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バルコニーにて

オレンジ色に染まる中、私はバルコニーに出ました。


城を囲む城壁で外の景色は見えませんが、それでも城の中の景色だけでも十分満足できるほど美しいです。…とは言ってもほとんどが城壁の陰になるほど日も傾いているので庭もあまり見えませんが。


結局4日間リヨンの周りに居させてもらう、という事もうやむやのうちに決まっていました(リヨンが至極同然というように私を連れまわし、ランドがもう何も言えなくなったのです)


そしてパーティーもあと3日後ということで、お城の中も慌ただしくなってきました。


いえ、私が来たときからもう慌ただしかったのですが、ラストスパートの勢いで微調整やら料理の仕込みやら行っているのです。

ひっきりなしにメイドも使いの男の人たちが行き来しています。


兵士たちもどこを重点的に見張るか、そして通してはいけない所などをチェックし合っています。


大臣たちは滞りなく準備が進んでいるか至る所を駆け回り、リヨンもパーティーに参加する人たち一人ずつに挨拶しないといけないため、名前と家柄を全員分(!)憶えないといけないとかで別の意味で大変そうです。


もちろん、リヨンは相手の顔が分からないから挨拶する時には詳しい人が後ろで「誰それ公です」と言う人が居るみたいだけど…。


リヨンもそうやって頑張っている中、私はパーティー用のドレスを新調し…。


…いいえ嘘です、私がメイド長に頼んで誰も着てないお古のドレスを手直ししてそれを着させてもらうように頼みました。


メイドさんたちからは、

「どうしてこの人、パーティーに出席するのかしら」

という訝し気な表情をされましたが、特に何か言われることはなく、着々と仕立て直しをしてくれました。もしかしたら裏で色々と言われているでしょうけど。


それにメイド長にも、

「そう言っていただけて良かったです。今から新しいドレスなんて間に合いませんから」

と言われたから、まず良かった…んでしょう。


私は傾いていく太陽と暗くなっていく庭を見ながら一息つき、リヨンのいる部屋の窓辺を眺めました。


リヨンは今呪文のように人の名前を繰り返し覚えている最中だし、あまり傍にいると邪魔だろうかと集中力が切れないようにそっと離れ、廊下を歩いていてここにたどり着きました。


リヨンの部屋から近いので、もしかしたらリヨンもここでこうやって外の風景を見ているのかもしれません。時折優しい風が吹いて私の髪の毛を揺らします。


「また一人で王宮内をうろつきおって」


この声は…と振り向くとやはり、

「ランド大臣」


私がその姿を確認すると、相変わらず私を見る目が厄介者を見つけたときの目です。別にローゼのように何も要求もしてないんだし、いい加減そんな目つきやめてもらいたいものですが…。


「…すみません」

一応謝ってその場を去ろうと踵を返すと、風の向きが変わってトントン、カンカンと音が響いてきました。


私は風の吹いてきた方向をみて、ああ、と思います。

あっちは今センドレスたち大工が頑張っているところだ。


「お前は気に食わん」

ランド大臣が急に言ってきました。


いきなり何をいいますか。


腹が立つような、それでもショックを受けた私は顔をランド大臣にむけました。


「誰に対しても馴れ馴れしくて女王に対してもへりくだるという事がない生意気な小娘だ。むろん私にもだ。私は大臣だぞ、お前なんぞすぐに兵士に殺せと命じたら殺す事だって可能だ。それなのにお前はほとんど礼儀というのは払わない」


急に悪態をつかれ、私は何もいう事が出来ずにランドを黙って見返しました。


「だが…」

私が何も言わないのを見て、ランドは続けました。


「馬鹿ではない。対応は馴れ馴れしいが、自分の立場はある程度わきまえている。確かにそうだ。認めよう。そしてお前は馬鹿のようだが頭の中は自分をわきまえた上で色々と考えている」


急に褒められて…?いや、これは褒められているんでしょうか?何が言いたいのかと私は困惑してランドの顔を見ました。


「4日。お前はリヨンの傍に置けと言ったな」

「はい…」

私は困惑気味にランドの言葉にうなずきました。


「何かあるからではないのか?」

私はランドの顔を見ました。

「それもお前自身の得になることではない、他のことでだ」


「…どうして、そう思うんですか」


ランドはトンカン音がする方向に目を向けましたが、すぐに目線を私に戻しました。


「立場上、私は上層部の者も下層部の者も、綺麗な者も汚い者も十分に見てきた。お前はリヨン個人と自分は対等だと思っているようだが、『女王の肩書』と自分は対等ではないと自覚している。そしてそれ以上の欲はないようにも見える。

女王という最高権力者の隣に居ながら、自分自身の事では『りもこん』という物を探す程度の事しか動かん。

ただし、他の者の事となると急に頭を働かせる、そして動く。それも率先して動く。あのハーブティーの時もリヨンに言われたからやったらしいじゃないか?」


ランド大臣が私の表情を見るように一歩進んできます。


「なのに急に女王のリヨンの傍へ置けと無茶な事を言ってきた。…もしかしたらリヨンの事で何かあると考えているのではないか?」


私は聞いていて思わず言葉が零れました。

「………驚いた。私の事嫌ってるようで、案外と客観的に見ていたんですね」


「そこまで私の性根が腐っているように見えたか」

ランドは自嘲的に笑います。


「いいえ」

そこは素直に否定しました。


ランドはリヨンへの忠誠心が強いので、不安分子には警戒して強く当たっているだけで性格は悪い人ではないと分かっています。


そして予想外に私が否定したのに驚いたのか、ランドは少し驚いたように目を見開きましたが、すぐに元の表情に戻りました。


「で、お前はなにを考えている?勝手に動かれるとこちらが迷惑なのだ。…それとも…」

ランドは眉間にしわを寄せ、

「まさか、ローゼが絡んでいることはないだろうな?」


あり得ません!


私は速攻で否定しようと口を開きかけましたが、頭の中でストップをかけて考えました。

ローゼはリヨンの女王の地位を妬んでいる節がある。それだったら、ローゼがリヨンに危害を加えるかもしれないという線も無きにしも非ず。


「…なんだ」

急に黙り込んだ私をランドは不審な目つきで見ています。これ以上黙っていたらローゼが絡んでいると思われそうです。


言っても大丈夫でしょうか、リヨンが4日後にこの王宮から居なくなってしまう事…。

いや、もしかしたら黙っているよりランドに正直に打ち明けて味方になってもらい、お互いに協力し合った方がいいのかもしれません。


私は意を決して顔を上げてランドを見据えました。


「…これは私が知っている一部の情報です。信じてもらえないかもしれませんが…本当の事なので理解してもらえるとありがたいです」

ランドは表情をもっと引き締めて私の顔を見ました。


「リヨンは、4日後にこの王宮からいなくなります」


ランドは目を見開き、眉間のしわがさらに深くなります。

「馬鹿な」

瞬間的に動揺し、怒りが込み上げているのが分かります。


「私も人から聞いたので正確な話は分かりません。しかし、リヨンはこの王宮から居なくなることは確実です。もしかしたら…」


私は一旦言葉を区切りました。あまり口にしたくありません。しかし、伝えねばなりません。


「暗殺でいなくなる可能性も…ゼロではありません」


そういうと、ランドは目を見開き、白髪頭の老人とは思えない素早さで私に詰め寄ってきました。


「どういうことだ!誰にだ!」

「落ち着いて…」

あまりの剣幕に私はランドの肩を抑えて引き離しました。


ランドは聞き取れないほどの早口で何かいい、バルコニーのへりに肘をつき頭を抱えました。

そして白髪頭をガシガシとかきむしり、そのまま唸りながら静かになります。


「あの…」

心配して声をかけましたが、今の発狂したかのような行動とは裏腹に、


「続けろ」

と落ち着いた声が返ってきました。

「殺されるのか、死ぬのか、リヨンは」


「確実に…死ぬと決まったわけではありません。ただ、この王宮からいなくなるのは確実です」

リヨンの失踪の原因は未だに誰も分かっていないのですから。


「…もしやお前は私を脅かして誑かそうとしているのか?」

「いいえ」

私は慌てました。


「私は、あなたがリヨンの事を第一に考えているから伝えたんです。何度も言っている通り人から聞いた話で、何故そうなるのか分かりません。けど、確実にそうなるんです」


「それを言った奴は」

ランドは私を見ました。

「預言者か何かか?」


「…いいえ」


「なら、どうして確実にいなくなると分かる?」

「そこは…」


私は言葉に詰まりました。


「信じてもらうしか…」

未来から来たから昔の事が分かると言った方が信じてもらえないでしょうし…。


ランドはまたへりにうずくまり、しばらく黙り込みました。どれくらいの時間が流れたでしょう。


私は金づちの音を聞き、風に吹かれながらランドの背中を見つめていました。

ランドはゆっくりと動きゆっくりと頭を上げ、私を見ました。

夕日が少し傾く間にだいぶ老け込んでしまったように見えます。


ランドは長い長い溜息をつきました。

「お前のいう事は穴だらけだ」


「自覚しています。何度か言おうと思っていましたが、信じてもらえないだろうと思って今まで言いませんでした」


ランドは黙り込んでほんの少しだけ出ている太陽の頭を、目を細めながら見つめました。


「お前がそんな嘘を言って特になることなど何もないな。逆にそういうお前が怪しいと言われて牢屋行だ」

私は黙ってランドを見ました。


「分かった、お前を信用しよう。お前はメイド長が毒薬を依頼したことを誰にも言わなかった」

「知ってたんですか!」

私は驚きの言葉を口にしてしまい、慌てて口を押えました。


「私がメイド長に言うように命令したのだ。作れるようなら作らせろと」


あ、なるほど…。

私は押さえていた手を外しました。

ランドはほとんど見えなくなっている太陽の方角をいつまでも見ています。私は、軽く会釈をして立ち去ろうとしました。


「…この国はもう終わっている」

いきなり耳に飛び込んできた爆弾発言に、私は足を止めて振り向きました。


「この国の財源は何も無いに等しい。それに周りの国もここと同じだ。リヨンがいくら金のある王と結婚したって、それもいつまで続くかもわからん」

「じゃあ、リヨンのお婿さんが決まっても、意味が無いっていうんですか?」


ランドは黙り、話を続けました。


「今年もどこの国でも作物の実りはすこぶる悪い。これではまた税である麦は納められない。そして今この国の食糧庫の蓄えは半分以下。それがどこの国でもだとなればどうなると思う?」


私は考えました。

「食べ物が底をつきそうだったら…盗みが生じると思います」

ランドは頷きました。まずまずの答えと言いたげな顔です。

「それが民衆程度の小競り合いなら良いが、国家単位でなると?」


「戦争…」

なんだか問答のようになってきましたが、私は自分の考えを答えます。そしてランドは頷きます。


「戦争が起こって負けるとどうなる」

私は間をおいて考えます。

「食べ物が目的なら、食料など大幅に略奪されます」


「それだけではない」

私はランドを見ました。

「国が国を倒したのなら、その国の象徴たる王家はどうなる」

「…」


そこまで言われると、ランドの言いたいことは分かりました。しかし、私は口にせず黙り込みます。

ランドは続けました。


「殺される。生かしておいてはいずれ反抗されるかもしれない。邪魔になるからだ」

ランドはまたヘリに肘をついて頭を抱えました。


「それがリヨンが生まれた日に実際に起きた。いや、今すぐにでもそれと同じようなことが起きても不思議ではない状態なのだ!」

ランドの口調がどんどん早口になっていきます。


「リヨンが生まれるよりも前にこの国はとっくに破綻している!今も他の国が攻めてきてもおかしくない!そんな所に…私はリヨンを女王として戻したくなかった…!」

ランドは自分の頭を潰すつもりじゃないかと思うほど力を込めています。


私は呆然と、空中を見上げました。


私が…いや、リヨンも思っている以上にこの国の状況はひっ迫しているようです。


「なら、どうしてリヨンを王宮に戻したんですか。聞いた話ではローゼが絡んでいるようですが…」

ローゼがリヨンに喧嘩を売っているときにそのような言葉を聞きました。


「リヨンの唯一の友が娼館に連れていたれたと言ったな」

「はい」


「王妃…リヨンの母である王妃が、リヨンと別れる時に王家の紋章のついた指輪を最期に渡した。最初で最後の贈り物だ。そしてリヨンは娼館に売られた友を助けようと、金目のものとしてその指輪を持ち出し、その友を返すように頼んだ。

その娼館にいたのがローゼだ。ローゼは昔メイドとしてここで働いていた事がある…金をくすねてクビになったらしいが…。

その時に見た先代王妃の顔とリヨンの顔が似ているのに気づき、しかもこの国の紋章入りの指輪を見て本物だと確信したのだろう。大っぴらに王家の血筋の者がいると宣伝して回ったのだ」


「……」

やっぱり、ローゼは体を売る筋の人でしたか…。


ランドは続けます。


「先代王らを崩御させ、この国を乗っ取った貴族らもこの破綻した財政をどうにもできなかった。そこに王家の者がいると噂が立つやいなや、貴族らも市民によって謀殺され、王家の者を頂点にとリヨンが新しい女王として君臨したのだ」


「…それって」

私はその言葉を聞いて嫌な予感を感じました。


「もし財政を立て直せなかったら、リヨンは市民から命を狙われるかも可能性があるってことじゃないですか?」

「それが王宮にいる証だ」

吐き捨てるようにランドは言いました。


「リヨンは市民によって祭り上げられ女王になったのだ。市民から人気がなくなれば、捨てられる。私は…王家に戻らなくても良いと思っていたのだ。

相手は庶民でも良い、情勢が苦しくてもリヨンを一生愛し守る男と添い遂げ結婚し、子をなして歳を取ってくれれば…私はそれでも良いと思っていたのに…どうしてこんな事に!」


ランドは握りしめた拳でヘリを叩きつけ、鈍い音が響きます。

ランドの手が痛そうですが、そんなことも介さずにランドは何度も何度もヘリを叩きつけています。


「…」

私は口を固く結びました。リヨンの居る状況とは、なんてもろいものでしょう。

女王とはほとんど名前だけ。

その場所から一歩でも動けば、すぐに落ちてなくなってしまうような危ういもの。


「だから」

ランドが口を開き、私はランドを見ました。


「王宮に来て以来、リヨンの身に何か起きるだろうと予感はしていた。戦争か、反逆か、はたまた暗殺かと…。リヨンは死ぬのか?生きるのか?それだけでも分からないのか?」

ランドが私を見て聞きました。


「…分かりません」

そうとしか答えられません。

「そう…か」

ランドはうなだれ、返事をしました。


日がほとんど沈んで紺色に染まった中、またランドが老け込んだような気がしました。

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