Vier.公開処刑
長いので二つに切ります。
部屋に差し込む光がもう起きなきゃいけない時間だと告げているけど、それですっと目覚めるなんて、低血圧な私には至難の技だ。
まだ少し、寝させてもらおう。
布団の中で丸くなっていると、部屋の扉がノックもなしにギィと開き、誰かが入ってきた。
「姫、起きろよ。目覚めの時間だぞ」
……うるさい。
私は侵入者を無視し、ぬくぬくした布団に包まれて二度寝を試みる。
すると、あろうことか布団を剥がされ、私は冷気に当てられる羽目になった。
「たいちゃん寒ーい」
私はまだ眠いんだ!
お願いだから、後少しだけ寝させてくれ~。
ここは大目に見てくれないかなあ、なんて甘えるように猫なで声で訴えた。
「……寝ぼけてんのかよ?可愛いじゃん」
ギシ、とベッドの軋む音がしたかと思うと、私に覆いかぶさるように、すぐ目の前にたいちゃんがいた。
うえ、顔が悪巧みする時の顔だ。
何企んでるんだろう。
「可愛いけど……そろそろ起きないとな?それともこのまま、俺とイイコトでもするか?」
たいちゃんが私の肩に顔を埋めると、チクリ、とわずかな痛みを感じた。
それだけでなく、たいちゃんは私の露出した足を撫でながら甘い息を吐いてくるから、これはまずい!と、私はバタバタ抵抗を始める。
ようやく脳が覚醒し始めたというのに、たいちゃんは私が暴れないように足を絡めて、両腕はまとめて頭の上に束ねてしまうから、動くこともままならない。
ちょ、ちょっとー!
「姫……」
たいちゃんの息が熱い。
おうおう、この発情動物、どうしてくれよう。
「大雅ー?姫起こすのに、いつまでかかって……」
新たに部屋にやって来た救世主、ふうちゃんは私たちを見るなり固まって、それに伴い、私たちも数秒停止する。
かと思えば、ふうちゃんはニヤリと笑い、私たちの元へやって来るけど、その笑みを見る限り助けは期待できないような……。
「何抜け駆けしてるのかなあ?大雅。俺も混ぜてよ」
「はあ?楓雅もかよ?」
たいちゃんとふうちゃんは目配せして笑い合うと、こちらを向いて、「二人ならきっと、姫を満足させられるよ」と本当にふうちゃんも参戦してきやがった。
この双子め!
いらんところで息を合わせるなと言いたい。
それからはキスの嵐で、私の体の至るところにキスを降らせ、参った私は隙を見て、二人とも殴ってやめさた。
おかげで朝の貴重な時間がなくなってしまい、私たちはお昼過ぎに学校に行くことにして、それまで3人で寝た。
寝床が狭かったけど、まあ睡眠時間が増長したので文句はない。
そういえばふと、家に双子以外の幼馴染みがいないなと思い、訪ねてみると
「他の二人なら、もう学校に行ってるよ」
とのことだった。
へえ~、それは珍しい。
今日は学校で何かあるのかな?
あんまり良い予感はしないけどさ。
私と幼馴染みたちは、一つ屋根の下で寝食を共にしている。
この高級マンションの一室は帝の所有物で、誕生日に貰ったとか庶民には考えも及ばぬことをぬかしてやがったけど、折角住処をゲットしたのだからみんなで暮らそう、ってことになり、ここは幼馴染みたちと私の巣窟となった。
もちろん、一緒に暮らすことに私は大反対だったよ。
狼の群れに紅一点だなんて冗談じゃない!ってさ。
しかしやつらの行動力は侮れないもので、気づけば外堀を埋められ、苦渋の選択だったけど、彼らとここに住むこと以外に選ぶ道がなくなっていた。
うん、あいつらを舐めちゃいけない。
やると言ったことは必ずやり通す男たちだ。
私がいくら抵抗したところで、痛くも痒くもないのだろう。
そんなこんなで、私は学校だけでなく、一日の大半をこの幼馴染みたちと過ごすことになってしまい、それはもう大切に囲われてる。
少々過保護な気もするが、窮屈だと感じたことはないので、慣れというのは真に恐ろしいものだ。
ふうちゃんとたいちゃんと一緒に学校へ向かうと、二人に促されたのは教室ではなく、何故か食堂の方。
家でお昼は済ませてきたのに何で?と聞くと、ふうちゃんは笑うだけで、たいちゃんは「行けばわかる」と言う。
疑問に思いながらも素直に食堂に向かえば、そこは多くの生徒たちが集っていて、何やら喧騒としていた。
私たちが来たことに気づいた生徒たちが綺麗に左右に分かれ、食堂の中心までの道を空けてくれるが、どうにも面倒な臭いがするから行きたくないんだけど。
しかし、Uターンしようとする私の両腕をがっちり双子に固定され、否応なしに食堂の中心まで引きずられてゆく。
ですよね~。
私に拒否権なんてないんですね~。
人垣が作る真ん中のすごーく目立つ場所に誘導されると、一体何が起こってるか状況を確認する前に、いきなり視界がシャットアウトされた。
誰かに、思い切り抱きつかれたのだ。
く、苦しい!息ができない!
がっちりと私を包む大きな図体の背中を叩いてやめるよう訴えるけど、目前の頑丈な胸板はなかなか動かない。
私にこんなに無遠慮なことをする輩は、幼馴染み以外に考えられん!
「ハル。姫が窒息死しちゃうよ~」
「離してやれよ」
ツインズが助け舟を出してくれて、ようやく私は解放された。
……やっぱりハル、あんたか。
ハルは私を心配そうに見てくるけど、だったらあんなに強く抱きしめるなと言いたい。
大丈夫だよの意を込めて、項垂れるハルの頭を撫でてあげると、ハルは嬉しそうにニコニコする。
耳と尻尾が見えるなあ。
ふうちゃんは猫みたいだけど、ハルは間違いなく犬だ。
飼い主に忠実な、ね。
腹黒い幼馴染みの中でも、ハルはダントツにいい子だからついつい甘やかしてしまう。
でも、可愛いハルを愛でてやりたい気持ちはあるものの、ここが大衆の前だということを思い出した私はハルから手を引っ込め、改めて何事だと周りを見渡した。
ハルがまた抱き着いてきて、頬をすりすり寄せてくるが、害がないので放っておく。
───あ。
真ん中に、本当に人波が避けるようにして出来上がった空洞の中心部に、震えながら蹲る小汚い女子生徒がいることに気づき、私は瞬時にここで何が起こっているのか理解できた。
周囲から身を守るように自分の体を抱いて、がくがくと震える彼女は、昨日私を叩いた女だったから。
彼女は今、報復に遭っているのだ。
全校生徒を使った、私の幼馴染みたちの。
これは単なる予想に過ぎないけど、いつもみたく裏で消さずに、公開処刑さながら、こうして衆目に晒しながら彼女を痛めつけるのは、新入生に対する見せしめ。
私に手を出したら、どうなるか。
在校生であれば、その恐怖を身を持って知っているだろうが、つい先日入学したばかりの一年生は大半が何も知らない子たち。
私を叩いたあの女も、まさかここまで返り討ちにされるとは思いも及ばなかったはず。
幼馴染みは、私がこの学校にとって至高の存在であることを知らしめるために、こんな大規模な茶番を催したんだ。
恐怖に震えるか弱い彼女は、恐る恐る顔を上げ、私を視界に入れると、まるで絶望の淵にかすかな希望を見出したように、声を漏らした。
「あ……た、助けてっ!ごめんなさい、昨日のことは謝るからっ!土下座でも何でもする!だからお願い……!みんなに止めさせるように言って!!」
私に縋るように乞う女を尻目に、食堂の空気が一気に凍るのが分かった。
ああ、ピリピリする。
主に幼馴染みたちの視線が。
「あの女……なんてバカなことを……」
誰かが細々と呟いた。
当本人の女は辺りの空気が変わったことすら気づいていないのだから、笑っちゃう。
全校生徒からイジメを受けるって、どんな心情なんだろね?
憧れの幼馴染みたちから酷薄で無慈悲な扱いをされるのって、やっぱり苦しい?
痛い?
私は貴方じゃないから分からないけど、ただ一言。
私に助けを求めちゃ、ダメでしょ。
続く~。
たいちゃん…秦野大雅。
ふうちゃんの似ても似つかない双子。
ハル…倉田市晴。
大きな番犬。