Sieben.第一印象は根強く残るからね
お待たせ致しましたm(_ _)m
「明日、新任教師がやって来るんだってー」
ふうちゃんからその話を聞いたのは、昨日の夕食の席でのことだった。
万年教員不足の西ヶ丘高校にとって新しい教師が他方から派遣されることは珍しくないが、いかんせん、ふうちゃんがわざわざみんなの前で発言したのだ。
彼がその手の話を話題に盛り込むなんて初めてのことだったから、今日が新任教師のやって来る日だと、意識せずとも記憶から引っ張り出されてしまったのは、仕方のないことだと思う。
だって、先生なんて取るに足らない目上のたんこぶだって、日々悪態ついてるふうちゃんが、だよ?
これは何かある。
私の面倒事察知センサーがけたたましい警鐘を鳴らしたのも然り、ゆうちゃんが新任に挨拶に行ってきます、と言って、朝一番に職員室に向かったのもまた嫌な兆候だ。
一介の教師に、ゆうちゃん自ら挨拶に向かったんだよ!?
怖い、何これ。
嵐の前触れどころか、地球滅亡の危機に瀕するかもしれない。
ノストラダムスやマヤ文明に続く終末論を私が唱える羽目になるなんて、なんてこった。
そして、その日の五限目、出会った。
地球が存亡の危機に晒されることになった元凶、もとい、噂の新任教師に。
「あんたがこの学校の姫ってやつ?」
出会いは最悪。
第一印象も最悪。
何故なら、ここは私たちだけしかいない二人きりの保健室で、私はその男に組み敷かれている状況だからだ。
ふざけんな!と叫びたい。
つい一分ほど前まで秦野兄弟と一緒にいたのだが、二人が私の良さについての語り合いで、双方意見が食い違ったことから熾烈な言い争いを発展させたので、被害がこちらに及ばぬうちに私は避難。
ふうちゃんもたいちゃんも口論に夢中だったから、しばらくは私の不在に気づくことはないだろうと高を括って、保健室に潜むことにしたまでは良かった。
そう、そこに、この男さえいなければ!
養護教諭(保健の先生)でも何でもないクセして、もう授業は始まっているだろうに、どうしてここにいるんだと是非糾弾したい。
そして何より、出会ったその瞬間に、言葉を交わすより前に女の子をベッドに押し倒すなど、言語道断。
これが教師のすることか。
うん、大人ってやつにますます不信感が募っちゃうよね。
こんなところを幼馴染みたちに見られてみろ、あんた殺されるぞ。
ついでに私も精神的に殺されそうだけど。
私が忌々しげに男を見遣ると、やつは鼻を鳴らして、いとも簡単にそれを足蹴にする。
あ、こいつ嫌い。
私を見下してる感じが伝わってくる。
女の足元ばかりみてると、いつか痛い目に遭うよ~。
「叫ばねえの?もしかして、嫌じゃないとか?」
勘違いも甚だ、愉快げに男が顔を近づけてくるけど、できるなら私も叫びたい。
でもそんなことをして誰かにこの体勢を見られでもして、それが幼馴染みの耳に入ったら、私はきっとタダじゃ済まないもの。
この男も嫌だけど、幼馴染みたちからのお仕置きも嫌だ。
「姫、姫、姫ねえ……。本名じゃないんだろ?名前は何て言うわけ?」
許可もなく私の喉元を擦すってくる彼の指に、嫌悪感がこう、全身から湧き出てくる。
ついでに鳥肌も立ちそうなんだけど、どうしてくれんの。
私が何も答えないことに苛立ったのか、男は分かりやすく眉間にシワを寄せるも、すぐに甘いマスクにすり替えた。
「なあ、いいだろ……?お前のこと、知りたいんだ。俺に教えてくれよ」
そう言って私の唇に彼のそれが重なりそうになるから、私の怒りゲージがとうとう頂点に達し、私は思い切り彼の顔を手の甲で払った。
───パシィン!
私が女に叩かれた時よりも音が響いたのは、ここが室内だったからなのか、それとも力加減ができなかったからなのかは分からないが、男は虚を衝かれたような間抜け面で、私を見つめていた。
叩かれるとは思ってもみなかったとか?
余程、拒まれない自信でもあったというのか。
あ~あ、しかし清々する。
私は彼の体を退かし、立ち上がると、未だ呆然としたままの男に冷ややかな眼差しをあげた。
「ええと、本日本校に赴任された教員の方ですよね?
密室で生徒に迫ったことは水に流して差し上げますから、どうぞ業務にお戻りください。女を漁るより、やるべきことがおありでは?
教師なら、この学校の問題児たちをいかに掌握するかなど、精々思考を凝らして模索してみるのもいいかと思いますよ。
とは言え、ここは無法地帯、おまけに生徒は烏合の衆ですから、貴方の今までの常識が通ずるかは分かりませんので、御身の安全の保障はいたしかねますけど。
ああ、保身に走るのであれば、“姫”との接触は避けた方がよろしいかと。
好奇心は猫をも殺すとよく言いますでしょう?」
不敵な笑みを浮かべ、私は“姫”用の言葉を連ねる。
これは忠告だ。
先日消えたあの女の二の舞いにならないように。
優しい優しい、忠告。
「教師としての責務すら果たせない貴方に諫言など甲斐無いかもしれませんが、肝に銘じていただけると幸いです。
それと、一生徒の氏名などこちらから申さずとも、職員としての肩書きをお持ちになる貴方なら簡単にお知しりになることができましょう。
……それでは、再びこうして会話を重ねる機会はないと思いますが、失礼いたします」
私の名前なんて、口にした時点でアウトだけどね。
やんわりと腰を折って最低限の礼を尽くした後、瞬きを繰り返す男を横目で嘲笑してから、私は保健室を出てゆく。
あー、面倒臭かった。
どうして私があんな男の相手をせねばならんのだ。
いらないところで無駄な労力を使ってしまった。
「ひーめー!こんなところにいた!」
「今までどこ行ってた!」
廊下の曲がり角を曲がった途端、切羽詰まった様相を呈する双子と出くわし、そのまま抱きつかれた。
うお、びっくりした。
その登場の仕方は、なかなか心臓に悪い。
寿命が五年ほど縮まったかもしんない。
何だか私の方に非があるみたいに怒鳴られたけど、元はといえばあんたたちが喧嘩を始めたのが悪いんじゃないの?
おかげでとんだ性悪男と出会ってしまったし。
あ、思い出しただけでもムカつく。
勘の良いたいちゃんが、私の首元に抱きついた状態でなにやら真剣な表情に変わってゆくのが分かり、ううん、何だか嫌な予感がするなあ……。
「姫、お前、今まで誰といた?」
……なんで分かるんだよ、たいちゃん。
「え、姫誰かと一緒だったのー?」
「匂いが違うだろ」
なんと。
野生の勘、恐るべし。
本人の私でさえどんな匂いをまとっているか分からないのに、どうやらたいちゃんには些細な変化まで見抜いてしまうらしい。
つくづく疑問なのだが、たいちゃんって、本当に私と同じ人間だろうか?どっかの野生動物じゃない?
「……さあ。でもさっき、人とぶつかったから、その時に相手の匂いが移ったのかな?」
正確には押し倒されて襲われそうになったけどね!
せっかく忠告したばかりなのに、早々、幼馴染みたちの標的になってしまうのは私としてもいただけないので、不本意だけどあの男を庇う形となった。
いやでも、ぶつかったという表現もマズかったかもしれない。
私至上主義な彼らは、私が通行人と肩をぶつけただけで、どちらに非があるかは関係なしに、相手に執拗に突っ掛かる節がある。
イチャモンをつけられた人間からすれば、たまったもんじゃないでしょうに。
けれど意外なことに、ふうちゃんもたいちゃんもそれ以上、話題を掘り下げなかった。
何か考えるように数秒黙り込んでいたものの、相手が誰であったとか、詳細は聞いてはこなかったので驚きだ。
「……そうか、そうか。次からは気をつけろよ」
「姫はすぐぼんやりするからねえ」
二人とも笑ってくれているけど、ああ、目が笑っていない。
これは、一体どういう風の吹き回しだろう?
やっぱり地球は、近年滅亡する運命なのかもしれない。
「そうそう、姫の良い所はそのすべて、ってことで解決したよ」
そしてなんてくだらないんだろう、あんたたちの火種って。
新任教師…間中一成。
年齢は20代後半かな。
とある事情持ち。