何かあったんですか?
確かに、博士の言う通り、リヨン女王は性別・年齢を問わずに人を惹きつける魅力の持ち主のようです。
その容姿もさることながら、性格は竹を割ったよう。
思った事ははっきりと言うし、女王として威厳があるかと思えば急に少女のような笑顔で人を安堵させて惹きつける。
そして私は今…
「あの…リヨン女王…」
「リヨンでよくてよ。さっきまであんなに対等に話してたのに急にへりくだられると気分が悪いわ」
「はぁ…。じゃあリヨン」
私が声をかけるとリヨンがこちらを向く。
「私、こういう服着たことなくて…もし汚したら悪いし、さっきの服で…」
ドレスに着替えさせられた私はリヨン女王にもじもじと目線を送りますが、
「駄目よ。さっきの服は汚れていたじゃない。今洗わせてるわ」
ずっと話していたのがお目当てのリヨン女王だと知ってひとしきり驚いたあと、リモコンを落とした場所まで戻りました。
リヨンは探させると言ってくれましたが、私も落とした場所は大体覚えているのでまず自分で探してみることにしました。
緑の芝生だから黒い物体はすぐに探しだせるだろうと思いましたが、いくら探しても見つかりません。
もしかしたら兵士(私は騎士だと思いましたが、よく聞いたら見回りの兵士だそうです)が回収したのでは、とリヨンに訴えると兵士たちにそんなものを見かけなかったかと声をかけてもらいました。
しかし誰もリモコンを回収していないというのです。
私を捕えた兵士たちも、私たちがその場を去った後はてんで自分の持ち場へと戻っていっただけで、物を拾ったとは誰も言いませんでした。
「案外と見つからないものね」
そうリヨンが言うと、私についてくるように言いました。
言われた通りついていくと今度は私に着替えるように言ってきて、あれよあれよの間にこんな事に…
いいのかなぁ…
いや、良くないのは私にドレスを着せたメイドたちの目が語っている。
なに?この女王になれなれしい奴は?
という不審の目つきでドレスを着飾ってもらいました。
うう、なんだか居心地が悪い…
私がもぞもぞしていると、コンコン、とノックの音が聞こました。
「お入り」
「女王様…」
入ってきたのは、白髪頭の老人。それでも背筋が真っすぐで顔も引き締まっているし、その服の立派さからきっと良い地位の人なのだと感じた。
その老人が手をスッと動かすと、メイドたちは頭を下げて部屋から出て行きました。
私も出た方がいいのかな…?
そう思って私も頭を下げて歩き出すと、何かに手を掴まれて引き留められました。リヨン女王です。
「大した話じゃないわ。五日後に開くパーティーのことよ」
「パーティ…」
頭の中にドレス姿とタキシード姿の男女がにこやかに微笑みながらクルクルと踊っている様子が頭に浮かびます。
「素敵だね」
と、ウホン、と咳ばらいが聞こえました。老人がジロリと私を横目で見ています。
しまった、まるで今のは一緒に出たいと言っているようではないか。
「ちっとも素敵じゃないわ」
リヨンが吐き捨てるように言いました。
「え?」
「女王!」
私からは素っ頓狂な声が、老人からはたしなめるような声がでました。
「時期国王を探し出すためだけのパーティーよ。ちっとも素敵なんかじゃない」
リヨンは眉間にしわを寄せて不機嫌そうな表情。美人が不機嫌な顔をしているとこんなに怖いものでしょうか。
兵士たちに見せた不機嫌な表情とは違い、本気で怒りが込みあがっているのが分かります。
「女王、何でもない者の前で滅多な事を言わぬよう…」
「だってそうじゃない!」
リヨンが怒鳴り、私は飛び上がりました。
「あなたは私が女王だと言ったわよね、この国を繁栄させろと言ったわね、それなのにすぐ国王を迎え入れようとする、国王が来たら私はどうなるの、女王なんてどうせ形だけのものなんでしょう!」
老人は黙ってリヨンの言い分を聞いた後、口を開きました。
「リヨン女王、あなたがこの国の正式な後継者なのは間違いありません。国王が来ても、あなたの方が立場は上で…」
「そんな事が言いたいんじゃないのよ」
「分かります、ですが国王が来るのは国民みんなが待ち望んでいます」
「どうして?」
老人は少し黙り込んだ。
「…形の上だけでも、女王の隣には国王が必要だと、国民は思っています。そしてお世継ぎも…」
と、リヨンが目を見開いてギッと老人を睨んだ。
「形だけの国王なんて要らなくてよ。それなら私は一生一人で十分だわ!」
老人は諦めた表情をして、それ以上何も言わなくなった。
「ひとまず部外者がおりますので、あまり要らぬことは言わぬよう。あと、どんなに望まなくともパーティーの準備は滞りなく進んでいること、報告申し上げます」
老人は胸の前に手を添え腰を曲げてお辞儀し、チラッと私を横目で見てからその場を去っていった。
いやあ、急に目の前で喧嘩が始まるとどうしていいか困りますね。
「っハァ…!」
リヨンは腹立だし気に強くため息を吐いて髪の毛をかき上げました。
その仕草さえも綺麗でセクシーで…
「ミクロ」
「はい?」
声のトーンでまだ怒っているのが分かる。
「あなた、愛しあってる男はいる?」
「居ません」
私は即座に答えた。生まれてからこの24年間、貧乏と草の採取と勉強で男の人とは無縁の生活を送ってきました。
別にそれを気にしたこともありませんけど。
「男は好き?」
「えー…まあ、普通…?」
急にそんな事聞かれても…。恋人と呼べる人はいませんが、科学大学は半分以上が男の人なので、友達には男の人も多めです。
なので嫌いでもないし、好きかと言われると微妙…というところです。
「私は嫌い」
リヨンの強い言葉が、空気まで切り裂いていったかのように響き渡りました。
「え…?」
「私は男が嫌い」
え、そんな嘘でしょう?
そんなに綺麗な顔で、ナイスバディで、男女問わず惹きつけるようなさっぱりとした性格のリヨンが…男が嫌い?
「ど、どうして…?」
たぶん、他の人でも聞きたくなります。
リヨンは思いつめたような顔で真正面を睨みつけています。
怒ってるような、憎しみが湧いているような、それでもどこか悲しそうな…
「…言わない」
リヨンは一言呟くように言い、私はそれ以上何も聞けませんでした。
だって、なんだか泣き出しそうなほど声が震えていたから…
その夜、天気は急に崩れだし、王宮に雷が落ちました。




