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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
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2.はじめまして、寮母さん

20160526 第二回お仕事コンに向けて改稿しました。またサブタイトルを変更しました

「ここが、寮?」


 イケメン中村さんの説明によると、古い洋館を改造したものらしい。

 外見は白で統一され、ぐるりとテラスがめぐらせてある。門前には色とりどりに花が咲き、庭はさながらイングリッシュガーデンのようだ。


「築百年以上経っていますからね。でもこまめに修繕しているから、大丈夫ですよ。床が抜けたりしませんから。一階と二階にそれぞれ八部屋、一階の奥の部屋は管理人夫婦がいらっしゃいますから、あとで挨拶に行ってください。君の部屋はとりあえず一階の二号室を使ってください。二階には六人が住んでいますが、仕事中なので今は誰もいません。風呂は一階で共有、トイレと洗面台は各フロアにありますが、こちらも共有です。ルールなどは管理人夫婦に聞いて守ってくださいね。はい、鍵」


 立て板に水、とはこういう喋り方を言うのだろう。中村さんはいつ息継ぎをしてるんだという勢いで喋り立てた。

 木札のついた小さな鍵を渡される。鍵は二つあった。札に書かれた文字によると、玄関と部屋の二つらしい。


「では、私は仕事がありますので」

「はい、あり……」


 礼を言おうと振り向くと、もう中村の姿はなかった。

 影も形もなかった。

 どうやって帰ったのだろう。

 車を置いたところから結構歩いたはずなのに、影も形もない。

 ふぅ、とため息をついて改めて建物に向き直る。

 周囲をちらりと見たけれど、誰も外にはいない。

 呼び鈴もドアノッカーもない。

 勝手に入っていいのかしら。

 しばらく扉の前で悩んだけど、意を決してそっと玄関のノブに手を伸ばした。

 鍵はかかっていなかった。

 そっと開けてのぞき込むと、家の中は真っ暗で、玄関も奥のほうまで見通せない。


「あのー、すみません」

「セールスと宗教はおことわりやで。帰って」


 奥のほうから声が飛んでくる。しゃがれたおばあさんっぽい喋りだ。


「いえ、その、違います。今日からお世話になる……」

「セールスと宗教はおことわりやで。帰って」

「あの、だから」

「セールスと宗教はおことわりやで。帰って」


 何回繰り返したろうか。

 しまいには口をあける前に同じフレーズが帰ってきて、心が折れた。

 扉を閉じると、ノブから手を放した。


「わたし、嫌われてるのかな」


 ため息をつく。

 会社のほうから話しておいてくれなかったのかな。

 それともこれが都会の流儀なの?

 ぺったりと玄関のそばに腰を下ろして額を膝小僧にくっつけた。

 なんだかんだあって疲れちゃったし、眠気も襲ってくる。

 誰か帰ってくるまで、ここに座ってようかな。

 そうしたら事情を説明して、扉を開けてもらって……。


「あんた、何しとんの」


 上から声が降ってきて、びっくりして顔を上げた。

 目の前にはほうきを手にした割烹着姿のおばさんが立っている。

 奥から飛んできた声と同じ声だ。

 しかも……なんか怒ってる?

 って、あたりまえ化。

 あれだけしつこく声をかけたんだもの。きっと腹に据えかねて追っ払いに来たに違いない。

 わたしはとっさにカバンで頭をかばった。

 

「す、すみません、怪しい者じゃなくて……」

「ああ、ミケから話は聞いとるよ。いつまでたっても入って来んから見に来たら、そんなところに座っとるし。なんでその鍵を使わんの」

「え? 鍵?」


 おばさんが社長を呼び捨てにしたのに軽く動揺しつつも、握ったままの鍵に視線を落とした。

 さっき中村からもらった鍵だ。

 でも、玄関には鍵が掛かっていなかったし……。


「ほれ、貸してみ」


 割烹着のおばさんはわたしの手から二つの鍵をひったくると、片方の鍵を鍵穴に差し込んだ。カチリと音がして、玄関の扉を押し開ける。


「あれ……?」


 開いた扉から見えた玄関は、煌々と明かりが灯っていた。

 広々とした吹き抜け。二階に続く階段の下には壁掛け液晶テレビ、壁際には暖炉と応接セットがある。

 赤紫のソファとローテーブル。洋館らしく、玄関には上がり框がない。土足のまま上がっていいのだろう。


「さっきは何も見えなかったのに」

「ありゃ泥棒とセールスよけじゃ。鍵を使って開けんと入れんようにしてあってな。ほい、返すぞ。お前さんの部屋は右の二番目じゃ」


 鍵を受け取る。


「あ、ありがとうございます。ええと、管理人の方ですか?」

「そう、あとで部屋まで来ておくれ。渡すものあるから」

「あ、はい」


 管理人のおばさんはさっさと奥へ入っていった。

 ゆっくり周りを見回しながら言われた通り右の廊下に足を踏み入れる。

 扉の上に部屋番号がぶら下げてあって、二番目の扉には「一〇二号室」と書かれていた。

 鍵を開けて部屋に入ると、赤い絨毯が敷いてあった。

 この絨毯も土足で上がっていいのかな。

 田舎では和室が基本だから、玄関で靴を脱がないのも、部屋に靴のまま上がるのもすごく抵抗がある。

 それに、この絨毯。

 高そうなのに、靴で入っていいのかな。

 汚れたりしない?

 それともここから先は靴脱いで入るの?

 両隣の部屋の入り口をちらちらと見たけれど、靴を脱いでおいてある様子はない。下駄箱も外にあるわけではないみたいだ。

 恐る恐る靴のまま絨毯の上に立つ。

 ……部屋に入る前に靴が汚れてないかどうかをチェックしたのは言うまでもない。

 十二畳ぐらいの広さだろうか。窓側にベッド、作りつけの洋服棚の扉には大きな鏡がはめ込んである。

 部屋の隅においてあった木製のライティングディスクは、この建物と同じぐらい年代を経たものだ。蓋になっている部分を手前に開くと机になるタイプ。

 婆ちゃんの家に似たようなデスクがあったのを思い出して、少し懐かしく思う。

 ワンルームの兄貴の部屋より広い。

 荷物がない分、よけいに広く感じるのかもしれないけど。

 鞄を下ろし、ベッドに座る。

 意外としっかりした硬さのスプリングで、体が沈み込むほどではない。

 この硬さもわたし好みだ。


「あ、兄貴に電話しとかなきゃ」


 二つ折りの携帯電話を取り出した。が、圏外表示のままだ。


「なんで、圏外ぃ? 大阪市内なのに、圏外なんて」

「めぐみちゃん、荷物取りにきてくれへんかなぁ」


 寮の奥から声が聞こえてきた。

 まるですぐそこでしゃべってるみたいにくっきり聞こえるなんて。

 テレビやラジオの騒音がないとはいえ、すごい声量だ。

 そういえば鍵を開けずに入ったときの声も、奥のほうからくっきりはっきり聞こえてたっけ。


「はぁい、行きます」


 あわててわたしは部屋を出た。


 ◇◇◇◇


「はい、荷物。社長からの差し入れもあるわ」

「ありがとうございます」


 寮のルールをたっぷり一時間は聞かされて、解放された。

 部屋に戻ると早速もらってきたものをベッドの上に並べる。

 手元には紙袋が三つ。

 一つは制服。

 ビニールを破って取り出した制服を体に当ててみたが、少し大きいみたい。今日着てた紺のスーツによく似てる。

 パンプスも入ってた。こっちはサイズぴったりだ。

 靴のサイズまで教えてなかったはずだけど、どうやって知ったのだろう。

 二つ目は着替え。

 そう、面接会場からそのままこっちに来たから、着替えとかぜんぜん持ってきてなかったのよね。

 兄貴の部屋に置きっぱなしだから持ってきてもらおうと思ってたのに、圏外で連絡できなかったから助かった。

 今から兄貴の部屋まで行くことも考えたけど……たぶん途中で迷う。ううん、間違いなく迷う。迷う自信がある。

 だからとっても助かる。

 初出勤の前にどうしてもお風呂に入っておきたかったし。

 でも……ストッキングやパンティはまあ体のサイズから類推すればわかるとして。

 ……どうしてブラのカップまで知ってるんだろう。それに……白地にピンクの花柄が好きなことまで。

 まさかストーキングされてる? ……わけないよね。

 気を取り直して開けた三つ目の袋にはいくつか箱が入っていた。

 全部取り出してベッドに並べると、一つずつ開けていく。

 一つ目は携帯電話! しかも最新式のスマートフォン!


「きゃーっ、太っ腹だぁ。すごい!」


 小躍りして喜ぶ。使いこなせるか分からないけど、兄貴が使ってるのがうらやましかったんだよね。

 あれより新しい機種だ。今度会ったら自慢してやろっと。

 さっそく説明書読んで使い方覚えなきゃ。

 他の箱はそれぞれ腕時計、ピアス、ネックレス。

 どれも同じ印が入っている。

 たぶんこれも制服の一部なのだろう。全部に入っているマークに見覚えがあったし。

 鞄から今日もらった資料を取り出してみた。パンフレットに描かれたロゴマークによく似ている。


「やっぱり、じゃあこれは制服の一部ね」


 ライティングディスクを開いて制服その他を並べる。明日は忘れずにつけていかなくちゃ。

 にやにやしながらそれらを眺め、スマートフォンをいじっていたらノックの音がした。


「めぐみちゃん、ええかな」

「はい」


 扉を開けると管理人さんが立っていた。

 先ほどまでのかっぽう着姿じゃなく、赤紫の小紋にオレンジ色の道行を羽織っている。

 かっぽう着と三角巾で髪の毛も顔もあらかた隠れてたから、声だけでおばあさんなのかと思ってたけれど、なんだか三味線のお師匠様のような色気が出てる。


「ちょっと寄り合いに出かけるさかい、早いけど晩御飯作っといたから、これ。あと、風呂も沸いてるからいつでも入ってええよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 弁当箱を渡され、わたしは頭を下げた。


「ほなね。ゆっくり休んでな」

「はい、お気をつけて」


 頭を下げて管理人を見送ると、顔を上げて口元を緩めた。


 ――今日からわたし、ここで生活するんだ。


 そう思うと、ほんのり胸の奥があったかくなってきた。


「がんばろ」


 明日から社会人なのよ、気を引き締めなきゃ。

 でも、頬が緩むのは止められなかった。

20151006)読みやすく改行を入れてみました

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