表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
7/21

7.迷いました。

※20160326 第二回お仕事コンに向けて改稿しました。また、サブタイトルを変更しました。

 人も動物も、蜂や蝶でさえ見かけなかった。

 ひたすら桜並木が続く。

 うねうねと曲がる小道を巡りながら、わたしは悶々とした思いを抱えていた。

 あの時。

 手弱女は、二人は大丈夫だと言った。

 わたしは本来ここにいていい人間じゃない。

 会いたい人がいるから来たわけじゃない。

 ただ、事故で二人と一緒に落っこちてきただけ。

 だから、彼女が言うこともわかる。

 わたしにさせてくれなかったのも、わかる。

 でも。

 もしも。

 もしもあのとき、わたしも同じように耳を澄ましていたら。

 日置さんと同じように一心不乱に誰かの声を探していたら。


 ――誰かの優しい呼び声が聞こえたのだろうか。


 わたしを呼ぶ人なんて、いるのかどうかはわからないけど。

 なんだか一人だけ置き去りにされた気がして、落ち込んでいるのだ。

 わたしにも会いたい人ぐらいいる。

 そのために都会に出てきた。

 時を超えて会えるなら、会いたいと思う。でも。


 ――会って、どうする? 


 里を出るときにお婆様に言われた言葉が耳によみがえった。


「そう、なんだよなあ」


 道端に落ちていた石ころをけとばして、目で追いかける。

 会って、どうしたいのか。

 昔の幸せな記憶を呼び起こしたところで、二度目の別れがつらくなるだけだ。

 それに、わたしはもうあのときの猫の姿じゃない。

 きっと気がついてはもらえないだろう。

 それを直視するのもつらい。

 こん、と石をけ飛ばすと、道ばたの木の根元に転がり込んだ。

 石を探すふりをしながら、根元に座り込むと背中を木に預けた。

 空を見上げれば、薄紅色に覆いつくされた空が見える。

 そういえば、花見に出かけたことがあった。

 彼がまだ地元にいたころだ。

 川土手の桜並木のあたりまで散歩に出かけたときに見つかったんだ。

 自転車を押しながら歩いていた彼は、わたしを拾い上げると前かごに入れてゆっくり桜を見ながら家まで帰ったっけ。

 目の前にひらひら落ちてくるピンクの標的を一生懸命取ろうとしてたのを覚えている。

 あの空は、この櫻の園に比べるべくもないけれど。

 次の桜の時期を前に彼が地元を離れて、二度とはできなかったけれど。

 とても幸せだったように覚えている。


 ――会って、どうしたいんだろう。わたし。


「あら、かわいらしいお客人ね?」


 くすくすと笑い声が聞こえてきた。

 さっきまで一緒だった手弱女とは違う声だ。

 もしかして……わたし、境界線を越えてしまった?

 慌てて立ち上がると、声の主は道をはさんだ向こう側、桜の陰からこちらを除いていた。

 小さな頭、腰まで長く伸ばした黒髪、白い長襦袢に真っ赤な袴を合わせた彼女のいでたちはまるで神社の巫女だ。


「あ、あの」


 手弱女の声がよみがえる。

 隣の櫻の園に入ってしまったら、二度と戻れない。

 川向こうは隣の園だと言っていたけど、川を渡った覚えはない。

 じゃあ、あれは誰?


「はじめまして、わたくし、この櫻の園を管理しております、紅豊べにゆたかと申します」

「え、は、はじめまして……」


 巫女姿の紅豊は木の陰から出てくるとわたしの前に来た。


「わたくしの園にようこそ! うれしいわ、わたくしの園の初めてのお客様よ」

「あ、あの、いえ。わたしは……」


 彼女はそっと手を伸ばしてくるとわたしの手をすくいあげた。


「さあ、いらして? 精一杯歓待させていただきますわ」


 手弱女よりは少し大人びて見える。身長もたぶん、彼女よりは高いだろう。

 強調されている胸も……。


「あの、この櫻の園は手弱女さんが管理しているのではないんですか?」

「あら?」


 少女はいたずらっ子ぽく微笑んだ。


「気が付きませんでしたの? あなたは境を超えて、わたくしの園にいらっしゃったのよ?」

「え……」


 血の気が引く。手から力が抜けて震えが来る。

 まさか、本当にやらかした?

 ガイドなのに、お客様を置いて、別の園に入ってしまったなんて。

 

「ふふ、もうあなたはわたくしのお客様。手弱女の園には戻れませんの。あきらめてくださいな」

「そんな、何か手はありませんか」

「無理ですわ。もう、元の時代にも戻れませんわね?」


 紅豊の言葉に、目の前が真っ暗になった。

 しょっぱなからこんなことになって、元の時代にも戻れない……。


「さあ、いらしてくださいな。おいしいお茶がありますのよ」


 くすくすと耳元で笑う彼女の声は聞こえていた。

 彼女に手を引かれているのもわかっていた。

 でも、どうすることもできない。もう……戻れないのだから。


「あら、そんなにおいしいお茶ならごちそうになろうかしら。ねえ? 紅豊」


 聞き覚えのある声がすぐ横で聞こえた。

 ここは一本道で、横道なんかなかったはずだ。

 のろのろと頭を上げると、困ったように苦笑する高梨さんと、腰に手を当て、足を踏ん張ってわたしと巫女娘をにらみ据える手弱女が立っていた。


「お、姉さま。これは、あの」

「誰かが境界を超えてきたと連絡があったから来てみれば……何度禁忌を侵せば気が済むの、紅豊」

「だ、だってっ……わたくしの園には誰もきてくださらないのに、お姉さまの園には三人もだなんて……卑怯ですわっ、えこひいきですわっ。だから一人ぐらいもらったっていいじゃないのっ」


 ぐいと紅豊に腕を引っ張られる。倒れかけたわたしの反対の腕を誰かがつかんだ。振り向くと、手弱女だった。


「え……」

「しっかりしなさい新人ガイド! あなた、私を馬鹿にしてますの?」

「え?」

「私の櫻の園にきたお客様がどこにいるか把握してないとでも思ってますの? いくらあなたがぼーっとしていたって、気が付かないうちに境界を越えてたなんてこと、させるわけがありませんの」

「……あ、はい」


 なんとも間抜けな返事になってしまったが、彼女の言っているところがいまいちよくわかってない。


「あのね、萌さん。手弱女はね。あなたが境界を超えないように見守っていたんです。だから、惑わされないで。ここはまだ手弱女の櫻の園です」


 高梨さんの言葉にようやく理解が追いつく。

 わたしの左腕を引っ張る巫女に視線を移すと、手弱女はぐいとわたしの腕を引き込み、紅豊の手を振り払った。


「去りなさい、紅豊。二度と私の櫻の園には立ち入らせません」

「お、お姉さまっ」


 手弱女が宣言した途端、巫女服の少女の体は金色の光に包まれた。少女の姿が完全に見えなくなると、光は空に飛んで行って消えた。


「馬鹿な妹が悪かったわね」

「あの、いえ……助けてくれてありがとう、ございます」

「あなたのためじゃないわ。……櫻の園の秩序を守るのは当然だもの」


 つんと横を向いて手弱女は言う。


「あの、どうやってここに?」

「あんたって、究極の方向音痴よね」

「あ……はい」


 言い当てられてしまった。

 そうなのだ。猫のくせに帰巣本能がないというのか、まったく地形が頭に入らない。


「どこに行きたかったのか知らないけど、まっすぐ隣の園目指すとか、あんたほんとに馬鹿ね」

「すみません……」

「しかも紅豊に惑わされそうになってるし。しかもそれ真に受けて何もかもあきらめるとか、あんたほんとにやる気あるの?」


 手弱女の怒気に身を竦める。さっきまでとはまるで違う。本気で怒ってる。


「だって……」


 適切な言葉が出てこなくて、唇をかんでうつむく。

 いろいろ頭の中がぐちゃぐちゃになってる。

 彼女はわたしを客だと言った。手弱女は客じゃないと言った。

 もし、彼女のところに行ったら……試させてもらえたかもしれない。


「……その、悪かったわよ」


 思わぬ言葉にわたしは顔を上げた。

 てっきり説教が続くものと思っていたのに、なぜか少女は唇を尖らせ、視線を逸らしたままむくれ顔だ。


「り、涼太がさ、あんたも一応ここに迷い込んだ客なのに、『試し』をさせなかったのはなぜかって」


 高梨さんを仰ぎ見ると、やわらかい微笑みを浮かべていた。


「そう、ガイドさんとはいえここでは園のお客様だから気になって。君にも会いたい人がいるんじゃないかなって」


 手弱女は、と視線を転じると、眉をひそめ、ぼそっと言った。


「そういう取り決めなの。地上との」

「それだけ?」

「そう、ガイドが迷い込んだ場合は『試し』をさせてはいけない。会いたい人を呼び寄せてはいけない。そのまま地上へ返すこと。それが契約の内容だから」

「もし、それを破ったら?」

「とんでもないことになるわ。過去にも例があったけど、そのガイドは二度と戻ってこなかった」


 それだけ言って手弱女は口を閉じ、踵を返して元来た道に消えた。

 高梨さんはゆっくり近づいてくる。


「君にも会いたい人がいるんだね?」

「……はい」


 でも、今の姿で会いに行っても気が付いてもらえない。


「猫又にならなきゃよかったかなぁ……」

「僕は猫娘もいいと思うけどね」


 その言葉にはっと顔を上げる。

 まずい。圧倒的にやばい。

 昨日もらった会社の規約で、『一般人に正体を見破られないこと』って項目、あった気がする。

 うかつだった。

 昨日の今日でいきなり無職、とかいやすぎる。寮にも入れて衣食住完備の生活にありつけたのに。


「なんの話で……」

「ごまかそうとしても無駄だよ。ちゃんと聞いていたし。それに、君はまだ気が付いてないみたいだけど、このツアーのスペシャルガイドさんたちが全員人間じゃないのは知ってるから」

「ええっ! そうなんですかっ」


 思わず声を張り上げる。

 知らなかった。まあ、社長があれだし、わたしみたいのを雇ってくれるから、きっとそういう人もいるだろうなとは思ってたけど。


「うるさいわよっ」


 桜の幹の向こう側からおかっぱ頭が見えた。


「た、手弱女さんっ、ほんとなんですかっ?」

「あんたねえ……天然なのかオトボケなのかはたまた計算ずくなのか知らないけど、今後も大勢の人間に混じって生活していくつもりなら、そういうアンテナ、ちゃんと磨いときなさいよ。でないと命取りになるわよ?」

「は、はい……」


 それだけ説教を垂れて、おかっぱ頭はまたいなくなった。


「僕ならやめておくかな。でも、強い思いは止められない。里美さんが飛んでいったようにね」


 じゃあね、と手を振って高梨さんも道の向こうに消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ