Drei.ふうちゃんの機嫌の直し方
西ヶ丘高校には、“姫”がいる。
いつからそんな風に言われるようになったんだっけ?
そう、あれだ。
私の幼馴染みたちが、事実上、この学校の頂点に君臨したあたりからだ。
少なくとも私が入学した当初は、姫だなんて呼ばれたとこはなかったし、私だって、どこにでもいるような一介の新入生に過ぎなかった……はず。
ちょっと特殊な幼馴染みたちがいるだけの。
あいつらは皆、なんていうか実家が特別?で、昔から普通とは根底から違うやつらだったけど、高校生になってから殊更にそれが拡散した気がする。
入学してからわずか一週間で西ヶ丘高校の実権を掌握し、生徒もとい不良たちをねじ伏せ、今のような独裁君主的な立ち位置まで登り詰めたのには驚いたけど、こいつらならやりかねないと妙に納得していたっけ。
あいつらにはそれだけの力があるから。
でも、それも自分が巻き込まれるまではの話だ。
あの野郎ども、そのまま頂点に君臨していればいいのに、こともあろうにこの学校のトップは私であると宣言しやがった。
しかも、私のことを「俺たちの女」と紹介し、傍観者であった私はあれよあれよと、この学校の玉座に置かれてしまう。
私はあんたらの女になった覚えはないけどね!
それだけじゃない。
嫉妬深い幼馴染みたちは、他人に私の名を呼ばれるのが不快らしく、全校生徒及び教員に私を名前で呼ぶことを禁じた。
そこまでするか?と呆れる私を他所に、私の通称は“姫”となった。
……納得いかないよねえ。
私の意見が、てゆーか人権がなくなってる。
幼馴染みたちは大抵私のワガママを聞いてくれるものの、こればっかりは譲ってくれなかった。
結局、抗議することが面倒になった私が折れたけど。
いくら不良校とはいえ、本名が封印されるのはマズいんじゃない?なんて思ってたら、先生も便宜を図ってくれ、それほど不自由じゃなかったことも要因の一つかもしれない。
幼馴染みのもと一致団結……不穏分子がきれーに撤去されたことにより芽生えた恐怖心から、一丸となって下につくことを望んだ不良たちは、徐々に勢力を広めて傘下を増やし、西ヶ丘高校の名を他県にまで知ら占めた。
ついでに“姫”の名も。
なんていらないことをしてくれるんだろう。
これじゃあもう、恥ずかしくて商店街を歩けない。
必死に姫の存在を皆の頭から無くそうと、私は影を薄めて学校生活を送るんだけど、あの幼馴染みどもがいる時点でアウトだったわ。
校内では幼馴染みを恐れて誰も私に近づこうとはしないし、校外では幼馴染みたちを屈服させようと企てる人たちが、私を利用しよう狙ってくるし。
とにかく普通じゃない。
そもそも普通ってなんだっけ状態になりつつある。
幼馴染みたちは平々凡々な私みたいな人間からすれば、思わず溜飲を下げてしまうようなハイスペック人間であり、実家の権力も強ければ喧嘩も強く、やつらのカリスマ性に惹かれる者も少くない。
今日絡んできた彼女たちも、幼馴染みに魅入られたうちの幾人かだろう。
そして、私がその輪にいることが気に食わないと。
私だって好きでいるわけじゃないけど、やつらとの時間は居心地がいいのは確かなので、まあ何も言えない。
だけど、これで学習したはず。
怖い目に遭いたくなければ、彼らに嫌われたくなければ、私に手を出しちゃいけない、って。
性格、性癖以外はほぼ完璧なやつらだが、私のことになると本当に見境なくなる。
小学生のときに私をイジメていた同級生は父親のリストラを機に一家心中したし、何が理由か引きこもりになった子もいて、イジメに参加した子は一人残らず何らかの被害に遭っていた。
中学では幼馴染みに色目を使う犯罪者もどきの女教師が気に食わない、と小言を漏らしたら、翌日彼女は失踪。未だに行方不明だ。
以来、軽はずみな言動は控えることを誓った私は、十分に反省してると思う。
他にも私に害を及ぼすような輩は例外なく私の前から消え、そうそう、私に告白してきた男たちは一人残さず破滅の道行きだったな……。
直接問い質したことはないが、私に安寧が訪れる度にニヒルな笑みを浮かべて「良かったね」なんて言ってくる彼らに、弁解の余地はない。
我が幼馴染みにして、なかなかに悪辣なやつらだ。
この学校で生きたいならば、私に関わってはいけない。
機嫌を損ねてはいけない。
逆らってはいけない。
暴力など、もっての他。
“姫”は、我が校の最高権力者である。
校則よりも遥かに重大規則として、暗黙の了解として、生徒たちの間では守るべきルールとして出回っているらしい。
私ってそんなに畏怖されるべき人間?
いや、どこにでもいる普通の女子高校生だ!
私じゃなくて、私の周りがおかしいのだ!
猛獣……じゃなかった、不機嫌マックスなふうちゃんを食堂でたぁ~んと甘やかし、怒りを鎮めさせていれば、それを見た生徒たちが「やっぱり姫は、恐ろしい」とひそひそ話すから、思わず何でだ!と叫びたくなった。
「姫、こっち向いてよ」
ふうちゃんの膝の上に座らせられながらも文句を言わず、しばらく彼の好きなようにさせていけど、遠巻きにこちらをチラチラ見てくる生徒たちの聞き捨てならない発言に意識を持ってかれていたのがバレたらしく、ふうちゃんから構ってよのサインが。
私が言う通りにふうちゃんの方を向けば、そこには蕩けるような表情。
ふうちゃんの顔は鑑賞用にはもってこいだな、うん。
すっかり機嫌は良くなったらしいから、とりあえず一安心。
勝手にいなくなったために心配かけたであろうことを詫びる代わりに、私の唇に触れるふうちゃんの指をぺろりと舐めてあげた。
よく分かんないけど、ふうちゃんはこれが好物らしい。
出血大サービスだ。
うっとりと私を見つめてくる彼の瞳に今まで以上の熱が篭もり、言葉にせずとも「もっと」と催促してるように思える。
でもこれ以上はだーめ。
飴と鞭は、はっきりしてた方がいいじゃない?
ご褒美は、ごく稀に与えるからこそ価値がある。
私がもう奉仕する気がないと分かると、ふうちゃんは分かりやすく肩を落とすから、それが可愛くって思わず笑ってしまう。
するとふうちゃんも笑顔になり、私の鼻にキスを落としてきた。
うーん、ふうちゃんだけでなく、我が幼馴染みはやたらと過剰なスキンシップを好むんだよねえ。
今に始まったことじゃないから、嫌とも思わないけど。
年頃の娘のくせに、私ってば貞操観念が低いのかな?
まあでも、相手は幼馴染みですから。
ふうちゃん…秦野楓雅。
基本、奔放な人。