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断り言葉は通じない

激しく揺さぶられています。

肩を強く掴まれているようで痛いくらいです。

「ん?」


私は目を開けました。

辺りを見渡すと、リヨン…?


「あ、リヨン」

目を開けてリヨンの顔が近くにあると目の保養にとても良いです。


「ミクロ、心配したのよ!」

「ぐへえ!」

リヨンがそう言いながら私の首に腕を回し抱き着いてきました。

どうやら私は仰向けになっているようで、動けません。


周りを見ると、私があてがわれている部屋のようです。そのベッドに横になって、リヨンに抱き着かれています。

「急に倒れたとかいうんだもの。何があったのかと思ったじゃない」


あ、なるほど。

さっき頭から一気に血の気が引いて倒れてしまったのでしょう。


少し起き上がってみると、ランド大臣、メイド長が部屋に居るのが見えます。

もしかしたら二人がかりで私をこの部屋に連れてきてくれたのかもしれません。


「すみません、重かったでしょう…」

自分が案外と簡単に倒れてしまったのにも少々驚きましたが、それより老齢の二人にここまで運ばせてしまったのが申し訳ないです。


「違うわ。あの顔に痣のある…」

とリヨンが少し顔を赤らめ、言い淀んで口を閉じました。


痣…?ああ、あの大工の息子の…。


「センドレスって名前なんだって」

私は小声でリヨンに囁きました。リヨンは起き上がって、軽く私の頬を指で弾きます。

「いいのよ、まずそれは!」


とか言いつつ赤くなってるじゃないですか、ああなんて可愛らしい。


「その、男の人があなたを王宮の先まで運んで、そこから兵士に運んでもらったの。それより何があったのよ」

「それが…」

私はモソモソと起き上がって気絶してしまった経緯を話ました。


「だから、そのリモコンが見つかったら戻るって話だったんだけど…それだともう元の場所には戻れなくて…」

私は泣きたくなる気持ちを抑えてうなだれました。


リヨンはそんな私の姿を見て、メイド長に振り向きました。

メイド長は静かに黙っています。


「あのね、ミクロ…」

リヨンが慰めるような優しい声で私の頭を撫でます。

「もし、あなたさえ良かったらこの王宮にいてもいいのよ」


「女王…!」

ランドが驚いた声を出します。


「ランド、このミクロの薬草に関する知識は素晴しいものよ」

リヨンが立ち上がってランドに向き直りました。

「今までお金を出して外から取り入れた薬草の類が、もしかしたらこの王宮の中にもたくさんあるのかもしれない。それの作り方もミクロは知っているわ。そうでしょう?」

リヨンが私の方をみて聞いてきます。


「ええ、まあ…」

それだけが私の自慢できるものですから。

リヨンはしゃがんで私の手にそっと触れました。


「だから、もしあなたさえよかったら、王宮の専属の薬師としてここにいてもいいのよ。それとも…やっぱり元の場所へ戻りたいかしら」

心配そうな、哀しそうな顔でリヨンは私に聞いてきました。


私は自分の手を見つめました。


リヨンの気持ちはとても嬉しいです。けど私は元の時代、元の場所へと帰りたい。


…けど、戻る手段は見つからない…。


と、ある考えが一つ浮かんできました。

「博士…」

私は呟きました。


そうだ、私には博士というタイムマシンを作り出した心強い味方がいる。

ここには一週間前に設定されたから、一週間以上帰らなかったらきっと何かトラブルが起こったと感じるはず。

そしてなかなか戻ってこない私を心配した博士が新しいタイムマシンを作って迎えにきてくれるかもしれない。


そこまで考えて私はふっと思い出しました。

そうだ、リヨンはあと一週間…いやここに来て3日目だからあと4日でこの王宮から去っていくという話だった。


その失踪の原因は…。


『ある日急にパッタリと政界が消えたから暗殺説があるんだよ…』


博士の言葉が蘇ります。

私は手の甲に感じるリヨンの手の温かみがなくなることを思うとぞっとしました。


目の前に居る、しかもこんなに誰からも愛される人が殺される?

そんなの信じたくない。

いや、まだ希望はあります、残り4日間、リヨンを何者からか守っていれば何か変わるかもしれません。


…それとも、博士に見せてもらったバックトゥザフューチャーというあの映画みたいに、未来が変わってしまうでしょうか。


だけど、私はリヨンが死ぬのは嫌です。

私みたいな奴にどうこうできることはないかもしれません。

けど、黙ってリヨンが死んでいくのを見ているのはもっと嫌です。

私はリヨンを守りたい。


私はリヨンの手を握りました。急に手を握られたリヨンは少し驚いたように目を見開き、私の顔を見ます。


「いつか戻る時がくるかもしれない。けど、それまで頼めるかな?」

リヨンは一瞬言葉をつまらせましたが、すぐにほっとした顔をして微笑みました。

「もちろんよ」

そう言って私の手を柔らかく温かい手が握り返してきます。


私はランド大臣とメイド長に顔を向けました。

「あの…」

二人は私に視線を向けます。


「無理は承知の上でお願いします。4日間だけ、リヨンと一緒に居させてください」

予想通り、二人から快い表情は出てきません。


しかし私も引くわけにはいきません。


「もちろん、重要な話し合いの時などは声が聞こえない程度の距離を取るし、話には関わりません。食事も今までより粗末でいいです、けどリヨンの眠る時には部屋の隅でも良いので置いてください、お願いします、ずっとではありません4日間だけでいいんです」


「何故そんなことを認めねばならない」


やはり最初に噛みついてくるのはランド大臣です。

そりゃ、最初から気に入られてないのにこんなわがままが通るとは思えません。


言ってしまった方がいいのでしょうか。

4日後、リヨンがこの王宮からふっつりと行方をくらませてしまうこと。

そしてそれが暗殺でかもしれないということ…。


しかし本人がいる時に言うような内容ではないですし、それをランドが信じるかと言ったら信じないでしょう。


「よろしいんじゃないでしょうか」


沈黙の空気を破ったのは、予想外にメイド長でした。ランドが「何を…」とメイド長に顔を向けます。


「このミクロという者はローゼとは違って自分の身分や立ち位置というものをわきまえております、4日間ぐらい大したことないでしょう」

「しかし…お前はこんな者が女王の周りをうろついていていいと思っているのか?」

ランドはメイド長を信じられないと責めるように言います。


メイド長はランドを見ました。

「私とて元は庶民の出ですか、今は女王の周りをうろつく者になっているではないですか」

「それは女王専属のメイドだからであって…」

ランドは呆れたような声を出します。


「ミクロ」

リヨンが私を見ました。

「別に4日間だけじゃなくて、ずっとでもいいのよ」


あどけない表情で私を見るリヨン…。


私は首を振りました。

「4日間だけでいいの」

リヨンは不満気な表情に変わり、唇を尖らせます。

「まるであと4日でどこかへ行くような口ぶりね」

「そういうわけじゃ…ないんだけど…」


私じゃなくて、どこかへ行ってしまうのはリヨンの方…。


するとコンコン、とドアがノックされ、メイド長が入口に近づき開けました。

そして隙間から誰かと一言二言話すと戻ってきます。


「リヨン女王、パーティーの新しいドレスが完成したそうなので、あちらで試着を…」

リヨンはその言葉を聞き、一瞬嫌そうな顔をしました。

リヨンにとって、嫌いな男の人たちに囲まれるパーティーです。


と、リヨンが私の顔を見ました。

「そうだわ、ミクロの新しいドレスも作ればいいのよ」


「は?」


私、ランド大臣、メイド長の三人が一斉に同じ言葉を言いました。


「だって、4日間と言ったらパーティーの時だって一緒にいるんでしょう?だったらミクロ用の新しいドレスも作れば良いんだわ」


リヨンはいいことを思いついた!とばかりに立ち上がって私の手を引っ張ります。


「女王、身分の低い者はそのパーティーに出席できません」

ランドも慌ててリヨンに忠告します。

メイド長は何も言いませんが、その無表情からも「それは無い」という感情がにじみ出ています。


私もベッドから体を浮かせながらも首を横に振りました。

「リヨン、それはちょっと…」


いくらなんでもパーティーの時にリヨンの傍をウロウロするつもりはありません。

それにまだ保護者のランドからオーケーをもらったわけでもありませんし…。


私たち三人…いや、私からも否定されて、リヨンは一瞬驚いた顔をしましたが、すぐにムッとした表情になり私の顔を見ました。


「どうして?ミクロ」

どうあっても私が拒んだのが気に食わないという口調です。

「いやぁ…私、そういうパーティーに向いてないから…」


やんわりと断りの言葉を言いました。

だってそのパーティーは(リヨンは嫌だろうけど)リヨンのお婿さんを探すパーティーらしいじゃないですか。

そんな時にリヨンの周りを着飾った私がウロウロしていたら明らかに変じゃないですか。TPOはわきまえてるつもりですよ、私。


しかしリヨンは私が断ったのを見て、もっとムッとした表情になり、背筋を伸ばして腕を組みました。


「じゃあ私も出ない」


「は?」

また私、ランド、メイド長と言葉がかぶります。


「私がそのパーティーに出たくないのは三人とも知ってるはずよ。どうしてかわかるでしょ」

「…男が…嫌いだから…?」


私が言うと、リヨンは頷きます。


「本っ当に私は嫌なの。出たくないの。けど義理で出ないといけないの。女王だからよ、わかる?」

そのイライラした早口の言葉に私は頷くしかありません。


「しかし…」

「あなたは黙ってて!」

ランドをリヨンが制します。


「私はたった一人で好きでもない男たちに囲まれてずっと一室にいないといけないのよ?その男たちの好奇の目に長時間晒されるのよ?それが私にとってどれほど苦痛かわかる?」


リヨンの言葉が激しくなってきます。ランドは落ち着けるように静かに言います。

「一人ではありません、我々大臣や料理を運ぶメイドたちも居ます。それに来るのは男たちだけでなく、諸侯らの両親や兄弟姉妹などの家族もともに来ます」


「人がいるからいいって問題じゃないの。とにかく、ミクロが一緒にパーティーに出ないんだったら、私だってもう出ないんだから!ずっと部屋にいてやるんだから!元々そんなパーティーなんて嫌だったもの!」


リヨンはそこまで言うと、ふん、と言って腕を組んだまま横を振り向いてしまいました。


「あのねリヨン…身分どうこうじゃなくて私がそこに出るのはおかしいんだよ…。元々ここの関係者じゃないんだから…」

私はリヨンを諭そうとしましたが、リヨンは余計不機嫌そうにそっぽ向きます。


「ミクロは私を見捨てて男たちの群れに私を一人放り出すのね」


なんという言い方を…。あながち間違いでもないのですが、そんな言い方しなくても…。

私はできるだけ優しい声でリヨンに話しかけましまた。


「いやだからそういうわけじゃなくてさぁ…ほら、この国の懐事情しってるから…私なんかのドレスを作るなんてお金の無駄だしバカバカしいよ」


「馬鹿で悪かったわね」

余計ムッとしたようにリヨンがそっぽむきます。

「いや、そう言いたかったわけじゃ…」


なんといえば納得してもらえるのでしょう。

けど、こうなってしまえばもう何を言っても聞いてくれるような気がしません。

今までこうなったら自分が思った通りにならないと満足してきませんでしたし…。


チラッとランドとメイド長を見ると、ランドは頭を抱え、メイド長も眉間にしわを寄せてどこか困惑しているようにみえます。

ああ、もう。ここにいる全員が困ってるじゃないですか。


「うーん、じゃあ…前向きに検討しておくよ」

ジパング的な断り言葉を言いました。こういってズルズルと時間を稼いで当日に無理だった、ごめんと謝れば…。あまりいい方法ではないし、かなり失礼なやり方ではありますがしょうがないでしょう。


するとリヨンはバッと私を見ました。

「本当!?」

そして一気に嬉しそうな顔になって私の傍へと寄ってきます。

「一緒にパーティーに出てくれるの?」


「え、ええと…」

あまりにも嬉しそうな顔に、私は何も言えず目線を背け、ランドとメイド長に助けを求めました。

ランドだったら、すぐに駄目だと言ってくれるはずです。


しかし、ランドはもう何もかも諦めたかのような渋い顔で私を見るだけで、何を言うわけでもありません。

メイド長も顔はこちらを見ていますが、目線だけどこか別の方向を見ています。


二人とも、リヨンがこうなったらもうどうにもならないと思っているのでしょう。もはや何も言わず諦めの境地に達している表情です。


目線をリヨンに向けると、花が咲かんばかりの表情で私を見ています。

ああ、やめて…そんな嬉しそうなキラキラした目で見られたら…。


ああ、もうこうなったら…、

「で、出ますぅ…」

私は情けなさの溢れた声で言葉尻を下げながら答えました。


「嬉しい!ミクロが一緒なら心強いわ!」

リヨンはそう言って私にしがみついてきました。


申し訳ないとランドとメイド長を見ましたが、二人もしょうがない、と首を振りました。

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