3.薔薇
ー青薔薇は輝き出す。
光の柱に呑み込まれてたどり着いたのは、先程まで僕がいた街だった。夜でも人足が絶えず、それなりに活気のあった街には僕以外の誰もいないような静けさだった。毎朝混雑していた駅のホームも、陽気な店員さんがお気に入りだった本屋にも、当たり前だった日常を作っていた人々がそこにはいなかった。白をベースに淡く配色された街の風景は普段見ていたものとは違って寂しげな空気を漂わせている。
「ここは…」
カナエと名乗る少女は僕に呪いをかけると言っていた。
僕が忘れているノゾミとの思い出を取り戻すための試練だと。
「遅れてごめんね、ナギ」
頭の中に直接声が響く。カナエだ。
「いきなりで悪いけど、ルールを説明するね」
どこからか僕を見ているのであろうカナエはこの状況を説明しだした。
「まず、君が今いるのは私達【共汎者】が【庭園】と呼んでいる空間。私達はここに君みたいに呪いをかけた【境生者】を閉じ込めて試練を受けて貰うことになっているの」
サポーター、ガーデン、呪い、ホライズナー…カナエが言っていることを反芻していく。
「君はこれから忘れている記憶を取り戻すために試練を受けることになる。試練が達成されるまではこの【庭園】からは出られないから注意して」
つまり、どんなものかはわからないが試練に挑み、クリアするまでは先程の海には戻れない、ということだろうか。
「いくつか質問があるんだけど」
「何かな?」
「まず、試練っていうのはどういうものなの?」
カナエは少し間を空けて、
「君が受ける試練は、君の欠けた記憶をこの空間にいくつかに分けて隠してある、それを集めて記憶を取り戻し、君自身がそれと真剣に向き合うことで達成されるっていうのだよ」
僕が忘れている記憶を思い出出すための舞台装置がこの空間ということか。
些かスケールの大きな話になってきた。
「ふたつ目は、カナエが僕にかけたっていう呪いについて教えて」
呪いという響きから良くないものであるということと、おそらくこの試練にとって枷としての役割でかけられているのだと思った。
「呪いっていうのは私がそう呼んでるだけで実際には【青薔薇の呪法】っていうちゃんとした名前があるの。君の左胸につけたアザが呪法の基点になるようになってる」
パーカーを捲り上げると、左胸のあたりに青く薔薇のカタチのアザがあった。
「その呪法は3段階の効果があって、基本のルールとして、願い事を叶えるのが薔薇の呪法。【青薔薇】の呪法は最大で3つの願い事を叶えて、1つの願い事に対して1つの効果を発揮するの。1つ目は試練の達成以外での【庭園】からの脱出を禁止する効果。2つ目は試練そのものにタイムリミットを設ける効果。3つ目は【天罰】−輪廻転生の円環から外れて永久に元の世界に戻れなくなることを確約する効果と、【預言】−君自身の魂が持っている未来の運命と、これまでの軌跡を剥奪する効果。2つ目のタイムリミットがゼロになった場合でも3つ目と同じ効果が現れるようになっているから注意してね」
願いと引き換えに呪いの効果が現れて、試練を困難にし、最後には最悪の結末を迎えることになる諸刃の剣ということだ。
「あと、庭園には【原典】っていう絶対のルールがあって、【薔薇の呪法】が叶えられる願い事はこれに矛盾しないものだけになっているの」
つまり、今この場でここから元いた世界に蘇生したいという願い事を叶えようとしても、試練が達成されていないから願いは受理されないということらしい。
ノゾミとの失った記憶を取り戻すためとはいえ、随分と遠回りになってしまったと思った。
「最後の質問なんだけど」
「何かな」
これだけは聞いておきたかった。
「この試練を達成することでノゾミを生き返らせることはできる?」
「全て達成すれば可能よ。君の共汎者が保証するわ」
ホームに手向けられた青薔薇を思い出出す。
この日、雲ひとつない世界に僕はたどり着いた。ノゾミとの失った記憶を取り戻すために。僕自身が向き合うために。そして、あの日音楽室でピアノを弾いていた彼女を生き返らせるために。
「ルールはわかった。じゃあ、手始めに何からするべきか…」
【青薔薇】のアザが輝き出す。
不定期(仮)