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謎の女

私はご機嫌な足取りで時分の部屋へと歩いています。

目の前を、メイドがスタスタと歩いて昨日あてがってくれた私の部屋へと連れて行ってくれます。


あの後リヨンは色々な政務で忙しくて会えませんでしたが、その間に私はミントを切り取ってポットに入れてお湯で煮出し、それを差し入れという形でメイドさんに頼んでリヨンへと献上していただきました。


そうしたら周りの人が

「なんだそれは?」

「私にも一杯欲しいものだ」

と言ってきたらしく、私はヒィヒィ言いながらミントをむしりに中庭へ走り、中に戻ってポットで煮出すという事を繰り返ししていました。


そうしたらそれまで険悪なムードだったらしいのですが、ミント効果か皆気分が和やかになって頭もスッキリしたようで、良い意見が出始め、スムーズに意見の交換ができたらしいのです。


という事で昨日私を横目で見てきたリヨンの育ての親の大臣…ランドという名前らしいのですが、


「確かに美味しい茶であったし、それのおかげで話し合いもうまくまとまった」


と、ランドからお褒めの言葉をいただきました!けど、


「しかしここの王宮の者でない者に中庭から厨房まで縦横無尽にうろつかれるのは大変迷惑であり、許されるものではない。立場をわきまえてもらおう」


という厳しい言葉が続きましたけど…。


そう言えば、リヨンと二人で雷で壊れたサロンを見に行ったことも怒られました。どうやら女王に抱き着いたロハンが密告したようですけど、


「女王がいくらお前と親しくしても、リヨンは女王であり、お前はどこの誰かもわからん限りなく犯罪者に近い最下層の人間だという事を忘れるな」

とも言われました。


現代ジパングでは階級などそんなものが無いので全く実感がありませんでしたが、やはり階級や身分の差というものをこう突きつけられると変な気分です。


けど、「お前は限りなく犯罪者に近い最下層の人間」だとか、そんな事を普通に言う人がいるんだと思ったら怒りより笑いが込み上げてきてプスッと吹き出したら余計怒られました。


それでも私の草の知識で何かが上手くいったという事実が嬉しくてしょうがありません。

まあ、ミント程度でしたら初級の初級編ですけど。見わけも採取も加工も簡単ですし。


メイドさんは昨日も案内してくれた部屋の前で止まると、そろえた手でスッと部屋を差し、会釈した後その場を去っていきました。

「ありがとうございます、おやすみなさい」

そういうと、メイドはまた軽く会釈して去っていきます。


私はご機嫌なまま自分の部屋(客室)へと入って行きました。

一応私はお客さんという立場なので、メイドさんにベッドメイキングやら、照明であるろうそくの手配やらをしてもらっています。


ベッドの脇にあるろうそくの明かりがチロチロと燃えて、幻想的です。


そしてこの…大きいベッド!

なんて素敵なんでしょう。今までこんなに大きいベッドを独り占めしたことなんてありません。

いやまあ、昨日もこのベッドで寝たんですけどね。それでも見るたびに興奮してしまいます。


私はベッドに歩み寄っていそいそと布団をめくり上げました。

「ごきげんよう」

「うわあっ」


私は飛びのきました。

何と、私の部屋のベッドに誰か見知らぬ女の人が寝そべっています。

さっきのメイドさんが部屋を間違えたのかとか、色々考えてパニック状態です。


「安心して、ここはあなたの部屋よ」

私の慌てた様子を見た女の人がおかしそうに声を押し殺して笑いました。


「え、じゃあ…あなたはなんでここに…いや、誰…?」

聞きたい事はいっぱいありますが、慌てている私とは対照的に、女の人はまるで自分の寝床であるかのようにゆったりと寛いで私を見てきます。


その落ち着いた様子を見ていると、一人慌てている自分が滑稽に思えてきます。

まだちょっと混乱していますが、私は口を開きました。

「何か用ですか?」

「そうね、あなたに用があるのよ」


女の人は気だるげにゆっくりと起き上がりました。


金髪で、顔は…少し化粧が濃い気がします。美人ではありますが、リヨンの醸し出す迫力は、威厳のある色気とでもいいますか、けどこの人はまとわりつくような色気…とでも言うんでしょうか?何かヒタヒタと迫ってくるようなものを感じます。


しかもなんだか体のラインがくっきりと出るような、そんな薄いドレスをまとっています。

その恰好、恥ずかしくないの?私は直視するのすら憚られるって位の薄さです。なんだか肌が透けているような気がするのは気のせいですか…?


「あら、恥ずかしいの?同じ女なのに」


目線をそらしている私をからかうかのように女の人は笑います。

「同じ女でも見ていい所と悪い所があるんです!」

私はピシャリと返しました。


途端、女の人は良く通る高笑いで口を手の甲で隠すようにして笑いました。

「まあ可愛らしい事言って」


女の人はまだ笑い続けています。

「昼間はあんなにリヨンと熱い抱擁を交わしてたくせに」


鼻にかかるような甘ったるい声で女の人は言います。

「なっ…」

何という誤解を招く言い方をする人だ!っていうか、どこからこの人は見ていたんだろう?


「違います!あれはリヨンが男の人に抱き着かれてパニックになって…!」

そこまで言って私は口をつぐみました。なんだかあまりあの事は他の人には言ってはいけない気がしたからです。


その女の人はクスクスと笑い続けてます。

「なーんだ、まだリヨンの男嫌い治ってないんだぁ」


えっ


「それなのに、男に抱えられて密着しながら踊るパーティー開くんだぁ。地獄でしょうね」

女の人は分かったような口ぶりで独り言のように呟きます。


私はその女の人に詰め寄りました。

「あなた、リヨンが男の人嫌いだって、知ってるの?もしかしてこの王宮にいる人皆?」


「ローゼ。それが私の名前よチビちゃん」

「私チビじゃないです」


それより私が聞きたいのはそんなことじゃなくて…。

ローゼは焦らすような顔つきで私を見てきます。


「リヨンの男嫌いなのを知ってるのは、あたしとランド大臣くらいじゃないかしら。男が嫌いになった原因はあたししか知らないでしょうけど」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。それより、あなたに話があるんだけど…」


私への話より、リヨンの男嫌いの原因の方が気になったんですが、しかしローゼが差し出してきたものをみて私の関心はそちらにすぐ移りました。


「リモコン!」

それはタイムマシンを出現させるリモコンでした!

何度も宮殿の中と中庭を行ったり来たりする時も、絶えず私は下を見てリモコンを探していました。


それより、一番恐れているのはあの雨や雷に打たれてショートして壊れていないかという事でした。

ローゼの手に握られているリモコンを見る限り、外傷と言われるものは全くついていないようです。


「ありがとうございます!」

私はそれを受取ろうと手を伸ばしましたが、ローゼはスッと私の手を避けるようによけました。


「あなたがリヨンに連れて行かれたあとにすぐ拾ったのよ」

ローゼはしめた、とばかりの笑顔を浮かべています。

「これが何かなんてわからないけど、よっぽど大事なものなんだぁ?」

その一言と顔をみてなんだか私は嫌な予感にかられました。


ローゼはリモコンを胸と胸の間に挟み込みました。

取れるものなら取ってみなさいとでも言うような、挑発するような表情です。

「やめてください…」

胸の圧迫でそれが壊れたら私どうすればいいんですか。


「あたし、リヨンと話しがしたいの」

ローゼは私に関係なく話してきます。

「けど、リヨンったら酷くて、あたしと会ってもくれないのよ。お友達なのに」

ローゼは悲しいわ、と甘えるような声で囁いた。


「ね、だからリヨンのお気に入りのあなたに、リヨンとあたしが話せるように取り持ってほしいの」

「そうしたら、そのリモコン返してくれますか?」

リモコンを取ろうと思えば取れそうですが、人の胸の谷間に手を伸ばすことができません。


「もちろんよ。だって、これあたしは要らないもの。ね、お願いよ。今すぐリヨンのところに連れて行って」

「え、今ですか?」


それは困る。

なんて言っても王宮の中は迷路みたいにややこしくて、メイドさんの案内が無いとすぐに迷ってしまいます。

(厨房は外と繋がってるから行き来は分かりやすかったです)


それに、ランドに王宮の中をうろつくなと怒られたばかりでもありますし、そもそも私はリヨンの寝室がどこにあるのか分からないし、分かってたとしても寝る先に急に部屋に押し掛けるのは失礼というものではないですか。


「明日でいいんじゃないですか?」

「駄目よ。今すぐ。じゃないと…」

ローゼはリモコンを取り出すと、窓辺に近寄ってそれを大きく振り上げた。


「わあああ!」

私はダッシュで走り寄ってローゼの腕を掴みました。掴まれると同時にローゼは素早く反対の手でリモコンを取り、また胸へと収納してしまいます。


「取り持ってくれるでしょう?」

その言い方と表情は有無を言わせない含みがあります。

リヨンとは違う、人を服従させ、しかもそれを当然と思っているそんな態度。


先ほど感じた嫌な予感は正しかったようです。

この人は、平穏な毎日を過ごすうえで関わってはいけない人です。


利用できると感じたら、利用価値がなくなるまで絡みついてくる人です。

しかし、ローゼの持っているリモコンが無ければ私は戻れません。


「どうするの?その返答によっては、あんたの大事なこれがどうなるか変わっていくのよ」

ローゼが静かに囁きます。

声を荒げない、静かな分だけ不気味な恐ろしさがあります。


断ったら、もうその後がどうなるのか分かったものではありません。


「…分かりました」


私が不承不承うなずくと、ローゼは顔を歪めて笑いました。

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