~。


メイド長はさっさと扉の方へ向かって歩いていきます。

「あの!」

私がメイド長に声をかけると、メイド長は扉の向こうで振り向きました。


「迷惑かけてごめんなさい、あとおやすみ」

メイド長は、それを聞くと「おやすみなさいませ」と一言いって扉を閉めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ