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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
4/21

4.いきなり初仕事、です!

※20160326 第二回お仕事コンに向けて改稿しました。なお、サブタイトルを変更しました。

 船上でのガイド業務は多忙を極めた。

 といっても今日のわたしはは加賀美さんの後ろについて歩くだけのヒヨコ。

 旅行会社の人と人数の確認や予約の確認、船の乗組員との打ち合わせ、レストランのシェフとの最終確認、他のガイドさんたちとのお客様案内の手順確認エトセトラエトセトラ……。

 これらを加賀美さんは汗一つかかずにこなしている。

 耳や尻尾が出ないようにしながら一人であれだけの仕事をこなせるだろうか、と不安のほうが大きくなる。

 でも、研修が終わる三ヵ月後には、一人で船に乗らなきゃならない。


 ――わたしに出来るかな、ほんとに。


 乗船口でお客様の手を引いてお手伝いをする加賀美さんの横で、お客様に声をかけたり。

 船が岸を離れたら、船長の挨拶を聞き流しながら予約のあるお客様はレストランへ案内して、そうでないお客様はデッキへの誘導をしたり。

 移動するときには手回り足回り頭上への注意を促し、階段を上ったり下りたり。

 これらを見よう見まねでお客様に笑顔を振りまきながら声をかける。

 それだけでも初心者の萌には難度の高いクエストだ。

 そして、幽玄コースのお客様の誘導。

 基本的には加賀美さんが行い、わたしは後ろをぴよぴよとついて歩くだけだが、その間にもほかのお客様から声をかけられることがあるから油断はできない。

 一通りお客様の案内が終わると、加賀美さんがくるりとデッキを見回した。


「少し船尾のほうを歩いてくるわ。今回がはじめてのお客様がまだ見つからないの。あなたは船首にいてくれる? マルユウの案内はもうできるわね?」

「は、はい。たぶん……」


 急に振られて語尾がしりすぼみになる。

 マルユウ、とは幽玄コースのお客様のこと。

 船が出て三十分、加賀美さんの案内に付き従って三回は案内を見学した。うん、あれなら自分一人でもきっとできる。

 そう答えると、加賀美さんは頼むわね、と言って船尾方向に小走りで行ってしまった。

 加賀美さんの背中を見送って、今日見た案内を脳裏でリピート再生する。

 加賀美さんに手を引かれて船首に案内されたお客様は、自分で一歩踏み出した後、どこかへ消えたように見えた。

 三回が三回ともそうだったから、消えるので正しいのだろう。

 その間、加賀美さんが何かをした様子は全くなかった。呪文のようなものを唱えていたようには見えなかった。むしろ、手を放す直前まで加賀美さんはお客様と和気あいあいと会話をしていた。

 お客様もにっこりと嬉しそうに加賀美さんに話を聞いてもらっていたように見えた。

 ただ、それだけだ。

 普通に接していればいいはず。

 近くには他のお客様もいたけど、人が消えたことに気がついた様子はなかった。

 何らかの目くらましがかけられているのかもしれない。


「大丈夫、大丈夫、わたしは、大丈夫……」


 目を瞑って小さな声で繰り返す。きっと大丈夫。

 いまのところはお客さんから声をかけられてもなんとか応対できてる。

 普通のお客様のあしらいも分かってきたし、加賀美さんがいなくても怯えちゃダメ。

 お客様を不安にさせないように――。


「――っと、ねえ」


 いきなりぽんと手を叩かれ、飛び上がらんばかりに驚いた。

 落ち着いてあわてて見回すと、二メートルほど離れたところにヒョウ柄スカートの中年女性がぽかんと口をあけて立っている。

 しまった。

 おもわず本気で飛びのいてしまった。

 頭に手をやって耳と尻尾が出てないか確認する。

 猫の時だったら背中を丸めて警戒してたにちがいない。しっぽもぶわっとなってたに違いない。

 それぐらいびっくりした。

 でも、びっくりしただけだったから、なんとか抑え切れたみたいだ。

 ほっと一息ついて、駆け戻ると、女性はまだびっくり顔のまま立っていた。


「なんやの、今の。びっくりしたわぁ。あんた何か運動やっとるん?」

「い、いえ、あの、すみません」


 一生懸命笑顔を浮かべて頭を下げる。

 リラックスリラックス、と自分に言い聞かせても引きつった笑顔しか出てこない。

 女性は濃いサングラスに濃い口紅が印象的な色白のぽっちゃりさんで、ピンクの日傘を腕にかけていた。

 少しきつい香水の香りが漂ってくる。この匂いは確か、デッキに上がってすぐ傘を開こうとして、加賀美さんがやんわりと注意したお客様だ。


「ええと、何か御用でしょうか――日置様」


 落ち着いて声をかけると、女性は嬉しそうに目尻を下げた。


「あらまぁ、名前覚えてくれたん? 嬉しいわねぇ。ガイドさん、あんたに聞いたらええのん? あら、見習いやの? もしかして今日が初めて? あぁ、それで緊張してたん?」

「は、はい、すみません」


 矢継ぎ早に繰り出される女性客の言葉のどれに反応していいのか分からず、縮こまって頭を下げた。


「ええのよぉ。初めはなんだってそんなもんさね。あたしも初めてお店に出たときはそりゃーもう怖くて怖くて……」


 彼女の話は終わりなく続いた。

 相槌を打つ以外に言葉をさしはさむ余裕もない。

 テレビなんかで見たことはあるけど、マシンガントークというのはきっとこういうのを言うのだろう。

 大阪のおばさんはフレンドリーだとは聞いてたけど、大阪訛りなだけで、内容は田舎の農協のおばちゃんとの井戸端会議とあんまり変わらない気がする。

 とりとめのない、終わりのない話。

 右から左へ弾丸が抜けていく感じで、笑顔がこわばっていくのを感じる。


「ちょっとごめんなさいよ」


 横からにょっと差し出された白い帽子に、マシンガンおばさんは口を一瞬つぐんだ。

 マシンガンが止まったおかげで、はっと気を取り直した。


「あ、はい。なんでしょう」


 帽子の主に向き直ると、白髪交じりの男性が立っていた。目と口元の笑い皺からそれなりのお年なのが見て取れる。カメオのループタイがよく似合っている。


「ちょっとあんた、この子はあたしと話しとるんやから、割り込まんといて」

「あんたの話が終わるを待ってたら日が暮れちまうからねえ。ガイドさん、今年の桜はきれいに咲いたかねえ」


 合言葉だ。マルユウだ。

 粟立つ心を抑えながらポケットのメモを上から押さえ、覚えた合言葉を口にした。

 加賀美さんの所作を思い出して、同じように体の前で両手をそろえると、軽く会釈をして手を伸ばした。

 口元にはやわらかく微笑みを浮かべることにも成功した。


「ええ、今年はきれいですよ。ご覧になりますか?」

「ぜひお願いします」

「あーっ、あたしも。それそれ」


 どうぞ、と差し出そうとした手を女性がつかんだ。


「それ聞こうと思うてたんよ。ついつい話し込んじゃって。あたしも一緒にお願い」

「あの、でも」

「順番やったら声をかけたんはあたしが先」

「合言葉は私のほうが先だ。あんたは合言葉を口にしていないだろう?」

「言う前に割り込んだんやないの」


 二人とも興奮勝ちで声が大きくなってきた。周りの客の視線がこちらに向いているのが分かる。

 まずい。

 加賀美さんからは一般客に悟られないよう、秘密を守るよう言われているのに。

 注目を浴びて、しかもこんな大声で合言葉とか言われたらとってもまずい。

 こんなときに限って加賀美さんがいないなんて。


「あの、すみません、喧嘩はやめてください」


 勇気を振り絞って間に割って入る。


「しかし」

「だって」


 同時に二人はわたしを振り向いて口を開いた。

 へちゃっと倒れそうになる心を無理やり立てて背筋を伸ばす。


「その、落ち着いてくださいっ。周りのお客様も見てますし、騒ぎになっちゃったら、ご案内するどころじゃなくなっちゃいますからっ……」


 最後だけ声を潜めて言うと、二人は言い争いを渋々あきらめてくれた。


「わかったよ。じゃあ、ガイドさん。君が決めてくれ。私と彼女と、どちらを先に案内するか。あなたもいいですね?」

「かまへんよ」

「わたしが、ですか?」


 見習いで、しかも初めて船に乗った新人なのに?

 二人の視線がざくざく刺さる。

 周りにいるそのほかのお客様もこっちを見ているのがわかる。

 まずい。


「わ、わかりました。とにかくこちらへどうぞ」


 とにかくここを離れなきゃ。

 今は一刻も早く周囲の客の視線から逃れなきゃ。

 それにここから門のある場所まで移動している間に加賀美さんが戻ってきてくれるかもしれない。

 そうなれば、一人ずつ案内できる。

 二人を誘導しながら、どうぞ帰ってきますように、と心から祈った。


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