4.真紅
出逢ったのは襲撃者
澄み渡った青空。ここが死後の世界であることが嘘だと言わんばかりに僕が生きていた街にはビル群が立ち並び、どこか心地よい風が頬を撫でる。ガラス張りの箱には青い空が反射して眩しい。
「カナエ、質問があるんだけど」
ここにはいない【共汎者】に話しかける。
「なに?ナギ」
彼女はまるでこちらを常に見ていたみたいに返事をする。何度聞いても声音はそっくりで違いといえば、少し上ずっているようなテンションの高さぐらいだろう。
「確認だけど、僕がやっている試練は僕の忘れてしまっている記憶を収集することだよね」
「そうだよ」
カナエは僕だけに聞こえるようそう言った。そっと囁くように。
「さらに、その記憶のカケラは僕のノゾミの死に関係するところにある、と」
「そうね、事前の説明通りよ」
僕はここに来て3日目、重大な事実に直面していた。【庭園】に落とされた初日、空を眺めて過ごした2日目、いざ試練を攻略しようとしたところで大きな問題を抱えてしまった。もしかするとここが僕にとって本当に死後の世界になってしまうかもしれなかった」
「その説明通りが問題なんだ」
「はい?」
カナエが意味深そうに聞いてくる。
確かに僕はノゾミと多少なりとも時間を共有していたし、過ごした時間が短かったとは思えない。
けれど、
「ノゾミの死がどんなものだったか僕は憶えていない。もしかしたらどんな最後だったかも知らないのかもしれない。…なら、僕が憶えていない場所に、知らない場所に辿り着くというのは試練として攻略できないんじゃないか?」
僕が憶えていないところには立ち返りようがないし、たどり着きようもない。試練自体に矛盾があるのだ。
「…試練自体がパラドックスを抱えて攻略できないなんてコトはないはず。今、ナギが持っているもの、記憶、身体、そして【薔薇】。それら全てがクリアにとっての鍵になっているの。だから欠けた部分の記憶がなくても攻略にはたどり着ける。ここから先はアドバイスできないから自力で答えを見つけて」
あくまでも僕が持っている記憶でクリアできる、ということらしい。僕の胸にある【青薔薇】は試練の鍵になっているという事だろうか。さっき1つ目の願いを成就させた僕には1つ目の茨が発動し、試練の攻略以外で【庭園】を脱出できなくなっている。すでに後戻りはできない。
なら、やれることは一つだけ。
「音楽室に行こう」
初めてノゾミと出逢った場所。物語のはじまりの場所。僕は記憶を辿ることにした。
ここから学校までは走っても30分はかかる。ゆっくり歩いていくことにした。
中学の頃はよく通っていた十字路には誰もいない。改めてここが数日前まで自分が生きていた世界ではないことを思い知らされる。
よく遊んでいた公園も、帰り道にあった駄菓子屋も人の営みだけが切り離されたように存在しない。
「…確かに誰もいない。僕だけだ」
心地良かったはずの風が今はどうしてか肌寒い。ふと、横断歩道で足を止めた。
「誰もいないんだった」
赤でもなく、青でもなく、ただ明かりの落ちた信号機を見上げて肩を落とした。
突然、強い風が背中を押した。
「そいつは違うぜ」
僕が目を開けると信号機の上には1人の青年がが立っていた。
「俺がいる」
ライダージャケットを着た彼はそう言って左手を前に突き出す。
「そして、俺が殺る」
突然、彼の左手が燃えるように輝き出す。僕はその輝きを知っていた。願いを運ぶように虚空へ伸びるその輝きは紛れもなく、薔薇のそれだった。伸びた茨が彼の左手に巻きついている。
「俺の試練を始めよう。【青薔薇の呪法使い】いや、【群青の薔薇】、俺は【真紅の薔薇】、榊 シンヤだ」
どうしてそれを知っている。僕が願いを叶えて【薔薇】が【開花】していることを。そう言おうとしたところで口を噤んだ。
『僕以外の【薔薇の呪法使い】がこの【庭園】には存在する。』その事実の方が大きかった。自分以外に試練をやっているひとと僕はこの日初めて出逢った。
目の前でデスサイズを構えた彼は不敵に笑った。
「さァ、【薔薇】を使えよ新入り!」
大振りの構えで勢いよく飛び降りた彼は一直線に僕にめがけて飛び降りた。
真上から振り下ろされた鎌に僕の意識は刈り取られた。
いい加減読者の方々を置いてけぼりにし過ぎなので、後日活動報告かTwitterにでも細かい設定を明記したいと思います。