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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者、召喚される

作者: リック

「この世界を、娘を救ってくださいませ、勇者殿!」


 学校から帰る途中、横断歩道でトラックが突っ込んできた。あ、終わった……と思った次の瞬間、気がつけば知らない場所にいたのだった。そして何か知らないが、自分が勇者とか言われている。頭に疑問符を浮かべながらも何とか口にした台詞。


「はい……?」


 聞き返す意味で言ったが、相手はそうはとらなかった。


「おお! お引き受け下さるのですな!」


 いや、違うし! ……でも断ったとしても、果たして日本に無事に帰してくれるのだろうか? 拉致同然のマネしてくる連中だし、イエスというまで監禁拷問とか……。悩んだ末、そのまま勇者となる道を選ぶことにした。


 でもいいの? 私、女なんですけど。女子高生が魔王退治って。こういうのの定番といったら、男は勇者で女は神子様とか思ってたのにな。


「まだ十二歳の娘アンジェは魔王に囚われてしまったのです。初めは自分達だけで何とかしようと思ったのですが、魔王は『この世界の生き物は自分を傷つけることは出来ない』 という禁術を使いまして……」


 もさもさ髭の王様がそう経緯を説明してくれる。その横では同じ髭面の男の人が悲しそうにうんうん頷きながら同意している。王様と同じところにいるなんて……親戚か姫の家庭教師かな? まあそれはともかく、その事情なら確かに召還くらいしか方法ないかもね。ただね。


「私、平凡な女子高生ですよ? インドア派で元の世界でも子供にも負けるような体力だったし。素手で魔王退治なんか自信ないなーっていうか」

「それなら平気ですよ。しばしお待ち下さい、(かおる)様」


 王様はそう言って、右手を上げる。部下が五人がかりで、私の身長より大きな剣を運んできた。


「この国一の名剣です。お持ち下さい、郁様」

 いやいやいや。

「お持ち下さい。魔王はこの剣以外では倒せません」


 無言のプレッシャーに負け、恐る恐る大剣に手を伸ばす。……中身プラスチックかと思うくらい軽かった。片手で持ち上げたら、周りから歓声がした。


「おお! 伝説の剣を一人で!」

「やはり召還された人間だ!」


 本当? お前ら私をドッキリにかけてるんじゃないだろうな? 男の人も持てないものを持っちゃうアタシ☆ なんて、女の沽券に関わるんですけど。


「……やっぱあれ中身怪物だよな。異世界人だもんな」

「おい馬鹿やめろよ」


 吐き捨てるように言われた陰口に、ドッキリではないな、と思う。と同時に、見世物にされているみたいでたまらなく不快だった。この部屋から出たくて、王様に詰め寄る。


「で、今すぐ行けばいいんですか?」

「少々お待ちくださいませ。何も勇者様一人で全てを行う必要はございません。雑魚掃討くらいは、うちの者にお任せを」


 王様はそう言って左手を上げた。奥から二人の甲冑に身を包んだ男の人が出てきた。


「陽光騎士団のエスル、月光騎士団のブライトです」


 日の光を写し取ったような金髪で碧眼のエスルに、月の光を表したような銀髪で赤い目をしたブライト。ポーッとなってしまった。こんなかっこいい人達、生まれて初めて見た。


「では、ご武運を」





 後から考えれば、私も浮かれていた。何だかんだで他人から期待されるのは悪くないし、注目を集めるというのは気分がいい。選ばれた存在という響きが、私を高揚感で満たしていた。要するに調子に乗っていた。


「エスルさん、これから行く道は? ブライトさん、騎士団のルールなどは? 私この世界のこと何も知らなくって。至らない私に教えてください!」


 カラオケでも出さないような甘い声とくねくねした物腰で二人に盛大に色目を使った。きっとこの二人から私の逆ハー生活が始まるんだ! って、根拠も無いのにそう信じていた。


「そうですね……。色々話さなくてはいけないこともありますが、まずはこれから。……カオル様」


 ブライトさんがそのクールな美貌を困り顔で崩して、私に何か伝えようとしている。重大なことなのかな?


「はい何でしょう?」

「私はエスルと付き合っております。なのでそのように誘惑されても困ります」




 絶叫が辺りに響き渡った。幸い王宮から離れた平原の真ん中なので、誰にも見咎められる事はなかったが。


「なっなななななっ」

「ブライト、やっぱやめたほうが良かったんじゃないか?」

「ほう。お前は俺がカオル様とお付き合いしてもいいと言うのだな」

「誰もそんなことは言ってないだろ!」

「やめて! キモイ! っていうか、同性でどうやって子孫を残してるの!?」

「? 普通に生まれますが。俺達も先日第一子を……」

「うわあああああああマジ異世界!」


 カルチャーショックを存分に味わった郁は目を閉じ耳を覆った。嘘だ嘘だ。きっと次に目が覚めたら、私はいつものように部屋のベッドの上で寝てるんだ……断じてホモを引き連れての魔王退治なんてしていない!


「何でホモップルが旅の同行者なのよー! 女一人にイケメン二人の旅なんててっきりよろしくやってくださいのお膳立てかと思ってたのに! こんなのひどい、裏切りよ……!」

「どんだけ欲求不満なんですか」

「ブライト、さすがに言いすぎだって」

「エスル、馬鹿かお前は。カオル様の言うことは、我らの主を侮辱したも同然だ」


 その言葉にはっとする。そうだ王様! あいつ何考えてこんな同行者を……。


「陽光騎士団の主たる王、月光騎士団の主である王妃。二人を愚弄することは勇者だろうが許されない」


 ……何故か嫌な予感。


「ねえ、王妃様ってまさか……」

「男ですが? ああ、この場合は伴侶というべきでしたね。王妃という名称は誤解を招きやすい」


 最初呼ばれた時にいた、王の隣に座っていた男、あれがいわゆる王妃(♂) だったんだ……。なにこの狂った世界。



「もうやだしにたい」

「え、ええ!? 勇者様しっかり! もしかして貴方の世界では異性愛が普通でしたか? 環境が変わって辛いのは理解できますが……」

「慰める必要は無い、エスル。どの道、魔王を倒さねば帰還の魔術は得られないのだから」


 これ詐欺って言わない? ねえ言わない? それとも私がテンプレ展開の名の下にシャドーボクシングをしてるだけ……?





 魔王の城に着くまで、そう時間はかからなかった。


「勇者だ! 勇者が来たぞー!」

「遅い! 私の前に立つものは何であれ切り捨てる! 死にたくないならそこをどけええええええ!!!!!」


 自分より大きな剣を振り回し、何倍もの敵を前に無双する郁。「早く帰りたい」 の一念が彼女を突き動かしていた。


「勇者かっこいいな!」

「俺、お前の前向きなとこ好きだよエスル……少しは手柄ゼロで帰った場合のこととか考えないか……?」


 護衛の必要は無かったんじゃないかと思われるくらい、郁は一人で敵を次々と撃破していった。通り名は「異世界の超兵器」 これを聞いた郁はさらに機嫌を悪くして「もういやほんと帰りたい! こんな身分じゃ私一生結婚できないよー!」 と喚き、さらに苛立ちを敵にぶつけて無双……。多分城に帰ったら、自分達より郁を召還した魔法使いが功績を賞されるだろう。


「ここか!?」


 最上階、そこにはいかにもな魔王がいた。しかし威厳も何もない。むしろ今の図を写真にとって第三者に見せたなら、郁が魔王だと思われるだろう。鬼の形相で魔王と対峙した郁は、穏やかに言った。


「……悪いことは言わないわ。王女様と、私の帰還方法を渡して。そうすればこの場で帰ってあげるから」

「き、帰還方法なんてない。……本当だ。そっちが(たばか)られたんじゃないか? それと王女は、アンジェ姫はもう数年待ってくれ!」

「(薄々思ってたけど、動かすためにやりやがったな!)……そう。まあいいわ。でも数年って……」

「大人になってから結婚するからセーフ!」

「イエスロリコン! ノータッチ!」


 正直、魔王二代目になるのも有りかもしれないとか思ってたけど、これはない。誘拐しといて何言ってんだ。こんなのの同類になるつもりはない。渾身の力を込めて城外ホームランをお見舞いする。終わった……。終わってないかもしれないけど(生死不明で追い払っただけだし)、まあ形だけは終わった……。完遂する義理ないし。


 荒ぶる呼吸を整えて、カーテンに閉ざされたベッドを見る。誘拐されたアンジェ姫の気配……。まあ、あの髭面×2の娘って時点で……。

「入りますよ」

 一応声をかけてからカーテンを開ける。


「……」

「……」


 びっくりしてお互い見詰め合ってしまった。えーと、あの王様の娘で合ってるよね? 遺伝子どこいったんだってくらい美少女なんですけど。


「あ、あの……」

「はい!」


 思わずきょどる。こ、これが高貴な者の貫禄ってやつか!?


「貴女が、助けてくださったのですか? 有り難うございます」

「は、はい……。あ、いや、お気遣い無く……」

「いいえ、貴女様が来てくださらなかったら私は……っ」


 ベッドから動こうとしたアンジェ姫が痛そうに顔を顰める。? あ、足首に鎖がついてる! あの魔王、やっぱ完全に叩きのめすべきだったか?


「動かないで。……はい」

「……! あ、有り難う……」


 鎖にちょっと力をこめると、砂みたいにパラパラと砕けていった。どうも、この世界で私は怪力を授かったらしい。大剣を持った時から解ってたけど。でもこれ嬉しくない! 男の人から遠巻きにされるし! 同性愛九割の世界で余計結婚できなくなる!


「歩ける?」

「……ここに来てから……歩いたことがありません……」


 駄目だあの魔王。とにかくここにいるもの彼女の精神衛生上よくあるまい。


「失礼しますよ」


 横抱きにして抱え、階段を降りていく。おんぶだといざという時に両手が使えないからねー。私なら片手で大剣振り回せるし! ふふ……超人っていうか人外っていうか……。


「姫様!」

「ああ、よくぞご無事で……」


 降りる途中でエスルとブライトと合流する。……やっぱり、同郷の人のほうが安心するかな? これまで旅の途中で見た男達は、みんな私の怪力に引くか怖がっていたし。


「ねえねえ、どっちかアンジェ姫を警護するの代わってくれない? ほら、まだ残党もいるかもしれないし」

「え」


 え? アンジェ姫から聞こえた? 今の。


「……」

「さすがに残党くらいは俺達に任せてほしいものですね。カオル様には、引き続き姫様の警護をお願いいたします」

「は? う、うん」


 可哀相な境遇の子を放るほど鬼じゃないからいいけどさ。



 その後、特に危機に見舞われることもなく、王都に帰還を果たした。問題はここからだった。


「ぜひアンジェ姫と結婚を!」

「断る!」


 何としてでも帰ろうとする私に、王とその伴侶がうるさいうるさい。


「しかし、これはそなたの為でもあるのだ。勇者などといっても、所詮地に足のつかぬ異邦人……。功績があるからといつまでも食客身分でいさせるのも限界がある。魔法研究の費用も馬鹿にならん。幸いそなたは各地に伝説といっていいほどの足跡を残していったから、民の人気はある。姫の伴侶として……」

「黙りなさいよ髭どもー!!!」


 私は絶対に普通だもん。この世界がおかしいだけだもん。無理矢理呼んだんだから、仕事だってさせたんだから、いくらかかろうが責任を果たしてほしいってそんなに可笑しい考え?


「……民の記憶が風化されないうちに話を纏めた方が楽だと思うのだが」


 王妃様の言葉が胸に刺さる。いつまでも、このままじゃいられないんだ。私、被害者なのに。謁見の間から飛び出てとぼとぼと王宮を歩く。すれ違う家臣達は私を見ると挨拶はしてくるものの、そっと距離をとっている。腫れ物扱いとはこのことだ。


「あの……」


 アンジェ姫だった。あの旅からはや三年。彼女も十五歳になった。この世界で十五歳といえば、結婚適齢期らしい。それで王達も……。


「父上と父のこと、申し訳ありません……。カオル様には何の罪もありませんのに」

「アンジェ姫にもね。心配なさらなくて結構ですよ。これは私の問題だから」

「いいえ、あれは私が原因です。ですから、費用が足りないのであれば、私が捻出します! それが道理というものでしょう」


 両親に似ないアンジェ姫は、とにかく私の気持ちになって考えてくれる。よくしてくれる。それが最近心苦しい。だって臣下に「民の血税だぞ」 とか陰口言われちゃねー……。


「気持ちだけありがとう。この話はこれで」


 そっけなく断って、自室に戻ろうとする。何故か部屋の前には、エスルとブライトがいた。


「カオル様、何というか……」

「アンジェ姫が気の毒です」


 二人はたまにこういう事を言ってくる。アンジェ姫は私を好きだから、割り切って結婚してしまえと。そうなれたらいいね。


 ……だって、私にそういう趣味ないんだよ。




「アンジェ姫、このようにむさくるしいところに来られて本当に恐縮です」

「しかし、我らに出来る事はもうほとんどないのが現状なのです」


 行きつけの魔法研究所に行くと、アンジェ姫がいた。何かもめてるようだけど。


「私は、カオル様をお帰ししてご恩に報いたいだけですわ」

「とはいっても、呼んだ人物を元に戻すのは、紙を木に、オムレツを卵に戻すくらい無理なことですからねー……」

「そもそもどうしてそんなに戻したいのです? 勇者様がお好きなのでしょう?」

「……好きな人には、笑顔でいてほしいだけです……」



 同性を好きになるってのはやっぱり良く分からない。解らないけど。「この人素敵だな」 って思うのに性別は関係ないよねっていうのは理解できる。最近。





 その数ヵ月後、勇者と助けられた姫が結婚した。



「なあブライト、花嫁が花嫁を姫抱きって斬新だったよな」

「初めてあの二人が出会った時のことを忘れてるお前が可愛いよエスル」


 数日後には騎士団の団長二人がそんなことを語るくらい、二人が楽しそうな結婚式だったらしい。


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[一言] 面白いです!!,姫様視点や主人公の残した伝説が気になります!!,自分のブックマークにお薦めがいくつか有るので,良かったら覗いていってください。
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