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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
5/21

5.落ちないって言ったじゃないですか!

※20160326 第二回お仕事コンに向けて改稿しました。なお、サブタイトルを変更しました。

 白い帽子の老紳士は高梨と名乗った。


「この時期になると花見船の募集が始まるのが待ちきれなくてね。募集開始のメールがきてすぐ申し込んだんだ。もう一人のガイドさん、加賀美さんが送ってくれてね」

「そうだったんですか」


 やっぱりリピーターさんだ。バッジを見てすらっと合言葉を言ったり、慣れてる感じはしていた。


「彼女には何度か迷惑をかけちゃってね。ああ、君に迷惑をかけるようなことはないよ。もう大丈夫」


 そういい、やわらかく微笑む。

 わたしは首を傾げた。

 毎年乗りたくなるほど、一体なにがあるんだろう。

 今まで送った人たちも皆、今年も来られてよかったと言い、来年も来ると言って手を振る。

 教官である加賀美さんからは見てのお楽しみと言われて説明は受けていないからなおさら気になって仕方がない。

 何がいいんだろう。わたしにもわかることだろうか。


「そんなにいいんですか?」


 口に出したとたん、後悔した。

 あきらかに高梨さんの表情が硬くなった。


「す、すみません。私、今日が初めてでっ、大変失礼しましたっ」


 あわてて頭を下げる。

 客を案内しているガイドが客に聞くことじゃなかった。


「ああ、そうだったのか。いや、気にしないでください。でも、お客さんにそれを言っちゃだめですよ」

「そうですよね、すみません……」

「堪忍したりぃな。最初はそんなもんやって。次に同じことをせんかったらええねん」


 後ろをついてくる日置さんがフォローを入れてくれる。

 振り向いて軽く会釈をすると、日置さんはサングラスをずらしてウィンクを飛ばしてきた。

 見た目のインパクトとは違ってなんだかかわいい感じの人だ。


「まあそれに君ぐらいの若さで向こうに行っても、あまりありがたみはないかも知れない」

「え?」


 高梨さんの言葉に、あらためて今日、門へ送った人たちの顔を思い出してみる。確かに皆それなりの年齢の人ばかりだ。

 子供や若い人は一人もいない。

 それも、何か関係があるのだろうか。

 若い人が行ってもありがたみがないところ。

 神社仏閣とかなら、好きな人は年齢関係なく好きだし、ありがたみっていうのがわからない。

 お年寄りにとってのありがたみって、なに?


「あー、ネタバレはせんといてぇな。初めてやのにわくわくがなくなってまうやんか」

「え?」


 日置さんの言葉にあわてて振り返った。


「日置様、初めてなんですか?」

「そ。せやからどんな体験が出来るのか、楽しみでしかたないねん。夕べもなかなか寝付けへんで、目の下クマできてもうたわ」


 そういいながら化粧で白く塗りつぶされた目の下を指差し、日置さんはけらけらと笑い出した。

 が、それどころじゃない。


 ――加賀美さんが探してた新規のお客さんだ!


 加賀美さんが船尾に探しに行ってすぐに日置さんはやってきた。

 タイミング悪くすれ違ったのだ。

 どうしよう。

 新規のお客様の場合、何かリピーターのお客様と違った作法やなんかがあるんじゃないだろうか。

 今日は初めてだからと、加賀美さんが請け負うことになっていた。そのうち、ということでわたしは全く何も聞かされていない。

 このまま送り出して、何かあったら……。

 ぞっとして身をこわばらせると、日置さんに頭を下げた。


「日置様、申し訳ありません。新規の方のお送りは私では無理なので、もう一人のガイドを呼びます。それまでお待ちいただけませんか?」

「えー、あたしはあんたがええのに」

「え、あの、ありがとうございます。でも、何かあるといけませんから……」


 日置さんの言葉にしどろもどろに返しながらも、携帯電話を取り出した。

 今朝教えてもらった加賀美さんの携帯番号にかけてみる。が通じない。

 船尾からレストランの方へ探しに下りたのかもしれない。

 今すぐにでも探しに行きたいところだけれど、お客様二人をこのまま放りだすわけにもいかない。

 四度目も留守電に切り替わったところで、意を決してわたしは通話終了のボタンを押した。


「すみません、連絡がつかなくて……高梨様をお送りしてすぐ加賀美を探しますので」


 腰を折って頭を深く下げる。


「えぇ~、まあ、捕まらんもんはしゃぁないわ。ほんで、その門とやらまでは一緒に行ってええんやろ?」

「あ、はい。もうすぐですから。こちらへ」


 とにかく、場所まで行こう。

 その間にもしかしたら加賀美さんから折り返しの電話が入るかもしれないし、途中で引き返してきてくれるかもしれない。

 速足で二人を門のあるあたりに案内すると、人影もまばらだった。


「それでは、お願いいたします」


 高梨さんに手を差し伸べると、彼は微笑みながらしわくちゃの手をわたしの掌に載せてきた。

 そのまま一歩進む。

 加賀美さんの誘導を横で見ていた時にはわからなかったけれど、その場に立つとはっきり雰囲気が変わったのが分かった。

 風が止み、体感温度も少し下がった気がする。周囲の音も声も聞こえなくなった。

 山奥の聖域にいた時と同じだ。

 都会に出てきてからずっと聞こえていたキーンという高周波すら聞こえない。

 肌がピリピリする。全身の毛穴が総毛だつ。

 間違いない。

 これは結界だ。


「静かですね」

「ええ、僕はこの瞬間が好きなんですよねえ」


 高梨さんはそういうと微笑んだ。


「ここからは一人で参ります」

「はい、よい旅を」


 手を放した高梨は、帽子を軽く持ち上げて会釈してそのまま足を進め――立ち止まった。


「え?」


 風が髪の毛を揺らし始める。船の動力音が聞こえてきて、耳鳴りのような高周波が聞こえた。

 結界が――消えた?


「高梨様?」


 困惑した表情の高梨に歩み寄ろうとした途端、いきなりぶつかってきた何かに押し倒されるようにしりもちをついた。


「よ、よかったぁ。いきなり消えたから、どっかに落っこちたのかと思って探しとってん」

「ひ、日置様?」


 床に転がったわたしの腰にしがみついていたのは日置さんだった。


「やれやれ、どうなってるんだこれは。……お嬢さん、立てますかな?」


 すぐ横に立っていた高梨さんは苦笑を浮かべると、わたしに手を差し伸べてくれた。


「申し訳ありません、いったい何が……」


 手を借りて立ち上がろうとした途端、視界がスパークした。


「な……」

「これ……」


 二人が同時につぶやいたのが聞こえた瞬間、体を支えていた甲板の感触が消えた。

 体が下に引っ張られる。

 真っ暗な穴の中に落っこちていく。丸く切り取られた空がぐんと遠ざかる。

 なぜか頭を下に水に落ちていくシーンが脳裏によぎった。

 落ちる、おちるおちるおちるっ!

 何が大丈夫、よっ。

 猫又だろうがなんだろうが、大丈夫じゃないわよっ。


「しゃちょうのうそつきぃ~~~っ!」


 視界が真っ暗闇にぬりつぶされた。

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