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女王の秘密

「…だいぶ酷いわね」

次の日リヨン女王に誘われて、私はぬかるみの残る土を歩いて庭園の端まで歩いてきました。

前の晩、私は豪華な客室で寝させてもらいました。

ところがあまりにも雨風が強く、しかも王宮が揺れるほど雷がドカンドカン降ってきて恐ろしい限りでした。

よく雷が落ちるの?

とリヨンに聞いてみたらそうでもないとのことで、結構珍しい大雷だったようです。


そして目の前には、その雷が落ちて屋根の一部に穴が開き崩れている建物があります。

夜は悪天候で全く気づかなかったけど、雷が落ちて一部が燃えたりして大騒ぎだったみたい。

あんな天気の時に見回りをしていた兵士たちのみなさん、お疲れさまです。

「ところで、この建物って何なの?」


ここはこのリヨンの住んでる王宮から結構離れたところにあり、ここまでくるのに森の中の小さい小道ともいえるような道を通って歩いてきました。

小道を歩いてきてこの建物を発見すると、まるで森の中に小さい宮殿が建っているかのよう。


「11代目ハーランド国王王妃が作ったサロンよ。私はまだ一度も使ったことないけど…」

リヨンが答える。

「サロンって?湿布?」

私がそういうと、リヨンは小さい声で何それ、と笑いながら私に向き直りました。


「社交場、のことよ」

そしてその屋根に穴の空いた宮殿に目を向けます。

「その王妃が仲の良い人たちを呼んでここで話し合ったり、パーティーを開いたりしていたらしいわ。周りも森をイメージして、自然と一体化しながらくつろいでいたって話ね」

「へぇ」

なんだか楽しそう。


「正直、無駄金だったけど」

貴婦人たちの集まりを想像していた私はリヨンの言葉に驚いてリヨンを見ました。

「この宮殿だって、周りの偽物の森だって、王宮のお金よ。この景観を維持するのにどれくらいお金がかかるか…」

リヨンはため息をつきながら屋根に穴の開いたサロンを眺めます。


「じゃあ…リヨンは好きじゃないの…?」

恐る恐る聞いてみると、リヨンは少し悩んでいるように首を傾げました。

揺れる金の髪に日の光が当たってまばゆい。

「正直、私は要らない。使わないし、ここまで来るのに不便だし森の景観なんて要らないわ。そんなに見たいなら実際に森に行けばいいのよ。それなのに王宮の中にわざわざ作らせたんだから、金持ちの道楽だとしか思えないわね」

厳しい意見です。


「けど、直すわ。私は要らないけど、年配の者たちは先人たちの息吹が感じられるところだって言ってるからね」

「上の人の意見も聞かないといけないから大変だね」

私がそういうと、リヨンは首を振った。

「私は女王よ。要らないと一言いえば皆従うでしょうね。けどまだ在位して半年、まだ皆の心を掴んでいないのに、下手に先人の大事にしている物を悪く言うと後々面倒だからよ」


なるほど、リヨンも色々と考えているようです。

そう考えると、身なりが綺麗で優雅なイメージのある中世貴族ですが、色々と気苦労が多かったのかもしれません。


「けど、私も自分の意見もちゃんと通しているのよ?」

リヨンがイタズラっぽく笑いました。その顔もチャーミングで可愛らしい。

「一応、国の御用達の大工がいるらしいの」

「まあ、そうでしょうね」

ジパングにも、宮大工という専門の大工さんもいますし。


「けど話を聞いたらそいつらって必要のないところまで手を出して余計高くつらしいのね。だから、庶民層の者たちに頼むよう命令したのよ」

「それだと、安くなるってことだね」

「そう!」

リヨンは嬉しそうに笑った。

私も分かりますよ、何もかも安くできるものならなんでもしたいというその気持ち!とてもよく分かります!


「けど、一部の大臣たちの頭が固くて、説得するのが大変だったわ」

リヨンは肩をすくめました。

「けど、納得してもらったんでしょ?」

私がそういうと、リヨンがうなずき、

「一年でこの建物の景観維持にかかる費用を見せて、ついで王宮の財源の一年分を計算して見せたわ。それでもう年内分の王宮の財源はカツカツだって分かったはずよ。だからこの財源を大幅に減らすしかないって言ったの。それでも納得してくれない奴には『ならあなたの懐から一部寄付してくださる?』って言ったら黙り込みやがったわ」

リヨンはホホホホ、と笑った。


そんな勝ち誇った笑いを見せるリヨンも素敵。だけど…

「カツカツなんだ…?」

思わずその言葉が出てしまいました。

だって、こんな綺麗な王宮が、そんなにカツカツだとは思えないんだけど…

「そうよ」

リヨンは特に気にすることなく答え、少し考え込んだ顔をして私を見ました。


「あなた、本当にここの国の情勢に疎いのね。庶民でもこの国の財政は厳しい物だと分かってるはずよ」

「いやだって…」

未来から来たし、自分の国の歴史でも疎いのに、外国の歴史となったら余計分かりません。

「数十年前、ある貴族たちが反乱を起こしたの。…いや、私が生まれる前の話から話した方がいいかしら…」


リヨンが生まれる前、このハーランド国で貴族たちが反乱を起こしたそうです。

原因はこの今現在壊れている建物を建てた代の国王と王妃。二人の時は一番栄華を極めた時世で、お金の羽振りもよくて誰か領内の貴族が誕生日だとなると国を挙げて誕生祝をしていたと。


けどリヨンの祖父母の代になると、数年続けて天候に恵まれず不作続きが続き、財源と言える税金…小麦の納め方がぐんと減っていったそうです。

それでも祖父母の代にはまだまだ余裕がありました。


しかし、リヨンの祖父母から両親へと王位が受け継がれるころから次第に貧困の波が王宮をも包み込もうとしていました。

リヨンの祖父母も両親も、羽振りが良い時の暮らししか分かりません。


そんなある日、城下には餓死者が転がっているのに、王宮では相変わらずの暮らしをしているのに腹を立てた貴族たちが反乱を起こしました。


反乱を起こして追われて隠れているまさにその時、リヨンの母親は産気づき、身ごもった時からずっと傍に控えていた産婆に取り上げられました。

そして王妃の命令で、大臣の一人にリヨンを託し、庶民に変装した大臣と産婆に守られながら、生まれたばかりのリヨンは王宮から逃げ出したのだそうです。


その反乱を起こした貴族たちは、このハーランド国の王族全員を殺害してしまったそうです。

そして自分たちが王政を執り始めました。

しかしハーランド国建国以降最悪ともいえる貧困続き、やはりその貴族たちも羽振りの良い時代出身ですから、どのように財源を立て直せば良いのかと、思ったように良い結果が出せません。

そうしているうちにリヨンの存在が浮上しました。すると一気に昔の王政を復活させた方が良いという話でまとまっていきます。


最初は悪の王家をやっつけた正義の貴族の図でしたが、成果が出ないのでただの主である王家を潰した悪い貴族ということでその方たちも殺されてしまったそうです。

なんとも世知辛い話ですが…


「けど、ごめんね。そんな話するの辛かったでしょう」

私はリヨンに申し訳なくなって謝りました。

正直、両親が殺された話なんてあまり口にもしたくないはずです。それなのに、私にこの国の情勢を教えてくれるためにわざわざ話してくれたんです。


「別に?だってこれ、村の皆全員から教わったのよ」

「へ?」

私が素っ頓狂な声を出すと、リヨンは何とも言えない表情で頬をかきました。


「私、その大臣と産婆の二人に育てられたわ。国の辺境で、農民の子供として、半年前までよ」

「えっそうなの!?」


リヨンは辺りを見渡しました。そして私に言いました。

「まあ、大臣には子供のころから色々な勉強はさせられたけど…それがまさか王家の姫としての勉強だなんてちっとも思わなかった。他の皆も私と同じような上品な話し方や動きを学んでいる物だと思っていたわ」

そこまで言うと、リヨンは私をみました。


「本当は誰にも言うなって言われてるの。これが分かっているのはその大臣と、…数人だけ」

「けど、けど」

私はリヨンの手を思わず握ってリヨンの目を見ました。

「私聞いちゃった」


そういうと、リヨンは顔を崩してプッと吹き出しました。

「なんでかしら、あなたには話してもいいやって思ったのよ」

「けど…」


なんという事でしょう。女王のリヨンは生まれてからずっとこの王宮で暮らしてきたんじゃなくて、農民の娘として大きく育ったそうです!

しかも大臣クラスの人しか分からないことを、出会って二日目の私が聞いても良いんでしょうか。

けど、そこまで私を信用してくれているんだ、というちょっとした嬉しさもあります。


嬉しいような、人に言ってはいけないという重圧を感じるような…



そして私も、リヨンも気づきませんでした。

私たちの傍に、誰かが近づいてきていることを………

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