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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第二章 わたし、がんばります!
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9.落とし物って何ですか?

 きしむ階段を踏みしめて二階へ上がると、廊下が二つに分かれていた。右へ曲がるか、まっすぐ歩くか。

 一階と部屋の位置は同じなのだろうか。でも、下にある食堂や風呂の分、部屋は広いはず。一階より二階のほうが広いって聞いたし、きっとあてにはならない。

 部屋は六部屋。わたしの部屋と同じなら、鍵がないと扉は開かないわけで。

 寮母さんの反応からして、今二階にいるのは蜂谷さんと火村さんだけのはず。

 いるかいないかわからない部屋の扉をノックし続けるのはやりたくないし、間違えて蜂谷さんの部屋をノックしたら、きっと怒られて二階から追い出されてしまう。


 ――なぜかそう思った。


 だから、一発で火村さんの部屋、みつけなきゃ。

 どうやろう、と考えて、眼鏡から微かに立ち上る匂いに気が付いた。……食堂で初めて会ったときに覚えた、火村さんのにおい。

 ……なんか変態チックな気がしてきたけど、重要な手がかりだ。

 眼鏡のつるのあたりを嗅いで記憶してから、徐にあたりの空気を吸い込む。

 少なくとも風呂場で一度、彼を回避できたんだから、間違いはしないはず。

 微かな香りを頼りに廊下を進み、二度ほど曲がり角を曲がったところで扉に突き当たった。

 のぞき窓も何もない重厚な茶色の扉。窓の位置が一階とは若干違う。隣の部屋までの壁の長さも、段違いだ。

 ここに違いない。

 扉の隙間からほんの少しだけ流れてくる火村さんのにおいと、細い明かり。

 深く息を吸い込んで、おなかにぐっと力を入れて、右手を伸ばすと軽く扉をノックした。

 でも何の音もしない。沈黙に耐えられなくなって口を開こうとしたとき。


「――はい」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、低い男の人の声。火村さんの声だった。


「あ、あのっ」


 間違ってなかったと安堵したとたん、言おうとしていた言葉がきれいさっぱり脳内から消えた。

 えっと、何をどう説明すればいいんだっけ。


「……誰?」

「あの、一階の緋桜ひおうめぐみです。落とし物を……」


 ぽん、と扉が開いて黄色い光があふれてくる。廊下の薄暗い明かりとは全然違う、まぶしいくらいの明かり。

 その明かりを切り取るように、黒い影が立っている。


「もしかして、眼鏡?」


 逆光になっていたけど、服の柄も髪の色も火村さんだ。


「はい、お風呂の前で。探してましたよね?」


 手にしていたそれを差し出しながら火村さんを見ると、目を細めてわたしの手の中のものを見ていた。


「ありがとう。探していたんだ」

「あの、普段はコンタクトなんですか?」


 食堂で初めて会ったときも眼鏡はしてた。寮母さんの話だと、ガイドのときは眼鏡外してるって言ってた。


「ああ、これ? 伊達眼鏡です」

「伊達眼鏡……」


 そういえば、確かに眼鏡をかけている時と外した時とのイメージがずいぶん違う。眼鏡で目が隠れてるからなのかな。


「そう。……初めて会ったとき、僕はどう見えた?」


 逆光に立つ絶世の美男子は、眼鏡を手にしてほんのりと微笑んだ。

 逆光なのに、逆光でちゃんと顔が見えているわけじゃないのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。ドキドキと心臓が早打ちするのだろう。


「その……眼鏡をかけた背の高い男の人だなって」


 背が高くてすらっとしてて、でもひょろひょろじゃなくて。ふわっとウェーブがかかった髪の毛がつやつやで。

 でも……顔のイメージが沸いてこない。眼鏡は強烈にアピールしてくるのに、顔はと思い出そうとしても、もやもやして霞む。


「眼鏡は覚えてても僕の顔のことは覚えてないよね?」


 その確信に満ちた口調に眉根を寄せて火村さんを見ると、すっと眼鏡をかけた。

 途端に……顔の印象のわからない、背の高い眼鏡男が出現する。


「あ……」

「わかった?」


 再び眼鏡をはずした火村さんは眉尻を下げてわたしの方を見た。そこには見ようと思わなくてもつい目が行ってしまう超絶美形がいた。


「そういうこと。これがないと外を歩けないから助かったよ。……もっとも、この印が消えるまでは籠城の身だけど」

「……ごめんなさい」


 反射的に頭を下げる。あれ自体はわたしの仕業じゃないけど、ほっぺたの傷はわたしのせいだから。


「ああ、美織さんから話は聞いた。あれ、君のせいじゃないんだってね」


 美織さん、と言われて一瞬誰だっけと視線をさまよわせてしまった。そういえば寮母さんをそう呼んでた気がする。

 恐る恐る顔を上げると、火村さんは額のガーゼをそっと指でなでていた。


「これ、一週間は消えないんだそうだ。……一週間もここに籠城することになるとはなぁ……」


 そういえば寮母さんも言ってたっけ。消えるまで寮でおとなしくするように、と。


「すみません……」

「いや、だから君のせいじゃなくて……あ」


 火村さんの言葉がいきなり切れた。顔を上げると、火村さんは口元を手で覆ったまま、視線をそらしていた。

 そういえば、あの時。火村さんはどうして風呂場に来たんだろう。一度お風呂入った後だったはずなのに。


「あの、緋桜さん」

「はい?」

「……脱衣所で何か見なかった?」

「何か、ですか?」


 わたしが入ったときは誰もいなくて、脱衣かごもきれいに片付けられていた。棚に直接入れるとほかの人の荷物と混ざるといけないからと、脱衣かごを使うように寮母さんに言われていた。

 だから、何かが残っていた記憶はない。

 それに、風呂場にも、怪しいものはなかったと思うけど。


「あの、何か忘れ物でも?」

「あー、うん。……風呂場にも何もなかった?」

「え、ええ。何もなかったと思いますけど」

「そっか。……じゃあもう回収されちゃってるなぁ」


 回収? 火村さんが入ってわたしが入るまでの間に、寮母さんが掃除していったってこと?


「火村さん、どんなものですか? それ」

「え?」


 顎に手を置いて考え事をしていた火村さんは、顔を上げて目を丸くした。


「形とか色とか、教えてください。もしかしたらわたしが気が付いてないだけかもしれないですし」

「あの、いや……その……あとで美織さんに聞くから」


 途端にしどろもどろになって、顔も真っ赤にして火村さんはぷいと後ろを向いてしまった。どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったみたい。


「そうですか。……じゃあ、わたしはこれで」

「あ、ああ。ありがとう。助かった」


 ちらりと肩越しに振り向いて会釈したあと、火村さんは扉を閉めた。

 黄色い光も締め出されて、元の薄暗い廊下に戻ると、なんだか夢が覚めたみたいにすとんと気分が落ちてきた。

 なんだろう、さっきまでの高揚感と、この落差。

 とにかく、気になっていた二階が見られたことで満足しておこう。ちらちらと周りを伺いつつ階段を降り、部屋に戻るとベッドにダイブした。

 部屋に張ったロープにぶら下がる洗濯物を見つつ、落ちてくる瞼を止められない。

 明日は日曜日だ。特に予定もないし、また会社のパソコン、使わせてもらおうかな、なんて考えている間にすっかり眠り込んでしまって。

 部屋に干した洗濯物に自分のものでないものが紛れ込んでることなんか、全然気が付きもしなかった。

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