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Spiel  作者: AIR
6/9

Sechs.商店街と公園と

レビューありがとうございます!


 約束通り学校帰りに商店街で唯一クレープを売っている出店に寄り、私の機嫌はすこぶる良かった。


 これは幼馴染みたちには内緒なんだけど、私がここのクレープを好むのは、クレープ屋の向かいにある青果店の女の子が目当てだったりする。

 私と同い年くらいの、ポニーテールに結んだ黒髪を揺らす、笑顔の似合う活発そうな子。

 親の経営するお店を毎日手伝っているようで、その姿を見たいがために、幼馴染みには「クレープが食べたい」と言って、ついつい足を運んでしまう。


 過去に商店街で暴力沙汰を起こしてしまった私たち(というより幼馴染み)は、アーケードを潜るだけで軒を連ねるお店の人たちから嫌な顔をされ、遠巻きに煙たがられる。

 ゆうちゃん曰く、そういうお客さん専門のブラックリストが裏で出回っていて、その中でも私たちはかなり危険視されているらしい。

 私としては、学校帰りにちょっと寄り道してこうかなあ、くらいの感覚なのに。

 幼馴染みどもめ、少しは大人しくしていられないのかって感じだよね。


 それでも、そんな猛獣共を引き連れた私に、あの子は邪険な扱いをするどころか、満面の笑顔で「いらっしゃいませー」と微笑んでくれた。


 私が西ヶ丘高校の“姫”だと知らないのか、知ってて尚、私を他の客と同様に扱ってくれているのかは分からないが、私にとっては彼女の私への対応があまりにも珍しく、そして嬉しいものだった。


 悪意があるかないかに関わらず、私と親しくした者は必ず彼らから睨まれる。

 ほんの少し、私が他人に興味を示しただけで。


 だから、常識人なら誰も私に近寄ろうとはしないし、近づいてきたかと思えば、打算的な、私に利益を求める愚者ばかり。

 彼女のように何気ない笑顔を見せてくれる人なんて、今じゃあ幼馴染みのみに限られてしまっている。


 彼女とまともに話したことなんて一度もないし、これから先も会話をしようとは思わないけど、私は名前も知らないあの子を大層気に入ってた。


 幼馴染みたちに悟られないよう密かに、熱心に働く彼女の姿を堪能するのが最近のマイブームだ。

 やつらに知られたら一巻の終わりだから、そうならないよういつも通りを心掛けて。

 なんだかスリルも相まって、余計に楽しいし。


 今度は、壊されないといいな。









 実家に顔を出すと言った双子と別れ、私とハルは公園に遊びに来ていた。

 ちなみにゆうちゃんは学校の不良さんたちと、わる~い会合を開いているらしく、傍にはいない。

 夕飯までには、戻るって言ってたけど。


 なにかと忙しい彼らは滅多に揃うことがないが、いつ何時であれ、私の傍らには必ず誰か一人を置いておく。

 幼馴染みの顔を見ないのなんて、夢の中くらいじゃない?

 夢にまで現れるようにったら、この世の終わりと思っていいだろう、うん。


 ハルと二人きりになる機会があると、私たちは多くこの公園に足を運ぶ。

 高校にもなって公園なんてと思われがちだけど、ハルは公園に来ると、いつも嬉しそうに遊具で遊ぶ子供たちを眺め、たったそれだけで一時間も二時間もその場所に留まることができるみたい。


 私もそんなハルを見るのは好き。

 こうやって特に何かをするわけでもなく、ぼんやりするだけの時間もたまにはいい。


 誰かに暴力を振るうハルは、見ていて気分の良いものじゃないから。


 ハルは、無口だと周りの人たちから思われてるみたいだけど、それは少し違う。

 口数が少ないというより、彼には生物的な欠点があるから、話すという行為自体ができないのだ。


 ……口は禍のもと、ということわざがある。


 知っての通り、余計なことまで話してしまわぬように戒めとしてよく耳にする言葉だが、すでにそういう体験をして教訓を得た人たちも数多いるんじゃないだろうか。


 ハルも、そのうちの一人だ。


 いや……ハルの場合、それを強いられたといっても過言じゃない。


 ハルの家系は先祖代々、仲介屋、という一風変わった仕事職に就いている。

 世間では聞いたこともない職だから正式名称も曖昧みたいだけど、もともとは当事者同士の不動産取引の媒介を担っていたらしく、要はそこから発展した、カテゴリーに囚われない何でも仲介屋。

 どんなトラブルが勃発しても、この仲介屋を挟ませれば万事解決。

 手のひらを明かせば、暴力団と結託している、外面だけはいいただの恫喝業者だと双子はせせら笑ってた。


 ハルは倉田家の次男として、幼い頃から人の心理や会話術を学び、仲介屋の息子として恥じぬよう育てられてきた。


 でも所詮は次男。

 いくら努力したところで家督を継げるわけでもなく、ましてハルよりも成績の良かった長男に代われるわけがない。


 ハルの父親はそうそうに見切りをつけ、ハルを長男の右腕として育てることに教育方針を変更した。


 仲介屋は秘密情報を多く扱う諜報的な立ち位置にいたため、ポロリとボロを出さないよう、余計なことを話せぬよう、舌も抜かれた。


 私が出会った当初のハルは、体は大きなクセに、目は死んだような、まるで抱えきれない絶望をその一身に背負った、覇気のない男の子だった。


 心が死んでいて、魂の抜けたただの傀儡人形みたいに人に流されて生きていたから、私は思わずその手を取ってしまったんだっけ。


 しっかりしろ、あんたはいっそ、一度死んだ方がいい。

 そしたら私が一から育ててあげるから、と。


 幼いながらに、正直に母性本能に従ったというか、こいつの根性は今一度叩き直してやらないとだめだ、こういう目をした人間は早急に手当してあげないと手遅れになることを、私は既に知っていたから。


 そう一喝してもハルの目は相変わらず暗然としていて、苛ついた私は徹底的にハルに纏わりついて子供っぽさというものを学ばせた。


 はしゃぐことを教え、営業スマイルではなく、楽しさから溢れる笑顔があるということを知らせ、無邪気な心を示し、子供のワガママを見せ、そうしている内に、彼は己の感情を回復させ始め、徐々に私に懐くようになる。

 私を実の母親のように慕ってくれたのは、本当に嬉しかった。


 だが!

 一体どこでしくじったのか、彼は私しか見ないようになってしまったのだ!


 私だけを盲目的に敬愛し、私に楯突く輩に鋭い牙を光らせて、そんなこんなで今のハルが出来上がった。


 おかしい。

 こんなはずじゃなかった。

 私以外の同年の子供たちと遊ばせても、彼は誰にも靡かなかないし興味も向けない。

 まるでハルの世界には私しかいないように。

 ……何故なんだ。


 ハルにとって、他人は三つのカテゴリーに分類される。


 私、幼馴染みを含めた仲間、そしてそれ以外の『その他』。


 私という存在がハルの中で確立されているのは世話を焼いた結果として、幼馴染みたちは利用するに値する仲間だと、関係を割り切っているらしい。

 馬が合うとか、腐れ縁とか、まったくそんなんじゃなくて。

 ただ、つるむことで自分にメリットが生まれるから、そんな淡白な間柄なんだって。


 それはハル以外も皆同様で、すべて利得があるかどうかを基にした人間関係を築いてると、彼らは堂々と口にしてた。


 庶民の私にはよく分からん世界だけど、でも、それだけじゃないと思うんだけどなあ。


 だって彼らは、利用した方が悧巧なんじゃないかって権力者も躊躇いなく潰すことがある。

 損得だけで決めつけてるとは言い難いだろう。


 少なくとも私がおもうに、彼らは自分の幼馴染みたちを気に入ってるから、幼馴染みという間柄を保っているんだ。


 個人として認め合った仲間、とでも言うべきか。


 特別に思ってるはずなのに、でもそれを公言したりしない。

 彼らが口にするのはいつも、自嘲的なことばかりだ。

 ……なんでだろう。


 時々、彼らの思考は私にも理解できない。



 ふと、ブランコに座っていた私の横で今までニコニコしてたハルが、何かを嗅ぎ取ったらしく、鋭い目付きで公園の入り口の方を見据えていた。


 うげえ、またか。


 私は「行ってきていいよ」とハルをそちらに向かわせ、ゆっくりとブランコを漕ぎ出す。


 ハルが見えなくなると、途端に入り口の方が騒がしくなり、それが耳障りだった私は、何気なく頭に思い浮かんだ一節を口ずさんだ。



「ロンドン橋が落ちる~、落ちる~、落ちる~♪」



 マザーグースの、イギリスの民謡だっけ?


 不吉な歌。

 でも嫌いじゃない。


 公園の入り口に他校の男が倒れ込んできたのが見えたけど、特に気に留めることはない。


 最近、やたらと多いんだよねえ。

 西ヶ丘高校の“姫”に喧嘩を売ってくる、命知らずで血気盛んなやつらがさ。


 過去に幾度も狙われてきたけど、すべて幼馴染みたちが返り討ちにしたから、徐々に数は減ってきたと思ってたのに、最近になって何故か頻発している。


 それにしても、ハルがいる時にやって来るなんて運が悪い。

 なんたって、私の番犬だよ~?

 幼馴染みの中でも対人戦は一番得意なんだから、束でかかったところで勝てるわけがないじゃん。

 ハルほど優秀な護衛はいないからね。



「ロンドン橋落ちる~、落ちる~♪」



 この歌の最後はどんなだっけ?


 ああ、早く、ハル帰ってこないかなあ。



「My fair lady」



 流暢な英語。

 私が声のした方に振り向けば、そこにいたのはハルじゃなくてゆうちゃんだった。


 あれ、会合とやらはどうしたの?


 そう聞けば、ゆうちゃんは品位のある洗練された動作で私の手を引き「姫が恋しくて、早めに終わらせましたよ」と、ブランコから立ち上がらせる。

 これまた宥め賺されたけど、今度は素直に反抗的な態度は取らないであげた。



「市晴の方は僕がわざわざ手出ししなくとも彼一人で間に合っていたようなので。

 なに、相手は十数人程度でしたので、彼も余裕な範囲でしょう。楽しそうに蹴散らしていましたよ」



 ふーん……。


 家に帰りましょう、と促すゆうちゃんと一緒に、私はお楽しみ中のハルを置いて帰路についた。







ゆうちゃんが言った英語は、『ロンドン橋が落ちる』の本来の歌詞。


……だったと思います、自信ない。



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