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罵り合い

それから、ろうそくを持ってローゼは私を引き連れてスタスタと歩いていきます。

やはりずっとこの王宮にいるからでしょう。迷いもない足取りです。

昼間でも迷いそうな王宮なのに、夜でろうそくの明かりが届かない曲がりを軽々と曲がっていきます。


薄暗い廊下でろうそくの明かりで浮き上がっているローゼの背中を眺めながら私は考えていました。


リヨンの男嫌いの原因を知ってるってことは、もしかしてローゼはリヨンが農民として育ったことも知ってるんじゃないか?

そもそもこの人は何者だ?


ローゼはリヨンとは友達と言っていました。けど、失礼ながらリヨンよりかなり年上に見えます。


王宮で育った婦人が、国の隅で育った農民育ちのリヨンと友達になるというのは不自然です。

そう考えると、この人も王宮ではなく、リヨンと似た境遇で育った人と考える方が自然ではないでしょうか?


「リヨンはねぇ」

ローゼが話始めました。

「純情な娘よ。だって、男の軽口だけで眉をひそめていたもの」

「軽口って?」

私は聞き返しました。


「いい胸してるね、もっと大きくしてやろうかっていう冗談よ」

「………」


言われた事はありませんが、私もそれを言われたら眉をひそめますよ。

「あら、あなたもこんな冗談は嫌なタイプ?」

ローゼは振り向きました。

明かりに照らされて、ローゼの体の輪郭がくっきりと浮き上がります。


「ローゼ…さんは言われて嫌じゃないんですか?」

あまり親しくしたくないので、さん付けにしてみました。


「あたしだったら喜んで、よ。お金さえ払ってくれるならね」

ローゼはウィンクしてまた歩き出しました。

「えっ?」


それって…そういう商売のこと言ってるの…?

いやまさかと思いつつ、そういう目で考えるとこのローゼの体のラインが見えるような服が腑に落ちます。


「…リヨンの男嫌いって…どうして…?」

私は遠慮がちに聞いてみました。


なんとなく、この人がそういう体を使った商売をしている(していた?)ことは理解しました。

けれど、まさかリヨンも同じようなことをしていたのでは…と心配になったんです。


「リヨン、顔も美人でしょ?それにあの体つき。そりゃあどんな男でも注目するわよね」

確かに。それは認めます。


「その分注目されすぎて、男の視線に敏感になってるんじゃないの」

そうかもしれません。美人にしか分からない視線や苦労もあるでしょう。

けどそういうことではなく、私が聞きたいのはもっと別の事なんですが…


「その男の視線の楽しさが分かれば、リヨンだって暮らしが楽しくなるでしょうに」

ホホホ、とローゼは軽く笑った。


私はちょっとムッとなりました。リヨンの心が全く分かっていない人です。

「そういう男の人のいやらしい目つきが嫌なんだと思いますけど」

ちょっとつっけんどんに言うと、

「でしょうね」

と初めてローゼと意見が合いました。


「だからなんだっていうの?私がリヨンの立場だったら、どんな男でも落として見せるというのに。あの子頭が固いから、顔と体の使い方が分かってないのよ」


ん。


ローゼの言葉に違和感を覚えました。


「リヨンは…そういうのが嫌なんですよ」

「だから私がリヨンの立場だったらもっと上手く使うのにって言ってるのよ」


また違和感を感じます。

「あなたは…女王になりたいの?」


そういうと、ローゼが立ち止まり、微笑みながら振り返りました。

「どういうこと?」


私の感じた違和感。

それはローゼがリヨンの地位にいるのが自分であったら、と考えていることです。


ただの願望かもしれません。ただの冗談かもしれません。

けど、この人の言葉の口調を聞く限り、冗談でも願望を語っているようにも見えません。

王位にいる自分であったら、もっとうまく立ち回れると言っているかのように聞こえます。


ローゼはまた振り向き、足を進めます。

「女は皆、お姫様に憧れるわ」

どこか冷ややかな声です。


「あなたは…」

私が口を開いた時、ローゼは手をスッとこちらに押し出してきました。

私が口をつぐむと、少し離れた所から「おやすみなさいませ、リヨン女王」という女の人の声が聞こえてきます。


「メイド長たちよ。見つかるとうるさいわ」

絨毯の上を歩いて遠くに離れていく何人かの足音が聞こえ、次第に遠ざかりました。


「さ、リヨンに話しかけてきて。そうして扉が開いたらあたしも行くわ」


そう言って、ローゼは私を前に押し出しました。

しかしあまりリヨンにこの人を会わせたくないという気持ちです。


私がローゼを見ながらその場で足踏みをしてみていると、ローゼはフッと感情の読み取れない顔に

なり、胸に挟まったままのリモコンを指さしました。

「返してほしくないの?」


そう言われると、私も弱いです。


リヨン、ごめん


私は心の中でリヨンに謝りながらリヨンの寝室の前へノロノロと歩いていきました。

その大きくて立派なドアを見てちょっと尻込みしましたが、遠くの曲がり角からローゼがこちらを睨みつけているような気がして、遠慮がちにドアをノックしました。


「どなた?」

リヨンの返事です。

かすかな音でしたが、車のエンジンみたいなうるさい音なんて無い静かな夜なので小さいノックでも結構響きます。


「リヨン、ミクロなんだけど…」

「ミクロ!?」

中から驚いたような声が響きます。そして、リヨンの足音がどんどん近寄ってきて、ガコッと何か外す音が暗い廊下に響きました。


「どうして、こんな夜更けに?」

そして開いた扉からリヨンが顔をのぞかせました。

リヨンは驚いたような、それでも少し嬉しそうな顔をして微笑みます。


「ああ、けどよくここまで来れたわね。いいわ、入ってちょうだい」

リヨンが微笑む度、私を歓迎してくれる度に私の心が痛みます。


私はリモコンを得るために、リヨンを売るような行為をしている気がします。

「あなたのハーブティーをメイドたちが覚えて作ってくれたのよ。さ、こちらへきてくつろいでちょうだい」


リヨンはなおも私を招いてくれ、椅子まで引っ張ってくれています。

私の胸は罪悪感でいっぱいになり、ノロノロとしたスピードで中へ一歩、二歩と入りましたが、それ以上進まずに下をうつむきました。


しばらくそうしていると、リヨンが心配そうな声をかけてきました。

「どうしたの、何か…」

と、そこまで言ってリヨンの目線が私の後ろへと流れます。


「ハァイ、リヨン。最近会ってくれないから会いに来ちゃった」

私のすぐ後ろから甘えるような声でローゼが喋っているのが聞こえました。

リヨンの目が見開き、怒っているような、呆然としたような顔になります。


「出て行って」


リヨンが開口一番そう言いました。


ローゼは扉の前で立ち止まっている私を押しのけ、リヨンの傍へと歩いていきました。

「だって、こうでもしないと会ってもくれないじゃない」

やはり、さも当然とでもいう口調です。


「出て行って!」


リヨンの口調が強くなりました。それでも、ローゼは出ていくこともなく、辺りを見回しています。

「相変わらず素敵なお部屋ね。羨ましいわぁ」

「ローゼ!」

リヨンが強い口調でローゼの名前を呼びました。ローゼはクルリとふりむくと、リヨンに近寄ります。


「こんな馬の骨ともわからない女にはあんなに立派な客室をあてがって、あたしには粗末な小屋?」

私を指さしながらローゼは不満気な口調で話し始めました。


「え、リヨン嬢ちゃん。あんた、最初にあたしと約束したことと全く話が違うじゃないの」

ローゼの言葉遣いが心なしか悪くなっている気がします。


「王宮に住まわせる約束でしょう?ちゃんと守ってるわ」

リヨンは眉根をひそめながら睨みつけるようにローゼを見ています。

「違う!あんたが最初に言ったのは、あんたと同じような立場で王宮に住まわせる、だったでしょ!?」

ローゼが声を荒げます。


「なのに何?飯は粗末、寝るのは物置小屋、ドレスも無名のデザイナーの作ったお粗末なもの。で、どこがあんたと同じ立場だっていうのよ!」

段々とローゼの声が荒くなっていき、リヨンは煩わしそうに唸り声をあげました。


「あなたはこの国の内部にいるんだからわかるでしょう?お金がほとんど尽きているような状態なの、私だってあんたと似たようなものよ」


「へえ!」

ローゼが挑発するような声を出しました。

「私の食べている食事内容も見ていないのに、よくそんな事が言えるわね!知ってるよ、ランドの野郎があたしをそこに追い込んで、飯だって粗末なものしか運んでこないってこと!」


「それでも、私はあなたの要求は最低限呑んだわ。あなたのいう事を全部聞いていたら、この国の財源が尽きてしまう。私のこのドレスだって、祖母のものを縫い直して着ているのよ!?」


リヨンも声を荒げ、続けます。

「食事は三度、お菓子も毎日用意、そして毎日新しいドレスを一着ずつ、そして毎日金貨一枚お小遣いとして渡すこと。すべてあなたの言っている条件は満たしているわ!」


「それがあのハエがたかったスープとカチカチのパン、それに糸がほつれてるようなドレスだって?ふざけんじゃないよ!あたしはあんたの恩人よ!」

ローゼが手を振り上げました。


リヨンが叩かれる!


私はとっさに走り出してローゼの腕に掴みかかりました。

「どきな!ブス!」

ローゼが私を押します。

「ブスじゃありません!」

私は必死にローゼの腕を掴んでリヨンから引き離そうとしました。


「邪魔!」

「うぐっ」

偶然かわざとか。


私が掴んでいる腕をローゼが大きく振り、私の肋骨に強く肘が当たり掴んでいた手が緩みます。

肘の当たった所を押さえていると、ローゼが私の髪の毛をむんずと掴んで視線を合わせました。


「ちょっと女王と親しいからって、何いい気になってんの?」

「そんな…」

私は別にリヨンが女王だから親しくしていたわけでもないし、そんな風に考えたことはひと時もありません。


「あたしはリヨン公認でここにいるんだよ、あんたはただの客人じゃないか!?」

ローゼがそう言い腕を振り上げた次の瞬間、手のひらが飛んできて私の視界が大きく揺れます。


痛…!

そういえば、兵士に殴られたのと同じ場所を叩かれたような気がします。

前々から顔の筋肉が動くたびに痛みが走ってました。


私は叩かれた頬を押さえ、ローゼを見つめました。

さっきまでの態度や言葉遣いはどこへ行ったのでしょう?

この雑な言葉遣い、横暴な態度…この王宮でこのような言葉や態度の人はいませんでした。


「なにさ、その目は」

まるで喧嘩を売るようにローゼは顎をしゃくりあげ顔を近づけます。

「ローゼ、やめなさい!」


リヨンがローゼの肩を掴んで自分の方へローゼを向けました。

「何さ、あんたなんて血筋がよくてもあたしがいなきゃただ農夫の娘としてずっと埋もれてたくせに!」


え?

どういうこと?

ローゼがいなかったら、リヨンは女王としてここにいなかったということですか?


「うるさい!」

リヨンが大声で叫びました。

「出ていけ、このクソ女!」


負けず劣らず、リヨンの口も汚くなっていきます。

と、ローゼの目が憎々し気に見開かれ、リヨンを睨みつけ、腕が上がります。


また叩くつもりですか!?なんて喧嘩っ早い人でしょう。

段々と私も腹が立ってきました。

だって、リヨンを叩こうとして、私を叩いて、なおもリヨンを叩こうとしているんですよ?許せません。


「いい加減にして!」

私が怒りをはらんだ口調でローゼを押しのけようとした瞬間、ババッと私の指先が光り、それと同時にローゼが「ギャ!」と叫んで倒れました。


「え!?」

倒れこむローゼを見て、光った私の指先を見ました。

博士が護身のためと渡してくれた指輪型のスタンガン…いや、別に今は使おうと思って使ったわけじゃ…


むしろこれがあること自体よく覚えていませんでした。


思わずリヨンの顔を見ると、リヨンは何が起こったのか分からない表情で私を見ています。


「あの…」

「あの…」


私とリヨン、同時に口を開きました。一瞬お互い黙り込みましたが、私が先に話始めました。


「あのね、リヨン。ごめん、勝手にこんな風に人を連れて来ちゃって…」

リヨンは諦めたような、しょうがないというような表情で目を伏せました。


「いいの。まさかローゼがミクロに目をつけるとは思っていなかったから…。でも、今度からこういう事はやめてちょうだい」

不機嫌そうな声が響きます。


あ、やっぱりリヨンを怒らせてしまった。


私はうなだれました。


「ミクロ違うの、別にあなたに怒ってるんじゃないの」

リヨンは慌てたように言いました。

「私は、私に怒ってるの。こんな女と、軽い気持ちで約束なんてしてしまったのが…」


「リヨンと同じ立場にしろっていう約束?」

私が聞くと、リヨンが続けます。

「それと食事は毎日三度、お菓子付きでドレスも毎日新しいのを一着、そして金貨を毎日一枚。これでも交渉した結果よ」

「…わがまま過ぎない?」


倒れているローゼをチラッと見ながらリヨンは顔をしかめました。

「王宮だと、言ったもの全てが揃うと思ったんでしょう。私だって、最初は王宮なら何でもあると思った。だから財源がほとんど無いのに驚いたわ。それを付け焼刃で王女になった農夫の娘がやりくりしている状態なのに、この女はもっと寄こせと言ってくる。ふざけてるわ」


「どうしてそんな約束しちゃったの…?」

いくらなんでもそれをあっさりオーケーしたわけないだろう。


「それは…」


リヨンは口を開きましたが、それ以上言葉が出てきません。

かすかに唇は動きますが、リヨンの表情はどんどんとかげっていきます。


「話したくないなら、無理に聞かないよ」

私は暗くなっていくリヨンの表情をみて慌てて付け足しました。

リヨンは色々話したくない事があるみたいですし、もしかしたらその約束したことも話したくないものの一つかもしれません。


「ありがとう」

リヨンは一言言って黙り込みました。

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