いざ、タイムトラベルです
「やあ来たね!ミクロ!よし早速見てくれ!」
興奮して子供のようにはやしゃぎながら私を呼ぶのは、白衣を着たいかにも「博士!」と呼びたくなる風貌のおじさん。
丸い眼鏡の老眼鏡に、クセっ毛の白髪頭、中肉中背の体には地味な色合いのズボンと長シャツにヨレヨレの白衣。
御年還暦を迎えるころの年齢だというのに、この軽やかなジャンプはどうだろう。
「はいはい、そんなに何度も言われなくても聞こえてますよ博士」
はいはい、と軽く流してはいるが、私、ミクロ(24歳、女)はこの博士を尊敬しているし、敬愛している。
声のした方向へ行くと、博士はふふふ、と含み笑いを浮かべてドアノブを握っています。
その扉の向こうにある物は知っていますよ。
タイムマシンですよね。
「ミクロ、喜べ。この向こうにあるのは…」
「タイムマシンでしょ」
私だって毎日のようにタイムマシンの組み立て手伝ってたんですけど。
工学部を呼べと何度言っても「人数が多いほど秘密がばれるじゃないか!」って駄々こねて手伝うのが私一人だったじゃないですか。
何をいまさら…と呆れた声を出すと、博士はニヤっと口元をゆがめました。
「おやおや?その顔は私が何故タイムマシンを作りたかったのか知りたいみたいな表情だね?」
「いえ別に…今まで百回は聞いてますんで…」
そんで全然違う話をぶち込んでくるし。
やんわり断りの文句を入れたけど、それを聞くような博士じゃない。博士の目は一気に宙に向き、昔を懐かしむように口を開いた。
「そう…あれは私がティーンエンジャーだった時の話だ…」
博士はうっとりとした表情で語る。
あーあ、これは語りますよ。博士のこの話は長いので、私が要約したものをまとめてお送り致します。
ちなみに毎回気分によって話が変わるので、多く語られている物を優先してお伝えしますね。
あれは博士が15歳の若かりし頃。
夜に彼女と散歩をしていると空から隕石が降ってきた。
もろに目の前にドガーンと。
彼女は悲鳴を上げて博士を置いて逃げました。
で、博士はというと、隕石ヒャッホー!と水をかけて冷ましてから家へ持って帰ったそうです。
目的は高い値段でどこかの研究機関へ売るため。
その隕石はバレーボールほどの大きさのもので、これだけ大きければ高く売れるだろうと踏んだのだそうです。
しかし、家に帰って自分の部屋へと置いた瞬間、隕石は真っ二つに割れました。
若い博士はショックを受けましたが、それより驚いたものがあしました。
中から物が出てきたのです。
DVD-ROM状のものが数枚。
DVDに書いてある文字は綴り字で外国語のようであり、どこか違います。とりあえず博士が一番上のものをデッキに入れると自動で再生されました。
そこに現れたのは自分と同じくらいの歳の少年。
どこか家の中で撮影しているのか、自分でカメラをセットしているところから始まります。
『やあ、僕はダニー、15歳!地球という惑星のアメリカ合衆国、ニューヨークに住んでいるよ!』
カメラの映像が落ち着いてから少年は口を開きます。
DVDに書いてある文字は読めませんが、流れてくる言葉は聞き取れます。
それにしても地球、アメリカ合衆国、ニューヨーク、全て聞いたことのない地名です。
『こっちは西暦15067年、8月7日。これはこのDVDが流せるくらいの文明を持っている惑星に送ることができるロケットなんだ。言葉も自動でそっちの言葉に訳してくれるソフトつきでね!それ以外は全部自分で作ったんだよ、すごいだろ!』
それを聞いて博士も納得しました。
なるほど、これは違う惑星からのボトルメッセージのようなものなのだ。
それより、自分たちの住む惑星以外にもこんな文明をもっている惑星があったのか。
宇宙人、そうか、宇宙人はタコみたいなやつではなくて自分たちと同じような容姿をしているのだな。
まるでSFの世界ではないか。
画面の中のダニーという少年は話し続けます。
『僕の夢は科学者!それも宇宙で働く宇宙飛行士の宇宙科学者だ!君の住んでいる惑星はどのようなところなのかな?もし良かったら隕石型のボックスに入っているスイッチを押してくれないか。そうしたら電波が飛んで君の惑星が広大な宇宙のどこにあるのかすぐにわかるから!』
博士はスイッチを見つけました。しかし押さずに画面に目を戻します。なぜならダニーがすぐに話し始めたから。
『ああ、あと、僕の国で作られたおすすめの映画のシリーズを入れておいたよ。クラシック映画なんだけど僕は大好きなんだ。君も気に入ってくれると嬉しいな』
そこでその映像は終わった。そして博士はダニーおすすめの映画を手に取りました。
題名は読めませんが、デッキに入れると自動で音声が読み上げました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
「その映画を見て決めたんだ…絶対にタイムマシンを作ってやるって…!」
あ、博士もちょうど話し終わった。いつもよりちょっと短めだったね。
「けど、その自分の惑星を知らせるスイッチは押さなかったんだよ?だって…」
博士が指を動かしながら振り向きました。
「変に存在をバラしたら、色々とこじれて面倒くさくなりそうだったから…でしょ?」
何度も博士が言っている言葉を私が言うと、博士はうなずき、
「そーそー。だって他に自分たちと同じような生命体がいるってわかったら、世界的にパニック起きそうじゃん?大体にしてその地球ってどういう星かわからないし。文明も自分たちより進んでるみたいだし。下手したら侵略されんじゃん?」
博士は軽い若者みたいな口調で肩をすくめます。
「それに政府に知れたらあの映画も没収されかねないし…」
博士がボソッとつぶやきました。どちらかというとそっちが本音なんでしょう。
一応、その地球とは違うこの世界のこともお教えしますね。
現在西暦4562年、ダニーさんのところでは自分たちの惑星を地球と言っていましたが、我々は普通に惑星と呼んでいます。
私と博士が住んでいるところはジパング。近年、外国人観光客が多くやってきて、国をあげてクール・ジパングなどで外国人観光客の誘致を狙っています。
何と言いますか…普通に現代です。車も走ってるし、電車もあるし、飛行機も飛ぶし、月にだってロケットで飛んでるし…
けど、やっぱりダニーさんの住んでいる地球と比べるとまだまだこれから!という感じでしょうか。
私だって、この惑星以外に自分たちと同じような生命体がある惑星があるなんてSFの世界の話では?とすぐには信じられませんでしたし…
そのダニーさんの映像を博士から見せてもらって半信半疑で納得したくらいです。
そんな中、もはや映画か漫画の世界ともいえるタイムマシンを、この、博士が作り上げたのでございます!
…あれ、そういえば…
「実際に動かしてみたんですか?」
私は博士に向き直りました。博士は力強くウンウンうなずきます。
「当たり前だよ!何のためにこんな朝から君を呼んだと思ってるんだ!なんて言ったって、君を乗せるんだからね!昨日僕のペット(ウサギ)のデロリアンを乗せて三回実験して、三回成功したよ!」
「は!?」
ちょ、ちょっと待って、私が乗るとは一言も聞いてない!
「あ、あの、これって博士が乗りたいから作ったんじゃないんですか!?」
「え?乗りたくないの?」
博士が驚いた声を出して私を見ます。
「いや…乗れたら楽しそうだな…とは…思ってましたけど…」
正直楽しそうだし、あわよくば博士のお供という立場で連れて行ってくれないかな、と期待していたところはあります。
「じゃー、問題ないじゃない?」
博士は楽しそうな顔つきで私の肩を叩きました。
「けど、博士は乗らないんですか?乗るために作ったんじゃないんですか?」
私が質問すると、博士は、ん?と首を傾げた。
「だって、私の目的はあくまでもタイムマシンを作ることで、乗ることじゃないもん」
「ええええええ…」
そんなのってありか。博士は続ける。
「年齢的にも体力的にも辛いし…」
さっきまで身軽に飛び跳ねてたじゃないですか。
「それに私は大学講師!毎日学生が私の授業を心待ちにしてる!それなのに授業を先生がさぼってどうする!」
そういいながら博士はピシっと白衣を伸ばします。
そう、この博士は科学大学の正式な講師。
それに世界的にトップ5に入るほどの有名人で、世界を股にかけて講演会などを行っているスーパースター!(科学界では)
この科学大学に入学する半数はこの博士がいるという理由で入学するほどです。
本当であれば、私みたいな若造がこうやって対等に話せることのない世界の人。
…なんだけど、こんな性格だからなんだか対等に話しちゃってるけど…
あ、私のことも語らせてください。私はこの科学大学を今年無事に卒業しました。
私が専攻したのは調剤医師学。この博士とはあまり会うことのない科出身です。
実は私ミクロは非常に貧乏で小さな孤児院出身。
あまりに貧乏で、誰かがくしゃみをすると医者代と薬代で経営が数か月先まで赤字になるという有様。
なので、子供のころから解熱や咳止めに良い薬草をかき集め続ける青春時代を送ってきました。
そして近所に野草に詳しいおじいさんがいたので、年を重ねるごとに草についての知識は積み重ねて増えていきました。
次第に草の魅力に取りつかれた私。そしてその知識で人のために役立てることができたら…!
薬草で作った薬を、私の育った孤児院のようにお金に困っている人たちに一般の薬より安価で提供できたら…!
そういう思いでお金が無い中、無理にこの大学へ進学したのですが、現実は甘くなかった…。
大学在学中にも、薬草を薬として売れる職業に就きたいと公言していましたが、先生方は口をそろえて言いました。
「それは…厳しいかなぁ。だって今現在、生薬は健康食品の分類でちゃんとした『薬』としては売れないんだよ。どうしてもやりたいっていうんだったら、まずは国の法律を変えないと…」
それでも私は諦めませんでした。
もしかしたら就職活動中に私の熱い心に打たれた会社がいて、一緒に作り上げよう!と言ってくれるかもしれない!
薬草学については私は学校内でトップだったので、自信はありました!
しかし、やはり現実は甘くなかった…
何社かは心動かされた模様でしたが、やはりいうことは同じ…
「良い考えだとは思います。しかしそれをやるんだったら、まずは法律を変えるのが先だから…」
「法律を変えるなんて、お金も時間もかかりますよ…」
中には
「健康食品としての販売でしたら、我が社ではどうしてもあなたを雇い入れたい!」
というありがたいお言葉もいただきましたが、健康食品としてではなく、一般的な薬として私は一般の方々に提供したいのでお断りしました。
そうした就職浪人中のある日、何度か科学の授業で行き会っていた博士がフラッとやってきて言いました。
「私、趣味でタイムマシン作ってるんだけど、手伝わない?秘密は厳守、時給900円」
いきなり何のこっちゃでした。
けど就職浪人中に時給900円のお誘いは魅力的でしたので、即雇っていただいて現在に至ります。
「ミクロ、ミークーロー!どうしたんだい、ぼーっとして」
「あ、すみません…」
気づいたら博士は扉を開けてタイムマシンの傍に立っています。
うーん…何度見てもUFOだ…
おそらくパッと見た人の10人が10人見た瞬間に「UFOだ!」と叫ぶ見た目。クラシックスタイルのUFO。
「さ、乗りなさい」
博士がいきなり私に命令してきました。
「いきなりですか」
と言いながらも、人類で初めてタイムマシンに乗れるのだから嫌ではありません。おずおずと中に入らせてもらいます。
設計から組み立てまで博士と私の二人でやったので内部も把握しています。
中は座り心地の良い赤いシート。シートベルト付き。
目の前には中から外の様子が見える小型テレビ風のスクリーン。その下には行く時代の西暦、場所、日にちを打ち込むカウンター。
右手側には現代と通信できるトランシーバーがぶら下がっていて、シートの後ろには必要最低限の食料やサバイバルナイフなどが置かれています。
なんともシンプルな作りだけど、凝りすぎるとスイッチがたくさんになって混乱するだろうとの博士の考えです。
「使い方はわかるよね?」
座り心地のいいシートにもたれかかってシートベルトを締めた私に、博士が横の入口から半身を乗り出して私に聞いてきました。
「そりゃあ、私も作ったんだし…」
私がそういうと、博士はゴソゴソと本を取り出しました。
「じゃ、この人に会ってきてよ」
それを見ると、油彩画の写真…?ドレスを着た豊満な体つきの女性の絵…なんだけど、顔が削り取られていてそこは空洞になっています。
「この絵ね、最近見つかったんだって。中世オーロッパ時代のある地域のフレンスのリヨン女王。絵の枠組みのキャンバスに絵描きの名前があって、それで調べたら年代的にこれがリヨン女王だとわかったんだってさ」
「へー」
「在位時期は半年。ある日急にパッタリと政界から消えたから暗殺説があるんだよ…娼婦から成りあがったからだとか、政治に関心がなかったからだとか、同性愛者で付き人の女性に国税を使って貢いでたとか、色んな話があるけど結局何もかもがはっきりと分からない、ミステリアスな女性なんだって」
「へー」
「なんだ、興味なさそうだね」
博士はつまらなさそうに口をとがらせる。
「いや…私歴史とか全然興味ないんで…。その人有名なんですか?」
「ミステリー好きな人には結構注目されてるけど、一般的には有名ではないかなぁ。いたところもフレンスが一つに統合される前の小さい王国みたいだし」
博士はその顔が削り取られた絵の写真を眺めながら答えます。
「ただ、すごく綺麗で、出会う人は性別や年齢なんて関係なくリヨン女王に恋をする、と言われるほどの容貌だったらしいよ」
「へー」
「…なんだい、ミクロ。そのニヤニヤ顔は…」
博士が嫌だなぁ、とつぶやきながら私を見ました。
「いや、博士も女の人に興味あったんだなぁって思って」
いつも発明とか発明とか発明の事しか喋らないのに。
「うるさいなぁ、私だって若いころはモテたんだからね!それにリヨン女王のことは友達のフレンス歴史学者からよく聞いてたから気になってたの!」
気づいたら博士はポチポチと西暦を合わせています。
「え、本当に今から行くんですか!?」
「うん、三回とも成功してるし、人でも実験……ゴフン!」
博士はわざとらしく咳き込みました。
「いえ、隠さなくても人体実験したいのは分かってますから」
まあ、博士のペットのデロリアン(ウサギ)が無事に戻ってきているんだし、大丈夫でしょう。
「あ、そうそう。これなんだけど」
博士は白衣のポケットから何かを取り出して私に渡してきました。
それは…
「指輪…?」
「うん、それはね…」
私は博士に向き直りました。
「博士!気持は嬉しいです、私は博士のことを尊敬しています…!けど、あの…結婚はちょっと…!」
「バカ!プロポーズじゃない!」
博士に怒鳴られました。
あ、違うんだ…
まるで昨日みたドラマの「一区切りついたら結婚しよう」みたいな流れみたいだったからつい…
「これは指輪型のスタンガン!一応ミクロも女の子だしって思って昨日急ピッチで作ったの!指輪を振るだけで電気は充電できるし、それだと手もふさがらないでしょ!何かあったらこれ使ってって言いたかったの!」
プリプリしながら博士は説明する。
そう、博士はこういうものを発明しては特許もたくさん取っているすごい人なのだ。
「すいません、けどあの流れだとそう勘違いもしますよ…」
「どうして君にプロポーズしなきゃいけないんだ!あとこれ!外国語を自動的に訳してくれるネックレス!」
博士はプリプリと怒りながらさらにネックレスを渡してきました。ちなみにこのネックレス型対人翻訳機は特許を取って発売中です。宣伝まで。
「あ、あとこの日にちは、リヨン女王が消える一週間前。なんだったら失踪の原因も見てきていいよ」
「それ、暗に見てこいってことですよね?」
「戻る時はこのボタン。わかるね?」
私の言葉は無視して博士は説明を続けます。そんな人です。
「あと、これだけは守ってほしい」
博士が急に真面目な声になりました。
私が博士に言いたいことはわかります。このUFO型タイムマシンを作成してるときに何度も繰り返し言っていた言葉ですよね?
「その時代の人とは関わっていいけど、時代を根本から変える物は持ってきてはいけない。特にギャンブルの新聞!」
博士はそれを聞くとニッコリと笑って親指を立てた。
「OK!じゃあ、いってらっしゃい!」
博士は入口から出ていくと、ドアをバタンと閉め、ロックをかけました。
あ、ちなみに外と中、どちらからでもロックできる仕組みになっています。
そして私は日にちカウンター脇の出発ボタンを押しました。
さあ、これからついにタイムトラベルの始まりですよ!
その瞬間、高いところから落ちる時のフワッとした感覚がしたと思ったら、ジェットコースターが一基に落下するような感覚に襲われ、私は絶叫した。
長い?




