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キャットシーツアーへようこそ! ~桜の園は花盛り~  作者: と〜や
第一章 わたし、就職しました!
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1.社長面接……じゃないんですか?

20160326)第二回お仕事コンに向けて加筆修正しました。またサブタイトルを変更しました

「君、脱いで」


 長い就職活動の末、ようやく一つだけ最終面接にこぎつけた会社の面接室で、わたしは今聞こえた言葉に体をこわばらせた。

 長机の向こうに座っているのは、上等そうなあずき色の背広を着た骨っぽい中年男性。

 ポマードでかっちり固めた七三分けの黒髪と繊細そうな細い指。

 眼鏡かけててよく見えないけど神経質で気難しそうな感じ。少し前髪前線が後退気味でおでこが広いかな程度で、そんな脂ギッシュに見えないのに。

 噂には聞いたことがある。

 就職に困っている女の子に内定をちらつかせて卑猥なことを要求する面接官がいるっていう、都市伝説。

 でも、まさか。

 自分がそんなことに遭遇するなんて。

 銀縁眼鏡の奥から全身を舐めるように見られているような気がして、顔を伏せる。

 フリルたっぷりのブラウスに紺の膝丈ミニスカスーツなんて、選ばなきゃよかった。いつもどおりパンツスーツにしておけば……。


「早く」


 すごく切羽詰まったような声で急かされる。

 これも心証に響くかも、なんて思っちゃってる自分がいる。

 でも、こんな、急にいわれても……。

 膝の上で拳を握る。

 どうしょう。

 わたし、初めてなのに……。


「あ、あの……」


 思い切って顔を上げると、面接官はいらだったように指を机の上でタップさせはじめた。

 うわぁ、心証最悪?

 ますます身を縮めて固まっていると、男はため息をついた。

 それも盛大に。 


「困るんだよねえ。猫かぶったまま来られると。耳、出てるよ」

「え」


 指差されて頭に手をやる。

 もふっとしたものが手に当たった。

 本来あるはずのないものが。

 

「う、そ」


 手でモミモミと触る。

 間違いない。わたしの耳だ。

 緊張しすぎたせいか、髪の間からにょきっと獣耳が出てしまっていた。


「えっ、あっ、す、すみません」


 どんどん顔が熱くなってくる。

 うわあ、なんて恥ずかしい想像したんだろう。

 尻尾がぶわってなってる。

 落ち着けっ、わたし。


「さっさと尻尾も仕舞って。――君、今までもそれ、やらかしてきたでしょう」

「……はい」


 心を落ち着けて獣耳をしまう。くねる尻尾もスカートにしまいこむと、椅子にもう一度座りなおした。


「そんな様子で大丈夫かねえ。君、人間界での経験は?」

「あの、田舎の山奥で十二年ほど、です」


 すごーくばつが悪い。

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。

 目の前の面接官がなにもなかったかのように振る舞うから、なおさら恥ずかしい。

 うわあうわあ、穴があったら入りたい。

 というか、穴掘りたい。

 お願い誰かスコップくださいっ。


「十二年ねえ。今までは田舎だからごまかせたんだろうけど都会じゃ難しいよ?」


 これも聞きなれたセリフだ。どこへ行っても同じ文句で断られた。

 田舎なら、多少耳が生えてようがしっぽがはえてようが、『そういうもん』で片付いたけど。

 都会ではそういうわけにはいかない。


「もし人に見つかったら――どうなるかわかってるね?」


 何度聞いたことだろう。

 人にわたしたちの存在がばれたら。人の間に入り込んでなんでもないように生活しているのがばれたら。

 ……わたし個人の問題じゃなくなる。


「はい、わ、分かってます。でも、ここでなきゃだめなんです」

「ここでなきゃ、ねえ。一族の掟とは聞いたけど、他に何か理由があるわけ?」

「え、いえ、その」


 膝の上の拳に目を落とす。

 都会は怖いところだってずっと聞かされてきた。

 人に正体を知られたらどうなるか。

 ずっと脅されてきた。

 でも。

 ずっとあこがれてたのも事実で。

 時々帰ってくる兄貴やいとこの話を聞くたび、都会への憧れは大きくなっていった。

 だから、成人するにあたって婆様から提示された修行先からここ……大阪を選んだのだ。

 修行先として名の上がった三都市の中でもこの街は一番大きいし、兄貴もいる。

 それに。


「どうします? 社長」


 うつむいて悶々と考えてると、不意に面接官が言った。

 その言葉に目を丸くして顔を上げると、面接官は隣の空席に顔を向けている。

 え、もう一人いるの?

 最終面接ってことは社長面接で、目の前の人が社長だと思っていたんだけど。

 違うの?

 確かに椅子は最初から二つあった。

 でも、匂いは一人分だけ。

 二人で面接することもあるのかな、あとから誰か来るのかな、程度にしか思っていなかったけど、もしかして誰か座ってるの?

 顔を向けず視線だけで空いたままの二つ目の席をチラ見する。

 でも、誰も座っていない。それどころか、置かれたパイプ椅子は机の中に押し込まれていて、誰かが座るように引き出されてもいない。


「いいんじゃない? 見たところ猫系みたいだし、私とは相性いいんじゃないかな」


 不意に足元から声がして、飛び上がりそうになった。

 耳としっぽが出ないように抑えながら視線を足元に向けると、白いふかふかな毛玉が足元に落ちている。

 毛玉の中に赤い宝石のような石が二つ、わたしを見あげていた。

 なんだろう、これ。

 ポメラニアン?

 でもなんか違う。それに犬系なら猫とは相性が悪いはずだ。


「じゃあ、採用ですか? 社長」

「そうだね。明日から早速乗ってもらおう」


 毛玉はぽんと膝に乗ってきた。

 膝にのせたままだった両手の甲の上にもけもけが乗っている。

 手が重い、と思うと同時に、手の甲に乗られてよかったと思う。

 手が自由だったら絶対この白いもけもけ、撫でまわしてると思うから。

 社長を撫でくりまわしてたら確実に不合格だっただろう。


「はじめまして。私はこの会社の社長兼守り猫のミケ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 わたしはとっさに会釈して、膝の上のけもけもを見た。

 猫にしてはまんまるいし、ジャンプしたときにもぜんぜん手足やしっぽが見えない。

 本当に猫なの?

 何か別の生き物じゃないのかな。

 百歩譲って猫だとして、白猫ってことになるけど、なんで名前がミケなの?

 それに声。

 どこから声出してるの?

 口動いてないし、中性的な声。女なのか男なのかよくわからない。


「君、緋桜萌ひおうめぐみ君だっけ。住むところは?」

「えっと、その、まだ」

「じゃあ今日はどうやって? 田舎から直接来たの?」

「いえ、兄が吹田にいるのでそこに」


 いろいろ考えながらも反射的に返事をする。

 内定取れてから住むところを探せばいいやって思って、まだ何も決めてない。

 中途採用だけど、入社日まできっと何日かくれると思うし、仕事さえ決まれば兄貴は保証人になってくれる約束だし。

 でもいきなり明日から仕事だなんて予想外。どうしよう……。


「じゃあとりあえず寮に入るといい。話はつけとくよ。仕事は明日からね。制服は明日の朝までに間に合うように渡すから。それと、仕事中に耳と尻尾は出さないように。一般のお客様もいるからね」

「は、はい。よろしくお願いします」


 もう一つ頭を下げると、ぽん、と白い毛玉は膝から飛び降りて、面接官の机に飛び乗った。

 うん、やっぱり手足が見えない。

 毛玉……?


「じゃ、採用、と。緋桜萌さん。募集要項は読んでいらっしゃると思いますが、他に何か聞きたいことはありますか?」


 面接官の中年男性は眼鏡をはずして顔を上げた。

 あら、眼鏡外したら意外とかっこいい。

 前髪おろしてコンタクトにした方が絶対いいのに、もったいない。


「緋桜さん?」

「あ、はい、すみません。あの、じゃあ」


 思わず見とれてたとか口走らずに済んだ。

 右手を上げて、わたしはおそるおそる尋ねた。


「あの、わたし、どんなお仕事をするんでしょうか」

「き、君ねえ……」


 面接官が絶句する。

 その呆れ声に首をすくめて身を縮めた。

 やっぱり、まずかった?

 これで内定取り消しになっちゃったらどうしよう。

 でも、何の仕事かよく分からなかったんだもの。

 それで応募しちゃったわたしもわたしだけど。


「まあまあ、中村君。あの募集要項じゃ分からないでしょ。萌君、うちの会社名は覚えてるよね?」

「はい、キャットシー水運株式会社、ですよね」

「そ。水運、つまり水上運輸。桜の時期に遊覧船のニュースとか見たことないかい?」

「あります」


 両岸に咲き誇る桜の間を船が行き交うシーンは、桜のシーズンになると必ず天気予報の背景に流れてた。


「あれ。君は遊覧船のガイドになるんだ」

「ガイド……」


 一度は乗ってみたいねえ、と里のばあちゃんがよく言っていたのを思い出す。

 あの船に、わたしが乗るの?

 でも。ガイドって、何?

 バスガイドなら知ってる。

 田舎でも遠足のバスには必ずガイドさんがついてたし、バックするときには笛で誘導したり、観光地の説明をしたり、歌ったり踊ったりビンゴしたり……。

 それを船で?


「わ、わたし」

「大丈夫」


 できません、といいかけた言葉を社長の声が遮った。


「何を想像してるか大体分かるけど、ぜんぜん違う。それに大丈夫」


 白い毛玉が笑ったような――気がした。

 実際には口も鼻もどこにあるのかわからない、目だけしか見えないのだけれど。

 なんとなくそういう気配がした。


「創業して百年ほど経つけど、水に落ちた子は一人もいないから」

「百十八年です」


 中村君、と呼ばれた面接官が修正を入れる。


「なかむらく~ん、君は細かすぎるよ。いいじゃんか、十八年くらい」

「よくありません。まったく……」


 ぽんぽんと弾んで、白い毛玉はまたもや膝に――膝の上の手の甲に再び乗ってきた。


「なーに、難しいことはないさ。なにせ君は猫又なんだから」


 そういうと、白い毛玉はやっぱり笑った。

20151006)読みやすく改行を入れてみました

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