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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
10/21

おまけ.またたび酒で乾杯

「ぷは~ぁ」


 ベッドに寝転んで今日何度目かの声を上げる。

 ため息じゃない。

 酔っぱらってるだけなのだ。

 なんだかフワフワしてて、何を見てもクスクス笑ってしまう。

 人型になってから十二年だけど、一応猫生も含めて三十年は経ってるし、田舎でも少しだけならお酒を飲んだことがあるから大丈夫だと思ったんだけどな。

 ころりんとあおむけになるととたんにくらーりと目が回る。

 でもなんだか気持ちがよい。

 と、ノックの音がした。


「めぐみちゃん」

「あ、はぁい」


 寮母さんの声だ。

 なんとかベッドから立ち上がろうともがくけど、体がずぶずぶと柔らかいベッドに沈んでいく感じ。


「あ、あれ?」

「めぐみちゃん? どうかしたん? 入るで?」


 なんだか焦ったような声で扉が開く。あ、そういえば鍵かけたっけ?


「めぐみちゃん、鍵かけとらへんの? って、どないしたん」


 入ってきた寮母さんは心配そうに覗き込んでくる。


「あーだいじょうぶですぅ。ちょっとよっぱらっちゃって……」

「酔っ払い?」


 あ、途端に顔が怖くなった。それからくん、と鼻を鳴らす。


「あんた、またたび酒飲まされたやろ」

「えっ」

「だれと一緒やったん?」


 猫又だから当然またたびには弱い。猫の時もべろんべろんになって翌日つらかったんだよねえ。


「えっと、加賀美さんにお祝いしてもらったんですぅ。明日は船には乗らないから大丈夫って」

「そりゃ大丈夫かもしれんけど……飲むときに気ぃつかんへんかったの?」

「全然そんな匂い、しなくってぇ」


 何とか起き上がろうとするものの、ころりんと横に転がったところでベッドから落っこちる。でも猫なので、背中からは落ちないでくるりんと四つん這いで着地した。


「これ、尻尾と耳が出とるぞ」

「あー、ほんとだぁ」


 にへらと笑うも、うまく尻尾と耳が消せない。あれ? 尻尾ってどうやって消すんだっけ。


「ほんに、大丈夫かねえ? こんな調子で」


 ようやく消せてえへっと笑うと、寮母さんはあきれたように盛大にため息を吐いた。


「とにかく、気ぃつけや? 猫又がまたたびに弱いんはよう知られとるしねえ。人からもらったお酒は特に気ぃつけるんやで?」

「はぁい」


 ああまだふわふわしてる。寮母さんを見上げるとその動きだけでくらんと目が回る。気持ちいい。


「ほんまにわかっとるんかねえ……まあ、あの子が合格いうたら合格やしねえ……手、出してみ」

「こうですかぁ?」


 にゃ、と手のひらをだす。右の手のひらにはぷにょぷにょの肉球が出ていた。

 あれ? 手まで猫になってる。

 おかしーなぁ。耳と尻尾はびっくりしたら出るけど、手まで戻るなんて。

 ぷるりんと手を振ると、人の手に戻った。


「……めぐみちゃん、もしかして寝たら猫に戻る体質なん?」

「えー? そんなことないですよぉ」

「じゃあまたたびのせいやね。人のいるお店でお酒飲むんじゃないよ」

「はーい」

「で、これ」


 手のひらに置かれたのは、どこかの国のコインだった。金色のコインには細い金の鎖がつけられていて、ペンダントになるらしい。鎖があまりに細いから、すぐ切れそうで怖いなぁ。


「きれい……」

「それ、常に身に着けといてな」

「はぁ~」

「風呂入る時も取ったらあかんでぇ?」

「はぁい」

「ほな」


 くるりと立ち去りかけた寮母さんは、思い出したみたいに振り返った。

 ぽむ、と頭の上に手が置かれた。それから、なでなでと頭をなでられる。


「合格、おめでとさん」


 そう祝ってくれた寮母さんは、とっても素敵な笑顔で微笑んでくれた。色気がすごくて、見とれてしまう。


「ありがとうございますぅ」


 にへら、と微笑みを返すと、寮母さんははよベッドに戻り、と言いおいて部屋を出て行った。

 足音からすると、今からお出かけみたい。

 時々寮母さんは会合とかで出掛けてる。今日もきっとそうなんだろうな。

 とりあえずペンダントを握りしめたまま、ぺたりと体を横たえる。


 やっぱり実感はまだないんだけど、ここにいていいんだってことはわかった。

 目を閉じたまますーっと息を吸う。

 いろいろなにおいがする。

 土のにおい、ほこりの匂い、花の香り、水のにおい、寮母さんのおしろいのにおい。香水、洗濯のり。

 なんだか懐かしいにおいもする。

 何の匂いだったっけ。

 手の中のコインをくいと引っ張ってくわえてみる。ぺろりと舐めると金属の味と香り。

 何なのかわかんないけど、合格祝い、みたいなものなのかな。

 またくらりと目が回った。

 気持ちいいくらくらに体と心を任せてしまおう。

 天井も地面もわからないくらいにくるくらり。

 意識が闇に落ちるときに、寮母さんの「しょうがない子やねえ」とため息交じりの声が聞こえた。


 ◇◇◇◇


 ぱちり、と目が覚めた。

 昨日と同じ天井。柔らかなベッドとお布団。いいにおい。

 くんくん、と堪能してから横を向くと、ベッドの中にいた。

 床で寝っ転がった後、どうやってベッドに戻ったかは覚えてない。

 寮母さんの声がした気がしたけど、夢だったのかな……。

 むくりと起き上がる。

 途端に頭の奥に刺すような痛みがして、頭を抱えた。


「痛い……」


 これが二日酔いというやつだろうか。またたび酒、いつの間に飲んだのか覚えてない。

 加賀美さんといろいろいっぱいお話して、お酒初めてって話したらおすすめを教えてくれて。

 ……そのあたりからすでに酔っぱらってた気もする。

 時計はまだ七時前らしいけど、夕べは酔っぱらってあのまま寝ちゃったし、お風呂入りたい。

 のろのろ起き上がって手の中に何かがあるのに気が付いた。


「あ……」


 金色のコインが昨日の記憶のままそこにあった。

 そういえばお風呂に入る時にもつけたままにするようにって言ってた。

 今からお風呂だけど、つけとかなきゃダメかな。

 留め金をはずして首にあてると、長さは思ったより短い。後ろで止めると、ちょうどのどの下のくぼみにすっぽり入った。

 大きく伸びをすると、ベッドを降りる。


「今日もお仕事、頑張りますか」


 口にしたとたん、またもや頭がきりきり痛む。

 うう、もう当分はお酒禁止にしよう……。


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