Fünf.見せしめの排斥
前回の続き。
「……駄目ですね、まったく。ええ、残念です。この醜女、何も分かってない」
周囲の生徒たちに紛れるように佇んでいた私の幼馴染みのゆうちゃんが、静かな怒りを添えて、低く低く呻くように、囁いた。
纏う空気はわざわざ他を睥睨せずとも威圧的で、普段は温厚と言われる仮面がとれかけてる。
「……市晴」
そして、唱えたのは破滅の合図。
ハルは小さく頷くと、あの女の顔面を蹴り上げる。
容赦、なんて言葉はもはや通じやしない。
だって彼女は、この場で最も犯してはいけない禁忌をやらかしたのだから。
ハルは何度も女を甚振り、苦痛を与え、乱暴に扱い続けた。
口からは吐血し、昨日ふうちゃんにやられた傷口を覆っていたガーゼも包帯も衝撃でとれてしまい、額を伝うのは赤い液体。
なのに、ハルは決してやめようとはしない。
相手は女だというにも関わらず、彼女の顔は変形し、鬱血し、骨も何ヶ所か折れたのか、遠目に見ても瞭然なくらい酷い有様だった。
誰かが止めなければ、おそらくハルは、このまま彼女が息絶えるまで暴力を振るい続けるだろう。
私は、ポツリと口にする。
「……つまらない」と。
それを聞いた両隣のそっくりさんは、女を見ながら笑うのをやめ、慌ててこちらを振り返る。
タイミングがほとんど同じだったのは、流石は双子だと賞賛するべきだろうか。
「え、どうしてー?何がダメなの?」
「楽しくなかったか?」
生憎ながら、あんたたちと違って、私は人を痛めつけて悦ぶような加虐趣味の嗜好は持ち合わせていないんだよねえ。
ちっとも楽しくない。
「私もう帰る」
じゃあね、と悠々と踵を返そうとすれば、私の目前にゆうちゃんがやって来て、膝を折って私に傅いてきた。
来たな、腹黒王子。
「お気に召さないようで申し訳ありません、姫。貴方の気分を害すあれは、早々に処分します。ですからどうか、機嫌を直してください」
私の手を取り、甲にキスをする。
女の扱いが一級なゆうちゃんなんかに負けてたまるか、と妙な闘争心を燃やし、私はふんっと顔を背けてやった。
チラリとゆうちゃんを一瞥すると、やれやれとでも言いたげな困った表情だったので、どうだ参ったかと私は得意げになる。
さっきも言ったように、私に加虐趣味はないんだけど、女慣れしたゆうちゃんを困らせるのは割と楽しい。
「帰りに商店街のクレープ買ってね」
「商店街のでいいんですか?貴方が望むなら、パティシエを招いてお好きなデザートを作らせますが」
「商店街のがいいのー。あれじゃなきゃイヤ」
下町のクレープで私の機嫌が直るんだから、何の自慢にもならないけど、安いもんだろう。
「……困ったお人だ」
ゆうちゃんは表情に少しの困却の色を浮かべながらも、どこか嬉しそうにまたキスを落した。
私のワガママが好物って、ちょっと変わってるよね。
いつの間にやら隣にやって来ていたハルの目が「機嫌損ねちゃった?」「ごめんね、許して」と私の恩情を強く希求しているようなので、一度その180センチ以上はあるだろう体躯を折ってもらい、頭をポンポンと優しく叩いてあげる。
うむ、ゆうちゃんとは違って、その素直さに免じて寛恕してやろうではないか。
ゆうちゃんは終始穏やかな顔つきでいたけど、何かに気づいたらしく目を細め、冷笑を見せながらふうちゃんとたいちゃんに小声でぼやいていた。
「……姫の胸元に印が見えるんですが、一体どちらの仕業でしょうね?こちらは面倒な役割に回ったというのに、そちらはお楽しみを済ませてから重役出勤のようで。覚悟はよろしいですか?」
……うん、ここは得意の聞こえてないフリをしよう。
私は幼馴染みたちを引き連れて、食堂を後にした。
その後、あの女がどうなったかは分からないが、あれから姿を見てないので、双子に売り飛ばされたのかもしれないと私は睨んでる。
いや、確実に。
あちらから売ってきた喧嘩なので、もしかしたら今頃変態にでも買い取られてるかもしれない彼女の胸中を忖度して同情する、なんてことはないけど、ただ漠然と、幼馴染みの前には他人の一人生なんてその程度の価値しかないんだなあ、としみじみ思った。
ゆうちゃん…永原祐司。
普段は温厚、だけどやっぱり黒い。