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女王の弱み

「リヨン女王」

少し高い、よく通る声が響きました。振り返ると背が高くわりかし顔の整った身なりの綺麗な男の人がそこに立っています。

リヨン女王は見るからに不機嫌な表情になりました。


いつの間にこんなに近づいて来ていたんでしょう。リヨンと話し合っていて全く気づきませんでした。


「パーティーにはかなり早くてよ」

リヨンはつっけんどんに言い放ちますが、男の人は意に介さないみたいで優雅に近寄ってきました。

「先ほどのような笑顔、初めて拝見しましたよ。もう一度見たいものですね」

その言葉を聞いたリヨン。もう眉間にしわを寄せ、扇子を取り出して顔を隠してしまいました。


「そのような事をして」

その行動さえ愛らしいと言いたげな表情です。確かに気持ちはわかります。なんだか恥ずかしがってるようにも見えますもん。


男の人は優雅に足をクロスさせ、胸の前に手をそえて会釈しました。

「ハーランド国公爵家、ロハン・サンディー。パーティーが楽しみでつい早く来てしまいました」

「部屋に案内させるわ。王宮の方へ」

リヨンは相変わらずつっけんどんな口ぶりです。ちょっとロハンって人が可哀想…。


歩き出そうとしたリヨンの前に、ロハンが行く手を阻むように立ちふさがりました。

「つれないですね。私はもう少し二人きりで話をしたいというのに」


…ん?二人?

今現在ここにはリヨン、ロハン、そして私の三人いるんですが…


そう不思議に思いながらロハンの表情をみると、真っすぐにリヨンを見ています。


…なるほど。私はアウト・オブ・眼中ということなんですか、そうですか。

確かにリヨンと私、二人並んだら誰もがリヨンに夢中になることでしょう。きっと私が男だったとしてもそうなるはずです。

だからといって、ここまで居ない者のように扱われるのは中々に不愉快なものですね。

リヨンに雑に扱われているのに同情した自分が許せないくらい腹が立ってきましたよ、私。


「しばらく会わない間、御機嫌いかがでしたか?」

「悪くないわ」


「それは何より。それにしても、いつ見てもお美しい」

「ありがとう」


「小道の奥にあなたが佇んでいるのが見えて、花の精霊が現れたのかと思いましたよ」

「ご冗談を」


「いえ、本気で花の精霊が…いや、天使が舞い降りたのかと錯覚してしまいました」

「ご冗談を」

ロハンが言葉をつづる度にリヨンのイライラした雰囲気が増していく。


私ははなっから眼中に無いみたいだから、二人のやり取りを黙って脇から眺めていました。

腹は立ちますが、別にロハンという人と仲良くしたいわけでもなし、それに私が話に割り込む事ではないと判断したからです。


「つれない返事ばかりする。私はあなたのいとこです、もっと仲良くなりたいのです」


あ、リヨンのいとこなんだ。


「まあ」

リヨンの顔に嘲りの表情が浮かびました。

「仲良くなりたいって、どういう風にかしら」


「どうって…」

ロハンの視線が、一瞬動きました。

「今まであなたがどのように過ごしてきたか、そして…」

またロハンの目が動き、元に戻ります。

「あなたの好きなものすべて…」


…なんだか、ロハンの視線がさっきから一定しません。


と、リヨンが顔を隠していた扇で胸をスッと隠しました。


「あなた、私の目がどこについているかご存知?」


その言葉には嫌悪感があふれ出ています。

そうか、どこかおかしいんだと思ったら、ロハンの目線がリヨンの目じゃなくて胸をチラ見していたんだ!


リヨンに言われるとロハンは慌てたように目線を上げた。

「いえ、今日も素敵なお召し物を着ていると…」

私もリヨンの顔をみると、さっきまでのイライラした表情じゃなくて、静かに軽蔑の入り混じった目でロハンを見ている。

その目を見たロハンは口をモゴモゴさせて閉じました。


「ここまで来れたんですから、王宮までの道筋は分かりますわね」

静かなリヨンの声に、ロハンは小さくうなずく。

「では、ここでゆっくりしてからいらして。ご機嫌よう」

リヨンがそう一言いってロハンの横を通り過ぎようとする。私には目で合図して、ついてくるように促しました。


リヨンが通り過ぎ、わたしもロハンの横を通り過ぎたとき、ロハンが素早く踵を返しました。

そして私の横を通り過ぎ、

「不愉快にさせてしまったのなら謝ります、どうか、もう少しだけ二人だけで…!」

とリヨンを背後から抱きしめました。


うわあ、あんな軽蔑された目されてたのに、まだこんなことするんだ…


という何とも言えない不愉快な気分を感じる前に、悲鳴が私の耳をつんざきました。


「いやああああああああああ!」

リヨンの絶叫が森のような小道に響き、ロハンはリヨンの悲鳴に驚いて手を放し、リヨンがその場へ自分の体を抱え込むようにしゃがみました。


「いや、触らないで!触らないで!見ないで!」

私はリヨンの傍に駆け寄ってしゃがみました。

「リヨン、リヨン、どうしたの?大丈夫?」

リヨンは頭を抱え、丸まっています。腕の隙間から見える顔は血の気が引いたような青い顔で、手が小刻みに揺れています。


私はロハンへと視線を移しました。

ロハンはなぜ叫ばれたのか、信じられないという表情で呆然と立ち尽くしています。


もしや、抱き着いたついでに変な所でも触ったんじゃないですか?この人!

「どこ触ったの、変態!」

私は叫び、リヨンを隠すように抱えてロハンを睨みつけました。


ロハンは私を見て驚いた表情で

「誰だ!?」

と言いました。今更私の存在に気づいたんですか。

しかし今はそれどころではありません。どうにかしてこの変態からリヨンを守らなければ!


「リヨン女王は気分が優れません、どうかお引き取りください!」

リヨンのいとこで公爵という身分らしいので、ある程度丁寧な口調で言いました。


しかし、ロハンはムッとした表情になり

「貴様のような下賤な者に命令される筋合いなどない!」


命令じゃなくて頼んでるんですけど…うわあ、面倒くさいなー、この人…

私がどうやって追っ払おうか悩むと、


「消えて!」

リヨンが叫び、ロハンがひるみました。


「女王、私が介抱を…」

「あっち行って!」

ロハンが遠慮がちに聞きましたが、リヨンはバッサリと拒否しました。

さすがに女王に命令されたら従わないといけないんでしょう。ロハンはしばらくその場で立ち止まっていたけど、トボトボと王宮の方へと歩いて行きました。


「…リヨン、大丈夫?」

ロハンが完全に見えなくなってからリヨンに問いかけると、リヨンはまだ青い顔で、小さくうずくまって震えています。

私はリヨンの肩にそっと触れました。滑らかな肌が指先に伝わります。

叫ばれないか心配したけど、私は触っても平気なようです。いや、腰回りを触るのがタブーなのか…


リヨンの肩に触れたと同時に、リヨンは私の方をみて、そして泣きそうな表情になると抱き着いてきました。

「うっ」

その腕の力強さに思わず息が詰まります。

「…嫌なの」


「え?」

私が聞き返すと、リヨンは一層腕に力を込め、

「私嫌なの。男に顔を評価されるのが、男が私の体を見る時のあの舐めるような目線が、男に触られるのが…嫌い…!おぞましい…!」

苦しい。


「変な所…触られたの?」

聞くとリヨンは首を横に振る。


あ、そうなんだ。良かった。そこままず安心しました。


『娼婦から成りあがったからだとか』


こんな時に、博士の言ったリヨンの臆説が出てきました。

在位期間は半年。ある日プッツリと行方をくらませたミステリー好きの人たちの間では有名な幻の女王。


けど…博士の言っていたその説は違う。いや、違っていてほしい。

もしその説に当てはまっていたとしたら、リヨンのここまでの男性への嫌悪が生まれるまでにどんなことがあったのか…

考えたくない。


私は、何も言わずにリヨンをもっと強く抱きしめました。

どれくらいお互い全力で抱き合っていことでしょう。段々と私の腕がしびれるくらいになってきました。


「…ごめんなさい、取り乱して…もう大丈夫」

いままでずっと強気の口調だったリヨンが、弱弱しい言葉を吐き出すようにして私からそっと離れました。

大丈夫、と言いつつまだ顔は青ざめたままです。全く大丈夫そうではありません。

「…馬鹿ね、あなたがそんな顔しなくても良いのよ」


リヨンが私の顔を見て微笑しました。けど、そんな事言われても心配なものは心配です。

と、私の目にある草が目に留まりました。私はそれをへし折ってリヨンへと渡します。


「え?」

ふいに目の前に差し出された雑草にリヨンは驚いたのか目を見開きました。

「これ嗅いでみて。爽やかな香りだから気分がスッキリするよ」

これはジパングにもよく生えてるミントです。生命力が強くて雑草扱いされますが、食べられるし匂いの成分で気分も落ち着く優れもののハーブです。

リヨンはそれを受けとり、そっと匂いを嗅ぎました。


その様はまるで一枚の絵画のようです。

鼻で匂いを吸って、口から吐息のように息をはく仕草だけで、並大抵の男性はノックアウトされるのではないでしょうか。


「他にもね」

私は周りを見渡しました。

「あの草とそのミントを乾燥させて一緒に飲むと美味しいよ。あとあそこの木の根元に生えてる小さい花があるでしょう?あれの蜜はすごく美味しいの。あとそこの草を乾燥させて寝る前に飲むとぐっすり眠れるし、それにあそこの草を煎じるとうがい薬になって…」

少しでもリヨンの気を紛らわせようと私はペラペラと草を指さして話し続けました。

リヨンは興味ないかもしれません。でも、少しでも気分を紛らわせることができたら、という思いでいっぱいでした。


「…ミクロ、あなたは魔女なの?」

「は!?」

リヨンの口から出てきた言葉に私は驚きました。

頭巾をかぶってほうきに乗り、夜空をかけていく鷲鼻の女性が頭の中をよぎっていきます。


「いやいやいや、まさかまさかまさか」

私は笑いながら否定しました。だって本当に違いますから。

けど、リヨンには柔らかい微笑みが浮かんでいました。

さっきまでの少し引きつった微笑ではなく、心からの微笑です。


「私を取り上げた産婆と、大臣の二人で農村で育てられたわ」

私は黙って聞きました。

「その大臣は会ったでしょう?昨日パーティーの話をしに来た人よ」

ああ、あの、横目で私をジロッと見ていた人…


「お婆さん…産婆の事でもう亡くなってしまったんだけど、私が落ち込んでいた時によくこのハーブティーを飲ませてくれていたわ…懐かしい、そう、ミントというものだったのね」

リヨンは慈しむようにミントを指先でクルクルと回しています。


「そのお婆さんも、よく分からない草を採ってきて、それで色々な物を作って売っていたわ。周りからは魔女のお婆さん、と言われてた。そして…」

リヨンは私をチラッと見ました。


「どんな人もお婆さんを目の前にすると、人には言えないような弱音や悩みを吐いてしまうの。お婆さんは黙って聞いてるだけ。でも言った人は顔も心もスッキリして帰って行っていたわ」

ふふ、とリヨンは笑いました。


「あなたとお婆さん、どこか性質が似てるのね」

「…そうかなあ」

私はそんな大層なことはしてもいないし、できもしませんけど…。


「もう平気よ。ありがとう」

リヨンは元々の強気な表情と口調に戻りました。

その表情をみると、私も嬉しくなります。


「後でハーブティー作ってくれる?」

さも作ってくれるでしょ?と含みをいれた口調で聞いてきます。

「もちろん」

そんなリヨンがなんだか可愛くて、私も即座に返しました。

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