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女王との夜のお話タイム

ランドとバルコニーで話してから、私の気持ちはずっと沈んだままでした。


リヨンが生まれる前からもうこの国が限界を通り越していること。そうしたら貴族の反乱が起き、実際に一度この国が崩壊したこと。


そしてあの後も、ランドはぽつぽつと私に話して聞かせました。


リヨンは王家の者としてではなく、農夫の娘として育てた方が幸せになるのではないかと考えていたこと、それでも前王妃直々にリヨンを頼まれていたから、それに対する罪悪心もあって時間があれば王室の教養を学ばせていたこと。


きっと、ランド自身、リヨンやこの王家全ての問題を抱えるのがあまりにも重荷だったのではないでしょうか。


大臣という立場上、誰かに話したくてもそのような事を口にすると周りから反感を買いかねませんし、下手をしたら反逆だと思われる可能性すらあるからです。


その点、私は実質この国の政治とは無関係で、それでいてリヨンの事は大事に思っています。


だから今まで心の中にためこんでいたものをすべて吐き出したかったのではないでしょうか。

それを考えると、身分の高い人というのは、なんて孤独なのでしょう。


最後の最後に「リヨンにこのことは絶対に言うな」と念を押されましたが…。


「どうしたの?」

リヨンがどこか疲れた表情で私の顔を見てきます。

延々と人の名前を覚えていたようで、とても苦労していたせいだと思われます。


もう周りは夜の闇に包まれ、ろうそくの明かりが無ければ何も見えないほどになりました。


ここはリヨンの寝室。

私が昨日まで眠っていた部屋のベッドより数段柔らかい布団に包まれながら、私はリヨンの顔を見ました。


むしろ私がこうやってリヨンと同じベッドで寝ても良いものでしょうか。


私は部屋の隅にあてがわれた立派なソファーで寝ようと思っていたら、リヨンに、

「そんな所で寝たら体が痛くなるわ。こっちに来て一緒に寝ましょ」

と誘ってくださいました。


リヨンのその顔を見ていると、ランドから聞いた重い話が全て嘘のようです。


こんなに美しい人の治める国がそんなにひっ迫しているわけがない、そんな現実あるものか、と思考が停止してしまいます。


「もしかして、途中部屋から居なくなった後に誰かに何か言われたわけじゃないでしょうね」


リヨンは案外と勘も鋭いです。私はこれ以上心配かけてはならないと頭を横に振りました。


「ううん。ちょっとランドと話してただけだよ。別に何か言われたわけでもないし…」

逆に私がランドに色々言ってしまった感じですし。


「ああ、ランドね」

リヨンはだったらどうでもいいとでも言うようなな表情を浮かべ、枕に頭を埋めながら私を見上げています。


「ねぇミクロ」


思わずろうそくの淡い明かりに照らされる艶やかな顔に見とれていたので、リヨンの声でふと我に返りました。


「私、思えばあなたのこと何も分からないんだわ。なんでも良いから、あなたの事話してちょうだい」

「え…何かって…」

急に私の事を話せって、何を話せば良いんですか。


私の動揺を察したのか、リヨンはふふ、とおかしそうに笑いました。


「何でもいいのよ、とりとめもないことでも。ミクロの生まれた所の話とか、家族の話とか…」

「ああ、そういう事でしたら…」


私はゆっくりと家の事を思い返しました。


「私は孤児院で育ちました。お母さんはシスター、お父さんは隣の家の草花や樹木に詳しいおじいさん。それ以外の家族は数えられません。孤児院から独立したお兄ちゃんやお姉ちゃんがいて、下の弟や妹は稀に増えていきますので。…って、私も独立したうちの一人ですけど」


「ふうん」

リヨンは目を見開きました。

「それは大変な生活だったのかしら?」


「そうでもないよ」


私からしてみれば、リヨンの方が私より若いのによっぽど大変な生活をしていると思ってしまうけど…。

それに貧乏な孤児院だったけども笑いの絶えない楽しい家で、今でも時間さえあれば帰省しています。


たまに親が居なくて可哀想だね、という人もいるけど、そのことはそんなに重要なものでしょうか?

血が繋がっていようがいまいが、大人になるまで愛情をもって育ててくれる人が居るのは幸せなことで、なぜ可哀想と思われるのかよく理解できません。


逆に血が繋がっていても家族とうまくいっていない家庭もあります。それを考えると血の繋がりというのはそこまで重要なものでしょうか。


「あなた、三千年後から来たって言ってたけど」

リヨンが口を開きます。


「今の時代と三千年あとは何か違うの?」

どこかからかう口調ですが、明かりに照らされたその顔は初日の時の小馬鹿にするような表情ではなくてどこか真剣なものです。


完璧に信用しているのかは分かりませんが、それでも数千年先の未来となると気になるのでしょう。


「こことは、大いに違いますよ」

私も冗談を言うような大げさな言い方で口を開きました。


「三千年後の世界は鉄の車が行き交って、月にも人が行ったりするんですよ。もちろん、月に行くのは訓練を積んだ一流の人たちだけですけど」


「ま」

リヨンはおかしそうに柔らかい枕に突っ伏し、笑いました。

「嘘でしょう?いくら子供でも、月には手が届かないし、空を飛べる鳥ですら届かないものだと分かってるわ」


私はまるで自分がその偉業をしたかのようにふふん、と自慢げに言いました。

「それが実際に何度か行った人たちが居るんですよ。月の石を持って帰った人たちもいます」


「ま」

リヨンは今度は驚いたかのように目を丸くしました。

「どうやって?まさか空を飛んだわけじゃないでしょう?」


「ロケットっていうね…こんな形のこのお城より大きいものに乗ってぇ…」

私は暗闇に近い中を手を大きく動かしてでロケットの形を描きます。


「爆発の力で空を一気に突き抜けます!」

私は空を突き抜けるイメージで手をシュッと真上に動かしました。


しかし、私の知っているロケットのイメージはここまで。ここから先どうやって月面に着陸するのかは専門ではないので分かりません。


「それで、どうやって月に行くの?空中を突き抜けた先に月があるの?太陽と月は近い所にあるの?」

リヨンを横目で見ると、もう布団から半身を出して興味津々の目で私を見ています。


「ええと…」


科学大学一年のころは数学・化学・生物・天文学・地学・医学・薬学・毒学・工学全て均等に勉強し、二年から自分の専攻したい学科へと進んでいきます。


天文学も習いました…が、こうやって語れとなると自分の知識の不安さ加減が目立ちます。

天文学は薬学・毒学・生物の次に得意分野だったんですが…。


「月と太陽は離れています…太陽を中心にして、私たちの住む惑星が周り、惑星の引力に引っ張られて月が回っています」


ええ、これは小学生の時に習ったものです。


するとリヨンが叫びました。

「嘘でしょう!この惑星を中心に全てのものが回っているんでしょう!?」

「えっ!?」


そんな馬鹿な。

私は驚きました。この惑星を中心に太陽が回るわけないじゃないですか。


いや…まてよ…?あ、ああー、思い出しました。


そう言えば昔は私たちの住む惑星を中心に太陽などが回ってる考えで、それに異を唱えた人は牢屋送りになったんだっけ…殺されたんだっけ…。


…あれ、私もしかして今サラッと死亡フラグ発言しましたか?


「も、もうこの話は終わりにしようか!」

私は慌てて話を終わらせました。

リヨンはぼんやりとした表情で私を見ています。


「…ミクロの話は考えが及ばなくて頭が痛くなるわ」

「でしょうねぇ」


私だって博士から宇宙人のいる地球という惑星があって、しかもそこからビデオレターが届いて云々の話を聞いた時には訳が分からなくなって混乱して頭が痛くなりましたもん。


「けど面白いわ」

リヨンはそう言いながら枕に全身を預けるように倒れこみました。


「そう?なら良かった」

私が逆の立場だったら頭おかしいんじゃないかって疑うかもしれないのに、リヨンってばなんて良い人なんでしょう。


「でも、太陽を中心に世界が回っていることは他の人に話さないほうがいいわよ。頭がおかしくなったって思われるわ」


あ、やっぱり私の頭がどこかおかしいって思ってますね、リヨン。


私の諦めに似た表情を察したんでしょうか。リヨンは慌てて付け加えました。

「嫌な気分にさせたのなら謝るわ。だって、あなたの住む所ではそれが普通の知識なんでしょう?けどここでは…」


「大丈夫、分かってるよ」

この惑星を中心に周りの天体が回ってる、その説がここでは普通の事なんです。


今からどれくらい先の未来の事かは分からないけど、誰かが異を唱え、そこから真実が生まれるはず。(歴史はよくわかんないから誰かよく覚えてませんけど)


そう考えると、頭がおかしいと思われても太陽を中心に世界が回っていると言った人はなんて勇気があるんでしょう。

私はリヨン一人に頭がおかしいと思われる事すら避けたいときに。


「きっと、ここでは常識と思われてることが、あなたの住む所では非常識になっていたりするんでしょうね」


リヨンの言葉に私はかるくうなずきます。

「うん…全部が全部そうだとは思わないけど」


昔の常識がどんなもんなのか分からないので曖昧にうなずいておきます。


「そんなに知識のある未来のあなたからしてみたら、私たちはなんて愚かなんだろうって思ったりする?」

「無いよ」


私はリヨンの顔を見ました。

「いくらそういう知識があっても、この時代に合ってなければ私だってただの妄言を吐く愚か者でしょ」


現代では常識の地動説や月に行く話なども、そこまで科学の発展していないこの時代では狂人の妄想だと思われかねません。


リヨンはうつ伏せになってジッと少し考えているような目つきで私を見ています。

「あなたのそういう所好きよ」


私は驚いてリヨンを見ました。

「ななな何さいきなり…」


私はモゴモゴと口ごもりながらリヨンを見ました。別に恋愛的な事で言われたとは一切思っていませんが、急にそんな事言われると気恥ずかしくなってどうしようもなくなります。


「本当は頭いいくせに、偉そうじゃないとこ」

「いや…私学校…」


いや、この時代に学校はあったのか?私は言い直しました。


「学問を習う所では私の頭そんなに良くなくて…」


私は薬学と毒学(毒の知識は人命救助に必要なので必須科目なのです)はトップレベルでしたが、調剤薬品となるとガクッと成績は下がりました。


むしろ薬草の方の知識は本来授業では習わない不必要ともいえるものだったので、私の成績は学年中半分より下であるのがほとんどでした。


とある先生にも、

「どうしてあんた、本来の薬は覚えらんないのに調剤医師学なんて学んでるの?薬草の知識だけじゃどこにも勤められないよ?やる気あるの?」

と嫌味を言われたこともあります。


ああー、思い出したら腹立ってきた。あのジジイめ。何かあるごとに人にいちゃもんつけて授業中に吊るし上げやがって…。


「そういう勉強上での頭の良さと実際の頭の良さって違うんじゃないかしら」


リヨンの声で我に返ります。


「本当に頭が良い人って、人が分からない事を分かりやすいように伝えられる人、あと自分の知識が正しいと人に押しつけない人だと思うわ。どちらもミクロには備わってるじゃない」


そう言われるとなんか照れるなぁ。


「…ねぇミクロ」

と、リヨンの声に真剣味が増しました。


私はリヨンの顔を見ると、真剣な表情をしています。リヨンは何か言おうか言うまいか躊躇しているようにみえました。黙って私がリヨンを見ていると、リヨンは意を決したように私の目を見ました。


「この…ハーランド国って…ミクロの時代にはあるのかしら」

「……」


あまり考えていなかったことを聞かれ、私は口を引き結んで黙り込みました。


ランドだけでなく、リヨンもこの国の先が長くないと悟っているのではないか、という考えが脳裏にチラとかすめていきます。

そしてその質問とは関係のない、4日後にリヨンがこの王宮から去っていくという事実が蘇ります。


いいや、そのことはリヨンには言ってはいけない。


私は目を静かに閉じ、ゆっくりと開けてリヨンの目を見ました。


しかしリヨンは、私が黙り込んだことでなんとなくこの国が三千年も先まで残っていないと察したような気配を感じました。


最初から思っていましたが、リヨンはそういう人の心の内を敏感に察するのにとても長けています。


私のように馴れ馴れしく、女王を女王とも思ってない人には対等に接します。

そして人の心を敏感に察するからこそ、リヨンは女王として接してくる人に対して女王として応えます。


ランドに対してもそう。

ランドは父としてではなく臣下として接してくる。それもリヨンのためと思って。だからリヨンも女王として振る舞いますが、どこかギクシャクします。


女王として振る舞うとリヨンは心から話せる人が居ません。だから女王は人に慕われ囲まれていても孤立しているとメイド長は思ったわけです。


それはリヨンにとっては幸せなことなのでしょうか…?


「…私、歴史には詳しくないんだ。ただ、多分他の色んな国を含めて、三千年先の未来ではフレンス、っていう一つの国になってる」


「……そう…」

うつ伏せのリヨンは顔を枕に埋めました。


ショックを受けたような、どこか納得してスッキリしたような、そんな声でした。


あまり未来のことは語らない方がいいのかもしれない


私は枕に顔を埋めるリヨンの金の後頭部を眺めて軽々しくこの国の行く末を言ってしまった事を後悔しました。


誰だって、自分の生まれ育った国…それもそこを統べる者として無くなると案に言われたら良い気分ではないでしょう。


何故言う前にそう考えなかったのか…。


私は後悔のあまり、自分の顔を自分で軽くビンタしました。兵士とローゼに叩かれた痣の所がジン、と痛みます。


「ねぇミクロ」

急にリヨンが顔を上げました。


「ん!?」

私は急に跳ね起きたリヨンに驚いて変な声を出してしまいます。

「何か聞こえない?」

そう言われて私は耳を澄ましました。


聞こえるのは、静かな空間に居るときに耳に響くシー、という音。


…いや、確かにかすかに聞こえます。この音は…。


「金づちの音…」

と言って、私もリヨンもお互いに目を合わせました。

こんな夜になってまで大工が金づちをふるって作業するのはあまりにもおかしいと感じました。


リヨンが四つん這いになって起き上がりました。

寝間着から見えるリヨンの胸の谷間に思わず目がいってしまい、何をそんじょそこらの男みたいな事をと自分を戒めました。


「ミクロ」

「…ん?」


声の響きはさっきまでの憂いを帯びた女王としての声ではありません。

どこか面白いものを見つけたお転婆娘の口調です。


「気になるわ。見にいきましょう」

…そんな輝いた目をされると、私も弱いんですよ…。

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